傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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5-8.宿屋の個室で

 夕食を終えたスヴェンは、エリシェが宿部屋を訪ねる前にと個室に備え付けの浴室に向かった。

 ついでに洗濯もしてしまおうとタルに水を注ぎ、洗剤を入れてから衣類を軽く揉み洗う。

 そして宿部屋干ししては、浴槽の魔法陣に魔力を送り込む。

 すると蛇口から熱め湯が出始めた。

 

「ミアに説明されたが……マジでこれだけで湯が出んのかよ」

 

 ボイラーや燃料の類いも必要としない魔法技術。ミアは浴槽自体が一つの魔道具っと言っていたが、そんな話を聴いた時は半信半疑だった。

 宿屋の経営で個室に備え付けられた浴槽。当然維持費や燃料費がかかると踏まえていたら、実際は魔力一つで湯が張れる。

 

「便利な時代だな」

 

 恐らくこの世界と比べて文明自体が遥か未来に位置するであろうデウス・ウェポンの出身だが、便利性の高い魔道具には舌を唸るばかり。

 スヴェンは改めて魔法文明に関心を寄せながら、湯に満たされた湯船に浸かりーー安堵と気の抜けた息を吐いた。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 風呂で気分もすっきりし、身体の水分を拭き取ってからパンツを履いたスヴェンが浴室のドアに手を掛けると、室内に人の気配を感じ眉を歪める。

 誰かが宿部屋を訪れた。順当に考えればエリシェの可能性も高いがーーいや、仲介人とホテルに泊まった時は、敵襲だったな。

 以前に受けた襲撃の経験からスヴェンは予めタオル置場に隠していたナイフを取り出す。

 柄を強く握り締め、静かにドアを開けーー対象を確認するよりも早くスヴェンは侵入者が声も反応することも許さず、素早くベッドに押し倒しナイフの刃を向けた。

 不意に鼻に漂う香水と少女特有の甘い香りにスヴェンは視線を侵入者に向ける。

 とても侵入者には似付かわしくない作業着。そこから視線を上に移動させれば、ミアよりも若干明るい翡翠色の瞳と目が合う。

 ベッドに乱れた長いクリーム色の髪と真っ赤に染め上げた表情にスヴェンはため息を吐く。

 

「アンタだったか」

 

 身体を退け、ナイフを鞘に納めてからエリシェに向き直る。

 未だベッドで仰向けに倒れ、顔を赤く染めたままの彼女は、

 

「あ、あのね……ミアにスヴェンは警戒心が強いから、返事が返って来るまで部屋には入らない方がいいって言われてたんだ。だけど、が、ガンバスターに我慢できなくって!!」

 

 恥じらいと共に叫ばれた言葉。武器好きのガキと認識ていたが、まさか不用心に男性の宿部屋に入るとは。

 それだけエリシェは武器に対する熱意が高いのだろうか? 連日のようにトラブルが起きるのも好ましくはない。

 いっそのこと次からは入浴時間にも気を使うべきかと一案しては、既に渇いた衣服に着替える。

 ふと部屋干しとドアの位置関係に眼が行く。丁度部屋干しはドアを開ければすぐに眼に入る位置だ。

 

「部屋干しした服に気が付いたろうに」

 

 そう指摘するとエリシェは眼を合わせず、いや考えてみれば彼女の反応は当然とも言える。

 パンツ一丁の男性に押し倒され、ナイフを向けられては眼も合わせ辛いだろう。

 

「……気付いてたけど、スヴェンは替えの着替えが有るっと思って」

 

「生憎とコイツが俺の一張羅だ」

 

「えっ? それだけ……スヴェンは洗濯とかしてた?」

 

 スヴェンは一応ミアとアシュナに気を遣い、朝方の朝日も昇らない時間に洗濯をしていた。

 だが流石に毎日とも行かず、そもそも防弾シャツやズボンは汚れ難くく汗を弾く繊維で製造されている。だから毎日の洗濯は必要無いが、歳頃のエリシェに伝えるべきか迷う。

 スヴェンが返答に困っていると、

 

「えっと、無理に答えなくてもいいよ!」

 

 すっかり熱も冷めたのか、笑顔でそんなことを。

 不潔な印象を持たれたかもしれないが、そんなことは問題にもならない。

 スヴェンは壁に立て掛けたガンバスターを手に取り、それを備え付けの机の上に置く。

 

「早速仕事の話と行こうじゃねえか」

 

 そう告げれば鍛冶屋の娘なだけあり切り替えも瞬時で、エリシェの顔は職人顔負けの面構えを浮かべる。

 エリシェは持って来ていたバックから設計図に必要な道具一式とメモ帳を取り出した。

 

「うーんっと。完全オーダーメイド製の作製になるから、諸経費込みで銀貨500枚。設計次第と試作品によっては金貨5枚相当に膨れるかもしれないけど予算の方は大丈夫?」

 

「予算は金貨10枚までなら出せる」

 

「判った。それじゃあ早速ガンバスターを見せて! 触らせて!」

 

 早いうちに設計して貰えるのは助かるが、まだエリシェには銃に関する構造や仕組みの説明をしていない。

 ガンバスターは銃と剣が一体化した特殊武器だ。どちらかが欠ければ意味を成さない。

 

「見るのは構わねえが触るのは後だ。先ずはコイツの内部構造に付いて説明する」

 

「内部構造……あ! 父さんが複雑な構造をしてるって言ってたね!」

 

「ああ、単なる鍛造で済むなら簡単なんだが、コイツは射撃が可能な武器でな……ソイツを大剣の内部に取り付ける必要があんだ」

 

「射撃……アトラス教会が使うクロスボウとか?」

 

 随分と古い遺物の名にスヴェンは逆に驚いたが、確かに彼女に分かりやすく説明するならクロスボウの構造知識も必要に思えた。

 

「クロスボウは矢をつがえ弦を引き絞るが、銃は引き金を引くだけでシリンダーに装填した銃弾の雷管を撃鉄で撃ち出す」

 

 エリシェに銃のパーツを指差しながら話すと、彼女はすぐにメモ帳に羽ペンを滑らせていた。

 部品用語が多い説明になったが、彼女は真剣な眼差しで考え込むと。

 

「銃弾はさっぱりだけど、武器の構造は改めて解析魔法で覗いてもいい?」

 

 ブラックと同じ魔法が使える。そう語るエリシェにスヴェンは関心を寄せ、

 

「そっちの方が早えだろうな。だが、その前に俺が扱う銃ってのは、各種モジュールパーツと連動する仕組みになっていてな。例えば銃の安全装置解除で内部の反動抑制モジュールが作動すんだ」

 

「も、もじゅーる? それってどんな形で、材質や構造はどうなってるの?」

 

 スヴェンは説明するよりも見せた方が速いと判断し、工具を取り出してはガンバスターの留め具を緩めーー剣身の腹部分を取り外す。

 そして顕になった銃と球体状の形をしたパーツにエリシェの眼が輝く。

 

「基本内部に装着するモジュールは球体状になってんだ。こいつを銃の上部分の窪みに取り付けることで機能が連動して作動する仕組みだ」

 

 当然機能を作動させる為には粒子回路も必要になるが、エリシェが一から製造する武器に最初から反動抑制モジュールと同様の魔法陣を刻めば済むかもしれない。

 

「まあ、コイツに関しちゃあ粒子回路つう専門知識と素材がねえと作れねな」

 

「えっと、反動……つまり銃は撃ち出す時の衝撃が強いってこと?」

 

「弾種によるが、俺が扱う.600GWマグナム弾は下手をすりゃあ両肩が吹き飛ぶレベルだ」

 

 スヴェンは鍛錬によって反動抑制モジュールが無くとも扱えるが、有るのと無いではかなり違う。

 戦場を転々とする傭兵が一発撃つごとに肩を痛めては意味が無い。

 隙を無くし瞬時に近接戦闘に切り替える意味でも反動の抑制が急務だ。

 

「諸刃の剣ってことかぁ……それじゃあ職人として使用者を護る為にも絶対に取り付けなきゃね」

 

 意気込みを見せるエリシェの姿勢はプロの職人と思える程だった。

 ミアと同い年の少女。彼女らはまだ魔法学院を卒業して半年も経たないのだ。

 そんなエリシェがプロ意識を持ち、迷う姿勢を見せないことにスヴェンは驚きを隠せず、

 

「いいのか? かなり無茶な注文をしてる自覚が有るんだが」

 

 彼女に対する幾許かの申し訳なさを口にした。

 自身の拙い説明、それに異界人の都合に付き合わせている。それは嫌という程自覚しているが、そんなスヴェンに対してエリシェは楽しそうに頬を緩ませていた。

 

「無茶な注文でもそれを達成した時は、確かな経験があたしを成長させるってことだよ」

 

 エリシェの向上心にスヴェンは何も言えず、開いたガンバスターから銃を取り出す。

 そしてシリンダーを開き、装填していた.600LRマグナム弾を外した。

 そして銃の柄をエリシェに差し出す。

 

「触っていいの!?」

 

 触れなければ分からないことも有るだろう。そう言いたげな眼差しを向けるも、エリシェの純粋な瞳にスヴェンはたじろぐ。

 今まで武器に対して純粋な瞳を向ける者は居ただろうか?

 少なくともスヴェンの知り合いには居なかった。誰しもが殺しの商売道具として割り切り、冷めた眼差しをしていたのはよく覚えている。

 

「あー、操作も試してみるといい」

 

 そう伝えるとエリシェが早速柄を掴む。

 そして早速魔力を操作し、銃に魔力を流し込もうとしたエリシェが首を傾げる。

 

「あれ? 思った以上に魔力が拡散するね」

 

 よくこれで今まで戦ってきたと言いたげな眼差しだ。

 確かにエリシェの言いたい事は良く分かる。

 スヴェンはルーメンの牧場跡地で行った実験結果をエリシェに伝え、彼女は納得したのか銃に視線を戻し、

 

「それじゃあ素材もこっちで用意するとして……課題は銃の構造とスヴェンが扱っても問題にならない硬度の確保かな」

 

 一人確かめるように呟く。

 そして改めて銃を試す為に構えを取ろうとーーエリシェが固まった。

 どう構えていいのか分からず、助けを求める眼差しにーーそりゃそうか。初見で銃を正確に構られる奴は居ねえな。

 スヴェンはエリシェの背後に回り込み、彼女の両手を手に取った。

 

「っ!?」

 

 エリシェは突然のことに驚いた様子で頬を赤らめる。

 恥ずかしがる彼女の反応を無視したスヴェンは、

 

「構えはこうだ。こん時に足を開き脇をしっかり絞めろ」

 

「あ、うん!」

 

 正しい姿勢になったエリシェに続けて告げる。

 

「撃鉄……ソイツを親指で手前に引け。それで安全装置が解除される。一度安全装置を解除しちまえばまた撃鉄を引き直す必要はねえ」

 

 エリシェは言われた通りに撃鉄を親指で引く。するとシリンダーが回転し、同時に引き金が引かれる。

 これであとは引き金を引くだけ。

 

「あとは引き金を引く。それだけだ」

 

 エリシェは緊張した様子で引き金を引いた。

 ジャキン!! 撃鉄が弾倉をからぶる。

 

「……お、おお〜! これが銃なんだ!」

 

 嬉しそうに顔を向けるエリシェと目が合う。

 スヴェンは背後から彼女を支えていた。だから顔が近いのも必然的で、慌ててエリシェが顔を背けるのもまた必然だった。

 エリシェから離れ、妙に恥じらう彼女になぜだ? 疑問から考え込むとすぐに答えが頭に過ぎる。

 

 ーー最初のアレか。

 

 男慣れしていない初々しい反応を見せるが、まさか魔法学院に水練が無いではないか?

 疑問が生じるが、後日ミアにでも聞けば解決する程度の問題だ。

 スヴェンはそう結論付け、魔法時計に視線を向ける。

 既に時刻は二十一時だ。これ以上彼女を付き合わせる訳にもいかないか。

 

「もういい時間だな」

 

「えっ? あたしはまだ平気だよ。それに銃の仕組みはまだまだ知りたいし」

 

 エリシェはまだ大丈夫だと笑顔を向けていた。

 そこには既に恥じらいは消えており、なんとも切り替えの早いガキだと思う。

 

「あんま遅くなるとミアが心配すんだろ」

 

「大丈夫だよ。ミアとレヴィ、それにアシュナちゃんには遅くなるって伝えておいたから」

 

「……まさか、徹夜する気か? この部屋で」

 

 そう言えばエリシェは設計用具を持参していた。それは此処で作業をしてしまう顕なのだと今更になって理解が及ぶ。

 

「創作意欲、特に新しい武器の設計は職人の憧れだよ! こんな熱い想いを抱えて寝れるわけないじゃん!」

 

 翡翠色の瞳を燃やすエリシェの気迫にスヴェンはたじろぐ。

 職人魂此処に極まり。なんとなくそんな単語が浮かぶ。

 明日も朝から夕方にかけてレヴィの護衛が続く。そして夜にはエリシェとガンバスターの設計となれば、必然的に作業が遅くなる。

 言うなればこっちは自分達の都合にエリシェを付き合わせている身だ。

 

「アンタの職人魂には負けた。好きなだけ作業すりゃあいい」

 

「やったぁー!! じゃあ早速解析魔法で内部構造を把握しなきゃ!」

 

 喜びを顕にエリシェは椅子に座っては、瞳に魔法陣を構築させ銃をじっくりと観察する。

 細かく念入りに、一つも見逃してたまるか。そんな強い姿勢を宿した背中にスヴェンはベッドの淵に座る。

 何か質問が来るかもしれない。そう考えたスヴェンは暫く宿部屋で呆然としては、時折りエリシェにコーヒーを差出す。

 

 ……銃とガンバスターに関する質問を問われれば答え。そんなやり取りを繰り返すと時刻は深夜二時を迎えていた。


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