傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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5-9.雨降らずのコロシアム

 雨音と体内時間の感覚で眼を覚ましたスヴェンは、人の気配に飛び起きた。

 床に着地してはガンバスターに手を伸ばすが、壁に立て掛けた筈のガンバスターが無いことに気付く。

 

「……そういや、エリシェに預けたままだったな」

 

 昨晩のことを思い出したスヴェンは、宿部屋を見渡すと机に突っ伏して小さな寝息を立てるエリシェの姿が有った。

 わずかに着崩れた作業着。あまりにも無防備な姿にスヴェンは呆れた。

 彼女を叩き起こすべく近付くと机に書きかけの設計図、事細かに描かれた銃の構成部品と設計に目が行く。

 銃の銃身そのものを変えず、材質の変更を重点的に成された設計にスヴェンは思わず感心から唸った。

 このままエリシェを寝かせ、ガンバスターを持ち出そうとも思ったが、彼女の手にはすっかりと握り締められた銃身がーーこのままではガンバスターを元に戻せない。

 

「……仕方ねえ」

 

 スヴェンは銃を取り上げてから、まだ眠っているエリシェを抱えベッドに運び込む。

 そしてエリシェをベッドを降ろし、毛布を掛けては静かにガンバスターを元通りに戻す。

 眠っているエリシェに目も向けず、スヴェンは支度を済ませてから部屋を物音立てずに退出した。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 宿屋フェルの一階ロビーに降りると、既に用意を済ませたレヴィと物言いたげなミアの眼差しが突き刺さる。

 大方ミアが問いたいのは部屋に戻らないエリシェの件だろう。

 返答が面倒臭いが、伝えなければ要らぬ誤解が広まる。

 

「アンタの友人なら徹夜で寝落ちしてやがる」

 

 ミアから質問が来る前に告げると、彼女は一瞬考え込む様子を見せてはため息混じりに額を抑えた。

 

「はぁ〜エリシェったらもう。相変わらず夢中になると後先考えないんだから」

 

「ま、良いもん見せて貰ったからな……礼って訳じゃねえが功労者をこのまま寝かせてやれ」

 

 良い物にレヴィとミアが引っ掛かりを覚えたのか、互いに顔を見合わせーー二人は察したのか何も問うことは無かった。

 妙に大人しいミアに違和感を感じるが、普段喧しいだけ有って大人しい日も有る。そう結論付けミアに視線を向けると、目の下の隈に目が行く。

 

「……徹夜したのか?」

 

 何で徹夜したのか。皆目見当も付かなず訊ねるとミアはこちらに近寄り、

 

「ひ……レヴィと同じベッドで私が眠れるわけないじゃん」

 

 ミアは小声で姫様と言いかけたが、王族と同室で眠れずに徹夜したと語った。

 緊張して眠れない時は誰にだって有る。それは自身だって例外じゃない。

 ただ眠れない時は寝ない。寝れる時はとことん寝る。それが傭兵として培った経験だ。

 だからミアにこのアドバイスは不適切に思えた。

 

「そうかい、今から寝て来たら如何だ?」

 

「それこそ嫌だよ。私だって闘技大会を観戦したい!」

 

 今頃になって気付く。ミアも観戦に向かうことに。

 スヴェンは改めてレヴィに向き直る。

 

「このクソガキも連れて行くのか?」

 

「また私をクソガキ扱い! そろそろ売られた喧嘩を買ってもいいんだよ!?」

 

 背後で杖を片手に騒ぎ立てるミアを無視すると、

 

「良いじゃない一人増えたって。それに入場料を出すのは私よ」

 

 レヴィの有無を言わせない笑みにスヴェンは黙り込んだ。

 同時に護衛が一人、つまりレヴィの弾除けが増えるに越したことはないのだ。

 会場で最悪を想定すればミアは居た方がいい。

 それだけ彼女の治療魔法は優秀だからだ。

 

「あー、そんじゃあ行くか」

 

 スヴェンは背後の物影に密かに視線を向け、アシュナと目が合う。

 影の護衛は任せろっと言わんばかりに気合いの入った眼差しーーその気合いが妙に方向で空回りしないことを願うばかり。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 ファルシオンの歓楽街の中心に位置するコロシアム会場に入場した三人は一般の観戦席座り、レヴィがVIP席に視線を向けては顔を顰めていた。

 スヴェンも密かにVIP席に眼を向ければ、そこには昨日治療を受けたばかりのリリナと背後に控えるアラタをはじめとした複数人の護衛の姿が見える。

 リリナだけでなくユーリの姿に親子水入らずと思えば理解もできるが、脅迫されて間もないユーリがこの場に居るのは不用心に感じられた。

 特にコロシアムに天井も何も無い。ユーリ達の居るVIP席は丁度スヴェン達が居る一般席の真正面だ。

 

 ーー真正面から魔法を放つ馬鹿居ねえとも限らねえが。

 

 そもそも天井が存在しないにも関わらず、雨が会場に降らないことにスヴェンは空に眼を向ける。

 するとレヴィの左隣に座ったミアがこちらに顔を向け、

 

「梅雨の時期は観戦試合が多いけど……」

 

「天井代わりに雨除けの魔法でも使ってんだろ」

 

 ミアが言い切る前に答えると、彼女は面白くなさそうに顔を会場に向けた。

 

「確かに雨除けの結界が使われてるわね。……だけど、普段は臨場感を損なわないように試合会場にだけ雨が降るように結界の中心に穴が空いてるのだけれど」

 

 言われてスヴェンは出場選手が並ぶ会場に視線を落とす。

 選手も雨が降らない状況に困惑している様子を見せ、スヴェンは大会運営の役員と司会者に視線を移す。

 すると役員は特に気にした様子も見せない者も居れば、結界の不備を疑う役員と司会者の様子も伺えた。

 

「……まさかとは思うが結界で密閉されたか?」

 

 スヴェンは空に向けて意識を集中させ、コロシアム全体が結界に覆われていることに気付く。

 だがスヴェンは結界を視たところで、魔法陣の内容に理解が及ばない。

 

「……もしかしてアレって、閉鎖結界? あの結界はあの村に使われてるのと同じ?」

 

「いえ、違うわね。あの村は時獄で封じられているけれど、このコロシアムを覆う結界は単なる閉鎖結界よ」

 

 あの村、時獄という不穏な単語が気になるが、ミアの表情が顔面蒼白なことから彼女と何か関係が有る魔法なのだろうか?

 それがミアが魔王救出に同行した動機か。それとも単なるトラウマなのかは判らないがいま気にしても仕方ない。

 

「閉鎖結界、普通に考えりゃあ要人守護の為だと認識もするが……襲撃のためか?」

 

「今の所は何も判断が出来ないわね」 

 

 襲撃なら状況に応じてレヴィを連れて脱出する。それがスヴェンにとって最優先事項だ。

 スヴェンがそう決断を下すと、ミアの視線を感じてはそちらに視線を向ける。

 気を取り直した彼女は意を決した様子で、

 

「覚悟は必要だよね」

 

 ミアの発言にスヴェンは眼を伏せる。

 彼女の翡翠の色の瞳から感じる強い眼差しは、既に最悪の状況を想定した覚悟が決まっていると語っていた。

 だが果たしてレヴィに他人を見捨てる覚悟が有るのか。

 護衛として大事なのは護衛対象の安全だが、同時に雇主の意向に沿うのも傭兵だ。

 スヴェンは確認の為にレヴィに密かに問う。

 

「有事の際はアンタを強引にでも連れて行くが、アンタは他者の被害、犠牲を容認できんのか?」

 

 そんな問い掛けにレヴィは眼を伏せる。

 王族としての立場なら十分な護衛と万全な備えが有った。しかし此処に居るのは一般人に扮したレヴィだ。

 レヴィが行動を起こすという事は、それは襲撃犯に警戒を与える要因にもなり得る。

 だからこそスヴェンとしては彼女に我慢して欲しいが、国民から愛され慕われる彼女には酷な選択だ。

 

「……そうね、有事の際はユーリ様の兵に任せましょう。ただ道を阻む敵は任せるわよ」

 

 レヴィの脱出ルートに現れる敵は排除する。当然だと言わんばかりにスヴェンは静かに頷いた。

 そもそも結界に異常が有るなら運営側は調べるか、開始時刻の延期を伝えてもおかしくはない。

 視線を試合会場に戻せば、駆け付ける一人の運営員に目が行く。

 その運営員は確認を急ぐ司会者の下に駆け寄った。

 そして何かを伝え受けた司会者が、観戦席に向かって声を張り上げる。

 

「みなさま! ご安心ください、多少の結界に不備が確認されましたが試合進行に問題ないとのことで、もう間も無く試合が開始されます!」

 

 如何やら司会者は既に確認を急がせていたようだ。

 だが結界の不備に一切動じない役員が居たのは確かだ。

 スヴェンが疑念に満ちた眼差しで試合会場を見詰めると、観客席から徐々に声があがりはじめる。

 

『結界の不備だってさ』

 

『結構古い結界なんだろ? そりゃあ不備ぐらい起こるか』

 

『いや、それは妙な話しよ。誰かが結界に手を加えたのかもしれないじゃない』

 

『えー? それは結界が正常に起動するのか確かめるためじゃないか? その時に誤って魔法陣を弄ってしまったのもかな』

 

『確かにコロシアムの結界は試合会場に穴が空くようにされてるけど、新人が塞いじゃったってこと?』

 

 耳に届く会話にスヴェンは、確かにそんな事故も有り得ると考えた。

 だからと言って警戒を緩め気も無い。

 自然と座席の右手側に立て掛けたガンバスターの柄を強く握り締めると、左手に暖かい温もりに驚く。

 視線を向ければ左手を握り締めるレヴィに、

 

「……なんだ?」

 

「今は事が起こるまで楽しみましょう」

 

 それは護衛の立場として如何なんだ? そう言いたげな眼差しを向けるとレヴィは笑って返すばかりだ。

 そもそも木製の武器で行われる試合にあまり興味がない。

 そう思いながらもスヴェンはガンバスターを握った右手の力を緩める。

 

「スヴェンさんってレヴィには素直だよね。私にも素直になってくれても良いんだよ?」

 

 にやりと笑みを向けるミアに、スヴェンは鬱陶しいさを感じては、会場の出店で売られていたなんとも食欲唆るチリドッグを取り出した。

 

「アンタらも食うか?」

 

 二人分を差し出すと、レヴィはチリドッグの包みを珍しげに見詰める。

 

「……それじゃあ私も頂こうかしら」

 

「あっ! 私も食べる!」

 

 スヴェンは二人にチリドッグを手渡し、試合会場に視線を戻す。

 既に会場では二人の選手が互いに向かい合い、片方は木製の剣を。そしてもう片方は木製の槍を構えていた。

 

「もうすぐ始まんな」

 

 そして宣言される試合開始の合図に観戦客の壮大な声援が一斉に放たれることに。

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