傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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5-10.観戦試合

 試合が始まる最中、スヴェンはチリドッグに齧り付きスパイスの絶妙な辛さとソーセージにかけられたトマトソースのバランスに舌鼓打つ。

 小腹を満たす軽食に観戦席から鳴り響く熱気と選手同士のせめぎ合い。

 魔法使用禁止のルールで行われる単なる武力による試合だが、選手間の同程度の力量は観戦客に熱気を与えるには充分に思えた。

 

 ーーあの槍使いはかなり戦闘慣れしてんな。

 

 青年は低姿勢に構えた槍を高速で突き出していた。

 槍捌きで決して相手選手を間合いに入れないよう立ち回り、対する対戦選手は剣を曲芸のように扱い巧みに槍を弾く。

 命のやり取りもない単なるチャンバラと最初は思っていたが、実際に試合が始まれば中々捨てたものではない。

 そんな感心を浮かべると、木剣を持つ選手が槍使いの間合いを詰め込む。

 

「あっ! そこ! 綺麗な顔を木剣で強打! あ〜防がれちゃった」

 

 ミアの声援が響く。だが彼女の声援も虚しく、槍使いは振り下ろされた木剣を避けーー追撃が放たれる前に剣先を足で踏み押さえた。

 そして槍使いは木槍を回転させ、矛先で対戦選手の腹部を狙い穿つ。

 だが対戦選手も迫る矛先に動じず、負けじと木剣を手放し、寸前の所で避ける。

 おまけに矛先を脇で押さえ込み、両選手がお互いを押さえ合う。

 

「互いの武器が封じられたが、近接戦闘はどっちが上か」

 

「如何かしらね……案外2人とも近接戦闘は不得意かもしれないわよ」

 

 レヴィの言う通り確かにその可能性も充分に有り得る。

 本来武器と魔法を主体に戦闘する者達は、わざわざ接近してまで格闘に持ち込む機会も少ないのかもしれない。

 そう考えていると両選手は押さえ合いを止め、互いに拳を構え始める。

 それはスヴェンから見れば、ただ拳を握り込んだだけの構えだ。

 特に両選手は親指を中に握り込んでしまっている。アレでは下手をすれば親指の骨が折れる可能性も充分に有り得る。

 

「拳の握り方は知らねえか。槍使いの方は戦闘慣れしてる印象だったが、まだ経験は多くはねえようだな」

 

「2人とも毎年出場してる選手なのだけれど、戦闘の専門家である貴方の眼では素人の喧嘩に見えるのかしら?」

 

「得物を手放す前は意外にも見応えはあったんだがなぁ」

 

 素直で率直な感想をレヴィに述べると、槍使いの放った渾身の拳が対戦選手の顔面を強打!

 対戦選手は地に仰向けに倒れ伏し、完全に気を失った。

 

「そこまで! 第一試合勝者、リンド選手!!」

 

 審判の宣言に観戦席から両選手を讃える拍手が鳴り響く。

 

「ブーイングがねえのは意外だな」

 

「そうかしら? 最後は喧嘩みたいな泥試合になっちゃったけれど、お互いの武術は観客を満足させるものだったわ。だから彼らを悪戯に批判する者は居ないのよ」

 

 デウス・ウェポンなら確実に野次が飛び、おまけにゴミまで投げ付けられる。

 魔法技術による発展と科学技術による発展。その違いこそ有るが、そこまで人間の精神性は変わらない。

 そう思っていたが実際は、テルカ・アトラスの人間は高潔な精神を宿している。

 

「こっちの世界は進化と発展に色々犠牲にし過ぎたな」

 

「貴方の世界も気になるけれど、ほら第二試合がはじま……あら?」

 

 レヴィは第二試合の両選手に驚いた様子を見せ、ちらりとミアに視線を移せば彼女もレヴィ同様驚いていた。

 

「選手は知り合いか?」

 

「赤の他人と言い切れない……貴方と私の関係かしら?」

 

 レヴィ、いやレーナが死ねばスヴェンも消滅する。謂わば運命共同体。

 彼女がそう告げると言う事は第二試合の選手は一人が異界人だと分かる。

 スヴェンは前足を前に後足の踵を上げ僅かに後ろに、そして木剣を両手で構え少々緊張に汗を滲ませる選手に眼を向ける。

 変わった構えを取る黒髪の少女にスヴェンは見覚えが無い。

 少なくともエルリア城に滞在していた異界人ではない事は確かだ。

 ただ少女の名も何故試合に参加してるのかも、スヴェンは興味を抱かずただ試合を眺める。

  

「そろそろ始まるね」

 

 ミアの声と同時に試合開始の宣言が発せられーーその瞬間、試合会場の地面に大規模な魔法陣が突如して展開された!

 スヴェンはガンバスターを片手に立ち上がるも、魔法陣から放たれた眩い閃光に眼を押さえる。

 身に覚えの有る閃光と感覚。突如試合会場に出現する複数の気配と獣の息遣い。

 

「召喚魔法か」

 

 閃光が止み、回復した視界を開くと既に試合会場は複数の荒くれ者と複数のモンスターに占拠されていた。

 スヴェンは鎮座する三頭の狼に眉を歪める。

 

「アイツは、アンノウンか」

 

 見間違える訳もない以前に遭遇したアンノウンが荒くれ者の指示で選手と審判を取り押さえていた。

 

「えっ? モンスターが人の言う事を聞いた?」

 

「うそ、モンスターは世界の自浄作用……それが人の指示を?」

 

 戸惑いと混乱を見せるミアとレヴィ。

 世界の自浄作用、星が産んだモンスターが人の指示に従う姿を見せられては無理もない。

 むしろ根強い常識が音を崩れ崩壊しては、動揺から判断が鈍るのも仕方ないことだ。

 周囲の叫び、戸惑いを他所にスヴェンは一度座り直す。

 荒くれ者の一人ーー眼帯に丸坊主頭の頭目と思われる人物が会場に向かって叫んだ。

 

「全員その場から動くな! 動けばコイツらを殺す!」

 

 集団の頭目か連中の誰か、あるいは外の仲間に召喚魔法の使い手が居る。

 敵対戦力もまだ未知数の中でスヴェンは一先ず静観することにした。

 するとVIP席に居たユーリが彼らに向かって叫ぶ。

 

「貴様らは一体何者だ! 何が目的だ!」

 

「目的だぁ? テメェが散々俺達に明け渡さなかった物を奪い取りに来たんだよ!」

 

 頭目の怒声にユーリの眉が歪み、密かにアラタ達がリリナを連れ出す様子が見えた。

 この場でリリナの移動は危険に見えたが、位置関係のせいか集団にはリリナが移動したことに気付いてないようだ。

 いや、ユーリが集団の注意を引き付けたのだ。

 

「俺達の要求は一つ! ユーリが所持する封印の鍵を渡してもらおうか! さもなくばこの会場に居る全員を殺す!」

 

 頭目の脅迫を合図に武装した荒くれ者共が一般観戦席の出口を塞ぎ、観戦客の騒然とした声がスヴェン達の耳に酷く響き渡った。


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