傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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5-11.制圧コロシアム

 出入り口を荒くれ者集団に固められ、試合会場には頭目とその配下及びアンノウン。

 彼らに抑えられた二名の選手と審判はどうでも良いが、問題は得物を携えた一団が観戦客の数名を人質に取っている状況だ。

 幸いレヴィとミアが人質に選ばれる事はなかったが、スヴェンはどう動くべきか思考を巡らせる。

 

 ーーこの場で派手に暴れるわけにもいかねえか。

 

 未だ敵の規模が掴めない状態で下手に動けば最悪の事態を引き起こす。

 頭目の要求から邪神教団と繋がりが有るのは明白だが、

 

「……どう切り抜けるか」

 

 レヴィとミアだけに聴こえる声量で呟く。

 

「アンノウンっと言ったかしら? どんなモンスターか判らない以上、迂闊に行動するのは危険ね」

 

「分かってることは影の魔法を使うことぐらいかな」

 

 試合会場に出場選手とアンノウンさえ居なければ、昨日受け取ったハンドグレネードで片付けられるが相手にも魔法が有る。

 同時に行動を起こせば人質は確実に始末され、ユーリが封印の鍵を渡す可能性は低くなる。

 それはスヴェンにとってはどうでもいいが、エルリアをはじめとした各国にとって重視すべき問題だ。

 なら人質を犠牲にせず観戦席の障害排除、多少の犠牲に眼を瞑れば人質の解放、レヴィをこの場から逃すことが可能になる。

 そう上手く事が運ぶとは限らないが、スヴェンは思案しつつ周囲に眼を向けた。

 誰しもがこの状況は良くないと理解していながら動こうにも動けず、そんな表情を浮かべている。

 

 ーー誰だって自分の行動で死者を出したくねえか。

 

 他人に対してそこまで気遣う必要は皆無だ。結局自分の身は自分で守るほかにない。

 ただ誰かが行動を起こせば、それに呼応して行動に出る。

 この場に居る一般人は自ら犠牲者を生みたくないのだ。

 スヴェンは仕方ないとため息を吐く。

 人を焚き付けるのもいつだって外道の役目だ。

 今の装備で出来ることは限られているが、十秒以内に観客席の障害を排除すれば事態も変わる。

 少なくともユーリを救出する為に彼の私兵は戻って来る可能性が見込めた。

 

「仕方ねえ、今から俺が行動を起こす……その間にミアは隙を見て彼女を連れ出せ」

 

 二人はこちらの考えを理解したのか、眉を歪めていた。

 

「殺人禁止と言いたいけれど、相手が罪人ならしょうがないわね……だけど彼女達はどうなるのかしら?」

 

 レヴィの問い掛けに対する答えは決まっている。

 

「最悪死ぬ。この状況で理想的な結果を求めるには、敵対戦力が多過ぎんだよ」

 

「……魔法さえ使えれば戦力差は覆せるのに」

 

 現時点で魔法が使えないレヴィは苦渋の表情を浮かべ、

 

「あん? 返還を確約されてんだ。多少の期間が延びる分には構わねえよ」

 

「いえ、それがそういう訳にもいかないのよ。三年分の魔力の間借り、それは本来三年の間に得られる魔力を先に借りた状態なの。だから私の魔力が回復を始めるのはどう足掻いても三年後よ」

 

 三年内で回復する魔力だと思っていたが、実際は三年後に回復という事実にスヴェンは驚きを隠せなかった。

 そんなリスクを背負ってまで召喚魔法を行使したことに、スヴェンは考え込みーー事実とも言える状況を思い出す。

 スヴェンが召喚される直前、あの場所にはもう一人居た。それこそこの程度の戦力差など物ともせず、装備に左右されない破格の戦力があの場所に。

 

 ーー俺を召喚した魔法は、本来なら覇王エルデを呼ぶ為のもんだったのか?

 

 実際にレヴィ、いやレーナが抱えたリスクとスヴェンという戦力は釣り合いが取れていない状態だ。

 真実に近い推測にスヴェンは息を呑む。ただ今話してどうなる話でもない。この話は無事にコロシアムから脱出した後にすべきだ。

 

「……アンタの意向を極力叶えんのも傭兵の勤めだったな。ま、あんま期待はしねえでくれよ」

 

「ごめんなさい、私の我儘に振り回す結果になってしまって。だから貴方は私の護衛として無事に戻って来るように」

 

 レヴィの言葉を命令と受け取ったスヴェンは頷き、密かにサイドポーチからスタングレネードを取り出す。

 そして一度は試合会場の三名を見捨てる方針を立てたが、視線を向ければ三人の闘志は衰えてはいない。

 それどころか隙を窺い、事態の好転を待っている様子だ。

 戦う気力が有るなら事が起これば自ら抵抗するだろう。

 

「いいか? 俺が合図したら眼と耳を塞げ。それとアンタに貸したサングラスは返してくれ」

 

「気に入っていたのだけれど、いま使うのかしら?」

 

 受け取ったサングラスを掛けながら問いに答える。

 

「ああ、今から会場の視界を奪う……いいか? バカでもクソガキに分かるようにもう一度言うぞ」

 

「スヴェンさん? 私をバカにしすぎじゃないかな?」

 

「最悪な事故を引き起こさねえためだ。俺が合図したら眼と耳を塞げ」

 

 スヴェンはミアがスタングレネードに巻き込まれないように念を押して告げると、彼女は不服そうな眼差しを向けるも指示に従うと頷いて見せた。

 改めて観戦席の敵ーー六人の人質を取った十二人の荒くれ者。幸いな事に人質と荒くれ者は一箇所に固まっているのは好都合だ。

 そして四箇所の出入り口を塞ぐ四人の位置を確認する。

 次にVIP席の方に視線を向ければ、既にユーリの保護に戻って来ていたアラタ達の姿が視認できる。

 正直に言えば作戦でも何でもない出たところ勝負にスヴェンはスタングレネードの上部を捻る。

 コロシアムの上空に投げ込むと同時にガンバスターを握り締め、

 

「塞げ!」

 

 スヴェンの指示にレヴィとミアが眼と耳を塞ぐ。

 そしてスヴェンが駆け出した瞬間、眩い閃光と爆裂音がコロシアム全土を襲う!

 

「ぐわぁぁぁ!! め、目がァ!」

 

「な、なにごとだい!?」

 

「なんなのよ一体!」

 

 突然の事に叫び声をあげる会場の一般客。

 スヴェンは背凭れを足場にコロシアムを駆け抜け、最初に出入り口を塞ぐ敵をガンバスターで斬り伏せながら駆け抜ける。

 続けて現在地と西の出入り口、その間に位置する広めの通路で人質を見張る荒くれ者に接近。

 スヴェンは人質の中心に飛び込み、十二名の荒くれ者の背後にガンバスターを一閃する。

 背中から肉を両断された十二名の鮮血が舞う中、次の場所へ駆け出す。

 

 ーー閃光が晴れるまで残り9秒。

 

 西の出入り口を塞ぐ敵の頭部をガンバスターで斬り裂き、そのまま北の出入り口に駆け出す。

 まだ視界も回復せず耳もやられた敵はスヴェンの接近に気が付かず、

 

「……な、なにが……ごふっ」

 

 すれ違いざまに背中から腹部を斬り裂かれ床に崩れ落ちる。

 スヴェンは既に殺した相手を気に留めず、東の出入り口に急ぐ。

 コロシアムを駆け巡り、時には椅子を足場に最短ルートで突き進む。

 ちらりとレヴィとミアの方に視線を移せば、出入り口に向かう二人の姿が見える。

 予定通りに動いた二人に安堵したスヴェンは、最後の敵にガンバスターで叩き斬った。

 出入り口を塞ぐ四人の敵を始末を終え、その場を一瞬で離れながらガンバスターにこびり付いた血を払う。

 そして閃光が晴れる前にスヴェンは何食わぬ顔で元の客席に座り直す。

 閃光が離れるのと同時にサングラスをサイドポーチにしまう。

 

「な、何が起こってんだ! おい、ユーリィィ!! オレの部下に何をしやがった!?」

 

 出入り口を塞いだ味方全員が惨ったらしく死亡してる姿を見た頭目の怒声が響き渡る。

 ユーリは起きた出来事に戸惑い、

 

「……これは!? いや、今が好機か……突入せよ!!」

 

 状況が好転したと判断したユーリの指示にアラタ達が動き出す。

 怒り荒狂う頭目に荒くれ者は戸惑い、出場選手と審判を抑えていたアンノウが血の臭いに動き出した。

 モンスターと言えども所詮は獣。血の臭いがすれば獲物の方に向かう。

 例え星の自浄作用として存在していようが、刻まれた生物の本能に抗える訳ではない。

 

「ぼ、ボス! 試作品が勝手に!」

 

「チッ! 食欲を抑えられねえか! 野郎ども! 直ぐに構えろ! ユーリの私兵が来るぞ!」

 

 頭目が指示を叫ぶ中、荒くれ者の声をスヴェンは決して聴き逃さなかった。

 連中はモンスターを人工的に製造した。だからチグハグな姿をしていると言われれば説明も付くが、一体どんな技術でモンスターを人工的に製造したのか。

 デウス・ウェポンの科学技術でさえ到達しなかった禁忌を誰かが成し得たとしたら?

 

 ーーいや、今は二人と合流すんのが先だな。

 

 もう既にアンノウから離れた二名の出場選手と審判は魔法を唱え、会場の壁を飛び越えんとするアンノウンに魔法を放つ。

 それぞれ放たれた魔法が各アンノウンの身体を貫き、夥しい鮮血が舞う。

 

「今だ! 全員突入ぅぅ!! 奴らを捕縛せよ!!」

 

 敵の隙を付く形でユーリの私兵が試合会場に雪崩れ込む。

 それに負けじと応戦を開始する荒くれ者集団。

 瞬く間に剣戟と魔法が飛び交う戦場化した試合会場、その中で巻き込まれないと姿勢を低く移動する二名の選手。

 そしてそんな光景を目撃した一般人は安堵した様子で椅子に深々と座り込んでいた。

 スヴェンは交戦状態に入った両陣営を見届け、静かに誰にも気付かれることなく観客席から脱出する。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 コロシアムの廊下に出たスヴェンは、斬撃音と打撃音に足を急がせた。

 離れた途端にレヴィとミアが襲撃を受けた。想定していた最悪の当たりを引いたスヴェンは内心で舌打ちし、廊下を駆ける。

 すると廊下の先々で気を失う荒くれ集団に眼を細め、円卓状の廊下を曲がるとーーレヴィとミア、そしてアシュナが襲い来る荒くれ者を制圧してる姿が映り込む。

 

 荒くれ者はレヴィの剣から放たれた剣圧で吹き飛ばされ、壁に衝突。

 更に一番弱いと判断されたミアを荒くれ者が囲むが、彼女は杖を巧みにその場で鋭い回転を放つことで取り囲んだ荒くれ者を弾き飛ばしていた。

 アシュナに至っては荒くれ者に気付かれず、背後から強襲を仕掛け意識を刈り取る。

 そして荒くれ者はアシュナの存在に気付くことなく地に倒れ伏していた。

 完全に護衛の意味と自身の立場や存在意義を見失ったスヴェンは静かな足取りで三人に近付き話しかける。

 

「アンタまで戦ったら護衛の意味がねえだろうに」

 

 レヴィは剣を片手に微笑んで見せた。

 

「如何かしら? 魔法騎士団団長から剣の手解きは受けていたのだけれど」

 

 一部しか目撃していなかったが、レヴィの剣術は召喚者の認識を改めるには充分過ぎる程の腕前だった。

 本来召喚魔法は召喚者が死ねば召喚したものも消滅してしまう。

 その特性上前に出る必要は無いが、基本後衛は前衛と違って接近戦を苦手としている印象が有った。

 だがそれは間違いだ。特にレヴィの素早く華麗かつ強烈な一撃を叩き込む剣技を観てしまえばなおさら。

 

「良くも悪くも召喚師の認識が変わった。それぐらいアンタの剣は鮮麗されていた……ってかアンタに護衛は必要か?」

 

「護衛は必要よ。なにせ私の活動は護衛を付けることが最低条件だからね」

 

 そう言って剣を鞘に納めるレヴィを尻目にスヴェンはミアとアシュナに視線を向ける。

 

「廊下にこんだけ待機してやがったのか」

 

「私達が廊下に出た途端に襲いかかって来たんだよ。しかも私達は美少女だからね! 捕らえて売り飛ばすって叫んでたよ」

 

 ミアはドヤ顔で美少女と強調するが、やはりスヴェンの眼には彼女が美少女には見えない。

 スヴェンはミアの戯言を半分無視して、

 

「売り飛ばすってことはコイツらは人身売買に加担していると考えるべきか?」

 

「魔法騎士団とオールデン調査団の人がコロシアムの外で立ち往生してた」

 

 壁の影からアシュナに告げられた報告に、スヴェン達は廊下の窓に視線を向ける。

 するとコロシアムに入れないのか、立ち往生を繰り返す魔法騎士団やユーリの私兵に限らず、オールデン調査団と書かれた腕章を持つ集団に眉が歪む。

 

「……入れねえのか?」

 

 スヴェンの疑問を他所にミアは窓を開けーーそして手を外に出そうしたが見えない何かに彼女の手がバチンッ! 弾かれた。

 

「いつつ……結界に阻まれてるよ」

 

「閉じ込められたってことか」

 

 元々会場に居る全員を人質にする予定だったが、ほんの些細な混乱から予定が崩れた。

 廊下に気絶してる人数を考えれば、もしも敵の予定通りなら一般観戦客の客は彼らに何処かに連れ出されていたかもしれない。

 

「確か連中は召喚魔法で乗り込んで来たな……ってことは召喚陣自体は前々から仕込まれてたか?」

 

「その可能性が高いわね。本来召喚魔法は召喚陣を媒介にして呼ぶ魔法だから、コロシアムの何処かに召喚師が居る筈よ」

 

 まだ敵は潜んでいる事にスヴェンは頭を搔く。

 

「……簡単に終わらねえか。いや、先ずはアンタを外に出す方が先決だな」

 

「それじゃあ結界をどうにかしないといけないわね。この状況が片付くまで最後まで付き合うわよ」

 

 強い意志を宿した眼差しを向けるレヴィにため息が漏れる。

 本来なら結界を破り、レヴィを連れて脱出する。それが一番の最優先事項かつ尤も重視すべき結果だ。

 ただ外に脱出した先で何が起こるとも限らない。

 此処は少しでもレヴィの安全に繋がる行動に出るべきだろう。そう判断したスヴェンは、外に向けて話しかけるミアに視線を向ける。

 

「……ダメ、向こうもこっちの声も完全に遮断されてるみたい」

 

 外に居る連中は必死にミアに何かを告げようと口を動かしていた。

 スヴェンは彼らの口の動きを見詰め、

 

「あ〜『我々は外部から結界の突破を試みる。ミア殿は内部から結界の突破を試みて欲しい』だとよ」

 

 戦場で尤も役に立つ読唇術で内容を告げると、三人から奇妙な者を見る視線を向けられた。

  

「本当に言ってるの? もしかして適当に言ってないよね?」

 

 疑うように問うミアにスヴェンは鬱陶しいげな口調で返す。

 

「戦場じゃあ時に話し声が命取りになる時があんだ。そんな時に相手の表情と口の動きを読み取って内容を把握すんだよ」

 

「へぇ〜?」

 

 まだ疑いが晴れないのか。ミアは口だけを動かしはじめる。

 

「あん? 『そろそろ治療魔法の有用性を理解したでしょ?』『次から死にたく無かったら私を敬い甘やかすことね!』だと?」

 

 ミアが語り出した主張にスヴェンは青筋を浮かべながら握り拳を作る。

 そしてギリギリっと筋肉が軋むまで力強く握った拳をミアに振り上げると、

 

「ちょ、調子に乗ってごめんなさい!」

 

 彼女はしゃがみ込んで頭を抑えた。

 まさか本気で拳を振り下ろすことなどしない。

 

「分かったら先を急ぐぞ……外の連中が呆れてるからよ」

 

 ちらりと視線を向ければ、『こんな時に遊んでんじゃねえよ馬鹿野郎!』そう言いたげな複数の眼差しがスヴェンとミアに突き刺さる。

 スヴェンとミアはレヴィを連れて結界解除に向けて駆け出した。


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