傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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5-12..結界の守護者

 

「結界魔法陣は何処に在る?」

 

 コロシアムの廊下を駆け抜けながら隣りを並走するレヴィに問うと、彼女は速度を早め前に出た。

 

「地下室よ」

 

 彼女の長い金髪が風に揺られ、華奢な背中にスヴェンは眼を細める。

 あの背中にどれだけの期待を背負っているのか。単なる傭兵でしかない自身には想像も付かない。

 少なくともラピス魔法学院に入学しなかった事を考えれば、もっと幼い時から王族として国を背負っていたのか。

 そう考えれば考えるほど、彼女の背中があまりにも大きく見えた。

 スヴェンは速度を速め、レヴィの隣りに並走する。

 

「コロシアムは円状だが、地下室の入り口は何処だ?」

 

「次の曲がり角を真っ直ぐ進むとVIP席の廊下に出るの、それで廊下の支柱に魔法で秘匿された隠し扉が在るわ」

 

 魔法で秘匿された隠し扉ーー技術研究所の入り口をれんそうしたスヴェンは隣りに追い付いたミアに視線を移す。

 

「アンタは魔法の解除はできんのか?」

 

「専用の詠唱を知ってれば誰でも解除できるよ。例えば私みたいに治療魔法しか使えない人でもね」

 

「ってことは詠唱は合言葉のようなもんか」

 

「そうなるかな。でも魔法に対する基礎知識と基礎理論が必要だけど」

 

 つまりこのまま先に先行してもスヴェンでは隠し扉を破る方法がない。

 できればミアにはレヴィを連れて安全な場所に隠れて欲しいがーーそう思った矢先に試合会場の方から爆音と複数の獣の咆哮が響き渡った!

 まだ敵の召喚師を無力化していない。それはこの状況が長引けば長引く程、ユーリの私兵と一般人に損害が出る。

 三人は更に足を速め、秘匿された隠し扉の下へ向かった。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 到着した壁際の支柱に魔力を意識すれば、無透明な魔法陣が展開されてる事が分かる。

 一度魔力を視認してしまえば認識可能な魔法陣。しかしそれは事前にそこに魔法陣が在ると理解しているからこそ気が付けることだ。

 特に魔法大国エルリアは魔道具はもちろんのこと、日常的に常に暮らしの至る所で魔法が使われている。

 そんな日常の中で常に魔法に意識を集中させるのは非効率だ。

 ミアが魔法陣に杖の先端を向け、魔力に意識を集中させている間にスヴェンはそんな事を考えていた。

 スヴェンの思考を他所にミアが詠唱を唱える。

 

「神秘に護られ、秘匿されし存在よ。我が呼び声に応じてその姿を現したまえ」

 

 ミアの詠唱に魔法陣が円の外側から中心にかけて砕け始めた。

 そして完全に砕けた魔法陣の残影が淡い光りを放ち、スヴェン達の目の前から支柱が消えーー秘匿されていた扉が出現した。

 スヴェンは扉の向こう側から敵意に満ちた気配を感じ取り、ガンバスターを引き抜く。

 扉の先にハンドグレネードを投げ込み、内部の敵を一掃する。傭兵らしい方法が瞬時に浮かびーーまだ人質が居ないとも限らない状況にスヴェンは内心で舌打ちする。

 

「今回も正面突破か」

 

「うわぁ〜不服そう。もしも他に入り口とか通気口が有ったらどうしてたの?」

 

 ミアの質問にスヴェンは無表情で淡々と答えた。

 

「位置取りにもよるが、気付かれる前に背後から始末する」

 

「容赦ないね……そういえばさっき使った道具は? アレだったら真正面から乗り込んでも大丈夫じゃない」

 

 ミアのさっきの道具はまだ有るんでしょ? そう言いたげな眼差しにスヴェンは肩を竦める。

 

「スタングレネードはさっき使ったので最後だ」

 

「……スヴェンさんって意外と物を持たないタイプ?」

 

「……召喚直前まで殺し合ってた標的相手に武器をほとんど使い切ったんだよ」

 

 その話を隣で聴いていたレヴィは何かに気付いた様子で、

 

「召喚直前……いえ、この話は後にしましょう」

 

 スヴェンを確かめるように見つめ、扉に向き直った。

 これでレヴィは自身が誤って召喚された可能性に気付いた筈だ。

 今更気付いた所でどうにかなる訳ではないが、彼女が外道を信頼することは一先ず無くなるだろう。

 それはスヴェンにとって尤も望ましい事だった。彼女の向ける笑みと信頼はあまりにも眩し過ぎる。

 だからといって魔王救出を途中破棄する気は無いが、スヴェンは考える事を後回しに扉を蹴り破った。

 扉の先、ガンバスターを振るにはあまりにも狭い一本通路に、スヴェンはガンバスターを鞘に納め、変わりにナイフを抜き構える。

 

「よし、ミアとアンタはここで待機してろ」

 

 狭い一本道だ。背後を強襲されては叶わない。

 その考えから提案したのだが、ミアとレヴィは不満気な眼差しを向けていた。

 また何か勘違い。いや、今の伝え方は言葉が足りなかったと考え直す。

 

「背後から襲撃されりゃあ危険だろ? だから二人……いや、ミアにはここを護って欲しいんだよ」

 

 そもそもレヴィは護衛対象だ。本来なら彼女を連れたまま行動に出るべきではない。

 自身がやっている行動は護衛として三流以下、無能の極みだ。

 

「……ダメよ。貴方は結界魔法の止め方を知らないでしょう」

 

 あくまでも付いて来る。そう頑なに語るレヴィにミアはこちらの考えを察したのか、

 

「じゃあ敵の制圧をお願い。その間に私達は手が空いてる誰かを呼ぶから!」

 

「方法を教えさえすりゃあ済むんだが?」

 

「いやぁ〜結界魔法はさっきの合言葉とは違って、結界を構成する魔法陣に干渉して魔法式を書き換える必要が有るから私達には無理だよ」

 

 確かにミアは治療魔法しか使えず、レヴィは魔力が枯渇。そして自分はといえば魔法に関する知識が無い。

 アシュナなら可能そうでは有るが、彼女を頼るなら敵を片付けたあとになる。

 そもそも、この場の誰も結界魔法を解除できない面子でよく結界をどうにかしようと行動に出たものだ。

 今更言ってもしょうがない事にスヴェンはため息を吐く。

 そんなスヴェンに通路の先を見詰めていたレヴィが、意を決した眼差しで、

 

「スヴェン、この先からかなりの魔力量を感じるわ。だから無茶だけはしないで」

 

 この先は危険だが無茶はするなと告げられた。

 スヴェンは改めてレヴィに向き直れば、彼女の表情は不安を浮かべている。

 レヴィを安心させる言葉、例え上辺だけの意味を成さない言葉よりも結果が全てだ。

 だからこそスヴェンは結果を得るために、レヴィに何も告げず狭い通路を歩き出した。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 狭い通路を抜け、地下室に続く階段を降り終えたスヴェンは警戒心を最大限に引き上げていた。

 ここまで何も無かった。魔法は愚か罠の一つも存在しない単なる道。

 それこそが油断を誘う最大の罠だ。

 階段を降りた先に一本道の石造りの通路。警戒を宿しながら周囲を観察すれば本当に何もない事が分かる。

 

 ーー普通なら此処で警戒を緩めるが、熟練の傭兵は終着地点に罠を仕掛けるな。

 

 視界の先に見える終着地点。そこを目指して駆け出す者を確実に葬る罠。

 スヴェンは左手にナイフを持ち直し、右手でガンバスターの柄を握り締める。

 そして通路をカツン、カツンと足音を鳴らしながら進む。

 これで敵は接近に確実に気付いた。

 徐々に地下室の入り口と距離が縮まり、地下室の全体が見える。

 円卓状の一室にそこそこの広さ、そして部屋の中心、宙に浮かぶ魔法陣ーーアレがコロシアムの結界を維持する魔法陣か。

 しかし問題の敵の姿は見えないが一人分の気配を感じる。

 地下室の入り口に到着したスヴェンが一歩、地下室に踏み込んだ瞬間、視界の先が煌めく。

 突如飛来する矢をナイフで払い落とす。そして第二射が放たれるよりも速く、スヴェンは矢が飛んで来た真っ正面にナイフを投擲した。

 

「うわっ!」

 

 見えない敵の身体に突き刺さったナイフから鮮血が伝う。

 血が見えない敵の衣服を汚す。これで一人の位置は判明した。

 スヴェンは続けてガンバスターを構え、地を蹴り駆け出す。

 真っ直ぐ見えない敵に向かってガンバスターを一閃。

 だがガンバスターは空を斬り裂くだけで終わった。

 どうやら敵に避けられたようだが、床に滴る血が居場所を教えている。

 再度スヴェンは宙に浮かぶナイフと血を目印に駆け出す。

 

「ちょ! 旦那! こいつをどうにかして〜!」

 

 少女の助けを呼ぶ声が地下室に響き渡る。

 同時に突如二人目の気配が現れーースヴェンの真横から漆黒の刃が迫った。

 スヴェンは直進したままガンバスターを強引に盾に刃を防ぐーーだが防いだ瞬間、スヴェンの身体はガンバスターと共に弾かれていた。

 舌打ちを鳴らしながら受け身を取るスヴェンの足元に矢が飛来する。

 さっきの矢とは違う炎を纏った矢に、スヴェンは横転する事で避けた。

 そして続け様にこちらに降り注ぐ炎の矢を地を蹴り、筋力の瞬発力で避ける。

 

「今の避けるって……普通の異界人より戦い慣れてるよ!」

 

 姿が見えない少女が誰かに語りかける。

 いい加減に正体を拝みたい所だが、まずはこの状況をどうするか。

 少女の身体にナイフが刺さったままーーあの状態で弓矢を?

 ナイフを抜かないのは余計な出血を避けるため。しかし目測で肩の位置に刺さったまま矢を引き絞り放った。

 痛みに対する耐性も高いと見える。

 まだ出血している少女の位置は把握できるが、問題はもう一人の方だ。

 相手は奇襲による初撃を放ってから気配を消した。

 気配も読み取れず、足音も無く強襲してきた見えない敵。

 姿は見えないが何故か漆黒の剣だけは視認できた。

 つまり敵はわざと攻撃を見えるようにしていた。

 敵だが敵ではない。つまりそういう事なのだと察したスヴェンは、もう一人に構わず少女の方に駆け出す。

 

「げっ! またこっちに来る! ああもう! 消し飛べ!」

 

 突如魔力が増大すると同時に、スヴェンに標準を定めた魔法陣に眉が歪む。

 詠唱も無く構築された魔法陣から光りが膨れ上がる。

 

 ーーこいつはヤベェ! 

 

 あの魔法は即死級の一撃、直撃すれば身体など残らないだろう。そう判断したスヴェンは地を蹴り大きく跳躍した。

 同時に極光のレーザーが地下室の通路まで呑み込み、爆音が響き渡る。

 

「やった! 女の子を必要以上に狙う暴漢撃退!」

 

 喜ぶ少女の声が地下室に響く。

 そんな少女の背後に回り込んでいたスヴェンは、ガンバスターの刃を背中に押し当てた。

 

「動くな。動けば殺す」

 

「……背後を取られた? ……()()()()()()()()!」

 

 ドスッ! 突如鈍い音と小さな衝撃、滲み広がるような痛覚がスヴェンの腹部を襲う。

 視線を下に向ければ、何かに貫かれた自身の腹部。自身の血で汚れた見えない突起物。

 しかしそれでスヴェンが止まることは無い。

 スヴェンは自身の腹部を貫いている突起物を掴む。

 

「ひ、ひゃん! ち、ちょ……し、しっぽはだめぇ〜」

 

 突然響く甘く淫乱な声にスヴェンは鋭い眼孔を向けたまま、魔族の尻尾を自身の腹部から引き抜く。

 そして尻尾を掴んだままスヴェンは、尻尾を乱暴に振り回し、そのまま背後の壁に叩き付けた。

 

「ぐぺっ!」

 

 鈍い衝突音と情けない声が聞こえた瞬間、見えなかった少女の姿が顕になる。

 長い灰色の髪にヘソ丸出しの軽装。そして握り締められた弓矢。

 頭部の角、背中の蝙蝠の羽、そして尻尾。それはまさに噂に聴いていた魔族の種族を象徴する特徴だった。

 魔族が敵だろうとも魔王救出を考えれば、此処で魔族を殺害するのは得策ではない。

 先程から襲って来ないもう一人の魔族にスヴェンは、

 

「此処の結界を解除すりゃあ俺は帰る」

 

 そう語りかけた。

 本来目撃者を残すのは得策とも言えないが、相手が魔族では仕方ない。

 スヴェンはガンバスターを鞘に納め、気絶する魔族少女の肩からナイフを回収する。

 すると漸くもう一人の魔族から、

 

「……異界人、お前を試させてもらう」

 

 そんな返答と共に長い赤髪の魔族が漆黒の剣を片手に姿を見せた。

 

「めんどくせぇ」

 

 依然として腹部から血が流れる。

 だが此処で手を抜けば魔族は納得せず、むしろいざという時に協力を得られないだろう。

 スヴェンはガンバスターを引き抜き両手で構えた。

 二人は睨み合い、一滴の血が床に落ちた時ーー二人が同時に動き出す!


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