スヴェンが地下室に向かってしばらく経過した頃。
レヴィは地下室から聴こえる破壊音、銃声、襲撃音と斬撃音に眉を歪めていた。
地下室でスヴェンが一人だけで誰かと戦っている。
傭兵としての本質、護衛として彼が戦うのは納得も理解も及ぶ。
しかし黙ってこの場で待つことしかできないレヴィは、隣で地下室を見詰めるミアに視線を向ける。
「選手会場から増援は難しいのね」
先程ミアが増援を呼びに向かったが、戻って来た彼女の表情は優れなかった。
だから改めて確認のために聴いたのだが、
「うん、集団とアンノウの連携に苦戦状況で……スヴェンさんに戦力を回す余裕がないわ」
やはり返ってくる返答は増援が難しいという事実だけ。
せめて一人で戦う彼のために増援を送りたいが、それも叶わず待つしかできない。
もどかしい状況に地下室に続く狭い通路を見詰める。
「ミアはどうして彼を一人で行かせたのかしら?」
なんとなく先程のミアの選択を訊ねると、彼女は小難しい表情を浮かべーーやがて小さな笑みを浮かべた。
「近接戦闘と治療魔法しかできない私が付いて行っても邪魔になるだけ……でもそれは分かってるけど、スヴェンさんが此処を任せてくれたからだよ」
敵の増援が地下室に雪崩れ込むを防ぐ。それがスヴェンに頼まれたことだった。
人を疑い、頼ろうとしない孤高にも近いスヴェンがこうして二人を頼った。
それは単なる傭兵としての判断なのか、それとも彼自身の考えかはレヴィには依然として判らない。
ただ言えることは、彼に任された以上はこちらも期待に応えなければならないという事だ。
レヴィは改めて周囲を見渡すと、今度はミアから質問が飛ぶ。
「レヴィは如何して安全な所に隠れようとしないの?」
「こんな状況下で果たして安全な場所なんて有るのかしら? それにこんな状況で危険に曝される彼らを見捨てる真似が私にできると思う?」
今は素性を偽り単なるレヴィとしてこの場に居るが、自身の本質は何一つ変わらない。
王族としての責務とレーナ個人として国民の安全が最優先事項だ。
ただレヴィは眉を歪める。今の状況こそが自身の信念に矛盾を与えている。
先にコロシアムの廊下に出たのは他ならない自分達だ。まだ危険な状況に置かれた観戦客を置いて。
矛盾と国民に対する想いが胸を締め付ける中、ミアが心配そうに覗き込んでいた。
「……レヴィ?」
ーーいけない。弱音を見せるなんてらしくないわ。
「少し考え事をしていただけだから大丈夫よ」
「それなら良いけど……」
まだ心配そうに見詰める彼女にレヴィは心配ないと笑みを見せる。
やがて地下室から戦闘音が止んだことに気付いた二人は、狭い通路に向き直りーー声を失い、絶句してしまう。
左肩を失い腹部から夥しい出血を流すスヴェンが、自身の左肩を右脇に挟みながらこちらに歩いている姿に血の気が引く。
なぜ彼はあんな重傷を負っても意識を保てるのか、なぜ苦痛に顔色一つ変えず歩き続けられるのか。
なぜそんなになるまで戦い続けられるのか。
疑問が頭の中を駆け巡ると、カツン、カツン。そんな足音に漸く現実に引き戻されたレヴィは顔面蒼白のミアに叫ぶ。
「……ミア、早く治療を!」
「はい!」
出血多量により身体を蹌踉めくスヴェンをミアが支え、狭い通路から廊下に出る。
するとスヴェンの意識は朦朧としているのか、瞳の焦点が定まらず、
「ミアとアンタか……」
ミアの名を呼び、こちらの名を呼ばない。そういえば彼は一度もレヴィとは呼んでくれさえしない。
それが少しだけ不服でもどかしいと感じたが、
「スヴェン! 意識を保ちなさい! 死んではダメよ!」
今は彼に呼びかけることが最優先だ。
そしてスヴェンを壁際に座らせたミアが杖を構えながら、彼の左肩をこちらに差し出す。
「今からスヴェンさんに再生治療を施します! だから左肩を切断面に合わせて支えてください!」
ミアの治療師としての指示に、レヴィは迷うことなくスヴェンの左肩を受け取り、血が衣服に付着しようがお構い無しに彼の左肩を切断面に合わせ支える。
そしてミアは杖をかざしたままスヴェンを中心に魔法陣を構築させ、
「水と風よ、この者に再生と活力を与えよ」
詠唱を唱えることで魔法を発動させた。
魔法陣から放たれた青と緑の光りがスヴェンを包み込む。
すると支えていた左肩はスヴェンの切断面と接合し、腹部の穴が完全に塞がれる。
改めて見ればミアの治療師としての才能はずば抜けて高い。
いや、欠損した人体を骨ごと元通りに治せる治療師などミア以外には居ないのかもしれない。それだけミアはエルリアでも貴重な人材だ。
「ふぅ……今回はこれだけで済んだけど、スヴェンさんは一体何と戦ったのかな?」
あの地下室から感じた魔力にレヴィは覚えがあった。
いや、早速間違える筈もない魔力だ。つまりスヴェンはアルディアの大切な側近にして近衛兵隊長のアウリオンと戦った。
レヴィがミアに伝えようと口を開きかけると、
「……油断した。まさか荒くれ者に此処まで追い詰められるとはなぁ」
スヴェンが嘘の情報を口にする。
例え相手がミアであろうともスヴェンは嘘を吐いた。
それは恐らくアウリオン達の行動が邪神教団に漏れる可能性を考慮してだ。
レヴィが察するのと同様にミアも察した様子でいながら呆れたため息を吐く。
「……はぁ〜、そういうことにしておくけど、しばらく絶対安静に!!」
彼女の語気を強めた一言にスヴェンが嫌そうに眉を歪める。
今の彼は出血多量だ。そんな状態のスヴェンに無茶をさせる訳にはいかない。
「スヴェン、そんな状態で護衛が務まると思っているのかしら?」
二人の追撃にスヴェンはますます顔を顰めた。
やがて困った様子で不服そうに唸り声をあげ、そして盛大なため息を吐く。
ため息を吐きたいのはこっちだ。まさか左肩を切断されるような戦闘を繰り広げるなど想像もしていなかった。
そもそもなぜアウリオンとそんな戦闘を演じたのか。
いま彼に訊ねても恐らく答えないだろう。なんとなくだが勘がそう告げている。
「ところで動けるかしら?」
この場所に居ても仕方ない。そう思いスヴェンに手を差し伸ばすと、彼はその手を取らずに一人で立ち上がった。
「問題ねえよ……」
そして何かに気付いたのか背中のガンバスターの柄に右手を伸ばす。
そこで漸く鋼鉄を伴う足音に気が付く。
「こっちに人が居るぞ!」
「おっ! ミア殿と噂に聴くスヴェン殿じゃないか!」
どうやら駆け付けたのは外で立ち往生していた魔法騎士団で、レヴィとミアは互いに顔を見合わせては事態の終息に安堵の息を吐く。
「そちらの……な、なんてお美しいお方か!」
こっちの顔を見つめそんな事を述べる騎士にレヴィは笑みを向ける。
「試合観戦中に事件に巻き込まれた観戦客よ……貴方達が突入したということはもう結界は解除されたのよね?」
「は、はい。あっ、これから直ちにユーリ様と観戦客の救出に向かいますが……三人は先に外へ出た方がよいでしょう」
壁際に広がったスヴェンの血痕に気付いた騎士の配慮にレヴィは迷うことはなかった。
今は一刻も早く彼を休ませるのが先決だ。それに魔法騎士団の三部隊とオールデン調査団が突入したのだ、あとは彼らに任せても大丈夫だ。
レヴィは騎士に頷くことで返答を返す。その後騎士によってコロシアムの外へ連れ出されることに。