傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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5-15.望まない休養

 スヴェンは移動途中で気を失い、目覚めた時には宿部屋のベッドの上だった。

 コロシアムを襲った事件は魔法騎士団とオールデン調査団の突入によって一旦の終息に向かった。

 しかし捕えたのはレヴィ達が気絶をさせた荒くれ者共ばかりで、試合会場に居た頭目をはじめとした主力を取り逃がす結果に終わったらしい。

 アシュナの気配が感じられないことを訊ねると、どうやら彼女は情報収集に当たっているようだ。

 そんな報告を受け愛想笑いを浮かべるミアに、スヴェンはベッドに拘束された状態に青筋を浮かべる。

 

「話しは理解した……だがこの状況はなんだ?」

 

 顔だけミアに向ければ、彼女の背後でこちらの様子を見守るレヴィとエリシェの姿も。

 ミアはこちらの問いに対し、口元は笑っているが触った眼差しを向け、

 

「絶対安静!」

 

 鋭い怒声で告げた。

 

「ざけんな! こんな状態じゃあ飯もまともに食えねえだろうがっ! だいたいアンタの治療魔法のおかげで後は食って寝りゃあ回復すんだよ!」

 

 正直に言えば食事と睡眠だけで体力は万全な状態に回復する。だからこの拘束は過剰で、そもそも拘束の意味を成さない。

 

「ふーん? 拘束を解いたら一人で調査に出かけたりしない?」

 

 確かに試合会場に襲撃した敵は未だ健在だ。またレヴィが巻き込まれる前に対処したいところだが、潜伏先が判らない以上調査は必要になる。

 本音は一人で調べ、あの水死体が誰なのか把握しておく必要性も高い。そして敵対勢力を始末しておきたい。だが如何にもミアを納得させなければ拘束を解いてくれない様子だ。

 正直に言えば自身の身体の状態は自分が一番よく理解している。

 この状態では満足に身体が動かないだろう。

 

「やんねえよ。調査だとかは万全の状態でやるもんだ」

 

 スヴェンは真っ直ぐミアの翡翠の瞳を見詰めて話すと、

 

「レヴィ、スヴェンさんは嘘を付いてない?」

 

「……嘘は付いてないわね。スヴェンは自分の身体の状態ぐらい把握してるもの」

 

 確かに嘘は付いていないが、レヴィの瞳に内心を見透かされたようで居心地の悪さが身体を駆け巡る。

 そもそもクソガキ、護衛対象、鍛治職人の看病は不要。休める時は静かに休むのが回復の秘訣だ。

 スヴェンは自身の経験と自論を浮かべながら、

 

「じゃあアンタらは拘束を解除して部屋に戻れ」

 

 はっきりと告げると何を思ったのかミアは、小悪魔のような笑みを浮かべていた。

 

「えっ? 看病するよ、それとも美少女三人に看病なんて嬉しいイベントを拒むの?」

 

「拒むに決まってんだろ、バカじゃねえのか?」

 

「レヴィ、エリシェ〜!! 真顔で拒否られたんだけど!?」

 

 二人に泣き付くミアに、レヴィとエリシェはお互いに顔を見合わせ小さな笑みをこぼす。

 

「こうなることはなんとなく予想していたけれど、本当に看病は不要なの?」

 

「ああ、静かに寝てりゃあ回復するもんだ」

 

「そう……だけど貴方の左肩は完全には治ってないのよね?」

 

 スヴェンは自身の左肩を動かし左手を握り開く。その動作を何度か繰り返し、未だ左肩が離れた感覚から完全に細胞同士が結合していないのだと理解する。

 無理をすれば癒着しかけた細胞に亀裂が走り、左肩が千切れる。

 

「ああ、如何やらそうらしいな」

 

「本当に看病は不要なの?」

 

「不要だな」

 

「……はぁ〜、スヴェンさんがそこまで言うなら無理強いはしないけど、せめて食事の用意はさせてよ」

 

 宿屋の食堂から料理を運ぶ。それぐらいの手を借りてもいいだろう。

 なによりも未だミアとレヴィは看病できないことに納得していない様子だ。

 そこで食事の用意も断れば話が拗れ、ますます面倒臭い状態が続くことになる。それだけは全力で回避して幸福に満ちた食事を堪能したい。

 

「ああ、美味いもんを頼む」

 

 そう告げるとミアは晴れやかな笑みを浮かべ、気合をみせるように拳を握りーー嫌な予感がする。

 スヴェンが二人を止めようとするも、意気揚々と動き出したミアとレヴィはこちらに気付くことなく部屋から退出してしまった。

 普通に宿屋の食堂の料理を堪能できればそれで済む話しだったがーーそういや、ミアはあんま料理する機会がねえとか言ってたな。

 野宿時の食事が美味くなるなら何も問題無いようにも思えた。冷静に考え直せば特に焦る理由も無ければ嫌な予感も気のせいだ。

 そしてスヴェンは未だ部屋に居座るエリシェに視線を向ける。

 

「アンタも部屋に戻ったら如何だ」

 

「此処で作業を続けてダメかな?」

 

「また徹夜して寝過ごされる訳にはいかねえんだよ」

 

「そ、それは……だ、大丈夫。それにミアとレヴィと一緒だと女子会になって作業が進まなくなるから」

 

 まだガンバスターは基礎設計の途中だった。だから設計作業を集中して終わらせたいのだろうか。

 そう言えば作業中のエリシェは異様なほど静かだった。

 初対面の武器に興味を見せ、興奮していた様子が嘘だと思えるほどに。

 一つだけ疑問なのはミアと学友だったエリシェが、女子会を避ける理由だ。

 

「女子会ってのはよく判んねえが、アンタは嫌いなのか?」

 

「女子会はむしろ好きだよ。夜遅くまで色んな話で盛り上がって、それにレヴィのことも知りたいし」

 

 それならわざわざこっちで作業しなくとも良いように思える。

 彼女の集中力なら喧しいミアの雑音も気にならないだろう。

 

「なら元の部屋で良いんじゃねえのか?」

 

「いやぁ〜楽しそうに談笑してると混ざりたくなるから。それにあたしは仕事で来てるから、流石に楽しい女子会は請けた仕事がひと段落してからって決めてるんだ」

 

 仕事に対する姿勢を語るエリシェに、スヴェンは眼を瞑る。

 彼女の作業効率が上がるならそれに越したことはない。特にアウリオンは強かった、魔王救出を確実に達するには材質を魔力に適した物に変えたガンバスターが必要だ。

 

「……アンタの作業が効率的に進むなら好きにしろ」

 

 そう告げるとエリシェは安堵した様子を見せ、

 

「良かったぁ〜これで作業が捗るよ!」

 

 やがて何か思い出したのか、急に血の気が引いた表情を浮かべていた。

 ころころ表情が変わるガキだ。スヴェンはそんな印象を受けながら疑問を示す。

 

「み、ミアにご飯作らせて大丈夫?」

 

 ミアの作った料理は既に一度食べことが有るが、彼女が青褪めるほど酷い料理ではなかった。

 同時にスヴェンの腹から空腹を告げる音が鳴る。

 

「アイツの料理はそこまで酷くねえと思うが……まあ経験を重ねれば上達はすんじゃねえか?」

 

「そ、そうなのかなぁ? ミアはラピス魔法学院で同級生全員を医務室送りにした伝説を持つのに」

 

 焦げた干し肉と色の悪いスープの味は今でも憶えている。あの味で学生が医務室送りなら、デウス・ウェポンの食事擬きは窒死級だろう。

 

「食事と語る身の程知らずな食事擬きを当たり前のように食い続けた身としちゃあ、アイツの料理は遥かにマシだぞ」

 

「……逆に気になるんだけど? スヴェンの世界のこととかさ」

 

「あ〜食事擬きは数少ない拷問道具だ。アンタに分ける訳にはいかねえよ」

 

 はっきりと不味いと伝えながら断ると、エリシェは壁に立て掛けれたガンバスターに視線を向け、

 

「食事が大変な世界ってことは分かったけど、武器を造る技術はテルカ・アトラスより進んでるよね?」

 

 確かに技術は進んでいる。しかしそれは長い人類の殺し合いで発展させてきた技術だ。

 武器が進歩すると言うことは、それだけ戦争経済から抜け出せない証拠だった。

 だからこそスヴェンはエリシェの質問を沈黙で答える。

 

「あっ、話したくないんだ。……なら別に答えなくていいけど」

 

 人には話し難い質問がある。その事をよく理解しているか、エリシェはあっさりと引き下がった。

 しかし彼女の顔はデウス・ウェポンの技術に興味が尽きない様子だ。

 デウス・ウェポンの武器は容易くテルカ・アトラスの武器市場を塗り替える。

 完璧な再現は技術と素材の違いから無理だが、技術を魔法で素材を別の物で代用が可能だ。

 自身の望む戦場が、傭兵の存在意義が生まれる可能性が高まる。だからこそデウス・ウェポンの武器技術を伝える訳にはいかない。

 既に銃に関する技術を伝えているが、

 

「昨日言い忘れたが、アンタが設計してる武器は簡単に人を殺せる武器だ」

 

 脅しのつもりで事実を告げると、意外なことにエリシェは動じた様子を見せずーー寧ろ自分がどんな武器を設計しているのか明確に把握した様子で、

 

「知ってる。ガンバスターと銃の構造を解析して図面を引いた時、どうしてこんな構造なのか、武器一つに2種類の武器を詰め込んだのか考えた時……あぁ、これは人を殺す為の武器なんだって」

 

 彼女が理解した事を告げられた。そこにこちらに対する険悪感を見せず既に決意していたのか語り出した。

 

「だからあたしは他の人に銃もガンバスターも売らないし、造らない。これはスヴェンの完全オーダーメイド製品だから!」

 

 それはそれで鍛治職人としての利益が得られないように思えるが、エリシェの決意は本物でそれを否定するのは失礼だ。

 寧ろ自身のような戦争屋の外道が大量に現れない状況になるだけマシだ。

 同時にエリシェのような思慮深い職人が専属鍛治師なら、どれだけ武器の都合が付くか。

 そう考えたスヴェンは自身も気付かない内に口にしていた。

 

「アンタのような職人が専属なら気楽でいいんだかな」

 

 漸く自身の口から内心が漏れたことに気付いたスヴェンは、自身の失敗に顔を顰める。

 いずれテルカ・アトラスから消える人間が専属を雇うなどどうかしている。

 我ながら情けない失敗に自嘲気味に険悪感を宿すと、

 

「……スヴェンの専属ならなってもいいかもね」

 

 はっきりとそんな言葉が耳に届く。

 気が早過ぎるなどツッコミたいことは多いが、聴き間違えならどんなに対応が楽か。

 スヴェンははっきりと彼女の申し出を断る為にエリシェに視線を向けると、突然彼女が噴き出すように笑った。

 

「あははっ! 冗談だよ! まだあたしの半人前の腕前じゃ誰かの専属なんて烏滸がましいもん!」

 

 少なくとも彼女の武器に対する意欲は半人前とは思えない。

 ただスヴェンはその事を追求せず、自身の誤りから逃れるように沈黙した。

 それから微妙な空気が室内に漂う。

 しかしそれはミアとレヴィが宿部屋に戻って来たことで終わりを告げる。

 漸く来た食事に期待を込めながら二人に顔だけ向けると……ミアとレヴィは瞳を潤ませていた。

 何が起きてそんな結果になったのか、スヴェンはゆっくりと視線を下に移す。

 ミアが待つトレイに乗せられた四皿から立ち昇る紫色の怪しげな煙に眉が歪む。

 生憎と此処からでは皿の中身が見えない。

 

「……スープか?」

 

 なんの料理か訊ねれば、ミアは視線を明後日の方向に逸らしながら、

 

「えっと、滋養強壮と鉄分の補給……その他栄養バランスを重点的に選んだ食材で作った……料理、です」

 

 しょんぼりとした声で答えた。

 先程の意気揚々としていた二人の表情は嘘のように沈んでいる。

 だがそんな事は関係ない。いまは血が足りずに腹が減っている状態だ。

 

「拘束を解いて飯をくれ」

 

「た、食べるの? い、一応味見はしたのだけど……美味しくないわよ」

 

 食べる事を拒むレヴィにスヴェンは無理でも拘束を解こうともがく。

 

「そ、そんなにお腹空いてるんだ」

 

 トレイを持ったまま困惑を浮かべるミアを他所に、仕方ないとエリシェがミアからトレイを受け取る。

 そしてベッドに近寄り、眉を歪めながらエリシェはフォークに赤黒い獣肉らしき物体を刺した。

 刺された物体から紫色の湯気が立ち昇る。一見すると毒物に見えなくもないが食べてみないことには判らない。

 

「……こ、これ。本当に食べるの?」

 

「食うが、その前に拘束外せよ」

 

 そう告げるとフォークで刺した赤黒い獣肉の一口が口に入れられた。

 突然口に入れられた肉を反射的に噛む。すると強く刺激的な辛味が口内に広がる。

 同時にスヴェンの額から汗が滲み出た。  

 

「結構辛えが、悪くねえな」

 

 デウス・ウェポンの食事擬きと比較して遥かにマシな料理に対する感想を述べると、ミアとレヴィは申し訳なさそうに床に手を付くように崩れ落ちた。

 

「スヴェンさん、それは美味しくないの。本当に美味しくないんだよ」

 

「貴方の味覚が正常なら真っ先に出る単語は、不味いなのよ……」

 

 確かにテルカ・アトラスの食事水準で比較すれば二人の作った料理は不味い。

 別にスヴェンは特別味覚音痴という訳ではない。

 それよりも問題はなぜ拘束を解かれないのか。それが食事の味よりも最大の問題だ。

 

「……それよりも飯の前に拘束を解け!」

 

 万全の状態ならこの程度の拘束具は腕力に物を言わせて破壊することができるが、いかせん血が足りな過ぎて力が入らない。

 この状態では誰かには拘束具を解除してもらう他にないのだが、漸く立ち直ったレヴィがベッドに近付き、拘束具を外した。

 そしてエリシェが差し出すトレイを受け取り、そのまま勢いよく二人が作った料理を口に運ぶ。

 

「……ミア、ほんとにスヴェンは大丈夫なの?」

 

「私が食べたレーションよりは酷くないけど、でも平気で食べて貰えるのもそれはそれで複雑!」

 

 エリシェとミアのそんな会話を耳に、スヴェンは己の空腹を満たすべく一心不乱に食事を続ける。

 やがて腹を満たしたスヴェンはそのまま、意識を手放すように眠った。


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