傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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第六章 騒乱の一日
6-1.告げられる情報


 窓から差し込む朝陽を受けたスヴェンは眼を覚ます。

 眼を開け、視線を動かすと机にうつ伏せのまま眠るエリシェの姿が有った。

 またか。仕事熱心なのはいいが、二度目となれば考えものだ。

 スヴェンは呆れたため息と共に身体を動かす。そして左肩を動かす。

 

「万全だな」

 

 完全に傷は癒え、体力も回復した。これで緊急時の戦闘にも対応できる。

 さっそくベッドから降りては、今度は眠っているエリシェをベッドに運ぶ。

 そしてスヴェンは机に向かい、置かれた設計図に舌を巻く。

 既に完成された設計図、そして図面の隅に書かれた反動抑制モジュールを参考にした魔法陣の構築式や魔法式が完成時の期待を膨らませるには十分だった。

 まだ完成まで程遠いが、滞在中に試作品の試験が出来れば上等的に思える。そんな期待感を胸にスヴェンはシャワーの支度を済ませ、浴室に足を運んだ。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 朝のシャワーを済ませ、一人で宿屋フェルの食堂に足を運んだスヴェンは適当な席に着く。

 ちらりと辺りを見渡せば子連れの家族、一人で朝の紅茶を嗜む者ーー自分を含めた六人の客が居る。

 さて、朝は何を食べようか。スヴェンがメニューに手を伸ばすと騒ぎ声が響く。

 

「だから! このマヨネーズを採用すれば売り上げ増加間違いなしなんだって!」

 

 カウンターの店員に叫ぶ金髪の少年に目が行く。

 朝から面倒な騒動は勘弁して欲しいが、カウンターの店員は冷ややかな態度で、

 

「あんなカロリーのバケモノを採用したらお客さんの健康が損なわれ、お腹をくだしますよ。……現に貴方の指示で作ったまよねーず? でしたか? それを試食した厨房スタフが全員病院に運ばれましたからね」

 

 試食で病院送りにする食材? スヴェンは多少の興味が惹かれるが腹を壊すような物は極力食べようとも思えない。

 

「ぐっ……そ、それは胃が鍛えられてないから。でも! 慣れると病み付きになる万能調味料なんだよ!」

 

「あんな油に油を更に油を追加した調味料を受け入れるには数百年掛かりますよ」

 

 分かったら早く帰れ。そう鋭い視線で語る店員に金髪の少年が悔しそうに歯軋りを鳴らし、ようやくその場を立ち去る。

 そんな彼とレヴィがすれ違うようにやって来ては、こちらに近付く。

 そして無言のまま椅子に座ると、

 

「……貴方が昨日遭遇したのって、やっぱり?」

 

 昨日のコロシアム地下室で誰と戦ったのか、既に察してが付いている様子で訊ねられる。

 スヴェンは肯定とも否定とも取れる酸味な態度で肩を竦め、

 

「今日も調査か?」

 

「むっ、逸らすか。まあいいわ、今日は調査だけれど……っ!?」

 

 何かに気付いたレヴィが突如椅子を蹴って立ち上がると、突如食堂全体の空間が歪む。

 スヴェンは警戒から背中のガンバスターの柄に手を伸ばすと、空間の歪みの中から二人の魔族が姿を現す。

 突然のアウリオンとリンの登場にスヴェンは冷や汗を流しつつ、ガンバスターの柄から手を離した。

 ふと、突然魔族が出現した状況で嫌に静かな様子に違和感が芽生える。

 レヴィが冷静なのは理解が及ぶが普通なら魔族の出現に店員と客が騒ぎ出す。

 だからスヴェンが周囲に視線を移すーー店員と客は静止たまま動かない。

 まるで時の流れが止まったのか、一切動かない店員と客。極め付けは子供が落としたフォークまでもが、宙で静止している。

 

「……これは、時間停止か」

 

 状況とデウス・ウェポンの技術を当て嵌めてアウリオンに問えば、彼は冷静な面持ちで口を動かす。

 

「実際には違う。時間停止のような大規模な魔法を発動すれば連中に気付かれる」

 

 この現象は単なる空間停止の類なのか。スヴェンはそう頭の中で推測を浮かべると、レヴィが当然の如く動いた事に眼を見開く。

 この状況で空間停止の影響を受けずに動け、なおかつため息を吐く彼女にスヴェンは愚か、アウリオンとリンも驚愕を隠せず動揺を見せていた。

 

 ーー二人の反応を見るに元々この空間で動けるのは俺だけ。なんだって姫さんは動けてんだ?

 

 魔法が使えない状況で空間停止の影響を受けないレヴィに、少なくともスヴェンの頭では理解が追い付かない。

 

「空間の一時的な固定化……この様子だとフェルシオン全土まで及んでそうだけど?」

 

 レヴィの指摘にアウリオンは彼女に探るような眼差しを向け、

 

「貴女は一体……いや、似てるがまさかな」

 

 ここにレーナが居る筈がない。そう言い聞かせるように呟いた。

 アウリオンならレヴィの正体に辿り着ける。だからこそ彼は敢えて気付いていないフリをしたのだ。

 現にまだ察しが付いていないリンは、レヴィに訝しげな眼差しを向け鋭く睨む。

 

「何者なの? ……邪魔なら消しておく?」

 

 レヴィに対する警戒心から敵意を向けるリンに、スヴェンは鋭い眼孔でガンバスターを抜き放ち、レヴィを守るように背中に隠す。

 するとリンは肩を震わせ、アウリオンの背中に隠れた。

 

「リン、彼女に手を出すな……スヴェンが敵に回る」

 

「護衛対象を危険に曝すならな」

 

 例え相手が魔族であろうとも優先順位が違う。最優先すべきは現在進行で依頼を請けているレヴィの安全と魔王救出だ。

 

「すまない。いや、話を戻そう……彼女の指摘通りフェルシオンの守護結界領域の空間を停止させた。……こうでもしなければお前に情報を与えられそうにないからな」

 

 わざわざ空間停止まで行使してまで接触して来たという事は、それだけ事態が動いたか。それとも敵対者が次の行動に出た。

 

「旦那、本当にこいつを信用していいの?」

 

 こちらに敵意を向けるリンにアウリオンがため息を吐く。

 

「現状で頼れる者は彼しか居ないんだ。お前だっていつまでもアルディア様の腹を冷やし続けるわけにはいかんだろ?」

 

「そりゃあ早く助け出したいけどぉ……というかまだお腹冷やしてると思ってるの?」

 

 凍結封印が対象者にどんな作用を与えるのか知らないが、リンから警戒されるのは当然だ。

 逆に警戒もなくこちらを信用する相手ほど信用できない。

 協力関係はあくまでも利害の一致や互いに利用し合うのが好ましいーーレーナはそんな腹の探り合いも必要がない程に純粋だったが、彼女のような人間はそう多くは居ない。

 スヴェンは背中に居るレヴィを例外と認識しつつ、二人に声を掛けた。

 

「互いに警戒して行こうじゃねえか。俺は傭兵、アンタらは邪神教団に従わされている先兵だろ?」

 

「確かにそうだな……そろそろ本題に入ろう」

 

 アウリオンは椅子に座り、スヴェンも話しを聴くために椅子に座る。

 改めてスヴェンはアウリオンに視線を向け、

 

「それで、情報ってのはなんだ?」

 

「昨日コロシアムを襲撃した連中に付いては?」

 

 情報を告げる前にこちらがどの程度把握してるのか、確認のために問われた。

 確かにコロシアムを襲撃した連中の名を知らなければ、まだゴスペルや邪神教団の行動も把握していない。

 こちらが一日の調査で得られた成果は、お世辞にも多いとは言えない。

 しかしヒントは有った。占拠されたコロシアムに現れたオールデン調査団。

 その組織はゴスペルを追って国境を越え、ルーメンに辿り着いた。そしてゴスペルの取引がフェルシオンで行われていると知ればそこに現れるのも必然と言える。

 

「情報不足の推測になるが、コロシアムを襲撃した連中はゴスペルか?」

 

 スヴェンの返答にアウリオンは眼を伏せ、やがて納得した様子で口を開いた。

 

「なるほど、昨日の状況で推察したか」

 

 推測が正解に変わった。となれば問題はゴスペルがなぜ封印の鍵をユーリに脅迫したのかだ。

 そもそもリリナを攫った連中がゴスペルなら、元々封印の鍵を狙っていた事は頭目の言動から察しも付く。

 ただゴスペルと邪神教団の関係は数ある取引相手程度の関係しか知らない。

 

「連中は何を目的に封印の鍵を? 邪神教団がなりふり構わず脅迫すんなら理解もできんだがなぁ」

 

 そもそもの疑問を訊ねれば、アウリオンは冷静で静かな眼差しを向けて来る。

 

「確かに問題はそこにも有るが、俺は元々邪神教団のエルロイ司祭からゴスペルのおもりを任されていた。……つまり魔族を派遣してまで連中にやって欲しいことが有るのだろう」

 

「確かにそう考えんのが自然か……だが邪神教団ってのは、ガキに薬物が混入したアメを配る外道だろ? 封印の鍵が狙いならユーリに洗脳魔法を混ぜ込んだアメを食わせりゃあ済むだろ」

 

「それは無理に等しいな。貴族や王族はあらゆる危険を想定され護られている。例えば、食事一つにしろ厳重な仕入れルート、調理工程、毒味による警戒が成されているのだ」

 

 アウリオンの言動にスヴェンは密かに隣りに立つレヴィに視線を移す。

 思い当たる節しかないレヴィは頷いて見せ、

 

「確かに毒殺、洗脳を仕込むのは至難の業ね。……そんな厳重な護りでどうやって魔王様を凍結封印したのか謎でも有るのだけどね」

 

 確かに厳重に護られていながら魔王アルディアは凍結封印された。

 それは内部に裏切り者、あるいはメルリアのケースを考えれば配下の一人が洗脳を受けた可能性も有る。

 

「……サルヴァトーレ大臣、彼が邪神教団を手引きしたことに間違いないが……今となっては証拠も掴めまい」

 

「証拠隠滅に始末されたか」

 

「ああ、彼が記憶する全てを吸い出されたうえにな」

 

 大臣ともなれば重要な情報を持っているだろう。邪神教団はそこに狙いを付けた。

 ならばますますユーリの屋敷に戻ったリリナが怪しくなる。

 

「記憶、洗脳……いや、それよか、ゴスペルの動きだな。人攫いに関しちゃあエルリア国内の誰かと取引してる可能性もあんだろ?」

 

「俺達が立ち入る訳にはいかない問題だが、元々ルーメン経由から届く筈だった商品を取引先が受け取る手筈だったようだ……だが、そこに邪神教団が生贄を注文した履歴は無かった」

 

 ーー邪神教団は今回の人身売買に関しては関与してねえ? ならゴスペルは何のために封印の鍵を?

 

 スヴェンが内心で疑問を浮かべるとアウリオンは懐から紙束を取り出した。

 ぎっしりと細かく書かれた行商ルートと伏せられた仲介業者の名。

 幾度も繰り返される人身売買の売買取引。追う者は翻弄され最終的な目標を見失うようにされた巧妙な計画書にスヴェンとレヴィは喉から手が出るほどの思いに駆られた。

 

「そいつが有れば少なくともエルリア国内の人身売買は阻止できんな」

 

「ああ、これは有益な情報を提供できなかった代わりの手土産程度に過ぎんが……昨日のコロシアム襲撃事件はルーメンから届く筈だった商品が魔法騎士団に抑えられた事に起因する」

 

 スヴェンは書類を受け取り、

 

「用意できなかった商品の代わりに、元々狙っていた封印の鍵を求めた……だからコロシアムを襲撃して封印の鍵を狙ったてか?」

 

 人身売買が上手くいかず代わりとなる封印の鍵を求められたーー猟奇殺人の件も合わせてスヴェンは眉を歪めた。

 なぜゴスペルの取引相手が封印の鍵を欲するのか。ゴスペルの取引相手、その最終的な顧客が邪神教団なら事件にも説明が付くが。

 

「そうだな。ゴスペルの封印の鍵も取引内容の一つだが、ゴスペルがユーリを脅迫していたのはもう一つ有る」

 

「まだあんのかよ。どうせろくな要求じゃねえんだろうな」

 

「連中がリリナの身柄と引き換えに要求したのは、封印の鍵とレーナ姫の遺体だ」

 

 告げられる情報にスヴェンはレヴィの様子にちらりと視線を向ける。

 自分のせいで誰かが犠牲になろうとしていた。そんな思い詰めた表情をレヴィは浮かべていた。

 今のレヴィは動揺している。だからこそスヴェンは冷静に問題を考え込む。

 

 あまりにも釣り合いが取れない要求だ。一国の姫君と領主の一人娘の身柄。

 釣り合いが取れない。誰も応じない取引だといつもなら鼻で笑う。

 だがスヴェンは、親が子のためならどんな方法を使ってでもーー例えば自身の命を引き換えに子を護ることも有り得る。

 同時に納得も及ぶ。要求に応じられず他言できないからこそ、ユーリはアラタにリリナの救出を命じた。

 しかし返答はリリナの返還。そして翌日にコロシアムの襲撃。

 

「要求が通らない。だからユーリを直接襲ったと?」

 

「そう見るのが自然では有るが、襲撃に失敗した現在ゴスペルは南東の遺跡に拠点を移している」

 

 ゴスペルを叩くならいまが好奇ーー確かに理に適った状況だが、

 

「アンタらどうすんだ? 護りを任されてんだろ」

 

「これも不自然……いや、裏が有るのは明白だが、俺とリンはエルロイに呼び戻されているんだ」

 

「……確かに不自然な状況だが、魔族を派遣した目的は達成したと考えるべきか」

 

 まだ封印の鍵とレーナは健在。ユーリも無事だ。それとは別に果たした目的が何か。

 やはり最初に感じた疑念が頭の中から離れない。

 スヴェンは状況から南東の遺跡は罠が待っていると判断した。それでも面倒では有るが、向かわなければ何も情報は得られない。

 

「ゴスペルの潜伏先がわかりゃあ後は叩くだけだ」

 

「罠と知りながら向かうのか」

 

「連中の行動は不審な点が多過ぎんだよ……邪神教団の誰かが内部に紛れてねえとも限らねえだろ」

 

「確かに連中ならやりかねんな……む、そろそろ向かわなければ怪しまれるか」

 

 そう言ってアウリオンは離席し沈黙を貫くリンをと共に、空間の歪みの中に消えて行く。

 やがて空間が元の状態に戻り、フォークが床に落ちた音が食堂に反響した。

 

「ってわけで俺は行くが、アンタはミアと部屋で休んでおけ」

 

 そう告げると先程まで思い詰めいた表情は嘘のように消え、

 

「ミアを連れて行かなくて良いのかしら?」

 

 彼女が感情を押し殺して気丈に振る舞っているのは、スヴェンが見ても明らかだった。

 どうにも素直で嘘が苦手、だが悪態好きの一面も合わせ持つ彼女に小さく息が漏れる。

 

「アイツまで連れて行ったら、精神状態が不安定なアンタの面倒を誰が見る?」

 

「……私は、そこまで弱くないわよ」

 

 確かにレヴィは決して弱くない。それは異世界から召喚してまで魔王救出を願い、そして異界人が起こした事件で生じたあらゆる責任を抱え込みーーそれでも異界人を信じ、自ら行動に出る彼女を弱いとは誰も思わない。

 思わないが、逆に儚く脆い一面も抱えている。

 精神的苦痛の積み重ねによる摩耗が人を弱らせる。それは最初から狂った外道を除けば例外なく訪れる。

 

「アンタには休憩が必要だ」

 

「休憩? こんな時に休憩なんて……」

 

「休息も無しに戦い続けられる奴は居ねえ」

 

 真っ直ぐレヴィの瞳を見詰めると、ようやく観念したのかため息を漏らす。

 

「そんなに見つめられちゃ敵わないわ」

 

 護衛として側を離れるのは得策ではないが、ミアとアシュナを信じればこそ選べる選択だ。

 説得したレヴィと共にスヴェンは一度部屋に戻り、まだ眠っているミアとアシュナを叩き起こしてから事実を伝え、レヴィを二人に任せた。

 そして自身の宿部屋に戻ったスヴェンは、保険をかけてから出発するのだった。


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