傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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6-2.意外な同行人

 スヴェンが一人の例外を除き、誰にも悟れずにフェルシオンを静かに出発した。

 大地に雨が降り草木に潤いを与える光景を見渡すと、背後から気配を感じてはガンバスターを振り抜く。そして刃を背後の自分に向けると、

 

「ちょ!? 待ってください! ボクは敵じゃないよ!」

 

 慌てふためくアラタが視界に映る。

 敵か思えば使用人のアラタが腰に剣を携帯して町の外に現れた。なぜリリナの専属使用人の彼が雨の中平原に来たのか。スヴェンは疑問を浮かべながらガンバスターを鞘にしまう。

 

「外になんか用でもあんのか?」

 

「実はお嬢様が、ゴスペルが南東の遺跡に向かうという話しをコロシアムで聴いたそうで」  

 

 そういえばコロシアムに居た全員が結界に閉じ込められた。その時は気にしてる暇も無かったが、リリナはコロシアムの何処に隠れやり過ごしたのかが疑問に浮かぶ。

 

「へぇ? 盗み聴きできるほど隠れる場所は多くは無かったろ」

 

 疑念混じりの疑問の訊ねるとアラタは苦笑を浮かべ、

 

「実はお嬢様ぐらいの華奢な少女なら無理矢理押し込める木箱がありまして」

 

 如何にして隠したのか答えた。

 木箱に押し込められ狭さに苦むリリナの顔が浮かび、内心で彼女に同情を向ける。

 

「……あー、それでやり過ごしたってわけか。それでアンタがわざわざ外に居る理由は? 状況的に主人の側を離れる訳にはいかねえ筈だが?」

 

 なぜアラタが護るべき主人の下を離れているのか。それが気になって訊ねると、アラタも困った様子を浮かべていた。

 どうやら彼もこの状況は不本意らしい。それでも使用人として主人の命令に背けられない。

 雇われる側はいつだって大変だ。そんな同情にも似た感情を押し殺したスヴェンは、口を開くアラタに耳を傾ける。

 

「貴方の言う通りですよ。本当ならボクも離れるべきじゃないんです……だけどお嬢様は夜明けにこっそりとボクに南東にゴスペルが潜伏しているのか調べて来て欲しいと命じたのです」

 

 なぜアラタに内密に命令を? それこそゴスペルの討伐が絡むなら魔法騎士団に命令すべきだ。

 彼は単なる使用人に過ぎない、例え魔法学院を卒業していても一般人のアラタが討伐や偵察に向かうべきじゃない。

 

「普通なら魔法騎士団に命令するところじゃねえのか?」

 

「ボクも魔法騎士団を頼るべきだと言ったんですけどね。でももしも南東の遺跡にゴスペルが居なかったら? 魔法騎士団が不在の隙を狙われたら? そう言われたら偵察する他にないじゃないですか」

 

 確かにアラタの言う通りだが、どうにもリリナはアラタを引き離そうとしているようにも取れる。

 単に疑い過ぎで余計な邪推も入っているかもしれないが、スヴェンは南東の遺跡に向けて歩き出す。

 するとアラタも目的は同じだと言わんばかりに、

 

「スヴェンさんも南東の遺跡に? ミアさんとレヴィさんは連れて行かないのですか?」

 

 そう不思議そうな眼差しで訊ねてきた。

 スヴェンはさも当然のように嘘を吐く。

 

「たまには一人で観光してえだろ? 丁度こっちの世界にはねえ遺跡が在るって言われりゃあロマンを追求したくもなんだよ」

 

「そういうものなんですか? いや、でもスヴェンさんはレヴィさんの護衛でしたよね?」

 

 何かを疑うように探るような眼差しを向けて来る。意外と用心深いのか、観光に出向くことに疑問を示している。

 まさかゴスペルと繋がりの有る異界人ーーアラタの瞳に宿る疑念を読み取ったスヴェンはため息混じりに、

 

「昨日の襲撃もあってアイツには宿屋で大人しく休んで貰ったんだよ……金の為とはいえ、危険な橋ばかりは渡ってらんねえのさ」

 

 嘘の中にミアがレヴィに付いているという事実を伝える。

 するとアラタの中で疑いが一応は解消されたのか、瞳から疑念が消えていた。

 すぐに他人を信じる所は、アラタも含めて甘いと言わざる負えない。

 疑うならあらゆる可能性を徹底的に洗い出し、危険性が無い、信用できると判断してはじめてソイツを信じられる。

 尤もそこまで警戒して他人を疑い続けるのは自分のような外道ぐらいだ。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 二時間程平原を進み、南東の方角ーーまだ遠い位置に木々に覆われた巨大船のような建造物が見え始めた。

 二人はそのまま真っ直ぐ遺跡を目指して歩み続けると、突如雨が豪雨に変わり、スヴェンとアラタは近場の洞窟に駆け込んだ。

 雷が鳴り、豪雨から嵐に変貌する。そんな様子を眺めながら、

 

「さっき見えた遺跡ってのは船の形に見えるが、昔はこの辺りは川か何かだったのか?」

 

 焚火を焚き服を乾かすアラタに訊ねる。

 

「この辺りは昔から平原ですよ。……あの船は昔に起きた戦争。今から1000年前に異世界から侵攻してきた侵略者が乗って来た空を飛ぶ船と言われてますね」

 

「異世界から侵攻……穏やかな話しじゃねえな」

 

 異世界が空を飛ぶ船で侵攻ーーそれだけの技術を有する異世界がテルカ・アトラスに眼を付け、侵略に及んだのか。

 そう推測を浮かべる中、アラタはかつて起きた戦争について語り始める。

 

「元々は最初に召喚された異界人を元の世界に返したことがきっかけで起きたそうです……何でも魔力を資源として狙ったとか」

 

「異世界に渡れる技術があんなら魔力は必要なのかって疑問にもなるが、余程資源に困ってたのか」

 

「恐らくそうかもですね。それで戦争は異界戦争と称されてますが、実は戦争は長く続かなかった、むしろ短期間で終結したそうであまり記憶には残って無いそうです」

 

 空戦戦力を保持した異界人の軍隊が敗北した。それは魔法という力の前に敗れたのか、それとも別の要因か。

 歴史の記憶に残らないのも開戦から程なく終結したならある意味で納得だ。

 人々が記憶に刻むほどの凄惨な殺し合いが無ければ、歴史の記憶というのはこの日に起きた程度の些細な情報しか残されない。

 同時にスヴェンはなぜ異界人が敗北したのか興味深かそうにアラタに眼を向ける。

 

「異界人が乗っていた空を飛ぶ船が制御不能に陥って不時着したんです。学者の見解ではこの世界に漂う魔力が空を飛ぶ船に何らかの影響を与えたと」

 

 魔力が動力源に影響を与え船が墜落。結果は軍隊の衝突が起こる前に異界戦争は不慮の事故で終幕した。

 蓋を開けてみればつまらない結末にスヴェンはため息を吐く。

 同時にミアが言っていたレーナは異界人の記憶を消してから帰す。あれは恐らくテルカ・アトラスの記憶を保持したまま異界人を帰さないーー二度目の異界戦争を防ぐための処置だ。

 恐らくスヴェンもこの世界の記憶を消される。それはお互いに影響を残さない最良の判断とも言えるが、問題はスヴェンが三年も行方不明になっていた期間が説明できなくなる。

 

 ーーソイツは魔王救出をやり遂げてから考えるか。

 

 先の事を後回しにスヴェンは改めてアラタに、

 

「あの様子じゃあ動力源は死んでんだろうが……遺跡の調査は何度かされてんのか?」

 

 船の調査について訊ねる。

 調査の結果次第では一部の技術が流用、改善され使用されている可能性も有る。

 

「何度か調査に出向いたそうですが、入り口が鋼鉄の扉で硬く閉ざされて中に入れない。だから外壁を登って侵入を試みたそうですけどーー」

 

「結局何処の遺跡も内部に入れなかったそうです」

 

 硬く閉ざされた鋼鉄の入り口。デウス・ウェポンに近い科学技術が使われているなら恐らく、失った動力の替わりに雷の魔法を回路に流し込めば一時的に復旧は可能か。

 回路が切れて無ければだが。

 

「扉を破壊して開けようとはしなかったのか?」

 

「一応内部は死者が眠る場所として極力強行突破は控えたみですね。それに、エルリアの学者も各国の学者もあまり異世界の空を飛ぶ船に興味が無いようです」

 

「不慮の事故で墜落したもんを造りてぇとは思わねえか」

 

 スヴェンのぼやきにアラタが肯定する様に頷く。

 しかし問題はどうやってゴスペルが遺跡を拠点にしているのかだ。

 遺跡の外から奇襲を仕掛けられるが、万が一内部を拠点にしていれば手間がかかる。

 一応保険はかけて来たが、それもタイミング次第では意味を成さなくなる。

 そもそもなぜゴスペルが遺跡に眼を付けたのか。

 

「ゴスペルにロマンを理解できる奴が居んのか?」

 

「……人の皮膚を剥がしてしまえる外道に遺跡のロマンを理解できるとは思えないですけどね」

 

 アラタは確かな増悪と敵意を向けていた。その増悪の根幹はリリナの為の復讐心か。

 焚火の火種がバチっと跳ね、アラタの薄暗い感情が洞窟の中に淀みを与える。

 戦場で慣れ親しんだ感覚にスヴェンは静かに遺跡の方角を睨む。

 目的はゴスペルの始末と情報を得ること。そして疑心を確信に変えるためだ。

 その邪魔をアラタがするなら彼も障害を阻む者だ。

 スヴェンはアラタの増悪を背中に受けーー嵐は待っても止まないと判断したスヴェンは遺跡に向けて歩き出す。


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