傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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6-4.突入殲滅

 嵐の中を突き進み、草木に覆われた遺跡に到着したスヴェンは背後で息を荒げるアラタに視線を向ける。

 嵐の中を強行すれば慣れない者にとって体力を大きく奪う。

 アラタは使用人だが訓練を受けた兵士じゃない。

 

「あの洞窟で雨宿りしてりゃあ良かったろ」

 

 そう指摘すると彼はいまさら連れないと言いたげな眼差しで肩を竦めた。

 

「此処まで来てそれは無いですよ」

 

 顔は和やかな笑みを浮かべているが、今から遺跡に居る敵を殺す。

 あまりにも強い復讐心から来る殺意が隠せていない。

 敵を殺すことに付いては全面的に同意だが、殺意を隠せないようでは連れて行くにはリスクが有る。

 

「責めて漏れ過ぎてる殺意は抑えろ」

 

「……そんなにですか?」

 

 本人が気付いていない。ある種の狂気を感じるが、恐らくアラタにとってリリナはそこまで大切な人なのだろう。

 自身には理解できない感情から来る殺意だが、人はそういうものだと理解は及ぶ。

 特に今のアラタを一人にしては暴走して敵に一人で突っ込みかねない。

 スヴェンは未だ殺意を放つアラタにため息を吐く。

 正直に言えば面倒の塊でしかないが魔法は役に立つ。

 

「仕方ねえ、突入前に確認するが……アンタはどんな魔法が使えんだ?」

 

「魔法は雷の攻撃魔法ぐらいですね。あとは剣にそこそこ自信が有ります」

 

 いまいち頼りないがーーこの遺跡が船だとすりゃあ俺とアラタの剣身はちと長ぇ。

 スヴェンは船の通路幅を想定しながら鋼鉄の扉に近付く。

 開閉スイッチらしき部分から草木を取り除き、ボタンを押す。

 しかしボタンは何も反応が無い。

 

「……やっぱ動力が死んでるな」

 

 それならゴスペルはどうやって内部に入り込んだのか。

 墜落した割に船体に目立った損傷が無い所を見るに頑丈な装甲ーー甲板に登ったか、破損した船底から入り込んだ。

 扉から入らなかったなら連中は扉は開かない物だと認識している。

 そこまで推測したスヴェンは、開閉スイッチに拳を叩き込む。

 開閉スイッチのカバーが破損し、内部の回路が剥き出しになる。

 

「……随分と古い技術だな」

  

 少なくともデウス・ウェポンでは数万年前に採用されていた電子回路だ。

 

「古いんですか? 確かに大昔の遺跡ですけどボクからみたら意味不明ですよ」

 

 こんな物は見た事も無い。そう言いたげに剥き出しの回路にアラタが興味津々に見つめる。

 アラタが知らないのも無理は無い。何せ異世界の技術で造船された戦艦だ。

  

「興味を向けんのは構わねえが、試しに雷を撃ってみろ」

 

 言われたアラタは特に疑いもせず、回路に掌をかざす。

 

「微弱な雷よ走れ!」

 

 詠唱と共に製作された魔法陣から電流が走る。

 そして電流が回路に直撃するがーー回路は愚か扉になんら変化が起こらない。

 疑問を宿した眼差しをこちらに向けるアラタに、スヴェンは肩を竦める。

 

「完全に回路も死んでるらしい……つまり静かに入れねえってことだ」

 

 スヴェンは背中のガンバスターを引抜き、鋼鉄の扉に一閃放った。

 ズガァァン!! 轟音と共に扉が崩れ去り、内部から騒ぎ声が響き渡る。

 

「何事だぁ!?」

 

「魔法騎士団の奇襲かー!!」

 

「全員武器を手に取れ! そして奴らを殺せぇぇ!!」

 

 怒声と共に足音が鳴り響く、真っ直ぐこちらに駆け付けるゴスペルの荒くれ者共にスヴェンはサイドポーチからハンドグレネードを取り出す。

 そして魔力を流し込み、紅く光るハンドグレネードを躊躇なく集団の中心に投げ込む。

 アラタを引っ張り崩れた扉の壁際に身を隠すと、爆音と爆風が通路を通じて外に伝わる!

 通路を覗き込めば爆破によって、焼け焦げた肉片と溶けた武器が通路に散乱していた。

 

「今ので次々来るぞ」

 

 通路を駆け付ける足音にスヴェンはガンバスターの銃口を構えた。

 

「じゃあボクが前に出ますか?」

 

 そう言って剣を引き抜くアラタに眼を向けず、

 

「巻き込まれねえ自身があんなら突っ込め」

  

 通路に駆け付けた集団ーー十三人の敵にスヴェンは淡々とした表情を浮かべる。

 そして引き金に指を添えるとアラタが足を止め、通路と駆け付ける敵の集団を交互に見つめーーぎこちない表情でこちらに顔を向ける。

 

「まさか、さっきみたいな爆発ですか?」

 

 確かに威力も申し分ない。あの集団を効率的に片付けるには有効な手段なのも確かだ。

 だがハンドグレネードは今後に備えて温存しておきたい。

 特にたった十三人に使うのはもったいないと思えた。

 

「いや、射撃つう方法だ」

 

 それだけ告げては躊躇無く引き金を引く。

 ズドォォーーン!! 射撃音が嵐の中で響き渡り、先頭を走る敵の胴体を撃ち抜き、弾頭が後続ごと胴体を貫く。

 弾頭が十人纏めて貫き、血飛沫と肉片が通路に崩れ落ちる。

 

 ーー残り三人。.600マグナムLR弾の残弾は二十二発か。

 

 運良く弾頭の射線上から逃れていた敵が恐怖に怯えた表情で後退り、

 

「なんなんだコイツは!? 仲間をこうもあっさりと!」

 

 震えた手に握られた斧や槍、剣がカタカタと揺れる。

 三人は戦意を完全に失っているが、スヴェンはガンバスターを構えたまま敵に近寄る。

 そしてアラタに視線を向け、一瞬だけ迷う様子を見せた彼に、

 

「アンタの復讐、そいつの手助けをしてやるよ」

 

 怯える敵にガンバスターを構える。そして突きの体勢を取ったスヴェンに敵が叫ぶ。

 

「こ、殺さない……がふっ」

 

 スヴェンは命乞いに耳を傾けず、ガンバスターの刃で敵の上半身を貫いた。

 刃を通して血が床に流れ、敵は苦しみながらガンバスターの剣身に爪を立てながら意識を手放す。

 物言わぬ死体に成り果てた敵から刃を引抜き、血糊の感触が刃を通して右手に伝う。

 そんな光景を目撃していた残り二人の敵が、涙で顔を汚しながら命乞いにも似た悲痛な叫び声を上げる。

 彼らが最後に見た光景は頭部に振り下ろされるガンバスターの刃と隣で鮮血を噴出する仲間の最後の姿、そして自分の最後の時だった。

 鮮血に汚れた通路でスヴェンはアラタに振り向く。

 

「どうして貴方が殺しを? そ、それはボクがやるべき復讐ですよ」

 

 視線を向ければ足を震わせているアラタの姿が瞳に映り込む。

 案の定だ。アラタは復讐心と強い殺意を放っていたが、いざとなれば殺しに躊躇して怯える。

 だからこそアラタはまだ引き返せ、同時にその機会も今だ。

 

「震えは正直に語るもんだ……アンタの心は何処かで人を殺したくねえのさ。だから足が竦んで動けねえ」

 

 スヴェンの指摘にアラタは顔を伏せ強く拳を握り込んだ。

 握り拳から流れる血が彼の悔しさと不甲斐無さを物語る。

 

「俺は躊躇無く殺せるが、アンタは違えだろ? アンタのその子綺麗な手は誰のためのもんだ?」

 

「ボクのこの手はお嬢様とユーリ様のための……」

 

 これでアラタが帰ればどんなに気楽か。やはり戦闘は単独に限るーーそんなスヴェンの内心とは裏腹にアラタは意を決した表情で、

 

「だからこそボクは今回の件を見届けます!」

 

 硬い決意で隣りに立った。

 完全な誤算にスヴェンは諦めた眼差しでため息を吐く。

 

 ーーままならねえなぁ。

 

「どうかしたんですか?」

 

「いや、ちぃと計画の変更を考えてたんだよ」

 

 ゴスペルの構成員を何人か捕縛し、連中の取引相手に関する情報を得る。

 ついでにリリナと水死体に関する情報も得られれば良いが、その時にアラタは復讐に囚われる可能性が高い。

 だからこそスヴェンはままならないと息を吐きながら通路を歩き出した。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 鋼鉄に覆われた通路と無惨にも転がる武装した白骨死体にアラタから小さな悲鳴が漏れた。

 外装に目立った損傷は見られず、それなら落下時の衝撃で乗組員は全員死亡ーー仮に助かったとして、動力源が故障したなら乗組員に餓死が襲う。

 これが異世界に攻め込んだ軍隊の末路。これは決して他人事とは言えない。

 何かのきっかけでレーナが自身の記憶を消さず、デウス・ウェポンに返還した時、スヴェンは行方不明期間何処で何をしていたのかアライアンスに説明する義務が有る。

 そこではじめて異世界を知り、豊富な資源に関する情報が国連に漏れでもすればーー同じ轍を踏むことになるな。

 スヴェンは白骨死体から眼を逸らし、鯖付き銃身の半分が折れた銃火器を拾い上げた。

 そして弾倉を取り出し、中身を調べてみれば錆びた銃弾が装填されている。

 

「一応持ち帰るか?」

 

 冗談混じりにアラタに話すと、彼は頬を引き攣らせていた。

 

「よく死者の装備品を触れますね……呪われても知りませんよ?」

 

「呪いだとか怨念が恐くて調べられねえじゃあ、大事なもんを見落とすだろ」

 

 スヴェンは拾った銃火器を投げ捨て、改めて白骨死体に視線を戻す。

 どれも肋骨や背骨、頭骨が砕けている。つまり墜落時の衝撃によって死亡したのだ。

 

「コイツらは落下時の衝撃で死亡……ってことは誰かが侵入して殺したって線は無くなるだろ」

 

「それはそうかもですが……どうして1000年前の白骨死体を調べたんですか?」

 

「仮に墜落後、コイツらがまだ生きていたと仮定しろ」

 

 生きていたなら餓死か誰かに殺害された。それも骨を砕くような殺し方を。

 そうなればモンスターが内部に侵入し、悉く殺し尽くしたという推測が浮かぶ。

 そしてモンスターは魔力が保つ限り生き続ける。

 

「つまり……モンスターの可能性が消えたから進みやすいってことですか?」

 

 アラタの結論にスヴェンは正解だと頷く。

 こんな狭い通路でモンスターと戦闘なんてしたくない。その可能性が消えた以上、幾許か気楽になる。

 

「さて、本命は何処に居るかだが……やっぱブリッジ辺りか?」

 

「なんとかは高い所を好むのと同じ感じですかね?」

 

 確かにバカや権力者は高所を好むとアーカイブにも記されているが、戦艦を拠点にするなら頭目はブリッジを抑える。

 

「必ずしもそうとは限らねえが、ブリッジってのは入り口はダクトを含めりゃあ二カ所だ。侵入者に対して待ち伏せが可能な場所を選んでも可笑しくはねえだろ」

 

「確かにそうですね……だけど、妙ですよね。入り口は固く閉ざされているのに、連中は何処から入り込んだでしょうか? 少なくとも遺跡調査隊は内部に入り込むことすらできなかったんですけど」

 

「外壁に亀裂がねえとなれば船底が一番怪しいだろうなぁ。まあ、考察もいいがそろそろ進むぞ」

 

 白骨死体を調べ、雑談混じりの考察をするだけの時間的余裕が有った。

 それはつまり敵が何処かで待ち構えている可能性が高い。あるいは閉ざされた扉が多く遠回りしなければ出入り口に辿り着けないのかもしれない。

 こうしてスヴェンとアラタは警戒しながら通路を進んだ。


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