傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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6-7.貴重な証言

 エルリア城の地下広間で大型転移クリスタルが輝きを増し、やがて転移の光が地下広間全体を包み込む。

 程なくして光が止むとスヴェンと彼に掴まれたアラタと頭目が地下広間の床に足を付けた。

 

「間に合うかどうかは賭けだったが、上手くいったな」

 

 出発直前にレーナから渡された転移クリスタルが緊急時の離脱用として役に立った。

 むろん本来の使用用途でも無ければ、恐らくあの船内のブリッジに設置した転移クリスタルは破壊されてしまっただろう。

 

「い、生きてる? えっ!? いや、それよりもここは? 一体何処に転移したんですか!?」

 

 まだ生きている。目の前の光景が信じられないと騒ぐアラタを尻目に床に座り込む頭目に視線を落とす。

 自分は助かったが部下を失った。そう背中から伝わる哀愁にスヴェンは、

 

「アンタは生かされたんだ。この意味が判るな?」

 

 背中にガンバスターを向けながら無情にも告げる。

 

「……容赦ねえなぁ。部下を失ったんだ、感傷に浸る時間ぐらいはくれよ」

 

 それぐらいの猶予は与えてもいいとは思うが、生憎と此処はエルリア城の地下広間だ。

 そして彼は現在国際的にも手配されているゴスペルの一員であり、部隊の一つ右足を束ねる幹部の一人だ。

 此処に魔法騎士団が駆け付ければ感傷に浸る時間も無くなる。

 それにゴスペルを始末した黒幕が次に取る行動が予想も付かない。だから一刻も早く戻る必要もあった。

 

「生憎と此処はエルリア城の地下広間だ。アンタがうだうだしてれば遺跡を消し飛ばした奴に何も出来ねえぞ?」

 

「遺跡を消滅させた奴が……まさかオレ達は取引相手に裏切られたのか?」

 

 甲板で尋問した敵は、取引相手の話題に移ったあと様子が急変した。この男にも何が起こる可能性が高い、もしそうなら今は取引相手に付いて避けるべきだ。

 

「そいつも必要な情報だが一番確認してえのは、リリナと水死体のことだ」

 

「あの件か……なんで兄ちゃんが調べてんのかはこの際聞かねえが、()()()()()()()()

 

 頭目の放った簡素な答えにスヴェンは予想が有ったことに僅かに眉を歪め、今にも飛びかかろうとするアラタの肩を強く掴む。

 

「離してください! コイツはお嬢様を、お嬢様ぉぉ!!」

 

 冷静になれとは思わないが、スヴェンは駆け付ける金属音の足音に、

 

「魔法騎士団の目の前でソイツを殺してみろ。アンタはともかくユーリの立場はどうなる?」

 

「……ボクが此処で重要参考人を殺したら旦那様の立場に影響及ぼす……っ!」

 

 アラタは下唇を噛み締めるように悔しげに顔を歪また。

 リリナが偽者ならユーリが無事の可能性は限りなく低い。

 むしろ全身の治療を施したミア、あの場に話を聴き来たレヴィの身すら危うい状態だ。

 スヴェンは駆け付けた騎士ーーレイの姿に、また暴走それては叶わないと判断してアラタを放り込むように投げ渡す。

 

「おっと……ってアラタ先輩とスヴェンがなぜここに?」

 

「敵の罠に嵌った結果、転移クリスタルで一時的に避難したんだよ。それと、床に座り込んでるソイツはゴスペルの一員だ」

 

「ゴスペル……指名手配中の犯罪組織の構成員、しかも実働部隊の右足を統べるグランか。スヴェン、これは君の功績になるけど?」

 

 恩賞を受けるか? そう言いたげな眼差しを向けるレイにスヴェンは極めて嫌そうな眼差しを向ける。

 魔王救出を優先する以上、下手に目立つような真似は避けたい。特に手柄を得て注目を集めるようなことは。

 

「功績ならアンタに譲るさ」

 

「人の功績を掠め取るような真似はしないよ。……けど、君の立場を考えれば、功績はアラタ先輩の物ということで如何だろうか?」

 

 話しが判るレイにスヴェンはニヤリっと笑み浮かべると、レイも笑みを浮かべ返した。

 

「ボクだってそんな他人の功績は要りませんよ」

 

 アラタの冷ややかなツッコミを他所にスヴェンは改めて頭目ーーグランに視線を戻す。

 偽者の正体はまだ聞いていない。先に偽者の正体を知る方が先決か。

 

「リリナの皮を被った偽者の正体をアンタは知ってんのか?」

 

「いや、それが知らねえんだ。取引相手のアイツに彼女をユーリの屋敷に帰すように命じられてよ、そん時にアイツが用意した死体を流すようにも指示を受けたんだ」

  

 彼女ということは偽者は女性と考えるべきか? それとも変化や変装の禁術には性別など関係が無いのか。

 まだ判らないことも多いが、どの道殺すなら性別はこの際関係ない。

 それにゴスペルも利用された組織と判明したのも大きいだろう。

 先から大人しいアラタに視線を移せば、彼はその件を踏まえたのか、何かを確信するようにボヤいた。

 

「ならお嬢様……いや、偽者はボクが勘付く可能性を考えて始末しようとした?」

 

 確かに長年使用人として仕えたアラタなら偽者の些細な変化に違和感を覚えるだろう。そして小さな違和感は徐々に大きな波紋を呼び確信に変わる。

 それを想定した偽者はアラタをついでに始末するために南東の遺跡に送ったということになる。

 

「あの遺跡に潜伏するように指示を出したのは?」

 

「あー、それが偽者からなんだよ。取引相手がそこで落ち合うって伝言を受けたんだが、如何やらオレ達は最初から裏切られていたらしい」

 

 偽者がゴスペルに指示を出せた機会は恐らく、アラタ達の眼が離れたコロシアム襲撃時の時だろう。

 そして偽者はゴスペルの取引相手と別口に繋がりが有る。

 そう結論付けたスヴェンは、面倒な状況に眉を歪めた。

 

「アイツを偽者って判断する証拠はあんのか? 過去の会話だとか記憶の行き違いは証拠にもなるが、確証を得る物的な証拠は?」

 

「……どんな禁術を使ってるのか知らないが、恐らく物的な証拠は無い」

 

 物的な証拠が無ければ偽者を殺害した事後処理が面倒だ。

 なにせこの情報を知っているのは此処に居る者達だけ、特に部外者のレイは半信半疑にグランを疑っている。

 そう、偽者の正体が大々的に公表でもされない限りリリナ殺害の汚名をこちらが被ることになる。

 だから面倒な状況にスヴェンは仕方ないとため息を吐く。

 

「一つ確認しておくが、変身だとかその類の魔法は術者の死亡時に解除されるもんなのか?」

 

「変身系の魔法は解除されるけど、禁術となれば如何なるかは判らないんだ。だからスヴェン、僕は捕縛を推奨するよ」

 

「善処はする」

 

 レヴィとミアが危う状況だ。なら依頼を請けた護衛として迷うことも躊躇することもない。

 だがまだグランには聴きたいことが有るのも事実だ。

 本命の質問に移る前にスヴェンはレイに視線を向け、

 

「この城に優秀な解呪師は居るか?」

 

「むろん居るさ……君がその質問をするということは、重要参考人に何か仕掛けられているんだね」

 

 レイの理解の速さにスヴェンが頷き、彼が解呪師を呼びに駆け出そうとしたーーその時、グランの様子が急変した。

 

「オレ達の取引相手は……アイツだ。アイツ、アイツ! アイツあいつ、あい……あ、い……ごふっ?」

 

 グランの異常な言動に反応するよりも速く、彼は全身から血を噴き出し地下広間の冷たい床に崩れ落ちた。

 どうやら解呪師に解除させることもグランに仕掛けられた魔法が発動するトリガーだったようだ。

 スヴェンとレイは重要参考人の死亡に肩を落とす。

 そしてこんな惨状を目の当たりにしていたアラタは苦痛に顔を歪ませ涙を流した。

 

「如何して! 如何してこうも簡単に人が殺されるんですか!?」

 

 アラタの慟哭の叫びが地下広間に響き渡る。

 しかしスヴェンはそんな彼にかける言葉など持ち合わせておらず、

 

「レイ、悪いがソイツの保護を頼めるか?」

 

「……半信半疑だけど、彼はリリナが偽者と知る証言者だ。そんな彼を連れて行かなくて良いのかい?」

 

 確かに部外者がリリナを偽者と証言したところで鼻で笑われ、貴族の娘に対する非礼で捕縛されてもおかしくはない。

 だが今のアラタを連れて行くのは足手纏いだ。

 それに例え偽者でもリリナの姿をした敵の前で、彼は躊躇する可能性が高い。

 戦場で躊躇すれば死ぬのはアラタの方だ。それはレヴィの護衛を受けた立場としても都合が悪い。

 なによりもレヴィーーレーナには人の死をあまり見せたくない。

 

「今の状態のソイツを連れて何になる? 余計な犠牲者を増やすだけだろ」

 

「……君がそう判断したのなら僕は何も言わないさ」

 

 スヴェンはガンバスターを鞘に納め、背後に浮かぶ大型転移クリスタルに手を添える。

 クリスタルの淡い温かな光がスヴェンの触れた手に纏わり付く。

 どうにも温かな感触には慣れない。ましてや人肌に近い温もりは苦手だ。

 スヴェンは内心に駆け巡る感情を押し殺すと、

 

「そういえば君はどうやってフェルシオンに戻るつもりだい?」

 

「んなの保険に転移クリスタルを設置したに決まってんだろ」

 

 レイの質問に答え、彼が返答するよりも速くスヴェンは大型転移クリスタルに魔力を送り込む。

 そして転移したい場所を頭の中で浮かべ、最初に南東の遺跡を浮かべるも大型転移クリスタルは反応せず。

 これで確実に転移クリスタルは消滅したのだと確認を済ませ、フェルシオンの宿屋フェルの宿部屋を頭の中に思い描く。

 すると大型転移クリスタルは淡い光りを放ち、スヴェンを包み込むように光りが飲み込んだ。

 地下広間に残されたレイとアラタは静かにその場を去り、ラオ福団長に事の経緯を告げるのだった。


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