傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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6-9.帰還

 スヴェンの宿部屋、そのクローゼットから転移クリスタルの輝きが漏れ出す。

 狭いクローゼットの中に転移したスヴェンは、室内に居る三人の気配にクローゼットの扉を蹴り開けた。

 

「す、スヴェンさんがクローゼットから!? 二人とも下がって! きっと彼は偽者だよ!」

 

 驚愕に染まりながら杖を構え、背中にレヴィとエリシェを隠すミアの様子にスヴェンは呆れた眼差しで睨む。

 おおかたあの空の魔法を見て死んだと誤解したのだろう。そしてクローゼットの中から現れたことに何も疑わずに武器を構えた。

 護衛としてはその対応は決して間違いではないが、スヴェンは今にも殴り掛かりそうなミアに鋭い眼孔で睨み付け、

 

「よく見ろ、俺が死者に見えるかクソガキ?」

 

「……ほ、本物なら私のことは美少女って言うよ」

 

 そんな事は一度も言ったことが無ければ思ったことさえない。

 この後に及んで何を言い出すんだこいつは? 内心で巫山戯るミアに呆れながら拳を握り締め、骨を軋ませる。

 

「俺がいつそんなくだらねえ戯言を言った? それともアンタの言う本物のスヴェンって奴はそう言ったのか?」

 

 次に何か言えばその小顔を鷲掴みにして握り潰す。スヴェンがクローゼットから一歩踏み出すとミアは咄嗟にエリシェの背中に隠れ、彼女の背中から顔を覗かせては、

 

「い、嫌だなぁ〜心配しちゃった分だけ冗談を言っただけじゃない」

 

 冷や汗を滝のように流し視線を彷徨わせていた。

 この際ミアの戯言は単なる冗談と捨て置き、改めてレヴィとエリシェに視線を向ける。

 すると未だ二人はこちらが死んだものばかりと思い込んでいたのか、今にも泣き出しそうな程に瞳を震わせていた。

 

 ーー外道の死ってのは哀しまれるべきじゃねえ、むしろ喜ばれるべきだ。

 

 なぜ二人がこうも哀しげな眼差しを向け、やがて安堵したのか。それがスヴェンには理解の難しい感情の動きだった。

 それはともかく、レヴィならこちらの居場所を把握できる方法が有る。それを使っていたなら死を誤解することも無かったろうに。

 スヴェンは安心したように胸を撫でおろすレヴィに視線を向け、

 

「アンタなら俺の居場所が分かっただろ」

 

 指摘するとレヴィは顔を赤く染め、エリシェの背中に顔を埋めては今にも消えてしまいそうな小さな声で告げる。

 

「……気が動転し過ぎて失念していたわっ」

 

 確かにあの空の魔法を見れば死んだと誤解してもおかしくはない話だ。

 ならこれ以上レヴィに指摘にするのは野暮だ。そう結論付け、

 

「エリシェ、この部屋に誰か訪ねて来たか?」

 

 来客の有無を確認すべく訊ねる。

 

「誰も訪ねて来なかったよ。でも、スヴェンがクローゼットに何か設置してたのは分かってだけど転移クリスタルだなんて……ちゃんと事前に伝えて欲しかったなぁ」

 

 エリシェは、こっちは散々心配したと言わんばかりにじと眼で睨んだ。

 行動に出る際の保険は内密にすべき切り札だ。だから四人には何も告げなかったのが、逆に自暴自棄にさせ敵につっこませる要因になりかねなかった。

 それは少女達の他人に対する思い遣りを考慮しなかったこちらに非があり反省すべき点だ。

 

「悪かったな、アンタの言う通り伝えておくべきだった」

 

「およ? 言った手前あれだけど、スヴェンって案外素直なんだね」

 

「傭兵ってのは素直な生き物なんだよ」

 

 冗談混じりに語るとエリシェの興味深そうな眼差しがスヴェンの紅い瞳を捉える。

 エリシェのそんな視線にスヴェンは無視を決め込み、改めて彼女の背中に隠れているレヴィとミアに問いかけた。

 

「俺から報告が有るが、先ずエリシェの背中から出ろ。そいつは今回の件に関しちゃあ部外者だぞ」

 

「むぅ〜そう言われるとあたしは席を外すしか無いかぁ。でも後で何が起きたとか話してはくれるの?」

 

 事件に関する情報を知りたい。そう語るエリシェにスヴェンは嫌そうな表情で物語る。

 彼女はあくまでもガンバスターの改良依頼を請けた鍛治師だ。戦闘を生業とする者でも無ければ、レヴィ調査事務所の関係者でもない。

 そんな彼女に情報を与えるという事は何かしらの事件に巻き込まれる可能性も充分に有り得るーーいや、こうしてこの場に居る時点で既にエリシェも敵からすれば排除すべき対象に数えられてもおかしくないのだ。

 そもそも護衛を請けた傭兵として彼女に教えられる情報は極端に少ない。それこそ町中で起きた事件程度の誰でも知り得る情報に限られる。

 

「スヴェンが物凄く嫌そうな顔してるけど、あれってどんな時の表情なの?」

 

 スヴェンが内心で彼女に対する配慮を浮かべていると、当人のエリシェがレヴィとミアに訊ねていた。

 

「スヴェンさんのあの表情は事件に巻き込みたくないけど、既に巻き込まれる可能性も有って……でも説明はしたくないって感じ?」

 

「どうなのかしらね? スヴェンは多くは語ろうとしないでしょうし、あの嫌そうな顔は本当に話すのが嫌って感じかしら」

 

 好き勝手に言い出す二人にスヴェンは呆れた様子でため息を吐く。

 二人の言う事は白状すれば正解に近い。だが心配だから言えないとなれば、告げられた者は逆に心配事を抱え余計な面倒を生む。

 なら今回の件に関する情報は伝えず、彼女に伝わる情報は後の祭りーーそれこそ町中の噂話程度に落ち着かせる方がいい。

 

「この件が終わればその内アンタの耳にも入るだろ」

 

「……スヴェンが無関係な人を巻き込みたくないって優しい人なんだって分かっただけで充分だよ」

 

 エリシェから語られた言葉に思わず顔を顰める。

 何処の世界に人を簡単に殺せる優しい外道など居るのだろうか? エリシェは傭兵の外道としての一面を知らないからこそ優しいなどと語れる。

 そう結論付けたスヴェンは彼女の思い違いを指摘せず、

 

「時間も惜しい、話し合いは手っ取り早く済ませちまおう」

 

 改めて三人に告げるとエリシェは設計図と荷物を大事そうに抱え、静かに部屋から退出した。

 すると二人から何か言いたげな視線を向けられるが、敢えて無視しながらスヴェンは自身が得た情報を口にする。

 

「俺が得た情報だが、ゴスペルの取引相手は謎ってことが判明した」

 

「えっ? あんな魔法を使って証拠隠滅に走るぐらいだから邪神教団じゃないの?」

 

 ミアが疑問を顕に、レヴィも同様に疑問に首を傾げた。

 二人が邪神教団の証拠隠滅を疑うのは無理もないが、取引相手に関しては完全に情報と証拠が途絶えた状態だ。

 

「仮に邪神教団だとして、取引相手はわざわざゴスペルの頭目含めた配下に魔法を仕掛けたーー取引相手の話し、解呪されそうになりゃあ死んじまうような魔法を」

 

「単なる証拠隠滅ならあの魔法で事足りるわね。でも貴方のように用意周到なら話しは別じゃないかしら?」

 

 レヴィの指摘通り自身のような用心深い者ならそうしてもおかしくはない。

 

「確かにその線は充分に考えられたさ。……取引相手は呪いの行使で証拠隠滅をしたが、第三者が不都合な奴をついでに消すためなら話しは変わるだろ」

 

「……第三者にとっての不都合な人物。スヴェンの他に遺跡に乗り込んだ人が居たということね」

 

 レヴィの言葉にスヴェンは肯定する。

 

「まさかとは思うのだけれど、その人物は近々結婚が決まっているアラタかしら」

 

 そして既にリリナが偽者だと確信を持って告げた。

 彼女にしか知り得ない情報でリリナが偽者だと結論付けた。ならこちらはこの結論を確定させる情報を告げるだけで良い。

 

「アンタらが既に勘付いてるなら話しは早えな。ゴスペルの右足を束ねる頭目のグランは本物はもう居ないと言い残した」

 

 既に本物は殺された後だと告げると二人は眼を伏せ、手を強く握り締めた。

 ミアは先輩後輩の間柄、レヴィは恐らく王族として彼女と関わりが有った。だからこそ本物の死を惜しみ、同時にどうすることもできない悔しさが込み上がるのだろう。

 だがいま悔やんでも仕方ない。偽者を始末しなければそれこそ面倒な事態が引き起こされる。

 だからこそスヴェンは行動に出るべく宿部屋のドアノブを握る。

 

「アンタらは宿屋で待ってろ」

 

「証拠も無しに行くのはスヴェンさんが危なくなるよ? それでも一人で行こうとするの?」

 

「危険って分かり切ってる場所に護衛対象を連れて行くバカは居ねえだろ。それにミア、アンタも標的にされてる可能性だって高え」

 

 レヴィとミアを護りながら戦うのは厳しい。特に相手は少なからず交流が有る相手の皮を被った外道だ。

 単純な近接戦闘ならレヴィとミアに不安は無いが、いざとなれば躊躇してしまうかもしれない。

 だからスヴェンは一人で行こうとドアを開けようとドアノブを回すと、手が小さな手に掴まれる。

 

「今はもしも刺客が差し向けられ無いとも限らない状況だよ。だから私とレヴィを側で護ってよ、その代わり私がスヴェンさんが受ける傷を癒してあげるから」

 

 ミアの決意の固い眼差しにスヴェンはたじろぐ。

 そしてそんなスヴェンに畳み掛けるようにレヴィが告げる。

 

「貴方は護衛対象を安全性も無い場所に放って一人で行くと言うの?」

 

 安全性が確約されない場所にレヴィを置いて行く。確かに護衛として考えればその選択は無い。 

 なら他の者に預けるべきか。例えば魔法騎士団と宛を浮かべるも、すぐに選択肢から消えていく。

 リリナの皮を被った偽者がユーリを手中に収めーー身分を明かさないレヴィとミアを魔法騎士団に預けた時、それは魔法騎士団の手で二人が捕縛され排除される可能性が充分に考えられた。

 仮にレヴィが素性を明かしたとすれば、状況は変わるかもしれないがーー洗脳魔法の可能性がスヴェンから安全な選択を悉く排除してしまう。

 そうなってしまえば自身の側に二人を置いて置いた方が比較的安全だ。

 

「……あらゆる可能性を考えたが、確実な安全性が得られねえなら仕方ねえか」

 

 漸く諦め、観念したスヴェンに二人は手を叩き合い喜ぶ様子を見せた。

 レヴィとミアは正直に言えば変わっている。どうしようもない外道と知りながら、そこに危険と死が有ると知りながら着いて来ようとする。

 金も対価も得られない危険な場所に好き好んで。傭兵の身からすれば考えられない行動だーー逆にそこまでしてなぜ二人が行動するのか興味も湧くが、今はどうでもいいことだな。

 

「あ〜、アシュナはどうしてんだ?」

 

「彼女なら偵察に出てると思うわ」

 

 アシュナが秘密裏に偵察に出ている。それなら何かしらの情報も期待できるがーー最初からアイツの風の精霊を頼れば町に潜む悪人から早急に調べが着いたんじゃあ?

 スヴェンはやっとアシュナが使える魔法に気が付き、なんとも言えない真顔を浮かべては黙り込んだ。

 

「もしかしてアシュナの精霊魔法で調べた方が速いって考えたのかしら?」

 

 こちらの思考を読んだのか、片目目を瞑って言い当てるレヴィに思わず頷く。

 するとレヴィは苦笑を浮かべ、

 

「アシュナが使える精霊魔法は便利では有るけど制約も多いのよ。例えば前回の召喚から短期間で再召喚できないとかね」

 

「んな制約があんのかよ……いや、精霊つう不思議な生物に力を借りるってのもタダじゃねえのか」

 

 召喚の類で何かに力を借りるには制約や対価が必要になる。そう言いたげにレヴィが頷き、スヴェンは一つ精霊魔法に関して理解を深めたところでドアを開け放つ。

 完全に開け離れたドア、そして廊下で斧を振り下ろす宿屋のウェイターの姿が目前に映り込んだ……。

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