傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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6-10.暴徒汚染

 宿部屋のドアを開けた瞬間、目前に振り下ろされた斧が迫る。

 ミアから小さな悲鳴が漏れる中、スヴェンはウェイターの右手首を掴み取りーーミシミシミシィー!! 彼の右手首が骨が軋んだ音が廊下に響き渡った。

 

「ぬぁぁー!!」

 

 ウェイターは右手首に走る痛みに耐えきれず斧を手放し、斧は回転しながら床に突き刺さった。

 スヴェンは突き刺さった斧に一瞬だけ視線を向け、ウェイターの顔面に左拳を放つ。

 顔にめり込む左拳がそのまま振り抜かれ、ウェイターの身体が真向かいの廊下に吹き飛ぶ。

 そして、ウェイターが真向かいの宿部屋の壁を突き破り、倒れ伏した。

 

「な、なにごとぉ!?」

 

「きゃあぁっ!」

 

 真向かいの男女の宿泊客がお楽しみ中であろうともスヴェンは気にした素振りを見せず、ミアとレヴィに振り向くと二人の顔が赤く染まり視線はスヴェンの背後に向けられていた。

 二人は歳頃の少女だ。真向かいの二人が行っていた行為に多少なりとも興味があるのだろう。

 スヴェンは内心で二人に理解を示しながら、

 

「さっきのウェイター……目が虚だったが洗脳魔法でも施されたか?」

 

 先程のウェイターに付いて訊ねる。するといち早く現実に戻ったレヴィが顎に指を添えながら考え込む。

 

「……もし宿屋で洗脳魔法を施したのなら、魔力の流れで魔法の発動が判るわ。でも魔法の発動は感じられなかった」

 

 魔法を唱えるには魔力が必要不可欠だ。だから発動時の魔力で気付かれ安い。

 逆に事前に必要な魔力を使い魔法を条件に応じて発動するなら? その時に魔力を感じられるのか? スヴェンは頭に浮かんだ疑問を問う。

 

「魔法の発動原理は一応理解してるつもりだが、事前に魔法を唱え、待機状態を維持しながら条件に応じて発動させりゃあどうなる?」

 

「……確かにその方法なら発動時に発する魔力は感じられないわ。だけど、例えば身体の一部に発動させた魔法陣を刻んだ状態だと魔法陣から魔力が……っ!」

 

 レヴィは何かに気が付いた様子で顔を歪ませ、

 

「……さっき私達の部屋にリリナが来たわ」

 

 かなり重大な話にスヴェンは眉を歪ませた。そんな大事な話は早めに告げて欲しいものだが、既に状況が動いたいま気にすることじゃない。 

 今はレヴィの話に耳を傾けるべきだ。

 

「リリナの眼を見ようとした瞬間、背筋に悪寒が走ったわ。あの眼は見てはいけないと……可能性が有るとするなら眼に魔法を仕込んでいるわ」

 

「眼か。ソイツの眼を視界に入れず戦う必要があんな」

 

 戦闘中に顔を視認しては何かの拍子に眼を合わせてしまう危険性が高い。

 なら足下、腕の動き、全身の比重や筋肉の動きで判断、対応すれば事足りる。 

 スヴェンがどう対応するか頭の中で描き切った頃、ミアの震えた声と靴を引き摺る音が耳に響く。

 

「す、スヴェンさん、レヴィ……もしかしてけっこうヤバい状況なんじゃ?」

 

 廊下に溢れる武器を手に持つ一般人。その誰もが虚な表情でーーミアに視線を向けていた。

 敵の多さと一般人には手を出せない状態にスヴェンはため息を吐きながらレヴィ達の宿部屋のドアを蹴り破る。

 

「なな、なに!? ど、どうしたのスヴェン!」

 

 驚き慌てるエリシェにスヴェンは冷静に告げる。

 

「状況が変わった。アンタも俺達と来い」

 

「よく分からないけど分かった!」

 

 そう言って設計図が入った荷物を片手にエリシェが駆け寄り、スヴェンは階段の方向に視線を向けては、既に虚な一般人に溢れ道が塞がれた様子に舌打ちする。

 すると刻々と近付く虚な一般人の一人がうわ言を放つ。

 

「……長い青髪絶壁、コロセ」

 

 敵の標的がミアという事実にスヴェンは深いため息を吐き、レヴィとエリシェの視線がミアの胸に突き刺さる。

 

「ち、ちょっとぉ! 如何して私が標的なの!? というかいま絶壁って言った奴覚えてなさいよぉー!!」

 

 今にも杖を掲げて怒り任せに突っ込みそうなミアをレヴィとエリシェが抑え、

 

「落ち着きなさいミア! 貴女が狙われてる以上、怒りに身を任せたら相手の思うツボよ!」

 

「状況がよく分からないけど落ち着いて〜!」

 

 怒り心頭のミアと迫る虚な一般人。極めて面倒臭い状況にスヴェンはミアを囮に、レヴィとエリシェを連れ離脱する方法を取るか真剣に思案していた。

 そうなればミアが無事で居られる可能性が限りなく低いだろう。特に彼女の特徴として伝えられた胸の件は、男には理解できない何か譲れない一線が有るのだろう。

 だからここでミアを囮にしたところで対して役に立たないまま死亡する可能性が高い。

 なら優秀な治療師としての側面を重視する他に選択の余地などない。

 結論付けたスヴェンは廊下の最奥に位置する窓に視線を向け、二人に抑えられたミアに近付きーースヴェンは迷うことなくミアを肩に担ぐ。

 

「うぇ!? あ、あの! もう怒ったりしないから! だから降ろしてぇ〜!!」

 

「暴れんな……振りまわすぞ!」

 

 鋭い眼孔で睨んだスヴェンから告げられた言葉に、ミアは大人しく杖を背中に仕舞う。

 そしてスヴェンはレヴィとエリシェに視線を向け、

 

「窓から飛び降りるぞ」

 

 驚愕する二人と小さな悲鳴を漏らす一人を無視してスヴェンは、廊下の最奥の窓に駆け出す。

 そしてミアの腰をしっかりと抑えたスヴェンは窓に飛び込み、ガラスの破片と共に宿屋フェルの外へ飛び出した。

 ガラスの破片が散らばる地面に着地したスヴェンは、隣に飛び降りるレヴィとエリシェに視線を向ける。

 

「おう、よく着いて来れたな」

 

「貴方に置いてかれちゃったら意味がないもの」

 

「はぁ〜ラピス魔法学院で緊急時の脱出講義を受けてて良かったぁ」

 

 エリシェの気になる単語にスヴェンは質問しようかと一瞬だけ後髪引かれたが、駆け寄る虚の一般人の集団に駆け出した。

 するとこちらをーー正確にはミアを狙った矢尻がスヴェンの頬を掠める。

 

「いま、髪の毛先がちょっと掠った!」

 

「当たらねえならいいだろ」

 

 しかしこのまま目的地も無く逃げまわるのは危険だ。

 スヴェンはこの先に位置する路地を頭に浮かべながら、エリシェにダメ元で訊ねる。

 

「アンタは魔法で壁だとかなんか造れねえか?」

 

「壁かぁ……地面の石畳の形を変えて壁にすることはできるよ」

 

「へぇ〜ソイツは防御系の魔法なのか?」

 

「うーん、どちらかと言えば攻撃魔法の応用かな。土系統の魔法には物質の形を変える魔法が多いから」

 

 魔力で物質に干渉して形を作り替える。そう言った魔法のだとスヴェンは推測し、正面の屋根から聞こえた足音にナイフを引き抜く。

 そして視線を向けられば、屋根に登った虚な一般が放物線を描くように投げられた剣を投擲ーー肩のミアに放たれた剣をスヴェンは足を止めずナイフの刃で剣を弾く。

 石畳の通路に突き刺さる剣、それに目も向けずスヴェンは路地に駆け込む。

 少し遅れてレヴィとエリシェが同じく路地に駆け込み、

 

「路地を魔法で塞げ」

 

 エリシェに指示を告げると、彼女は両手で石畳の通路に付け、

 

「石よ、汝の形を変え行手を阻む障壁となれ!」

 

 唱えた詠唱に呼応するように展開された魔法陣が土色の光を放つ。

 やがて魔法陣から魔力の波が石畳の通路に走り、虚な一般人が路地目掛けて走り出す中、隆起した石壁が路地の道を塞ぐ。

 ゴチィーン!! 誰かが頭でも打つたのか、そんな鈍い音が壁の向こう側から聴こえた。

 

「ご、ごめーん!!」

 

 果たしてエリシェの謝罪は洗脳された彼らに通じているのか。素朴な疑問を浮かべたスヴェンは振り向くと、風に揺れる水面が映り込む。

 このまま直進すれば港区の船着場に出る。頭の中に描いた地図を基に一歩踏み出すと、頭上から感じる人の気配にスヴェンはガンバスターの柄に手を伸ばした。

 剣と槍を片手に着地した魔法騎士団の騎士二人にスヴェンは眉を歪め、ガンバスターを鞘ごと抜き取る。

 

「どうやら敵は魔法騎士団までも手中に納めたらしいな」

 

「これは厳しいわね」

 

「……もしかして有効的な魔法が使えるのってあたしだけ?」

 

 エリシェの疑問にスヴェンとレヴィは、彼女の眼を真っ直ぐと見つめながら『お前が頼りだ!』と言わんばかりに頷いて見せた。

 エリシェは仕方ないと後頭部を掻きながら身構える。

 駆け出す二人の魔法騎士団がミアを標的に武器を振り放つ。

 スヴェンは肩のミアに刃が届くより先に、

 

「えっ……ちょ、ちょまっ! きゃぁぁぁ!!」

 

 彼女を天高く放り投げた。

 放り投げられたミアを見上げ、動きを止めた二人の騎士にスヴェンはガンバスターを鞘ごと真横に振り抜いた。

 鎧の硬い感触に顔色一つ変えず、二人の騎士を壁に叩き込む。

 やがて壁の破片ごと崩れ落ちる二人の騎士を他所に、スヴェンは落下するミアを受け止め、彼女を地面に落とす。

 痛みから尻を摩るミアがこちらを見上げては涙目で睨む。

 

「痛いじゃない! 受け止めるならもっとしっかり受け止めてよ!」

 

「両手が塞がったらガンバスターが扱えねえだろ」

 

 スヴェンは抗議するように睨むミアから視線を外し、エリシェが彼女に手を貸す。

 

「大丈夫?」

 

「ありがとう……でもさっき投げ飛ばされて分かった事があるよ。洗脳状態の者は私以外を標的にしてないって」

 

 確かに二人の騎士はスヴェンとレヴィが武器を構えている状態に拘らず、標的のミアを見上げていた。

 魔法を使えば届く距離にも関わらず。洗脳状態の連中は魔法が使えないーーだからといって警戒を怠る訳にもいかない。

 

「どうあっても敵はミアを最優先に始末してえらしいな」

 

「はぁ〜狙われるってこんなに大変なんだね」

 

「大丈夫よ。貴女は私とスヴェンが護るから」

 

 レヴィの漢気溢れる言葉にスヴェンはため息を吐く。

 何処に護衛対象に護れる護衛の同行者が居るのか。考えようによっては面白い状況ではあるが、実際に目の当たりにすると結局あらゆる危険性を取り除くのは護衛だ。

 

「頼むからアンタも大人しく護られてくれ」

 

「うーんと……スヴェンがレヴィとミアを護るならあたしがあなたを手伝おうか?」

 

 護るとは言わず手を貸す。そう告げながら手を差し出すエリシェに、スヴェンは彼女の手を取らず、

 

「アンタも鍛治師として雇われた身だ……あー、要するに必然的にアンタも護衛の対象に入ってんだよ」

 

 エリシェが無事にエルリア城下町に帰るまでが、彼女をこの場に呼んだ自身の責任だ。

 それはガンバスターの改良を依頼したスヴェンが果たすべき責務だからだ。

 

「……そっか、でも魔法が必要な時には言ってよ」

 

 気恥ずかしそうに告げるエリシェにスヴェンは頷くことで答え、そしてアシュナの気配を屋根から感じながら歩き出す。

 

「さて、問題は何処を目指すかだな」

 

 偽者が何食わぬ顔でユーリの屋敷で待ち構えている。

 それとも魔法騎士団が調査した元ゴスペルの潜伏先、町の地下水路か。

 現状で考えれる二つの居場所を推測したスヴェンにレヴィが告げる。

 

「ユーリ様の屋敷はどうかしら? あの場所なら罠を仕掛ける時間も充分に有るわ」

 

「……ユーリ様の屋敷が敵に占拠されてるなら、ユーリ様はどうなったのかな?」

 

 恐らくユーリはこの町の住民と魔法騎士団と同じように洗脳された可能性が非常に高い。むしろ最初から偽者の目的はそれでーーミアの排除は単なるついでに過ぎず、偽者はミアとレヴィが行動してることを宿屋に訪れた時に知った。

 つまり一般人を使った襲撃事態はミアの排除を兼ねた時間稼ぎに過ぎないのだ。

 

「ユーリは洗脳された可能性が高え……封印の鍵でも取りに行かされてんじゃねえか?」

 

「封印の鍵って邪神の?」

 

 エリシェの疑問にスヴェン達がその鍵だと頷くと、彼女はある程度察した様子で息を吐いた。

 

「……話しを戻すが、罠だらけの屋敷に乗り込むより先にもう一つの可能性を片付けてぇ」

 

「えっと、魔法騎士団が調査に入った地下水路のアジトのこと?」

 

 正解を当てるミアに頷き、

 

「ああ、脱出経路を含めりゃあ地下水路は潜伏先に最適だろ」

 

 アラタは地下水路でアウリオンに刺され、ファザール運河に流された。

 町の用水路、地下水路を繋ぐファザール運河はいざとなれば脱出経路として最適な場所だ。

 まさか偽者が考え得る中で最も可能性の高い場所に居るとは考え難いが、疑わしい場所はしらみ潰しに捜すに限る。

 行動に出る前に一度アシュナが得た情報を聴く必要も有るが。

 

「地下水路かぁ……じゃあ一時的に水路を魔法で塞いで置く?」

 

 エリシェから提示された提案は正に偽者からしたら一番嫌な方法だろう。

 脱出には転移魔法可能性も考えられるが、提案したエリシェにレヴィが微笑んだ。

 

「それじゃあ水路の堰き止めは貴女を頼らせてもらうわ」

 

「任せてよ!」

 

 笑顔で受け答えするエリシェを他所に、スヴェンは足を止め屋根を見上げ、

 

「アシュナ、出て来い」

 

 影の護衛でもあるアシュナを呼んだ。

 すると彼女は音もなくスヴェンの目の前に着地しては、

 

「ごめん、敵に撒かれた」

 

 申し訳なさそうに告げる。

 

「姿は見られたか?」

 

「それは大丈夫……だけど歓楽街で尾行に気付かれた」

 

「撒かれちまったもんは仕方ねえな。奴は一般人に魔法を使っていたか?」

 

「うん、青髪絶壁のミアを殺害するように眼から魔法を施してた……でも見過ごせないから少しだけ妨害したよ」

 

 恐らくアシュナの尾行に気付いたのは、彼女の妨害の影響が強い。

 だが彼女が一般人対する魔法行使を見過ごせない事にも理解は及ぶ。

 

「妨害で一般人が助かったなら問題ねえさ……で? 敵は何か言っていたか?」

 

「ユーリが町に戻るまで後二時間だって」

 

 いつからユーリが町の外へ出ていたのかは判りようがないが、残されたタイムリミットが二時間と判っただけでも上等だ。

 

「二時間以内にアイツを捜し出し始末か。いや、その前に洗脳を解く方が先か」

 

「そうね、洗脳魔法は術者に解かせた方が速いわ」

 

 偽者を殺害するだけで簡単に片付くだけならどんなに楽でいいか。

 スヴェンは内心でそんな感想を浮かべては、アシュナに戻るように伝えてから再び動き出した。

 まだ調査していないゴスペルのアジトに向かって。

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