傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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異章一
目撃者


 企業連盟が雇った傭兵スヴェンが、覇王エルデをあと一歩の所で突如として世界から消失した。

 監視ドローンによる戦場中継を天体モニターで目撃していた者達が一様に困惑した目付きで会議テーブル越しに息を吐く。

 天体モニターを中継していた茶髪のスーツ姿の女性も困惑した表情を見せるが、それは一瞬だけですぐさま冷静に無感情を顕にした。

 

「……傭兵スヴェンの消失。覇王エルデの健在、いや痛手を与えたことに意義を見出すべきか」

 

 一人冷静に事態を認識した老人の枯れた声に注目が集まる。

 

「何を言う、我々連盟が雇った傭兵が全滅したのだぞ! これは明らかな損害だ!」

 

 一人は連盟が被った損害額に嘆き、会議に参加していた者達に動揺を走らせる。

 

「確かに小娘に対する損失は釣り合いが取れんな。……だが小娘も重症、あの傷では再生治療処置を行ったところで時間がかかるだろう」

 

「その間にまた傭兵を雇うと? 是非ともこの機会に我が社の最新鋭の機械兵導入を検討して欲しいな」

 

 若い男性の期待を宿した眼差しに老人は眼を伏せる。

 機械兵、この世界のモンスターが数多の重火器を取り込む性質を参考に人体改造を施した人類。

 戦場での活躍は老人も耳にし、実際にそれ相応の評価もしていたがーー所詮は重火器を纏った改造人間、結局戦場に乱入したモンスターに取り込まれるのがオチだった。

 結局の所人類が許された兵器はモンスターが興味を示さないギリギリの性能に落とし込む必要が有る。

 今回の戦場に導入しなかったのもあらゆる懸念を排除してだった。

 

「モンスター生息域外ならば検討はしよう」

 

 老人は物言いたげな若い男性を無視して、スーツ姿の女性ーー傭兵管理企業【アライアンス】の仲介役に視線を向けた。

 

「あの若僧が今まで仕事を放り出したことは?」

 

「例外を除けば傭兵スヴェンが一度請けた仕事を放り出した事は無いです」

 

「例外とは?」

 

「雇主側が彼を裏切らない、依頼そのものが意味を成さない状況です」

 

 なるほどっと老人は顎髭を撫でると、スヴェンに付いて記されたデータの記述が浮かぶ。

 最初は傭兵派遣会社【アライアンス】が定めた正当な評価だと納得したが、改めて覇王エルデとの戦闘を眼にすれば考えも変わる。

 

「ふむ、では若僧の傭兵評価は如何だった? あれは正当かね」

 

 老人の質問に仲介役は真顔で頷き、

 

「貴方が訊ねる理由も分かります。傭兵スヴェンに対する我が社の評価はDランク。しかしこれはあくまでもあらゆる分野、つまり保有戦力や物資、部隊の規模を査定した評価です」

 

 スヴェンは単独傭兵だ、評価査定では個人で動く彼は評価を上げる事は叶わないのだろう。

 老人は評価の査定基準に納得を示しつつ、

 

「単独傭兵でDランクは高いと聞くが、あの戦闘能力ではワンランク上でも良かろうに」

 

「我々アライアンスが傭兵に求めるのは、部隊を統括し率いるカリスマ性です。今回の状況もスヴェンに仲間が居たので有れば覇王エルデの討伐は成し得たと推測してますわ」

 

 厳格な態度を崩さない仲介役に老人は満足気な笑みを浮かべる。

 彼女らが傭兵に対する評価は私情を持ち込まない正当な評価だと。

 だが今更の質問に若い男性が疑問を口にする。

 

「今更なぜそんなくだらん質問を? 貴方だって事前に確認はしているだろう。それとも400を超え、ボケたのかね?」

 

「まだボケちゃいないさ。あの若僧を呑み込んだ閃光が気になってな」

 

 当初は不当な評価による離反か、覇王エルデとの結託を疑いもしたが、老人の中でその可能性は無くなった。

 となれば第三者の介入を疑わざるおえないのだ。

 

「覇王の最後の悪足掻きでは?」

 

「お前は映像の何を観ていた? 小娘が何かを仕掛ける機会は有ったが、何の動作もなく人間一人を消すことなど難しいだろう」

 

 老人は改めて仲介役に視線を戻す。

 

「アライアンスは既に分析もしているのだろう?」

 

「流石は古くから連盟を支える大黒柱ですね。えぇ、貴方がおっしゃる通り、我々はあの戦場を分析しました」

 

「むろん結果を我々にも提供して頂けるのだろう?」

 

「もちろんです。貴方方は我々の大事なビジネスパートナーですから」

 

 そう言って仲介役は懐から小型の端末を取り出し、新たな映像をテーブルの中央に投映させた。

 そこには様々な項目に分別された数式の羅列が一挙に流れ、この場に集まった者達が数式に眼を通す。

 やがて一つの数式が異常数値を示すことに気が付き、

 

「魔力濃度の異常数値……何者かが古の魔法を発動させたと?」

 

「えぇ、それも異空間を開き人間を瞬間移動させる程の魔法です」

 

 魔法という現在では僅かに道具の補助程度にしか使われていない技術に一人の青年が動揺した。

 

「魔法、それに異空間だと? そんな物が開いた瞬間は映像には無かった筈だぞ」

 

 老人は知識の中から異空間の開きに生じる現象を思い起こし、

 

「あの閃光が異空間を開く瞬間に生じる現象ならば説明は付くが、それ以上のことは何も知りようが無いか」

 

 諦観した様子で言葉を閉めた。

 

「えぇ、あの魔法に付いてはデウス神も『何も干渉するな』と警告を発令していますからね」

 

 機械神デウスがそう告げるのであれば、この場に集った者達はスヴェンが消えた真相を解明する手段も理由も無くなった。

 ただ一つだけ分かったことが有る。それはスヴェンが依頼を放棄したという可能性が消えたことだ。

 会議の話題は消えたスヴェンに移り、腹黒そうな眼鏡の少年が仲介役に視線を向ける。

 

「ふむ。戦場を彷徨う一匹狼の処遇は如何するんだい? そちらで傭兵ライセンスを剥奪するならウチのPMCで引き取りたいところだけど」

 

「ご冗談を。あの男は戦場でしか生を見出させないモンスターです。なので我々が適切に管理を続けると上層部が既に決定してますよ」

 

「孤狼は未だ解き放たれず、か。しかし何処に消えたかにもよるが?」

 

 確かにスヴェンが何処に消えたのかは誰にも分からないことだった。

 この場に居る全員が異世界に召喚されたなどと誰も想像すらしないだろう。

 仲介役はため息を吐き、老人がそんな隙を見せる彼女に珍しげな視線を向けた。

 

「珍しいな、貴女が人前でため息を吐くなど」

 

「まあ、付き合いは長い方ですから」

 

「なるほど……しかしこれ以上の問答はプライベートの領域か。であれば我々は一度傭兵スヴェンの話題を忘れ、本題に戻らねばな」

 

 老人の舵切りに集った者達は一様に頷く。

 

「覇王エルデの討伐。果たしてどのようにして成果を出すか、国連もそう長くは待てない様子だしね」

 

「国連が本腰を挙げれば済む事では有るが……」

 

 それからというもの、仲介役を交えた会議は長く続き。

 漸く結論を出したのはスヴェン消失から一日経過した頃だった。




はい、今回はスヴェンが消えた直後のデウス・ウェポンの話しでした。

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