傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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6-11.拡大する被害

 スヴェン達は歓楽区を目指すも、最短距離で到着可能な通路が悉く虚の一般人に塞がれていた。

 ミアを狙いながら行く手を阻む虚の一般人、そんな彼らの背後から飛び出すアンノウンにスヴェンがいち早く動き出す。

 今にも虚の一般人を背後から喉元に喰らい付きそうなアンノウンに対して鞘から引き抜いたガンバスターを払う。

 刃がアンノウンが展開する障壁に防がれるが、虚の一般人に牙が届く前にーー虚の一般人はミアに駆け出した。

 

「自分の命さえも危険なのに……っ!」

 

 ミアの悲痛な叫びも虚しく、虚の一般人はモンスターの脅威に晒されながら命じられるままに標的に向かう。

 戦場で爆弾を背負った特攻兵を彷彿とさせる動きにスヴェンは無表情で、

 

「そっちに行ったぞ!」

 

 背後に控えるレヴィ達に警告を放つと同時に、屋根から見下ろす十頭のアンノウンの姿に眉が歪む。

 障壁に対する有効手段はエリシェとアシュナの魔法のみ。

 だがこの状況においてアシュナを選択肢の中から取り除く。

 何処かにアンノウンを町中に放った馬鹿が居る。そんな奴に彼女の姿を曝す訳にはいかない。

 

「エリシェ! アンノウン共に魔法を頼む!」

 

「任せて!」

 

 スヴェンは障壁で刃を防ぐアンノウンに渾身の一撃を繰り出し、障壁ごとアンノウンを弾き、

 

「岩よ押し潰せ!」

 

 エリシェの詠唱を合図にその場から飛び退く。すると魔法陣から放たれた岩石がスヴェンと入れ替わるようにアンノウンに殺到する。

 岩石はスヴェンの放つ一撃では傷一つ入らない障壁を破り、勢い衰えることなくアンノウンの三頭部を押し潰した。

 エリシェは魔法陣を動かし、屋根から見下ろしていた十頭のアンノウンも標的に岩石を撃ち出す。

 アンノウンは仲間が殺された光景から学習し、岩石に障壁が破れた瞬間に、一斉にその場から飛び退く。

 飛来する岩石を足場に十頭のアンノウンが一斉にエリシェに狙いを定める。

 スヴェンは魔法による効率的な戦闘に舌を唸らせながら銃口を構え、十頭のアンノウンが重なった瞬間に引き金を引く。

 

 ズガァァン!! ズガァァン!! ズガァァン!! 三発の.600LRマグナム弾が誰も巻き込まずーー十頭のアンノウンだけを同時に撃ち抜いた。

 

「うひゃ〜凄い音と威力!」

 

 アンノウンの肉片が通路に散らばる中、エリシェの感心に染まった声が耳に届く。

 アンノウンは素早く排除したが問題は虚な一般人だ。スヴェンとエリシェがアンノウンに意識を向けている最中、既に二十人の虚な一般人が二人を通り抜けレヴィとミアの下に殺到していた。

 舌打ちしながら駆け出すスヴェンを他所に、一閃が虚な一般人に走る。

 突如繰り出された剣圧が一度に虚な一般人の身体を弾き飛ばす。

 剣をわざと空振りさせ、刃に生じる剣圧だけで二十人の虚な一般人を無力させた。

 それを行ったのは他ならない長い金髪を風に靡かせるレヴィだ。

 

「……護衛の必要があんのか?」

 

 本来護るべき対象にミアが護られるという光景と結果にスヴェンがなんとも言えない眼差しを向けたのは無理もないことだった。

 魔力が使えず本来の実力である召喚魔法が封じされているにも関わらず、レヴィには空間停止現象が通じずーー剣技さえも一級品と来ればもう護衛など意味を成さないと思えても仕方ない。

 スヴェン達が唖然とする中、レヴィは何食わぬ顔で優雅に鮮やかに剣を鞘に納めながら、

 

「モンスターの被害が続出する前に先を急ぐわよ」

 

 三人にそう告げ、スヴェン達は漸く彼女の掛け声で歩みを再会させるのだった。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 普段なら訪れた者に娯楽を与え、大量の硬貨が日夜流れるフェルシオンの歓楽区は静寂と飢えた唸り声が満ちていた。

 歓楽区に到着したスヴェン達に鮮血の臭いが襲う。

 彼女達にとって地獄のように見える光景、スヴェンにとっては懐かしさと自身が居るべき居場所にも似た光景が目の前に広がっていた。

 無抵抗なままにアンノウンに食い千切られる虚な一般人達の姿にレヴィ達から小さな悲鳴が漏れる。

 やがて剣の柄を強く握り締めたレヴィから、

 

「よくも平気で……こんなことをっ」

 

 何もできなかった。大惨事を阻止できなかった悔しさに、全てを背負い込むにはあまりにも小さな肩を震わせていた。

 彼女の悔しさは理解もできれば、むしろ感情任せに突っ走らないだけマシだ。

 地下水路への道は食事中のアンノウン共によって塞がれている状態にある。

 恐らく歓楽区に居るアンノウンを全て討伐している時間は無い。

 先を急ぐべきだとスヴェンが冷静に結論を出すとーー何処からともなく複数のアンノウンが唸り声と共に姿を現す。

 食事中だったアンノウンさえも一度食事を止め、こちらを取り囲む。

 

「……コイツら何処に潜んでやがった?」

 

「分からないけど、相当ヤバい状況だって事は判るよ。しかも数に対して頼りになるのはエリシェの魔法だけ!」

 

 モンスターに対する有効手段が乏しい状況でモンスターの群れに囲まれた。

 正に最悪と言える状況にスヴェンはエリシェに視線を向け、サイドポーチのハンドグレネードに手を伸ばすと、アンノウンの群れをーー突如魔力を纏った斬撃の嵐が障壁ごと斬り裂く。

 

「やれやれ、あちこちで奇妙な臭いが充満してると思い血とラズベリーの匂い、美少女特有の甘い匂いを辿ってくれば……やあスヴェン!」

 

 一番会いたくもないヴェイグが微笑んだ。

 この状況下、どさくさに紛れて奴を始末しても問題無いのではないか? そんな衝動を悟られないように堪える。

 

「少し会わない間にわたしをそっちのけに美少女三人を侍らせるだなんて、妬けてしまうね!」

 

 気色悪い言動を発した刹那の瞬間、スヴェンはこの場に居る全てのアンノウンを奴に押し付けてしまおう。最も適切とも言える解答を導き出したスヴェンはレヴィ達を連れて地下水路の入り口へ駆け出した。

 

「おやぁ? せっかく窮地を救ったわたしに対する態度が無視かい?」

 

「俺よか背後のモンスターに注意でもしてろ」

 

 背後から飛び掛かるアンノウンに警告を飛ばすも、氷と炎を纏った双剣の刃がアンノウンを斬り裂く。

 盲目から繰り出される正確無慈悲な斬撃に、ヴェイグなら一人で問題は何も無い。むしろ関わるだけこちらの精神力が削られるだけだ。

 そう判断したのはスヴェンのみならず、レヴィ達も同様だったようで彼女達の足も迷うことなく地下水路の入り口を目指す。

 

「まあいいさ。この状況はアルセム商会としても迷惑していたからね! 町中のモンスターはこちらに任せるといい……ってあれ? もう居ない!?」

 

 地下水路の階段を駆け降りる中、背後からヴェイグの声が地下水路まで広く反響していた。

 

「……チッ、入口を魔法で塞いでくれ」

 

 スヴェンはエリシェに振り向きながらそう告げると、彼女は悪寒を感じたのか身を震わせるように抱きしめ、

 

「判ったけど、あれが噂のアルセム商会の会長なの? 父さんが絶対に出会うなって言ってたけど、その意味が判った気がする」

 

 ブラックから言われていたことに付いて言及した。

 スヴェンはヴェイグに関しては何も言えず、エリシェは魔法で入り口を塞ぎついでに水路に岩を落とすことで流れを堰き止める。

 

「歓楽区の地下水路の入り口は他にもあんのか?」

 

「歓楽区だけは一ヶ所だけよ」

 

 幾つか存在するなら全て塞いで置きたいと思い訊ねれば、レヴィが簡潔に答えた。

 これで歓楽区からアンノウンと虚な一般人が入り込むことは無い。同時にユーリが此処から偽者の元へ向かうことも阻止できた。

 だが他にも入り口が在る以上、何処からユーリが入るのか判らない状態に変わりはない。

 スヴェンは真っ直ぐ続く地下水路の通路を見据え、歩き出すと、

 

「もしかしてスヴェンさんは単独で敵の下に向かおうって考えてる?」

 

 ミアの指摘にスヴェンは足を止めた。

 確かにその方法も考え付いていたが、偽者とユーリの合流阻止に関して言えばーー偽者が待ち構える水路の入り口を塞いでしまえば済むことだ。転移魔法という存在が在る以上、封殺や窒息死が狙えないことが非常に残念ではあるが。

 当初の予定通り二手に別れずとも偽者が居る水路の流れさえ堰き止めれば、水路からの逃亡を阻止することも可能になる。

 だからわざわざ二手に別れる必要は無い。

 偽者が居る水路ごと自身だけを閉じ込めてしまえば済む話だからだ。

 

「二手に別れる必要はねえよ。敵が居る水路を塞ぎさえすりゃあ手間もねえだろ」

 

「……確かにそうかも」

 

 納得した様子を見せるミアを他所にスヴェンは三人に何も告げず、真っ直ぐ地下水路を進む。

 しばらく地下水路を進むと、何処からか人の声が反響する。

 

『遅いわね。それに依然と報告も来ない……ちょっと様子を見て来なさいよ』

 

 誰かに語りかけるような話し声に、スヴェンは通路の曲がり角に前に壁を背中に様子を窺う。

 通路の先には誰も居らず、しかし反響する声は近い。

 

『はぁ〜? 断るってあんたねぇ……じゃあ此処に何しに来たのよ』

 

 スヴェンは耳を研ぎ澄ませーー声が通路の最奥、右側の通路から反響していると特定し、三人に足音を立てないように慎重に進むように小声で指示を出した。

 そして最奥の右側に通路と距離を縮めると、

 

『……私の様子を見に来た? 薄寒い表情で言われてもねぇ。それに一体どういうつもりで魔族にゴスペルを護らせたのよ』

 

 まだこちらの接近に気が付いていないことにスヴェンは、静かな足取りでガンバスターを引き抜く。

 最奥の右側の通路に到着し、壁を背に通路の先を覗き込むとーー既に一人は立ち去ったのか、広い広間に一人の後姿だけが見えた。

 

 ーー邪神教団も一枚岩じゃねえのか? いや、二人相手にするよりはマシか。

 

 スヴェンは考え込む後姿を見せる短髪の茶髪の女性を静かに観察する。

 ゆったりとした白いローブと背中に刻まれた一つ目の紋章。今まで遭遇した信徒のローブに刻まれた紋章とは違い、より禍々しい印象を見る者に与えていた。

 

「ありゃあ特別な立場に属する奴か?」

 

「……恐らく司祭クラスね。実物ははじめて見るけれど、まさか司祭が動いていただなんて」

 

 司祭が封印の鍵の回収に直接動き出したとなれば、この状況は邪神教団の戦力を少しでも減らす好機だ。

 絶対に逃す訳にはいかない標的を前にスヴェンは、彼女から周囲の通路に視線を向ける。

 地下水路全体と繋がった水路と行き止まりに面し、辺り一面壁に囲まれた広間。

 だが広間の中心には、乾いた血痕と茶髪が散乱している。

 恐らくあの場所で本物のリリナが殺害されたのだろう。

 

「水路は一本道か……よし、塞いでしまえ」

 

 スヴェンの指示にエリシェは、町の惨状を作り出した彼女に迷うことなく魔法を唱える。

 

「石よ、汝の形を変え逃げ道を塞ぐ壁となれ!」

 

 詠唱と共に魔法陣から発せられた魔力の波を受け、石造りの通路が迫り上がる中、スヴェンは跳躍するように広間に降り立つ。

 そして驚く偽者にガンバスターを片手に、

 

「今のアンタが偽者の正体か」

 

 確信を持って告げると偽者から冷や汗が流れ、

 

「……なんのことかしら? 私はこの場の調査に訪れていた調査部隊の隊長よ」

 

 遅過ぎる言い訳にスヴェンは鼻で嘲笑う。

 

「アンタと誰かの会話は反響していた……まさか気付かなかったのか? だとすりゃあとんだマヌケだな」

 

「……チッ、此処で姿を見られたのは誤算だわ」

 

「もう一つ誤算があんだろ。此処の入口は塞いだ……アンタが待ち望んでいる封印の鍵は届かねえ。町中に放ったアンノウンもな」

 

「……町中のアンノウン? いえ、そんな事よりも邪神教団の司祭の一人、このアイラがお前如きの魔力量で殺せるとでも思っているのかしら?」

 

 スヴェンは彼女がアンノウンの存在に付いて疑問視した様子に違和感を覚えながら挑発を返す。

 

「アンタが俺の雇主を巻き込んだ以上、確実に殺すさ」

 

「それは強がりかしら? まあでも、お前の異質さは一眼見た時から理解していた。なら同じ外道同士仲良くしましょう?」

 

 妖しく嗤うアイラにスヴェンは彼女の顔を視界に入れず、鼻で笑い飛ばす。

 

「俺の異質さ、異常性を理解したんなら排除すべきだ。判るだろ? 殺しを躊躇しねえ首輪の外れた外道がどれほど危険か」

 

 スヴェンの言葉にアイラが何かを呟くと、彼女の姿が一瞬でリリナの姿に変わる。

 屋敷で見たリリナの姿にスヴェンは興味も示さない。

 

「私を殺すということは、貴方は貴族殺しの罪を被ることになりますわ……この状態で殺されても私の姿は解けませんもの」

 

 明らかな時間稼ぎーー背後の壁越しから聴こえるレヴィ達の声と呻き声にアイラの口元が歪に歪む。

 どうやらユーリが壁の向こう側まで到着したらしい。

 ならスヴェンがやるべき事は変わらず目の前の標的に、洗脳魔法を解除させてから始末することだ。

 スヴェンがガンバスターを構えれば、アイラから呆れたため息が漏れる。

 

「どうあっても分かり合えないようですわね。……ならお前を殺した後、背後の三人は邪神様の供物として捧げてやるわ」

 

 スヴェンと彼女の間に殺意が渦巻き、互いに此処で殺すべき敵と認識しながら両者は構える。


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