傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

71 / 325
6-12.皮膚被りの司祭アイラ

 出入り口はエリシェの魔法で塞がれた。

 スヴェンは対峙するアイラが壁の突破を試みることを念頭にどう攻めるか思案する。

 同時に背後の壁越しから響く斬撃音と魔法の音が広間まで届く。

 

「お父様がすぐそこまでいらっしゃったようですわね」

 

 ユーリが来てるならレヴィ達は足止めに徹しているはずだ。

 彼女達に誰かを殺すことはできない。それが貴族の領主であり洗脳されている相手ならなおさら。

 スヴェンは体内の魔力を巡らせるアイラにじっと見詰め、やがて彼女は腰の蛇腹剣を引き抜く。

 鞭のようにしなやかな動きで裂傷を与える武器だが、この世界は武器に魔力や魔法を纏わせる戦闘方法を使う。

 それがテルカ・アトラスの戦闘においての基本であり常識。スヴェンがそう認識するとアイラの蛇腹剣に炎と雷が宿る。

 

 ーー案の定か。なら鞭の動きに翻弄された敵に魔法で致命傷を与える算段か。

 

 次の行動を予測すると、アイラが動き出す。

 彼女が蛇腹剣の刃を床に打ち、炎と雷が混ざった衝撃波が床に広がり、スヴェンはその場を跳ぶことで衝撃波を避ける。

 その度に反動で蛇腹剣の刃が不規則で変則的な挙動でスヴェンに迫る。

 宙で炎と雷を纏った刃を避け、足が地に付くと同時に駆け出し、縮地を応用した素速い動きでアイラの背後に回り込む。

 そしてガンバスターの刃を彼女の背中に一閃放つ。

 刃がアイラの背中に届く瞬間、突如魔法陣が現れーーガンバスターの刃を阻む。

 障壁と似た感触にスヴェンは舌打ちを鳴らし、既に狙いを定める魔法陣にその場から距離を取る。

 アイラが展開した魔法陣から業火の矢が放たれ、スヴェンが直前まで居た床に業火の矢が着弾ーー爆炎が深々と破壊跡を刻む!

 

「今のを避けますのね」

 

 一発で終わる魔法じゃない。そう判断したスヴェンが駆け出すと同時に今度は三発の業火の矢が放たれる。

 スヴェンは壁を足場に駆けながらガンバスターの刃から流し込んだ魔力を解く。そして業火の矢を避け、アイラの横脇からガンバスターを一閃放つ。

 刃が届く前にまた障壁に刃が弾かれ、スヴェンは浮き上がったガンバスターを強引に振り下ろす。

 同時に衝撃波を放ち、障壁ごとアイラを土煙と共に呑み込む。

 広間に舞う土煙ーーその中で光が一瞬煌めく。

 小さく細い闇の閃光がスヴェンの頬を掠め、じんわりと頬から血が滲み視線を背後に向ければ、小さな穴が壁を貫いていた。

 あの魔法で出入り口で戦闘しているレヴィ達を貫くことも可能だ。

 スヴェンは貫通性の高い魔法に眉を歪め、再び同じ魔法を撃たせないために土煙に向け駆け出す。

 射撃で仕留めることは可能だが、射線上にはアイラとその背後に塞いだ壁が有る。

 位置関係で撃った銃弾がアイラごと壁を貫く可能性が高い。

 だからスヴェンは再びガンバスターの刃に魔力を纏わせ、袈裟斬りを放つ。

 障壁に防がれた感触が手に伝わり、そのまま三度刃を振り抜く。

 三度目の刃が障壁を斬った瞬間ーーバリーン!! ガラスが破れた音が広間に反響する。

 

「障壁が砕けたか」

 

 そのままスヴェンは四振り目に横払いを放つ。

 だがアイラは刃が当たる寸前にを屈めることで、ガンバスターの刃を避ける。

 そのまま横転しながら距離を取ったアイラが、

 

「攻撃魔法を使わずにですのね」

 

 蛇腹剣を構える。

 スヴェンはガンバスターを構え直し、先程のアイラの行動を振り返った。

 魔法を纏った蛇腹剣による攻撃、障壁による護り、魔法による遠距離攻撃。

 魔法と同時に蛇腹剣で追撃が無く、同時に障壁展開中に魔法による反撃が無かった。

 同時に複数の行動ができない。そう思考するのが自然だが、障壁を砕かれたアイラに焦る様子は見られない。

 一連のアイラの行動はブラフに過ぎず、まだ何か隠している。

 そう推測したスヴェンはアイラを殺すために魔力を纏わせた衝撃波を放つ。

 深々と床を抉りながら衝撃波がアイラに突き進む中、スヴェンを疲労が襲う。

 汗が床に垂れ落ちる様を目撃したアイラは、口元を歪めながら炎と雷を纏わせた蛇腹剣で衝撃波を弾く。

 打ち上げられた衝撃波が天井を打ち砕く。

 瓦礫と破片が広間に降り注ぐ中、スヴェンは疲労で身体を動かせないことに舌打ちを鳴らす。

 

「残念ですわね。一人で挑んだ結果、貴方の敗北で終幕ですわ」

 

 アイラが勝利を確信した様子でゆっくりと距離を詰める。

 スヴェンは疲労困憊の身体を無理矢理動かし、ガンバスターを左腕で持ち上げた。

 

「もうそれを振るう体力も残って無いのですわね」

 

 アイラは目前まで距離を縮め、蛇腹剣を大きく振り上げる。

 彼女が振り下ろすーーそれよりも速くスヴェンはナイフを引き抜き、アイラの両眼の眼球を斬る。

 両眼から鮮血が舞い、ナイフの刃に付着した血糊が床に滴る。

 

「ぎいやぁぁ!! め、眼を……よくも眼を……っ!?」

 

 両眼を抉られた激痛に踠くアイラを、スヴェンは彼女を容赦なく床に叩き付け、腹部を足で踏み抑える。

 脚に力を込め、アイラの腹部からバキハギっと骨が折れる音が反響する。

 

「ぐうぁぁ……よくもこの私をっ!」

  

 アイラが蛇腹剣を握り締めた左腕に力を込めるが、スヴェンは躊躇無くガンバスターを左腕に突き刺す。

 

「あぐぅぇ……ど、どうして殺さないのです!?」

 

 殺害可能な状況で殺さないことに怨みを込め叫ぶ。

 そんなアイラの喉元にスヴェンはガンバスターの刃を突き付け、

 

「町中に放ったアンノウン……なぜそいつを戦闘中に召喚しねえ?」

 

 疑問を問いかけるとアイラは意味が分からないと言いたげな表情を浮かべた。

 

「……あ、ごふ、アンノウンとは……あの、ごほっ……チグハグなモンスターのことですの?」

 

「……知らねえのか?」

 

「……」

 

 アイラは質問に対して沈黙でアンノウンを知らないと肯定した。

 なら町中にアンノウンを放ったのは別の人物だと結論付けたスヴェンは質問を変える。

 

「町の住民の洗脳、そいつの解除方法を教えろ」

 

「……殺され、はぁはぁっ、理解、して……教える馬鹿は、居ませんわっ」

 

 出血と激痛に息を乱すアイラにスヴェンは告げる。

 

「洗脳を解くなら見逃してやる」

 

 逃げ道を与えてやると告げるスヴェンにアイラの眉が歪む。

 やがて深く息を吸い込み、吐き出すと冷静な表情で告げる。

 

「理解してますわ。貴方は結果的にどうであれ、確実に私を殺すと……この状態では魔法を唱えるよりも首を斬り落とす方が速いですわ」

 

「解除方法も話す気はねえと」

 

「そもそも洗脳ではありませんわ。私は彼らを服従させたのですわ。術者が生存する限り命令を聴く従順な下僕ですの」

 

 アイラを殺せば住民に掛けられた服従は解けなくとも命令を出す者が居なくなる。

 素直に話すアイラにスヴェンは違和感を覚えるが、彼女の浮かべる幸福に満ちた表情にため息を吐く。

 

「随分と素直だな。それとも邪神教団として、邪神の贄になるのことが望みか?」

 

「あら、理解してるのですわね。それとも以前に我々と交戦した経験が?」

 

「死を目前に浮かべる幸福の表情……交戦経験が無くとも推測はできんだろ」

 

 スヴェンの言動にアイラは納得した様子を見せ、

 

「良いですわ、私を殺し、貴族令嬢殺害の汚名を被りなさいな」

 

 これ以上問答したところでもうアイラは答えないだろう。

 口の硬さは並の傭兵以上だ。特に司祭ともなれば邪神復活の障害になる情報は与えないだろう。

 だからこそスヴェンは躊躇なくガンバスターの刃でアイラの首を斬り落とす。

 戦闘で荒れ果てた広間に首から離れたアイラの頭部が転がる。

 無惨な死体と彼女が使用していた蛇腹感のみがこの場に残された。

 

 ーー死体はリリナに変身したままか。

 

 戦闘で得られた物はリリナ殺害の罪だけ。それでも雇主の安全を確保できたのは上出来だ。

 そもそも罪状に関してはアイラが使用していた武器が証拠になりそうなものだが、果たしてどうなるのかは魔法騎士団次第になる。

 スヴェンが振り返ると出入り口を塞いでいた壁が崩れ、通路の先ーー壁に拘束されたユーリと彼の前で両膝を突くレヴィの姿が映り込む。

 スヴェンはミアとエリシェに近寄り、

 

「何が有った?」

 

 ここで何が起きたのか訊ねるとミアが弱々しい声で答えた。

 

「……ユーリ様に掛けられた魔法が解けたけど」

 

 二人の表情は悲しみに歪み、壁に拘束されたユーリに視線を移す。

 そこにははじめて出会った時のユーリの面影を微塵にも感じさせない、虚な眼差しで虚空に譫言を繰り返す廃人の姿だった。

 

「……カギ、オモチ、オマチ、オマ……アヒャ?」

 

 アイラの施した魔法の副作用がユーリの精神と自我を壊した。

 そう理解したスヴェンは悲しみに沈む三人を他所に、冷徹な眼差しでユーリの懐を探る。

 するとユーリの内ポケットから、禍々しい輝きを放つ宝石を嵌め込んだネックレスが出て来る。

 

「コイツが封印の鍵なのか?」

 

 鍵の形状から大きく離れた装飾品に疑問を漏らすと、涙に瞳を濡らしたレヴィがこちらを見上げ、

 

「……たぶん、エルリア王家から守護を託された封印の鍵だと思うわ。貴方はそれを……どうするつもりなの?」

 

 封印の鍵に付いて質問してきた。

 これを所持する限り封印の鍵を狙う邪神教団及び取引材料として狙う犯罪組織に狙われる可能性が高い。

 だが、旅行者が何も知らず持ち歩いている情報が邪神教団に届けばエルリア城が連中に狙われる可能性が少なくなる。

 レーナの身を護ることに直結するなら、アトラス教会に預ける選択も有るがーー魔王救出を達成するまで所持した方が得策に思えた。

 

「コイツは俺の方で預かっておくか」

 

「……貴方が狙われる危険性が高くなるわよ」

 

 スヴェンはそれこそ今更だと言いたげに通路の先、広間で斃れ伏すリリナの死体に視線を向ける。

 ようやく彼女の死体に気付いたエリシェは混乱した様子で、

 

「えっ? リリナ先輩……? だってあそこに居たのは……」

 

「確かに死体は紛れもねえリリナだが、アイツはアイラつう邪神教団の司祭らしい……この場に居る全員なら理解できるが第三者は知る良しもねえだろ」

 

 彼女が邪神教団のアイラ司祭だったと疑われる可能性は限りなく低い。

 

「……スヴェンさんは貴族令嬢殺しの汚名、本物のリリナ様はもう。それにユーリ様もこの状態じゃあ治療魔法で治すことは……」

 

 治療魔法では精神や自我に作用する傷は治せない。そう暗に語ったミアにスヴェンは納得した様子を見せ、

 

「このまま此処に居ても仕方ねえ……町に戻って様子を確かめて来る。アンタらは先に宿屋フェルに戻って休んでおけ」

 

 猟奇殺人事件は一応解決したが結果は彼女達には到底納得もできない悲惨なものだ。

 心の休息が必要な三人に対してスヴェンが休むように告げると、

 

「私はまだ貴方に付き合うわ」

 

 レヴィが気丈に振る舞う。無理をしているのは眼に見えて理解が及ぶが、

 

「アンタの好きにしな」

 

 スヴェンはレヴィを止める事はしなかった。

 ミアとエリシェはこちらとレヴィを真っ直ぐ見詰め、

 

「二人が動くなら私も付き合うよ。それに怪我人は治療魔法の出番でしょ?」

 

「あたしも魔力には余力が有るから、モンスターは対処できるよ」

 

 休むより行動した方が精神的に気楽な時も有る。それを理解しているスヴェンは何も言わず地下水路を歩き出すのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。