傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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6-14.一旦の収束

 スヴェン達は中央街の魔法騎士団詰所を訪れ、応対した騎士に応接間に通される。

 壁に飾られた騎士の剣と盾、窓際のミニテーブルに置かれた小洒落た花瓶。そして応接間に通された者の人目を一際惹くだろう幼いレーナの肖像画が飾れていた。

 なぜ幼少期の肖像画なのか多少の疑問が生じるが、スヴェンはすぐに肖像画から視線を外し、廊下から響く鎧の足音にドアに視線を移す。

 

「少々待たせてしまったかな」

 

 ドアを開けるやーー琥珀色の髪に藍色の瞳の人物がさっぱりとした笑みを浮かべ、レヴィとミアが同時に立ち上がる。

 

「いや、座ったままでいい……貴殿らに関しては既に部下から報告を聴いてる。今回の事件で調査を開始したレヴィ殿と彼女に雇われた護衛のスヴェン殿、そしてリリナ様を治療したミア殿だな」

 

 カーゼル隊長は向かいのソファに座り、既に死体安置所の騎士から報告を受けたのか。さっぱりとした笑みは一瞬で険しい眼差しに変わる。

 

「さて……先ずは何から話し合うべきか」

 

「騎士団はどこまで今回の事件を把握しているのか。そこから窺っても宜しいでしょうか?」

 

「そうさなぁ……我々が把握してる件は既にリリナ様は殺害されていること、ゴスペルは何者かに利用され使い潰されたことぐらいだろうか」

 

 スヴェンとレヴィが調査開始からアイラ司祭の始末まで約三日間。

 その間に互いに情報共有をしたわけでは無いが、既にカーゼル隊長は猟奇殺人の件に関して殆ど答えに迫っていた。

 いや、実際には地下水路のあの広間で発見された頭髪からリリナが殺害され何者かが成り代わっている所までは把握していたのだろうか。

 スヴェンはカーゼル隊長を真っ直ぐ見詰め、

 

「アンタはいつからリリナが偽者だって気付いた?」

 

「昨日のコロシアム襲撃までは疑いの段階ではあったが、昨夜の命令を告げられ薄れる意識の中で確信した」 

 

 アイラが掛けた洗脳ーー彼女は服従と言っていたが、スヴェンにはこの際何方でもいいと思えた。

 既にアイラは死に町中の人々に掛けられた魔法が解けたからだ。

 そもそもアイラが洗脳魔法を掛けなければ、事態は面倒な方向に進んでいただろう。

 それこそスヴェンが貴族令嬢殺害容疑をかけられる形で。

 スヴェンはアイラがある意味で自滅したことに若干の不信感を懐きながらレヴィに視線を向ける。

 疑問は訊ねたが、あとは所長の立場に有るレヴィの仕事だと。

 レヴィは頷きながらガーゼル隊長に告げる。

 

「詳細は私の方から」

 

 レヴィは事前に用意していた報告書と共に、これまでの調査の経緯と過程を詳細に語りーー時折りアウリオン達の情報協力を伏せながら事の結末を語った。

 報告を受けたガーゼル隊長は天を仰ぐように額を抑え、涙を流した。

 

「……リリナ様を護れず、あろうことかユーリ様の精神も……」

 

「スヴェンがアイラを殺害することで今回の事件は収束したけれど……まだ人身売買の件が片付いていないわ」

 

 まだフェルシオンに残された事件に、哀しんでる暇は無い。そう気丈に振る舞うレヴィの姿にガーゼル隊長は涙を拭い感嘆の息を漏らす。

 

「そうだな、泣いてる暇など無い……しかし証拠を握るゴスペルの右足は消されてしまった」

 

「それに一体誰が町中にモンスターを放ったのかも。その謎に付いても残されているわ」

 

「我々もゴスペルがアンノウンを従えた姿を目撃しているが、彼らがそんな方法を得ているとは考え難い。ならば第三者……邪神教団が提供したと考えるべきか」

 

「……ねえスヴェン、貴方の考えを改めて聴かせてくれないかしら?」

 

 レヴィの報告を静観していたスヴェンは話題を振られた事でようやく口を開く。

 

「邪神教団の派閥争いを疑うならアイラがアンノウンの存在を知らねえことに説明が付くが……少なくとも連中の仲間意識は強いように思えた。そんな連中が情報共有を怠るか?」

 

 スヴェンの疑問にガーゼル隊長は考え込むように顔を顰め、やがて深く息を吐いた。

 

「いや、それは無い可能性の方が高い。敵では有るが、邪神教団の同胞に対する意識は本物だ」

 

「なら必然的にゴスペルの取引相手が疑わしいが……生憎と正体が判らねえ」

 

「……まるで手繰り寄せた糸が途中で切れたような思いだな」

 

 現時点でゴスペルの取引相手とアンノウンを町中に放った人物は不明だ。

 

「アンノウンに関しちゃあ死骸サンプルが町の至る所に転がってる。調べりゃあ何かしらは判るだろうが……」

 

 調べた結果、アンノウンを放った人物にだけは辿り着けないと直感から判断して言葉を濁した。

 こちらの言動から違和感を覚えたガーゼルが確かめるように訊ねる。

 

「アンノウンを町中に放った人物には辿り着けないと?」

 

 スヴェンは頷く事で答えた。するとガーゼル隊長は追求せず、むしろ納得した様子で立ち上がりスヴェンからレヴィに視線を移す。

 

「レヴィ殿、他に報告することは?」

 

「現時点では無いと言いたいところだけれど、あとで大事な書類を提出に……それには仲介業者の計画書に付いて記されているわ」

 

「……ん? 仲介業者に関する情報の中に今回のゴスペルの取引相手が記されているのでは?」

 

 確かにスヴェンとレヴィはアウリオンから提供された計画書を読んだ。

 だがそこにフェルシオンで行うゴスペルの取引相手は元より、仲介業者をはじめ商会の名は伏せられていた。

 アウリオンはそこに邪神教団が生贄を注文した履歴が無かったと。

 

 

「ご丁寧に計画者に取引先の名が記されてりゃあ雁首揃えて悩みはしねえだろ」

 

 ガーゼル隊長は一人納得した様子を浮かべ、

 

「それもそうか……後の調査はこちらで行う。貴殿らはゆっくりと休むといい」

 

 労うように語るガーゼル隊長を他所にスヴェンは、ゴスペルの取引相手と二人の魔族を派遣したエルロイは個人的な協力関係に有ると推測を浮かべた。

 だからこう考えれば色々と辻褄も合う。取引相手のエルロイ司祭に協力する形でリリナを殺害し、アイラの変身魔法に必要な皮膚を提供したこと。

 そしてアイラはエルロイに『如何して魔族を派遣したのか?』そう確かに問いかけていた。

 エルロイの個人的な繋がりならわざわざアイラに共有する必要性は少ない。

 だからアイラは取引相手が用意したアンノウンを知らずに死んだ。

 結局の所取引相手の正体は依然と掴めないが、魔王救出を達成するなら潰しておくべき障害だ。

 スヴェンが深く思考していると、

 

「スヴェン? もう報告は終わりよ」

 

 レヴィの気遣う声がスヴェンを思考から現実に引き戻した。

 深く考え込んでいる間に何か話が有ったのか、こちらに視線を向けては、妙に納得するミアとエリシェの表情が映り込む。

 

「悪い、最後の方は聴いて無かった」

 

「何を考え込んでいたのか気にはなるけれど……貴方は今回の件で結果的に封印の鍵も護った功労者。だけど貴方は表沙汰に出る気は一切無いわよね?」

 

 どうやら思考に没頭している間、勲章か報酬を与える話が出たようだ。

 

「ああ、俺に関する公的な記録を残す訳にもいかねえからな」

 

「その辺に関しては後々話し合うことになりそうだけれど、一先ず今回の件は何も受け取らない事で決着付いたわ」

 

「なるほど、そいつは妥当な判断だな……要件が済んだならもう行くか?」

 

「そうね……正直今日はもう疲れたわ」

 

 報告の義務から解放されたからか、レヴィから疲労が色濃く顔に現れていた。

 それは彼女だけでなく報告に同行していたミアとエリシェ……そして天井裏から見守っていたアシュナも同様にだった。

 

「なら宿屋で休むか……いや、先に書類を届けちまった方が楽か?」

 

「それなら部下を同行させよう。それでは貴殿らはゆっくり休むといい」

 

 こうして四人はガーゼル隊長が同行させた騎士と共に宿屋フェルに戻ることに。

 そして大切な書類を騎士に託したレヴィ達は先に休息を摂るのだった。


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