傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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第七章 休暇の日々
7-1.朝食と今後の予定


 魔法騎士団が事後処理に追われフェルシオンの町中を慌しく動き回っている頃、宿屋フェルの食堂で朝食を摂るスヴェン達の耳に噂話しが飛び交う。

 

『シオン大市場の鉱石屋が竜血石を仕入れたらしいな』

 

『あー、あの鉱石マニア婆さんの所かぁ。鉱石以外を仕入れるなんて珍しいこともあるんだな』

 

『昨日の嵐はそれが原因だったかもな!』

 

 老婆が経過する鉱石屋に竜血石と呼ばれる商品が入荷したという噂に、スヴェンは興味を示さず獣肉のソーセージのソーテを口に運ぶ。

 ほんのりと口に広がるソースの酸味と獣肉のソーセージの肉汁に舌鼓を打ち、心が幸福に満たされる。

 そんなスヴェンの正面向かいの席に座るエリシェが、子供のように眼を輝かせていた。

 彼女が何に興味を示したのかは幸福な食事の前では、ほんの些細な事柄でしかない。

 スヴェンはエリシェの様子を無視するように注文していたエビとポテトのサラダが盛られた皿に視線を向けーー何度か見直す。

 確か料理が運ばれてたから二十分も経っていない筈だ。

 スヴェンが改めて見直してもエビとポテトのサラダが盛られていた筈の皿が空のまま。

 

「……なあ、サラダが空なんだが?」

 

 なんとなくレヴィとミアに訊ねてみると、レヴィは苦笑を浮かべミアは視線を背けた。

 

「……まさか全部食ったのか? それなりの量が有ったサラダを」

 

「また頼めばいいじゃない」

 

 確かにレヴィの言う通り料理はまた注文すればいい。

 スヴェンが同意するように頷くと先程まで視線を背けていたミアが幸福に満ち足りた表情を浮かべ、

 

「ふぅ〜やっぱりエビのぷりっとした食感と塩味のさっぱりした味付けは最高だなぁ。そこにホクホクの柔らかくてちょっと甘味が有るポテトと水々しい新鮮な野菜の組み合わせは神!」

 

 エビとポテトのサラダに関する感想を述べていた。

 如何やらサラダを全て食べたのはミアのようだ。

 だからといって彼女に怒りを抱くことも無ければ、どうこうすることも無い。

 

「エビはアンタの好物だったのか?」

 

「うん! エビが一番好きな食材かな!」

 

 満面の笑みを浮かべるミアに対してスヴェンは、次からはエビを使った料理は多めに注文した方が良さそうだと結論付けた。

 

「それで追加分も頼む?」

 

「そこまで食いてえわけでもねえからなぁ。無きゃ無きゃで構わねえ」

 

 スヴェンはバケットに入ったパンに手を伸ばし、豆のスープと共に口に運ぶ。

 そして自身の分として注文した料理を食べ切っては、既に食べ終えたレヴィに視線を向ける。

 

「今日も調査すんのか?」

 

 まだ解決していないゴスペルの取引相手。その正体に関する調査を行うのか。

 その意味でレヴィに訊ねると彼女は考え込み、やがてこちらを見つめ返した。

 

「ここで調査して進展が得られるのかしら?」

 

「さあ? 少なくとも昨夜逮捕された商会は人身売買の仲介業者に関わっていたらしい……ついでに言えばアルセム商会が商品の買い付けを頼んだのもそこの仲介業者らしいな」

 

「流れ的に見ればアルセム商会がクロってことかしら?」

 

「アルセム商会が買い付けを頼んだのはドラセム交響国の楽器だとさ。ヴェイグが言うには信頼の有る商会を頼った結果、巻き込まれたそうだ」

 

 昨夜ヴェイグが語った話の全てを信じるわけではないが、アルセム商会の取引履歴を見ればすぐに判明すること。

 特に昨日魔法騎士団に逮捕された商会から顧客リストや契約、依頼に関する書類が出て来るだろう。

 ヴェイグが嘘を付いていないなら、証拠品からアルセム商会は身の潔白が証明できる。

 幾らでも偽装可能だが魔法騎士団も魔法による偽装にたいして対策を講じているだろう。

 だからスヴェンはアルセム商会の取引関しては探りを入れる必要は無いと判断していた。

 

「うーん? という事はスヴェンさんは私達が寝てる間に外出してたってとこ?」

 

「昨日の騒ぎで町が荒れるようなら護衛として対応を考える必要があんだろ。その確認がてら出歩いたんだが、アイツに捕まっちまってな」

 

「そういえば匂いで判るんだよね……スヴェンさんの居場所」

 

 改めて指摘された事実にスヴェンは眉を歪め、幸福に満たされた心が冷める。

 同時にレヴィとエリシェが険しい表情を浮かべ、

 

「何か妙なことを口走ってなかったかしら?」

 

「昨日はシャワーを浴びた後だったから臭くは無かったはず……」

 

 自身の体臭や香水の指摘をされなかったどうか。歳頃の娘として気になり、同時にヴェイグに対する険悪感も感じたようだ。

 そもそも奴は口を開けば妙なことしか口走らない。

 だからこそなるべく関わりたくも無ければ、敵として相対したくもない。

 

「あ〜酒を奢られる代わりに愚痴に付き合ったぐれえだな」

 

「ふ〜ん、一人でお酒を? 狡いなぁ。そこは事件が終息したお祝いにみんなで飲むべきじゃないのぉ?」

 

 ミアの揶揄うような言動にスヴェンは嫌そうに眉を歪める。

 

「アンタがまともに酒を飲めんなら考えたが……雇主も居る状況で世間に醜態を晒すわけにもいかねえからな」

 

「ねぇ〜ミアはお酒雑魚の癖に見栄張って飲みたがるから」

 

「ちょっとエリシェ! 私はお酒そんなに弱くないよ!」

 

 ミアは自身が酒に弱い自覚が無いのか、少々怒った表情で反論していた。

 弱い犬ほどよく吠えるとアーカイブにも記されているが、正にミアはそんな状態だろう。

 

「え〜? お得意様から貰ったブランデー入りのチョコで酔っ払ってラピス像を破壊したのは誰だっけ?」

 

 友人から酔った際の醜態を暴露されたミアは冷や汗混じりに、そしてスヴェンはレヴィの眉がぴくりと動いたのを決して見逃さなかった。

 

「ごめんなさい、私です! みんなにバレる前にラピス像を修復してくれたのもエリシェです!」

 

 ーーコイツ、レーナが隣りに居るってこと忘れてねぇか?

 

 一人勝手に自爆するミアに内心でそんなツッコミを浮かべると、エリシェが爽やかな笑みを浮かべる。

 

「判ればよろしい!」

 

  学生時代に行われた二人の隠蔽工作を聴いたスヴェンは、改めてミアに酒を飲ませるべきではないと硬く誓う。

 

「……あとで減給しておこうかしら?」

 

 隣りに座るレヴィから小声で呟かれた言葉に、スヴェンは何も思う事も無く改めて話を戻す。

 

「話しが思い出話に逸れたが、今日の予定は如何すんだ?」

 

「そうね……細かい調査は騎士団の方に任せて、私達は観光を楽しみましょうか」

 

 これ以上調査しても進展する気配が薄い。そう判断したのかレヴィは観光を提案した。

 恐らく彼女なりの気持ちの切り替え。昨日の事件に一区切り付けるために提案したのだろう。

 だからこそスヴェンはレヴィの決定を肯定する形で、

 

「そういや、この町に来てたからまだろくな観光もしてなかったな」

 

 同意を示した。するとエリシェが考える素振りを見せ、

 

「ということはレヴィは今日か明日にはエルリア城に帰るってこと?」

 

「うーん、如何しようかしら? 最低二、三日はゆっくりしたいわね。それにエリシェの仕事の方は如何なの?」

 

「えっと、完成した設計図を元にバイクン叔父さんの鍛治工房で試作品を鍛造する予定かな」

 

 銃の試作品の鍛造となれば数日は要するだろう。

 ただスヴェンとしてもこの町に滞在している間に試作品のチェックまで済ませたい。

 そうでもしなければ試作品の完成次第で次の旅先で彼女と合流する手間や、デリバリー・イーグルを挟んだやり取りを行わなければならない。

 出来ればヴェルハイム魔聖国到着前に完成品を受け取りたいところだが、

 

「試作品の完成はどれぐらい掛かりそうだ?」

 

「えっと細かい部品と予備部品の製作……銃の本体の鍛造も合わせて早くて7日かな」

 

 約一週間の滞在期間をフェルシオンで設けるリスクをスヴェンは考え込んだ。

 貿易都市という物流の中心点の一つなら旅先の情報収集には事欠かない。

 必要な物は揃っているが、この先何が起こるのか予想が付かない状況だ。

 次に目指す町は宿泊村トリノスになるがーー不安そうに見つめるエリシェの視線に気がつく。

 スヴェンはミアとレヴィに確認するように話す。

 

「7日間、多少予定がズレるかもしれねえが構わねえか?」

 

「それ以上はかかるかと予想していたけれど、7日前後なら別に構わないわ」

 

「旅は急ぐだけ損するからね! 次の旅行先を含めた情報収集も大事だし……それに少し町の様子も気になるかな」

 

 ミアとしても昨日の事件で生じる影響が気掛かりのようだ。

 

「んじゃあ7日はゆっくり羽根を延ばすか」

 

 こうしてフェルシオンに観光として七日間滞在することに決まり、

 

「それじゃあスヴェン、あたしに付き合って」

 

「「えっ?」」

 

 恥じらいを見せながらエリシェがそんな提案を齎した。

 なぜエリシェがそんな提案をしたのか。一体なにに付き合えばいいのかスヴェンはレヴィとミアが騒つく中、冷静に思考を巡らせる。

 エリシェにたいして直近で思い当たる節が有るなら、恐らく噂で聴いた竜血石かこの町に仕入れられた鉱石の件だろうか。

 それならエリシェの提案にも納得できれば素材の買い出しに男手が必要になるもの頷ける。

 だからこそスヴェンは承諾するようにエリシェの明るい翡翠の瞳を真っ直ぐ見つめ、

 

「アンタが望むなら付き合うが?」

 

「やった!」

 

 エリシェは喜びを顕に椅子から立ち上がった。

 

「それじゃあ善は急げ! 早速出掛ける用意をして来るから!」

 

 そう言って自身の食事代をテーブルに置き、食堂から立ち去って行った。

 スヴェンは特に改めて用意する事も無く、そのままロビーに足を向けた。

 


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