傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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7-3.鉱石屋の老婆

 腰を曲げた老婆が杖を付きながら若い店員に、

 

「こらぁ! プロージョン鉱石はもっと丁寧に扱わんかい! 花を慈しむように、水流の如く穏やかな心で!」

 

 怒声と共に謎の表現が飛び若い店員は苦笑混じりにプロージョン鉱石が入った箱を慎重に運び出す。

 そんな様子にエリシェは相変わらずと言わんばかりに笑みを浮かべ、老婆がこちらの存在に気が付く。

 

「なんじゃいブラック坊の所の娘かいな。そっちの男はおまえさんの彼氏かい?」

 

 気心知れた様子で冗談混じりに揶揄う老婆にエリシェは、

 

「ストラおばさん久しぶり。こっちの彼はあたしのお客様だよ」

 

 否定を入れては老婆ーーストラが落胆混じりにため息を吐く。

 

「おまえさんの家系は遠い先祖から続く鍛治師バカの家系じゃ。もう成人したんだから少しは男の気配を見せたらどうじゃ?」

 

「え〜? まだ成人して学院を卒業してから一年も満たないよ。それにあたしはまだ半人前だから彼氏とかは……考えてないよ」

 

 話を聞く限りエリシェとストラはそれなりの付き合いが有るようだ。

 スヴェンは二人の会話からそう判断しては、商品棚に置かれた鉱石の数々に視線を移す。

 赤黒い結晶石から翡翠色の光りを放つ鉱石から、青い光が波打つ鉱石に魔力を感じ取る。

 そして隣りの鉱石に視線を移せば、アーカイブで閲覧した覚えが有る鉄鉱石や銀鉱石などデウス・ウェポンで馴染みの有る鉱石が置かれていた。

 ただ違いが有るとすればどの鉱石にも魔力を含んでいる点だ。

 

 ーーデウス・ウェポンの素材、マナ結晶以外は魔力を含んでねえな。やっぱそこに魔力伝導率の違いが出るのか?

 

 スヴェンが鉱石を見比べながら考え込む中、ストラが本題に入り出す。

 

「そっちの客人は随分と熱心に鉱石を見てるようだけど、エリシェ……おまえさんの要件はなんだい?」

 

「噂で聴いたけど、ストラおばさんが竜血石を仕入れたって本当なの?」

 

「あぁ、本当じゃとも……まあ不本意ではあるがねぇ」

 

 スヴェンは一度商品棚から顔を晒し、ストラの方に顔を向ける。

 するとストラは複雑そうな表情を浮かべながらこちらを観察するようにじっと見つめていた。

 竜血石と何か関係が有るのか。それとも単に怪しい男、それも異界人に竜血石を売りたくないということなのか。

 何かを探るように観察するストラにスヴェンは特に推測はするものの、特に何も感じることもなく堂々と視線を返す。

 

「……おまえさんの名は?」

 

「スヴェンだ」

 

 聞かれたから名を名乗れば、ストラは大きなため息を吐き、やがて腰を伸ばすように動かす。

 その際にグギッ! 腰から骨の音が鳴り響くがストラは慣れた様子で特に眉を動かすこともなく、

 

「おまえさん、店の最奥に有る竜血石が入った箱を持って来てくれんか? 見ての通り荷物を運ぶのも一苦労でな、今では出来の悪い弟子に荷運びを任せる始末じゃ」

 

 その弟子に任せてしまえ。そんな言葉をスヴェンはグッと呑み込んでカウンターの奥に有るドアへ向かって歩き出した。

 

「おや、無言で引き受けてくれるとは……おまえさん、案外いい男なんだねぇ。夥しい死の気配さえ無ければ……いや、この話は年寄りの冷や水じゃな」

 

 傭兵、それも戦場で行われる殺戮でしか生き方を見出せない外道に一体なにを期待してるのか?

 スヴェンはストラの期待に応える気も問答する時間も惜しいと判断し無言のままドアを開けーー何の変哲もない木造造りの廊下が広がり、泥棒対策の魔法を警戒して魔力に意識を集中させる。

 しかし、魔法が施された気配は愚か魔力が感じられない。罠は無いと判断した奥へ続く廊下へ踏み込む。

 廊下へ足を踏み入れた途端、スヴェンの視界が酷く歪んだ。

 

 ーー魔力を感じさせねえ罠か!

 

 そう判断した時には既に遅く、異変に気が付き手を伸ばすエリシェを背後にスヴェンはストラの鉱石屋から姿を消した。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 スヴェンは気が付けば戦場を彷彿とさせる血と死体の山が広がった空間に飛ばされていた。

 周りを見渡すと懐かしと自身の居場所とも思える安堵感が胸を駆け巡る。

 

「良い趣味してんな」

 

 精神を消耗させやがて衰弱に至らしめる罠系統の魔法。そう推測するものの理由が判らない。

 少なくともスヴェンとストラは初対面だ。だがスヴェンは殺した相手の中にストラの身内が居たならーーそう仮定するものの、彼女の眼差しから感じた感情はこちらに対する疑問だけだった。

 同時にストラは言った。店の最奥に有る竜血石を取って来て欲しいと。

 つまりこれは竜血石を売る相手を判別するための試験のような物。

 

「エリシェじゃなく俺にか」

 

 恐らくそこに何か理由が有るのだろう。

 スヴェンはこれ以上立ち止まって推測しても仕方ないとガンバスターを引き抜きながら歩き出す。

 ふと空に視線を向ければ、血が滝のように流れ落ちる光景と紅い月から血の涙が垂れ流れる様子が見えた。

 これを常人は地獄と言うのかもしれない。

 だがスヴェンにとってこの風景も光景も胸の奥底に刻み込まれた心象風景だ。

 戦場で生まれ、戦場で捨てられ拾われ、そして戦場で育ち傭兵として殺戮を繰り返した。

 そこに刻まれたのは地獄のような光景。

 

 ーーまさか、俺の心象風景を具現化したのか?

 

 だとすればストラの目的が益々理解できない。

 

「この光景を見せて罪を再認識しろってことか?」

 

 スヴェンは靴底に感じる死者の血糊と肉片の感触に何も思うこともなく前へ突き進む。

 しばらく進み続けるとスヴェンの目前に血が噴出し、誰かの姿を形造る。

 やがて血はレーナとミアの姿を形造り、二人は武器を構えた。

 そして眼から血涙を流した二人が、

 

「どうして貴方は殺したの?」

 

「どうして私達を、信じてた私達を殺したの?」

 

 武器を振りながら訴え掛けてくる二人にスヴェンはガンバスターを躊躇無く一閃。

 血で形作られた紛い物を両断すれば二人の悲痛な悲鳴が響き渡る。

 見知った顔の殺害。傭兵として戦場で敵対したなら当然の様に訪れる結果だ。

 同時に疑問が浮かぶ。ストラは一体何をしたいのか、情に訴えかける罠なら実際に殺しても居ない二人に罪の意識を感じる事は無い。

 だからこそ目的に理解が及ばず、スヴェンはそのまま歩み続ける。

 何処へ行けばゴールなのか、それさえも判らずひたすら歩き続けるスヴェンの耳に翼が羽ばたく音が響く。

 警戒心を顕に上空を見上げれば、そこに居た存在に言葉を失う。

 血に染まった空に浮かぶ漆黒の鱗、体内に留まりきれない膨大な魔力が身体中を巡る様に覆い、獰猛な鋭い眼がスヴェンを捉える。

 突然の竜の登場に流石のスヴェンも喉を鳴らし、全力で走り出す。

 

「今の装備で竜種とやり合えるかぁ!」

 

「ほう? 無謀にも王たる我に挑まない判断力や良し」

 

 漆黒の竜から放たれた言葉にスヴェンは思わず足を止めた。

 知性の高い竜が喋ったことに特別驚きは無いが、あの竜は自ら王と評した。

 

「アンタが竜王なのか?」

 

「如何にも我は召喚に愛されし姫君と契約を交わした竜王なり」

 

「この茶番は姫さんの指示か?」

 

「いいや、姫君は関与しておらぬ。これは我が体内より排出した竜血石を託すに相応しいか試すための試練だ」

 

 なんの説明も無く始まっていた試練にスヴェンは眉を歪めた。

 竜王の独断による試練に関しては後でレーナに報告するとして、スヴェンは改めて上空に滞空する竜王に視線を向ける。

 剣を彷彿とさせる斬尾と両腕と両脚に纏わり付く羽衣の様な魔力ーー竜種はモンスターではない。ガンバスターの刃が竜王の誇る鱗に通じるのか。

 なんにせよ今の状況ではあまりにも不利だ。それこそ自身の死を脳内で幾度も再生させる程に。

 だからスヴェンはガンバスターを背中に背負い、降参するように両手を挙げた。

 

「降参だ、大陸一つ消し飛ばせるアンタに如何足掻いても勝ち目はねえ」

 

「良い判断だ狼よ」

 

 スヴェンを狼と評した竜王が風圧を巻き起こしながら目の前に降り立つ。

 単なる風圧でしかないが、吹き飛ばされないように堪えるのがやっとの状態だ。これでは勝負など成立しない。

 鋭利な牙を見せる竜王にスヴェンは底抜けに冷え切った眼差しを向け問う。

 

「そんで? 試練に失敗した俺を喰らうのか?」

 

「……死ぬと理解しながら死を恐れぬか」

 

 簡単な質問の様で言葉にするのは難しい質問だ。

 自身に関する死生観など考えたことも無いが、傭兵として戦場に立つ以上それは死と付き合うことと同義だ。

 

「傭兵として殺してんだ、いつかは理不尽に死ぬ。そういうもんだろ」

 

 質問に対して自身の感覚で答えた。

 

「ふむ……この光景は貴様が流した血の数、あの死体の山々は貴様が殺した人間の数だ」

 

 竜王が死体の山々に指差し、スヴェンは改めて振り返る。

 数えるのも馬鹿らしくなる死体の山々ーー確かに過去に殺した覚えの有る顔も居るが、そこにアイラの姿も在る。

 同時にスヴェンは過去に殺した相棒の姿を見付け、不意に言葉が出掛けたが口を硬く閉ざす。

 

「アンタは俺に罪を再認識させたかったのか?」

 

「貴様は常に己の罪を自覚していた。同時に殺す相手も明確に判断しておる……今までの異界人とは明らかに違う貴様なら魔王救出を果たせるやもな」

 

 結局の所竜王は竜血石を託すことを建前に探りを入れた様だ。

 

「アンタは今まで異界人に対してこんな試練を与えてたのか?」

 

「今までの異界人では如何足掻いても魔王を救出することは叶わん。貴様なら救出の可能性が高いが同時に死亡の可能性も高い」

 

「あぁ、実際にアンタの懸念通りに俺は一度死にかけた」

 

「貴様の力量は間違いなく本物。その得物がこの世界の物であればエルリアに生息するモンスターに殺されることは無いだろう」

 

 逆にエルリアよりも強いモンスターが生息する地域では死亡する可能性が高い。

 元々傭兵稼業は死と隣り合わせだ。死亡の可能性を告げられたとして、要注意しながら自身の戦闘能力を向上させ適応させる他にない。

 そもそもエリシェが新しいガンバスターを鍛造した所でそれを使い熟せなければ無意味だ。

 

「アンタの言葉は忠告と受け取っておくが……結局竜血石は貰えんのか? ってか婆さんが言ってた不本意ってのはアンタの関与か」

 

「うむ、貴様は合格だ。それにあの者の夢に現れ、排出した竜血石を仕入れるように仕向けたのも我だ」

 

 ストラは単に巻き込まれたに過ぎないのだと判断したスヴェンはため息を吐く。

 

「……体感時間で二時間はこの場に居たが、エリシェが姫さんに伝えてねえと良いな」

 

 そう告げると竜王の威圧と厳格に満ちた瞳が激しく狼狽え、

 

「こ、この心象風景結界は体感時間こそ狂うが、現実では十分にも満たぬ……ゆ、ゆえに姫君に我の行動がバレる可能性は少ないのだ」

 

 それはスヴェンとエリシェ、それとストラが黙秘したなら成立する竜王の計画だ。

 そもそも何故レーナにそこまで竜王が慌てるのか?

 

「なぜアンタが慌てる? 姫さんが怒るとそんなに恐えのか」

 

「……我は竜王なり。小娘の怒りに怯えてはおらぬぞ」

 

 竜王としては威厳を剥き出しにしているが、如何にも言い訳に聴こえて仕方ない。

 だがこれ以上の指摘はそれこそ証拠隠滅に消されるだろう。

 そう判断したスヴェンは手を差出す。

 

「早く竜血石を寄越して元の空間に返してくれ」

 

「……我は魔力で生み出した分身、故にこの肉体は泡沫の幻想。この場に竜血石は無い」

 

 竜王がそう告げるとスヴェンの身体を光が包み込んだ。

 スヴェンがツッコミを入れるよりも速く、心象風景結界から一人と一頭の姿が消える。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 スヴェンは気が付き、辺りを見渡す。

 すると如何やら店の最奥のようで、店に置かれて無かった数々の鉱石が入った箱が並ぶ光景にため息が漏れる。

 ただ普通に廊下を進んで竜血石を持って来るだけの事が、随分と体力を消耗したように思う。

 だが竜王に対して不満を宿しても仕方ない。

 スヴェンは改めて並べられた箱を見渡すと、赤黒い光が溢れ出る箱を発見し中身を改めた。

 

「コイツが……竜血石か」

 

 箱にぎっしりと詰め込まれた大量の竜血石ーー赤黒い血が魔力によって結晶化することで生成された物質を手に取る。

 

「まるで宝石のようなもんだな……あ〜だからストラはコイツを仕入れなかったのか」

 

 手触りと材質の感触が鉱石というよりも宝石に近い物だった。

 そこに長年鉱石屋を営むストラにとって強い拘りがあったのだろう。

 なんとなくそう判断したスヴェンは一度手にした竜血石を箱に仕舞い、店内に運び出すのだった。

 店に戻ると安堵の息を吐くとエリシェと目が合い、

 

「突然消えるんだから心配したよ!」

 

「あ〜悪かったな、だが目的の物は持って来た」

 

 そう言ってカウンターに竜血石が入った箱を置くと、ストラはそれに興味が無さそうな眼差しを向け、

 

「あの夢さえ見なければ仕入れることも無い代物じゃ……そもそも店前に置かれていた廃棄物のような物、勝手に持っててよいぞ」

 

 あの竜王から排出された竜血石を廃棄物と断言したストラにスヴェンは内心で戦慄した。

 そして隣で何が起きたのかまだ知らないエリシェは喜びを顕に、

 

「えっ!? タダで貰っていいの!?」

 

 眼を輝かせはしゃいだ。

 

「構わんよ、おまえさんには心配もさせてしまったからねぇ。これは責めてもの詫びの品代わりに受け取りなさい」

 

「やったっ! これで銃の試作に取り掛かれるよ!」

 

「次はバイクンの鍛治工房に運べばいいのか?」

 

「そうだけど少し待ってて!」

 

 そう言ってエリシェは最初から眼を付けていたのか、幾つもの鉱石を手に取りカウンターに運ぶ。そして彼女は選んだ鉱石を合計五十キログラム購入するのだった。

 

「それじゃあ荷物運びお願い!」

 

 銀貨二百枚分の買い物を終えたエリシェはそう言って微笑んでいた。

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