スヴェンとエリシェが外出から帰宅し、夕食とシャワーも済ませ月明かりが窓辺から差し込む頃。
「今夜は女子会してみない?」
ミアがレヴィとエリシェに提案すると、アシュナは眠そうな眼差しで眼を摩った。
「ねむぅ〜」
時間は既に二十一時を過ぎている。普段ならもう眠っているアシュナにとっては辛い時間だ。
そんな彼女にレヴィはベッドを軽く叩き、布団に入るように促すとアシュナがそこに吸い込まれるように入り込む。
すると数秒も掛からない内に小さな寝息が室内に響く。
「ありゃ〜アシュナにはまだ速いかぁ」
「この中で一番歳下だもんね。でも女子会をするとなるとあまり声は出せないよ」
それはそれで構わない。寧ろ彼女には是非とも積極的に参加して欲しい。
何せ色恋沙汰には確実に発展しないだろうが、あのスヴェンと買い物に出掛けたのだ。
同年代で十年の付き合いの友人が彼に対してどう思っているのか正直気になるところ。
どうやらそれはレヴィも同じ様子で、彼女はエリシェに微笑む。
「それじゃあエリシェから始めてもらいましょうか」
特にトークテーマも決めずに唐突に振られたエリシェは馴れた様子で、
「じゃあ気になる異性に付いて……ミアからスタートで!」
トークテーマを決めるや否や話題をこちらに振った。
ここで話題をこちらに振られること自体は想定内。伊達にエリシェと十年の付き合いだ。
彼女が気になっていることぐらい容易に察することもできる。
ミアは少しだけ小悪魔のような笑みを浮かべ、
「私が気になるのはスヴェンさんかなぁ〜」
現在身近に居るスヴェンに付いて話題に出すと、エリシェの肩がびくりと動く。
だが彼女の反応は異性としての好意では無く、頼りになる大人か大切な客という認識だろう。
「スヴェンのどういうところが……正直気になる点は多過ぎるわよね、彼」
彼の生を実感し、強く感情が表れるのは戦闘の最中だ。そして仕事に関しては極めて真面目で何処か義理堅くもあり、無関係な者を巻き込まないように配慮する一面も有る。
それとは別に敵対者には容赦しない殺戮者の一面を有している。
仕事と戦闘におけるスヴェンの内面はある程度の理解ができるが、それ以外のこととなると何も判らない。
ミアが把握しているスヴェンの個人情報は性別と年齢、そして職業に関してのみ。
「そう! 過去の経歴、素性、家族や親しい関係、好みの料理や異性! 誕生日も含めてスヴェンさんは謎が多いの!」
力説するように話せば、二人は同意を示すように頷いた。
するとエリシェは思い当たることが有るのか、
「分かってることと言えば、眼が底抜けに冷たいことと警戒心が強いことぐらい? でもあたしが寝落ちした時は手を出さない紳士的な所と巻き込まないように気遣う優しい一面も有るかなぁ」
疑問を浮かべるように話す。
表面上で把握している事柄だが、紳士的という指摘に思わず首を傾げる。
というもの野宿の時、スヴェンは大抵外で寝ずの番を務めるからだ。加えてメルリアで宿部屋が一つしか確保できなかった時は同室で宿泊せず荷獣車で寝泊まりしていた。
彼はどうにも女性と同室を嫌がる傾向に有ると考えていたが、エリシェの話を聴くとどうやら違うようだ。
だからこそスヴェンがエリシェを自身の宿部屋でそのまま眠らせたのが意外に思えた。
ーースヴェンさんがエリシェを朝まで眠らせるのかなぁ? 仮に私だったら絶対に叩き起こしてるよね?
もしも自身がスヴェンの宿部屋で寝落ちしようものなら確実に叩き起こされる謎の信頼感が有る。
仕事に疲れた彼女に対する労いか、それとも単にスヴェンがエリシェのような少女が好みだからだろうか?
そう考えたミアはエリシェの胸部に視線を向けた。以前と比べて少しだけ育ったようにも見える寝巻き越しから判る膨らみ。
小さ過ぎず大きくもない。目測計算になるが片手で納まる大きさ。
同時にミアはレヴィとエリシェの胸部を見比べる。
然程違いは無いように見えるが、実際にエリシェの方が若干大きいと判断したミアの額にデコピンが炸裂した。
「先から何処を見てるのかしら?」
「いやぁ〜スヴェンさんがどうしてエリシェを部屋に寝かせていたのかなぁって〜」
「それであたしとレヴィの胸を見比べてたの? 胸は関係無いように思うけど……それに成長すると槌が振り辛くなるからこれ以上はねぇ?」
これ以上の成長を望まないと語るエリシェに、一瞬だけ殺意が湧く。
成長するエリシェに比べて自身の胸など初等部から成長する気配すら見せないというのに。
この際胸の成長を嘆いてもより惨めで悲しくなるだけだ。だからこそミアは思考を元に戻す。
「贅沢な悩み……それで? 本当に二日もスヴェンさんに何もされなかったの?」
「……初日に取り押さえられたぐらいで……他には無いもないかなぁ」
取り押さえられたと語るエリシェにミアとレヴィはある種の納得を得ていた。
スヴェンなら確実にやりかねないと。
あの男は傭兵としての警戒心から部屋に近付く者、なによりも寝ている彼に近付こうものなら一瞬で眼を覚まし武器を構えるのだ。
それがスヴェンの入浴中に部屋に入ったからエリシェは敵と誤認され取り押さえられたということだろう。
「ありゃ〜私の忠告は無意味だったかぁ」
「だってガンバスターに我慢できなくて……」
相変わらずの武器好きな友人。何が起ころうともエリシェの武器に対する情熱は変わることは無いだろう。
「取り押さえられたのは分かったけれど、貴女がスヴェンを紳士と思う根拠は何かしら?」
「え? 二日とも眼が覚めたからベッドの上だったから。だから寝てるあたしを彼がわざわざ運んだんだなぁって」
「それは確かに紳士的だねぇ」
そういえば以前に酔い潰れて宿部屋まで運んでもらったことが有ったが、あの時はベッドに放り投げられた記憶が有る。
明らかに自身とエリシェの扱いが違い過ぎる。これは近々猛抗議が必要だ。
明日にでも訴えようかとミアが思案していると、
「なるほど。それならスヴェンの部屋にお邪魔しても問題ないかしら?」
唐突にそんな事を提案するレヴィに、エリシェは困惑した様子で告げていた。
「昨日に続いて今日も色々遭ったから休ませてあげて」
確かにスヴェンとエリシェは買い物に出掛けた。これだけ聴けばデートと勘違いする者も居るだろうが、恋愛面よりも仕事に全振りしているエリシェに限って無いと断言できる。
だから今回の外出は単なる鉱石の買出しと鍛治工房で作業目的だったのだろう。
それにしてもと思う。エリシェのスヴェンに対する様子は、純粋な興味が有るのは間違いないように思える。
戦場しか知らず、敵を容赦なく葬れるーーあの戦闘時の愉しげなスヴェンの一面を知ればエリシェは恐怖心を浮かべるのか?
できればエリシェには鍛治師としてスヴェンの支援をして欲しい。
しかし既にエリシェはスヴェンがアイラ司祭を殺害した後を目撃している。
単なる一般人としてあの場所に居たエリシェはどう感じたのだろうか。
いや、昨日の出来事が遭ったにも拘らず買い物に誘った。だからエリシェはそこまで恐怖はしていないのかもしれない。
「確かに昨日は大変だったよね……エリシェはスヴェンさんを恐いと感じた?」
昨日の件を振り返るように訊ねるとエリシェは考える素振りも見せず、
「人が死ぬのもモンスターも怖いけど、スヴェンの殺意が向けられているのは敵にだけだから恐いとは思わなかったかな」
そう断言していた。
半ば予想していた答えに自然とミアとレヴィから笑みが漏れる。
するとジト目を向けるエリシェの視線が突き刺さり、なにかと視線を向けると。
「そういうミアはどうなの? あなたは最初に話題を提供したけど、実際には質問ばかりでスヴェンをどう思っているのか答えてないじゃない」
話題の提供で主導権を握り、楽しい女子会ついでに二人の異性に対する好みを聞き出す。
エリシェに話題を振られた時に考え付いた計画だったが、改めて話題を振られてしまっては答えない訳にはいかない。
「異性としては顔は怖いけど、全体的に見てかっこいい分類に入るとは思うけどね。彼は恋愛する気は無いみたいだし……私は彼のことはそういう眼で見れないかな」
「長く居ると恋愛感情が芽生えると聴くけれど、やっぱり小説の中の話なのね」
レヴィの言う通りだ。そもそもスヴェンと行動を共にして一ヶ月未満に過ぎない。
それに自身を含めてこの場に居る全員がスヴェンをよく知らない。
彼の過去を含めて深い情報を知らなければ、表面上でしか理解ができない。
それに乙女の勘がこう告げる。スヴェンは人に懐かず必要以上に群れることを嫌う狼だ。
「よく知らない相手を好きにはなれないってこと」
「現実はそんなものだよね」
エリシェの同意に頷きーー同時にこう思う時が有る。
もしも単なる同行人じゃなくスヴェンの頼れる相棒だったら。
彼の戦場を共に駆け抜け背中を預け合える相棒。
そんな対等に近い関係なら。少なくとも自身の扱いの悪さは改善され、スヴェンも気楽に頼ってくれるだろう。
それにスヴェンは自分のことは必要以上に話そうとしないが、彼が心から信頼する相棒なら気兼ねなく話してくれかもしれない。
「……でも、恋愛関係よりも信頼し合える相棒の関係が好ましいかな」
先程の結論を訂正するように告げるとエリシェは小さく笑い、レヴィから微笑ましそうな視線を向けられる。
「その形も有りね」
優雅と気品。そして余裕を持つレヴィにミアは視線を返し、
「そういえばレヴィはスヴェンさんのことどう思ってるの?」
「彼のことは好きよ」
訊ねたら間髪入れずに答えられ、ミアは自身の耳を疑う。
「えっ? 待って……ごめんねレヴィ、あたしの聴き間違い?」
どうやら耳を疑ったのはエリシェも同じようだが、彼女の困惑と自身の困惑は訳が違う。
何せレヴィはレーナ姫本人だ。そんな王族という立場の彼女が異界人に過ぎず、三年後にはこの世界から消えるスヴェンを好きだと。
これは何かの間違いであって欲しい。そう願いながらミアは恐る恐る訊ねる。
「えっと、レヴィ? それは友人としての好きだよね?」
「違うわよ? 異性としての好きよ」
真顔ではっきりと答えるレヴィにミアはますます頭を抱え、隣りのエリシェは混乱した様子を浮かべている。
あまりにも衝撃的な告白に二人が戸惑うと、
「ふふっ」
レヴィから確かな笑い声が聴こえる。
彼女の表情は悪戯が成功したような笑みを浮かべていた。
「冗談よ。確かにスヴェンは頼りになる大人よ、それこそ私が抱える問題を相談できる程にね」
スヴェンを大人として頼りにしている。そう答えたレヴィだが、なぜか彼女の表情が徐々に曇る。
「ただ不満が有るとすれば……彼は一度も私のことを名前で呼んでくれないのよ!!」
そんなことは無い筈だ。そう思い側に居た時のスヴェンの会話を思い出す。
やがて一つの事実に行き着く。確かにスヴェンは一度もレヴィの名を口にしていないことに。
「「あっ!」」
ミアとエリシェが同時に驚き声をあげたのは無理もないことだった。
「どうしたらスヴェンは私をちゃんと呼んでくれると思う?」
何処か恥ずかしそうに問いかけるレヴィの姿に、ミアとエリシェは大きく息を吸い込む。
「作戦を練るべきだね!」
友人として一ファンクラブの会員として協力しない訳がない。
「今までは護衛と調査、スヴェンは張り詰めた空気の中で依頼を熟していたと考えると……気楽な状況なら名前を呼んでくれるかも」
「つまりエリシェみたいに出掛けるということかしら?」
「それもいい案だけど、思い切ってスヴェンさんの宿部屋を訪ねるのもありかも」
冗談半部に告げるとレヴィは考え込む様子を見せ、自身の失言に嫌な汗が滝のように流れる。
やがてレヴィは結論を出したのか、二人に真剣な眼差しを向ける。
「……その案で行くわ」
彼女の決断にミアの胃からきゅっと小さな悲鳴が鳴る。
ミアが人知れずに絶望している中、レヴィとエリシェの楽しげな会話が耳に響くのだった。