傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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第二章 出発に向けて
2-1.ミアの報告


 スヴェンに基本的な言語学習のコツを教え、昼時を前に一度彼の部屋から退室した。

 軽い足取りでとある場所に向かう途中の廊下でーー異界人の少年が待ち構えていたのだ。

 異世界の学生服を着崩した出立ち、顔のそばかすと茶髪が特徴的な少年はミアを前にして表情を曇らせた。

 深妙な顔付きの彼を前にミアは足を止め、

 

「何か悩み事ですか?」

 

 愛想笑いを浮かべ訊ねる。

 

「いや、違う。そうじゃないんだ」

 

 異界人の少年――名前は何だったかな? 

 ミアは担当が違うから彼の名を把握していなかった。

 その事を隠しつつも、何か言いたげながら迷いを見せる彼に、

 

「言いたい事ははっきり言った方がいいですよ」

 

 用件が有るなら早く告げて欲しい。内心で思いながらも、異界人の繊細な精神を刺激しないよう優しく丁寧な口調で接する。

 すると異界人の少年はわずかに表情を明るくさせ、弾む様に語り出した。

 

「さっきの物騒で怖い顔付きの人ってさぁ、ミアちゃんの担当なの?」

 

 確かにスヴェンは顔付きが怖く、紅い瞳の三白眼で睨まれては萎縮してしまうだろう。

 それでもスヴェンは顔に似合わず意外にも丁寧な字を書くのだ。

 そして食事で感涙するほど、彼の一面を知ればするほど怖いとは思えないが物騒なのには変わりがない。

 異界人の少年の指摘に同意しつつもーーなぜ彼がそんな事を聞くのか、何故担当を気にしているのか分からなかった。

 依頼を請た異界人には治療師や護衛が最低一人は担当することとなっているーー表向きでは。

 確か、彼の担当は魔道士ヴィルだったはず。その担当の姿が見えないが、異界人も一人で居たい時ぐらい有るのだろう。

 

「まだそうと決まった訳じゃないですね。担当になるかは彼次第でしょうか」

 

「そ、それならさ。俺の担当になって一緒に魔王救出を目指さないか?」

 

 担当決めはレーナの采配だ。

 彼は知らずの内にレーナの決定に意を唱えているのだ。

 尤も彼がレーナの決定を知る機会は少ないため、指摘しようか迷ったが異界人を不安にさせてはいけないと思い直す。

 

「残念ながら私の一存では決められないですよ。国に所属する治療師の一人ですから」

 

 表向きの理由を告げるとなぜか異界人の少年の顔が明るくなる。

 

「それなら! 今から姫様の所に行って話してみようぜ」

 

 どうしたものかと彼の提案に困り顔を浮かべる。

 

「はぁ、それは困りますね。私は今から姫様と大事なお話が有るので、それに姫様のお部屋は男子禁制ですよ」

 

「入ったら処刑されちゃう系?」

 

「行方不明になる系ですね、この城内で」

 

 笑みを浮かべて物騒な事を伝えると異界人の少年の顔が引き攣る。

 これで彼が同行を諦めてくれれば良いのだが、ミアが内心でため息を吐くと。

 

「あ、言い忘れるところだった。……あの男は非常に危険だ」

 

 彼がスヴェンの何を指して危険と評しているのか、それはミアでも理解が及んだ。

 背中に背負った重々しく分厚い、一風変わった大剣ーー容姿から見れば怖い人程度の認識で終わる。

 したし問題はスヴェンの戦闘能力だ。

 弱い個体とはいえ、魔力を使わずにモンスターを討伐できる力量と判断力。

 何より嫌いでは有るが、訓練とはいえ負け無しのレイと互角に持ち込んだ実力者だ。

 万が一スヴェンが魔王救出を断り、邪神教団に手を貸せば危険だーー彼はそう言いたいのだろう。

 

「ご忠告ありがとうございます。でも、魔法と魔力が使えない今のスヴェンさんは大した脅威になりませんよ」

 

「知らないのか? アイツが使う武器、大剣と銃の一体型は弾丸を撃てるってことだ。それは遠くから狙い撃ちにもできるってことなんだぜ、アレで何人殺してきたのか分かりやしない」

 

 したり顔で語り出す異界人の少年にミアは、顎に指を添える。

 あの場所で一番近くで見学していたから、スヴェンの武器が特殊なのは判る。

 それとも彼の言う指摘は的外れなのか、それとも正しいのか。

 銃という物を知らないミアにとってそれは判断が難しい物だった。

 確かに物騒な轟音が鳴り響いた時は驚いたものだが、弾丸という物はモンスターの障壁を貫くことができない。

 障壁を常に展開できない人間に対して撃てば、確かに脅威かもしれないが……。

 

「うーん、ちょっと私の方で判断が難しいので姫様と相談してみますね」

 

 報告項目が増えたことにミアは内心で『面倒だな』っと愚痴る。

 反面異界人の少年の期待に満ち溢れた眼差しに引っ掛かりを覚えるがーー責めて異界人同士で仲良くして欲しい。

 同じ異世界出身はすぐに意気投合するのに、その辺は心に余裕が無い現れなのかもしれない。

 もう用は済んだとミアは歩き始め、ふと彼の名前を知らないことを思い出す。

 

「そういえば、あなたのお名前は何でしたっけ?」

 

「へっ? 佐藤竜司だけど……まさか覚えてなかったのか!」

 

 覚えるも何もはじめて聴いたと思う。

 ミアは酸味な記憶に自信が無かったが、誤魔化す様に微笑んで見せる。

 すると佐藤竜司は照れ臭そうに顔を逸らしーーその隙に、

 

「そろそろ時間なので失礼しますね!」

 

 ミアはそのまま廊下を走り出し、レーナの自室に向かうのだった。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 色鮮やかな装飾品と花瓶が飾れた部屋ーーテーブル椅子に座ったミアは、緊張した面持ちでレーナと対面していた。

 昨晩スヴェンの件を詳細に報告したが、王族との対面は平民出身のミアにとって慣れ難いものだ。

 

「ミア、スヴェンに関する報告を」

 

 促されるままにミアはスヴェンのことを告げる。  

 とは言え、既に昨晩で知り得る範囲で報告したのだが、

 

「本日のスヴェンさんは戦闘訓練後、自室で読み書きの勉学中ですね。その際、『あー、姫さんの所に行かねえとなぁ』とボヤいてました」

 

 ミアはスヴェンの行動と様子を報告した。

 

「そう、彼とはまだ交渉も済んで無いものね。……彼の戦闘の様子はテラスから見物させて貰ったけど、中々のものね。特にあの轟音には驚かされたわ」

 

 嬉しそうに語り出すレーナにミアの緊張が自然と解れる。

 レーナの優しい笑みは見てるこっちも安心感を覚えるほどだ。

 それに漸くレーナが待ち望んだ魔王救出ーー友の救出を果たしてくれる逸材かもしれない男。

 これまでの異界人はレーナに期待され手厚い支援を受けたにも関わらず邪神教団に入信した者、旅先で何かが起こり裏切りーー時には魔法の暴発事故を引き起こすことも。

 後者は魔法に対する知識不足から来る事故だが、勝手に元の世界から召喚された立場を考えれば、いつか何処かで裏切るのは仕方ないとも思える。

 ただミアが出会った異界人は誰しもがレーナに惹かれながらも召喚された状況を楽しんでるようにも見えたーー如何して異界人が突然心変わりしたのか、スヴェンに同行すれば判るかもしれない。

 つい考え事に没頭していたのか、こちらを見詰めるレーナの視線に気付く。

 

「あっ、すみません。お話しの途中でぼうとしてしまって!」

 

「良いのよ、慣れない仕事で疲れてるでしょうし」

 

 何処から言葉が楽しげに弾むレーナの様子に、ミアは彼女がスヴェンに期待を寄せているのだと悟る。

 レーナの彼に対する期待値が高まって行くに連れ、また裏切られてレーナが傷を負う前にミアは一つ釘を刺す。

 

「期待し過ぎるのも危ないかもですね。さっき、異界人のサトウリュウジさんに警告されましたし、まだ裏切らないとも限りませんよ」

 

「そうかしら? 彼の目的は明確よ。元の世界に帰りたいという一点。逆に言えば彼の望みを叶えられない時こそスヴェンは脅威になるでしょうけど」

 

 こちらがスヴェンの期待を裏切れば敵対するかもしれない。

 レーナの魔力回復には三年の期間を有する。その間レーナの身に何か起こらないとも限らない。

 スヴェンが邪神教団に唆されないとも限らないのだ。

 

「リスクを承知ということですか」

 

「えぇ、できれば直ぐに帰してあげたいところだけど」

 

 レーナの表情が曇る。

 それはミアも同じだった。

 召喚時のスヴェンは重傷だった、それこそ生きているのが不思議な程に。

 治療こそしたが元の世界でそれだけ手傷を負う程の戦闘を繰り広げたのだと理解が及ぶ。  

 それはミアでも推測できたが、肝心のスヴェンには今の所焦りが見えないのだ。

 本当に彼は依頼を請け、元の世界に帰りたいと思っているのか。

 

「昨日の夕飯でスヴェンさんは涙を流したというのは報告しましたよね?」   

 

「えぇ、聴いた時は耳を疑ったわ」

 

「もしかしたら食事で心変わりしたかもしれませんよ? 元の世界に帰りたく無い、帰ればこんなに素晴らしい食事が得られないっと!」

 

 もしもスヴェンが帰還を望まなくなった理由として挙げるなら、こちらの食事が彼にとって魅力的という点だろう。

 彼が心変わりしたとなれば報酬の条件も変わるかもしれない。

 

「……そんなに単純かしら?」

 

「甘いですね! 姫様は男性を理解していないからそう言えるのです!」

 

 ミアは言っていてーー自分も男性に付いてあまり知らないなぁっと他人事の様に思い浮かべた。

 それはそうと強く言い出したため、後に引かない状況が生じている。

 現にレーナの興味深けで好奇心に満ち溢れた純粋な瞳が、なおさら後に引けない状況を生み出していた。

 

「コホン、男という生き物は単純に見えて実は複雑、そう乙女心のように!!」

 

「……そうなのかしら? 後でスヴェンに確認してみようかな?」

 

「それがよろしいです。あ、そろそろスヴェンさんに昼食を届けないと」

 

「それ、貴女がする必要が有るの?」

 

 本来食事を運ぶはメイドの仕事だ。

 ミアがやる必要も無い仕事だが、あの衝撃的な行動と次はどんな反応を見せるのか。

 それが見たいからミアは給仕を買って出たのだ。

 それとは別に思惑も有るのだが……。

 

「スヴェンさんの食に対する反応も確認しておきたいので」

 

 そう伝えたミアはレーナの部屋から退出し、厨房からスヴェンに用意された食事を彼の部屋まで運ぶのだった。

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