翌日の正午、スヴェンの宿部屋にミアとアシュナが集まっていた。
昼食時に部屋で今後に付いて大事な話が有ると告げ、部屋まで赴いて貰ったのだがーーミアとアシュナの何かに期待する眼差しにスヴェンは僅かに眉を歪める。
「旅の順路に付いて相談が有ったんだが、その期待の眼はなんだ?」
「えっ? 判らないの!? 案外スヴェンさんって鈍いの?」
思い当たる節が有るには有るがもしかしたら別の事かと訊ねれば、ミアから察しろと言いたげな舐め腐った視線で返された。
スヴェンはそんな態度を見せるミアに仕方ないと言わんばかりにわざとらしいため息を吐く。
そしてサイドポーチから金袋を取り出し、そこから銀貨百枚を取り出してはアシュナに手渡す。
「無駄遣いはすんなよ?」
「あんまり活躍してないけどいいの?」
影の護衛として自身は元よりレヴィの身を護っていた。その働きに見合う報酬としては少ない方だが、彼女が足りなくなればその都度渡せばいい。
「ソイツはアンタに対する正当な分前だ。まあ、足りなくなれば言え」
「充分。無駄遣いはしない主義」
そう無表情で語っているが身体は正直なのか、落ち着かない様子を見せていた。
そんなアシュナの隣でより一層期待に膨らませたミアの視線が突き刺さる。
「アンタの報酬は、護衛にも拘らず護衛対象に護られる本末転倒な状況を考慮して無しだ」
「またまたご冗談を〜」
愛想笑いを浮かべるミアにスヴェンは本気の眼差しを返せば、次第に彼女は冷や汗を流す。
「ええっと〜さっきは調子に乗ったことを言って本当にすみませんでした! 寛大でお強いスヴェン様! どうか私にも報酬をお恵みください!」
テーブルに身を乗り出して下手に出るミアにスヴェンは肩を竦める。
ここで分前を渡さなければ一向に本題に入れないのも事実だ。
そもそもアシュナに払ってミアだけに払わない不義理を働く筈もない。
「冗談だ」
そう伝えればミアが安堵したようにソファに座り込む。
「そ、そうだよねぇ〜いくらスヴェンさんでもそんな意地悪しないもんね!」
傭兵として組んだ者に報酬を山分けするのは至極当然のこと。いや、それは最早信頼関係を重視する義務と言っても過言ではない。
だからこそスヴェンは傭兵として責任を果たす。
「コイツがアンタの分だ」
金袋から銀貨二百枚をミアに手渡すと、彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「このお金で歓楽街で豪遊するのもありだよね!」
「あ〜行くならエリシェとレヴィも誘ってやれ、アイツらにも気晴らしは必要だろ」
「スヴェンは行かないの?」
夜の歓楽街なら訪れる客も多く、何かしらの情報を得られるだろう。
特にカジノなら様々な人物が集まる筈だ。
情報が得られずとも気紛れ程度の息抜きと思えば自然と足も向く。
「その時は行くさ」
同意を示すように答えると、アシュナは満足そうに眼を細めやがてテーブルに広げて置いた地図に視線を落とした。
「お金も貰ったから本題に入る?」
「あぁ、そうだな。旅の順路の変更に付いてだが、アンタらは何か有るか?」
「うーん、ラデシア村への街道を塞いでいるモンスターの群れは討伐隊によって掃討されると思うけど……どうかな?」
確かに出発予定日に魔法騎士団の討伐隊によってモンスタの群れが討伐される可能性は充分に有り得る。
急ぐことに越したことは無いが、わざわざ危険なルートを通る理由も少ない。
「その可能性も高え。ま、今回の話は予備プラン程度に認識しておけ」
そう告げるとアシュナは変更予定の谷の町ジルニアに視線を落とし、
「ジルニアってどんな町?」
ミアに視線を向けてそう訊ねた。
「ガルドラ峠に続くガルドラ峡谷に建造された町で、エルリアに数多く点在する鉱山地帯でも有るよ」
「観光として訪れるには理由が弱えか?」
「そうでもないよ。もう時期、浮遊魚の漁獲祭と彫刻祭が同時に行われるから旅行としては有りかもね」
スヴェンはミアが語った観光の見所に付いて強い疑問を示した。
峡谷の町で漁獲祭とは一体何なのか、そもそも浮遊魚なる存在事態はじめて聴く名だ。
恐らく名前からして魚が空を飛ぶのだろう。
想像して空を飛ぶ魚の姿にスヴェンはなんとも言えない表情を浮かべた。
「……峡谷の町で漁獲祭だとか珍妙なこともあんだな。ってかソイツは魚類に分類されんのか?」
「スヴェンさんから見たらそうかもしれないけど、浮遊魚は世界を渡り飛ぶ歴とした魚類だよ」
立派な魚類だと語るミアにスヴェンは半ば納得し、未知の存在。その味に興味を示した。
「そうなのか……で? 美味えのか?」
「浮遊魚の魚肉を使ったスープ、魚肉の厚焼きソテーと浮遊魚の蒸し焼きは絶品かな。でも絶対に生で食べようなんて思わないでね?」
肉を生で食べる食文化を少なくともスヴェンは聴いたことが無い。
デウス・ウェポンのアーカイブにも生食の文化に付いて記されていなかった。
「魚ってのは生で食えんのか? 少なくとも生物が絶滅する前のデウス・ウェポンにはねえ食文化だ」
「私達も生で食べないよ。だけど他の異界人は生食も食べる文化だったらしくて、採れたての魚を刺身にして食べて食中毒を引き起こすことも多いんだ」
元の世界で当たり前のように食べられていた方法を取るのはある意味で普通のことだ。
テルカ・アトラスは刺身を食べ慣れていないと考えられたが、刺身を食べ慣れた異界人が食中毒を引き起こす時点で魚類も生食に向かないということに他ならない。
だからこそスヴェンとミアは食中毒を引き起こした異界人に同情心を示した。
「生は食えねえってことか。だが街道のモンスターが掃討されりゃあ峡谷の町ジルニアに向かう理由もねえな」
「そうだね、ガルドラ峠からガルドラ峡谷までモンスターの生息域が長いもん」
「じゃあ予定通りに行かなかったら……モンスターの生息域で野宿?」
アシュナの浮かべた疑問にミアがげんなりとした表情を浮かべる。
確かにジルニア行きは危険すぎる。同時にそんな危険地帯で野盗が出没しているという情報も解せない。
「厄介なモンスターと野盗に警戒すんのか」
「野盗程度なら余裕だと思うけど、モンスターは流石にアシュナの手を借りないとダメかも」
「やっと頼ってくれるの?」
そこに目撃者が居ないならアシュナを頼る選択肢は充分に有りだ。
「目撃者が居ねえなら頼るさ」
「頼って?」
誰の入れ知恵を受けたのか、上目遣いで小首を傾げながらそんな事を頼んできた。
特に何も響かないアシュナの仕草にスヴェンはどうでも良さそうな眼差しを向け、
「状況次第だ」
冷静に告げるとアシュナの眼差しに不満が宿る。
「徹底してる。あとミアの知識は役に立たない」
「ちょっ!? スヴェンさんの前でそれは言わないでよ!」
自身の入れ知恵だとバレたミアが慌てているが、彼女なら余計な事を吹き込むことに何の疑いもない。
予想していた事柄にスヴェンは特に何も感じず、改めて地図に視線を落とした。
「話しを戻すが、順路の変更は出発予定日の状況次第ってことでいいな?」
「あ、それは全然問題無いよ。でもパルミド小国に最短で到着を考えると……うーん、どっちも捨て難いし、スヴェンさんが私達に相談したのも納得かも」
安全面を考慮したルートを選ぶか、安全面を度外視した効率重視の最短ルートのどちらかを選ぶか。
これは決して一人で結論など出せない計画だ。
「危険を伴う旅となりゃあ普通すんだろ」
「それって私達を頼ってるって受け取っていいの?」
「あん? 頼るも何もねえだろ。第一アンタは相談も無く順路を変更されてその通りに手綱を握るか?」
「反感も浮かべるし、多分危険な道だからラデシア村に進んでると思う」
ミアの返答にスヴェンは同意を示すように相槌を打つ。
仮に自分もミアと同じ立場なら確実に反感と反論を浮かべる。
だからこそスヴェンはこうして二人を宿部屋に呼んで相談した。
その結果は順路の確定とまでは行かないが、状況次第で変えるという方針に落ち着いた。
あとは残り日数の間で二つの順路に向けて情報を集めれば、旅は比較的安全になるだろう。
尤もここまでの旅で安全とは無縁の状況に遭遇してるため、最初から期待を持てないのも事実だが。
話し合いも終わり、スヴェンは広げた地図を仕舞う。
そして二人に視線で退出を促すと、
「それじゃあスヴェンさん、今夜辺りにでもカジノに行こ!」
「カジノ、楽しみ」
娯楽に眼を輝かせる二人にスヴェンは呆れた様子で肩を竦める。
まだレヴィとエリシェは同意すらしていない。そもそもレヴィは自室で報告書を纏め、エリシェはダイクンの鍛治工房で仕事中だ。
「先ずはエリシェとレヴィに確認でもして来い」
そう促すとミアは隣り座るアシュナに視線を移した。
「それじゃあ私は買い物ついでにエリシェの所に行って来るから、アシュナはレヴィに伝えておいて」
「買い物って?」
「えっ、そりゃあ旅行をしてるんだから不足してる日用品の買い出しとかだよ……あと、アレとかソレとかね」
ミアは素朴な疑問を浮かべるアシュナに言葉を濁して告げた。
それは男の前で言い難い物であることは、ミアの恥ずかしがる様子から容易に察せる。
だからこそスヴェンはその件に関しては終始無言を貫く。
「レヴィも誘わないの?」
「うーん、この際だからそれも良いかもね。じゃあ三人で買い物に行こうか」
「ひ……レヴィと買い物、楽しみ」
スヴェンは二人の視界から外れるようにベッドに寝っ転がる。
そして面倒に巻き込まれる前にと狸寝入りを決め込んだ。
「そうと決まればスヴェンさんには荷物……ありゃ、寝てる?」
「寝かせる? 起こす? 襲う?」
「反撃に遭うのが目に見えてるから撤収で!」
騒ぐように二人が宿部屋から退出し、スヴェンは頃合いを見計らってから何事もなく起き上がるのだった。
そして二人が去り静寂に包まれる宿部屋で一人、
「今のうちにサイドポーチの整理を済ませちまうか」
あの中には魔王救出の要も入っている。それに残り二つになった転移クリスタルの補充に関する申請書も書く必要が有った。
夜までにはまだ猶予も有ると考えたスヴェンは、手早く雑務に取り掛かることに。