六月十二日の午後。強い日差しの中、スヴェンは町の雑貨屋で販売された情報誌ーーエルリア通信誌を手にベンチで静かに内容に目を通していた。
エルリアで月に一度だけ販売されるエルリア通信誌は、週刊誌と比べて当然の如く分厚い。
これに一ヶ月で起きた事件や各地方の情報が載せられているのだから無理もないだろう。
それに最初と比べ読み書きに不自由も無くなった。分厚い情報誌を読み進めるのも苦にはならない。
スヴェンはページをめくり『エルリア中央部を襲った事件!』に眼を止める。
「メルリアで起きた邪神教団の蛮行、アトラス教会の手によって人質に取られた子供達の救助及び邪神教団の撃退により事件は一応の解決を見せた、か」
ざっくりと読み上げた内容、当然自身も関わった事件だが記事にはスヴェンとミアに関する情報が載せられていない点に関して上々の立ち回りに思えた。
いつ何処で記者が取材したかは判らないが、恐らくメルリアを出発した後だ。
ただ次のページを捲る指がページの最後に掲載された写真付きの文面に前に不意に止まる。
写真の撮影技術や印刷技術が存在することに若干の驚きを隠せない。
これも数種類の魔法によって完成された魔法技術と魔道具のおかげか。
今後は不意の撮影にも警戒しなければならないのか。町中で魔道具のカメラを所持した者はあまり見掛けないが、油断しないに越した事はない。
ーーいや、問題は掲載された文面だな。
『現地で取材したわたし達、こと事件が有ればミスティとフォルドのタッグ有りと呼ばれるお馴染みの記者が読者に一つの仮説を与えよう』
『先ずメルアリ地下遺跡の不審点だ。魔法の痕跡が無い惨殺死体の数々、およそアトラス教会の信徒が行う殺し方ではない。故にわたし達はあの場に魔法騎士団とも違う第三者が居たと仮定した』
『第三者、一体何者でどんな目的でメルリア地下遺跡に向かったのか。わたし達の推測はこうだ、レーナ姫に召喚された異界人による事件介入。事実今回の事件は発生から解決まで一週間以上は有ったが、アトラス教会が動き出したその日に事件は解決した……地下遺跡を邪神教団の死体で埋め尽くす形でだ』
メルリア地下遺跡で活動した異界人とスヴェンが結び付く可能性はこの文面だけでは低いが、メルリアからフェルシオンとスヴェン達が行く先々で事件が解決される。
それが繰り返されれば町に入った通行者リストを元に記者は辿り着くだろう。
辿り着かれる前に魔王救出を果たせば何も問題は無いが、事がそう上手く行くとは限らない。
同時に自身の都合で探りを入れる記者二名を始末する選択も取れない。
幸いフェルシオンの事件発生から解決までそう日は経過していない。つまりまだ例の記者はこの町に来て居ない可能性は有る。
記者と遭遇したとしても情報を与えずに情報を得る。実際には記者とは観察眼に優れた連中が多い。
そんな面倒な連中を相手にするならモンスターを相手にした方がずっとマシだ。
他にページを捲るとレイがエルリア南部で野盗集団を討伐したことや、ミルディル森林国の国境に不穏な動きが有るなど様々な事件が事細かく記載されている。
そのどの記事にもミスティとフォルドの考察や事件に対するコメントが記載されている辺り、記者に対して警戒も必要だ。
「面倒だな」
スヴェンが小さくボヤくと、
「おや? 何が面倒なのか少々訊ねても?」
スーツ姿の銀髪の女性が羽ペンとメモ帳を片手に取り繕った笑みを浮かべ、そんな女性の背後で呆れたため息を吐く女性と似ている顔立ちの男性ーーその手にはレンズを嵌め込んだ箱状の物体が両手に大事そうに握られている。
ーーあれがテルカ・アトラスのカメラか?
そんな推測を浮かべたスヴェンは女性の質問に、
「単なる独り言だ」
「エルリア通信誌を片手に面倒に思う独り言、それは何らかの事件に関り取材されることを警戒してとかでしょうか?」
ミアと似た策略と本性を決して見せない取り繕った笑みと真っ直ぐ探りを入れる琥珀色の瞳にスヴェンは慣れた様子で肩を竦める。
「邪推も良いところだな」
「邪推、ですか? 貴方の瞳は普通の人は違う。それこそ殺しを、そんな状況を求めて病まない眼をしてますが」
この女はよく人を観察し、本質を捉えている。
それも僅かな時間で見抜く洞察力は侮れない。
「確かに俺はそんな眼をしてるが、今は単なる旅行者に過ぎねえ」
「おや、旅行者……事実のようですね」
何も嘘は付いていない。だからこそ女はそう判断した。
目の前の女が人の何を見て判断し、推測するのか。それさえ理解してしまえば一時的に誤魔化すことは可能だ。
「ミスティ、確認も済んだならそろそろ取材に行かないか?」
ミスティと呼ばれた女性にスヴェンは記載された文面に視線を落とす。
「ってことはメルリアの取材をしたのはアンタらか」
「おや、バレてしまいましたか。そうです! 何を隠そうエルリア通信誌始まって以来の若手エースなのです!」
若干ミアと通じるウザさを感じるが、スヴェンは彼女と似た顔立ちの男性ーーフォルドに視線を向ける。
「アンタらは双子か?」
「ご覧の通りミスティとは双子なんだ。あ、一つ記念に写真を一枚撮ってもいいかな」
そう言ってカメラに似た魔道具を向ける彼に、
「そいつがカメラなのか」
「これを見た異界人はみんなカメラと呼ぶけど、正式名称は魔道念写器なんだ。魔力を送るだけで目の前の風景、人物を一枚の絵として写し出すなんて凄いでしょ?」
細かな原理を覚えてはいないが、確かに魔力一つで撮影が可能なのは凄いことだ。
「便利だな……あーさっきの撮影に関してだが、俺は写真が嫌いなんだ」
「そうなの? 鋭い目付きで怖い印象を受けるけど、決して容姿は悪くない。むしろ載せるところに載せたらモテるかと」
「どうあれ写真は嫌いだ。理由を語るとすりゃあ、昔写真で呪われたことがあってな……それ以来どうにも嫌いなんだ」
実際に一度だけ仲介人に撮影を許したことが有った。
あまりにもしつこく、撮影を許可しなければ依頼を斡旋しないと脅されてしまえば、大抵の傭兵は彼女に屈してしまう。
だからこそ仕事と一度だけの撮影どっちを選ぶ? などと含みの有る笑みで問われれば誰だって許可する。
そして後日、所用で仲介人の自宅を訪ねれば、部屋一面が自身の写真で埋め尽くされればそれは呪いに近い何か、不確かな恐怖でしかない。
そんな過去の経験を暗に告げるとフォルドは察したのか、魔道念写器を下げた。
「酷い目に遭ったことは察した……だからさぁミスティ? 露骨な表情を浮かべない」
「えぇ〜記事になると思うんだけどなぁ。それにわたしの勘が告げてるんだよ、フェルシオンの事件にも彼は関わってるってさ」
「だとしてもまだ取材もしてないんだ。彼が事件に関与してたか如何かは取材を重ねれば分かることだろ」
記者に確実に眼を付けられた。ならスヴェンは一つだけこの場を切り抜ける情報を口にする。
「そういや、アルセム商会の会長が商談に失敗したとか自棄酒ついでに女に刺されたらしいな」
「あのヴェイグが商談に失敗? それは記事になりますねえ〜!」
そう言って一人駆け出すミスティにフォルドが慌てた様子で後を追う様に走り出した。
「こらミスティ! まだ先方との取材がっ!」
どうにも彼はミスティに苦労している様だ。
果たして何方が兄か姉なのかは判らないが、今後は二人との付き合い方は考慮しておく必要が有る。
特にミアが居る場所ではより注意が必要だろう。
そう結論付けたスヴェンは読みかけのエルリア通信誌を閉じると、
「あっ! こんな所に居た! 探したよスヴェン!」
手を振りながら駆け付けるエリシェにスヴェンはベンチから立ち上がる。
エリシェの手に抱えられた荷物に強い期待感が胸を支配した。