エリシェに連れられフェルシオンの外に広がる平原、並ぶ岩場の影響で人目の付かない場所に到着したスヴェンは、荷物を地面に落とす彼女に視線を向ける。
「人の気配も無え、試すにもいい場所だな」
周囲は岩場だらけだが一応的も有る。
岩場を的に射撃を試せば試作品のテストにはなるだろう。
「動きながら射撃することを想定したから、コレを的に試してみて!」
そう言って大きな荷物から岩で出来た仰々しい人形が現れた。
「そいつは?」
「バイクン叔父さんが用意してくれたゴーレム十号君だよ!」
ゴーレム十号君と呼ばれたゴーレムをスヴェンは静かに観察する。
一見鈍重そうにも見えるが、対象の魔力に集中すればゴーレムの全身に魔法陣を基点に魔力が循環していることが判る。
見た目通りだと油断すれば痛い目に遭う。それが訓練でも決して侮ってはならない。
スヴェンはエリシェから試作品の赤黒い銃を受け取り、全身を入念にチェックする。
元々ガンバスターは銃と剣部品で分けられた武器だ。銃に装着された大剣の刃を扱うには自然と銃身も太く長くなる。
その点エリシェの試作品の銃は、元の銃と寸分違わない赤黒い銃身を誇っているがこちらの方が若干重い。
ただ手触りと経験から強度が確保されていると判る。
これなら銃身を鈍器として扱うことも可能だ。
そしてスヴェンが撃鉄を引き、安全装置を外し銃を構えると、
「ど、どうかな? 凄く様になってるけど重さとか撃鉄の硬さとか……」
緊張した様子で訊ねて来る。
これを試作したエリシェは間違いなく自身の鍛治師としての腕を誇っていいとさえ思えた。
それだけこの銃にはスヴェンの要望が詰め込まれている。なんならこれ単体で携行を考慮したい程だ。
「銃の重さは許容範囲内だ、こいつに剣身部品を加えるとなりゃあもうちょい重量が増すだろうが……撃鉄に関しても問題ねえな」
質問に答えたスヴェンは銃フレームの左にシリンダーを振り出す。
そしてサイドポーチの弾薬入れから六発の.600LRマグナム弾を素早く目に止まらない速さでシリンダーに装填した。
「はやっ!? いま手の動きがブレて何も見えなかったよ!」
それはそうだ。戦場で銃弾のリロードに一秒でも時間はかけられない、リロードはコンマ単位に正確でなければスヴェンは既にこの世に居ないだろう。
「銃弾の補充に時間もかけられねえからな」
スヴェンは一度ゴーレムから距離を取り、
「そろそろ始めるか」
「うん、スヴェンは魔力操作も忘れずにね? そのゴーレム十号君は激ヤバらしいから」
何が激ヤバなのか問いたい衝動に駆られるも、エリシェの魔力を受けてゴーレムが動き出す。
スヴェンは銃を構え、下丹田から魔力を銃身に流し込む。
特に魔法陣を強く意識した訳でもなく、銃身に流れ込んだ魔力に刻まれていた魔法陣が作動する。
同時にゴーレムが砂塵を残し、スヴェンの視界から消えた。
そしてゴーレムが突如スヴェンの目前に現れ、巨腕から拳を繰り出していた!
背後に飛び退くことで拳を避け、地面に衝撃波を生むゴーレムの性能にスヴェンは、
「激ヤバってそういう意味かよ!」
嫌でも激ヤバという言葉の意味を身を持って理解してしまった。
確かに見た目など当てにならない素早さだ。現に拳を繰り出したゴーレムは既にスヴェンの背後に回り込んでいる。
しかしスヴェンは慌てず、魔力を込めた銃口を背後のゴーレムに振り抜く。
硬い銃身でゴーレムを殴り飛ばし、ゴーレムが地面を滑る。
手に伝わる痺れ、単なる岩だと思えば材質もある意味で詐欺だ。
銃身で殴り飛ばした際の感触は鋼鉄と同様の感触。
さっそくあのゴーレムを相手に視覚情報は役に立たないだろう。
スヴェンは起き上がるゴーレムに銃口を向け、魔力を込めながら容赦無く引き金を引いた。
流れ込んだ魔力が銃弾に刻まれていた魔法陣を発動させる!
ズドォォーーン! 轟音と共に銃口から炎を纏った.600マグナムLR弾が放たれる。
炎を纏った弾頭が爆炎となりゴーレムを呑み込む。
弾頭がゴーレムに直撃する直後、スヴェンは対象が魔法陣による防御に移った事を決して見逃さずーー縮地でその場を離れた。
先程までスヴェンが居た場所に、魔力を収縮させた光線が空を撃ち抜く。
爆炎が晴れると共に魔法陣による防御に入ったゴーレムの右半身は銃弾の威力によって損壊していた。
プロージョン粉末の爆発による加速と銃弾が纏った魔法の威力は、単純な破壊力だけを見ても魔力無しの.600LRマグナム弾を超えている。
人間に撃つには火力過剰にも思えるが、あと一発撃ち込めばゴーレムは破壊できるだろう。
ーーもうちょい銃の性能、銃弾に刻まれた魔法陣の効果を確かめたかったが、そいつは追々でいいか。
スヴェンがゴーレムを完全に破壊するべく、銃口を向けるとーーほんの一瞬の瞬き、刹那の間に完全修復していたゴーレムに眼を疑う。
ゴーレムを視界から決して外してはいない。なのに修復する素振りを見せず完全に修復していた。
損壊する前の状態に戻ったゴーレムが両腕を構え出す。
目の前のゴーレムを騙る訳の分からない存在にスヴェンは眉を歪める。
本当に訳が分からなかった。ナノマシンを搭載した自己修復機能を有した兵器と言われればまだ理解は及ぶが、ゴーレムに使用されているのは魔法技術だ。
残念ながら知ってる魔法知識では、どんな魔法が使用されているのか皆目検討も付かない。
「アンタの叔父は一体?」
何者なんだとエリシェに問えば、用意した彼女も非常に驚いた様子で眼を疑っていた。
つまり修復機能に関してはエリシェも知らない魔法が組み込まれている。
そんな事を考えながらスヴェンは迫り来る拳を避け、反撃と言わんばかりにゴーレムに銃弾を二発撃ち込む。
二発の銃弾を受けたゴーレムの上半身が完璧に崩れるが、やはり瞬時に修復しては拳を捻る。
今度は両腕の巨腕が交互に繰り出す連続の拳を避けながら三発の銃弾を放つ。
水を纏った弾頭、雷を纏った弾頭、風を纏った弾頭が正確に頭部、腹部、脚部に直撃ーー三種の魔法弾が混ざり合い轟音が平原に響き渡る。
破壊によって土煙りがスヴェンとエリシェを呑み込む。
スヴェンは警戒を浮かべながら銃に銃弾を再装填すると、吹いた風によって土煙りが晴れる。
視界の先にそれは映り込んだ。全身が砕けたゴーレムは修復する事なく、無惨な残骸が大地に散っていた。
起点となる魔法陣を撃ち抜いたのか、修復限界を迎えたのかは分からないが、今後似た手合いとの戦闘を想定すれば今回の鍛錬は有意義だと言える。
ーーこれで残り残弾は十三発か。
「……とんでもねえゴーレムだったな」
スヴェンは一度装填した弾を取り除き、銃をエリシェに返す。
「……想定外のこともあったけど、どうだった?」
銃の感想を求めるエリシェにスヴェンは考え込む。
戦闘中に使用したが特に改善点も見当たらず、何処かに不備が有る訳でもない。
むしろ、わずかな魔力操作で銃身にスムーズに伝導する魔力。反動抑制魔法陣による反動抑制と射撃と連射に耐えられる銃身の強度。
引き金と撃鉄、シリンダーのスムーズな連動に加え、打撃にも対応した強度を誇る銃に不満など有る筈も無い。
「完璧だ……このままコイツを持っててダメか?」
そんな事を告げるとエリシェが微笑む。
「ダメ、まだその子は完成してないもん。未完成のままスヴェンに預けられないよ」
鍛治師としての矜持がそれを許す筈もなく、スヴェンは肩を竦めた。
「そうか」
「……わぁ、凄く残念そう。あなたってそんな表情もできるんだね」
そんなに残念そうな表情をしていたのか。だとすればそれは無意識のうちに表れたのだろう。
「心から惜しいと感じりゃあ顔に出るさ」
「そっか。そんなに気に入ってくれんだ……それじゃあ完成を急がせないとね」
そう言って張り切るエリシェにスヴェンは一つ告げる。
「完成まで待てねえ。完成品はデリバリー・イーグルで配達してくれ」
「うん、でもちゃんとブラック・スミスに顔は出してよ? その子の整備はあたしにしかできないんだから」
道具さえあれば銃の整備自体はスヴェンでも可能だが、刻まれた魔法陣はそうもいかない。
これはエリシェが一から編み出した魔法だ。魔法陣の調整も彼女にしかできないことなのだろう。
「分かった……先にコイツを渡しておく」
スヴェンは用意していた代金をエリシェに手渡した。
想定の価格よりも色を乗せた金額で。
「本当はガンバスターが完成してから受け取りたいんだけどね」
「アンタの技量なら失敗する心配もねえだろ」
「うん、安心して任せて」
はっきりと自信を示すエリシェにスヴェンは頷き、一つだけ伝え忘れていた事を思い出す。
「……今更なんだが、ガンバスターの内部には二本の棒が嵌め込まれてんだろ?」
「あー、あれかぁ。前に父さんが雷を循環させる素材でできるとか言ってたけ。もしかして雷その物を打ち出す部品だったりするの?」
ガンバスターの最大武器にして最高火力を誇る荷電粒子砲に付いて、エリシェは既に感じていたようだ。
それなら話は早いとスヴェンは口元を緩める。
「ガンバスター内部で生成した雷を二本の棒ーー電極つうんだが、そいつで循環させ、加速させた銃弾を撃ち出す機能だな」
「うーん、モジュールで生成してたって事でしょ? 流石にあたしは雷系統の魔法が扱えないからちょっと無理かなぁ」
荷電粒子砲がテルカ・アトラスの技術で再現できるかと思ったが、エリシェは雷系統の魔法が使えない。
再現できないとなればすっぱりと諦める他にない。そもそも製作の段階でかなり無茶な要求もしている。
これ以上の追求は単なる我儘の範疇でしかなく、荷電粒子砲が必要かと問われれば首を傾げるほどだ。
「悪いな、さっきの話は忘れてくれ」
「そうするけど、いずれ再現できるように色々試行錯誤はしてみるね」
拳に握りながらそんな事を語るエリシェにスヴェンはたった一言しか出なかった。
「……すまねえな」
三年後には消え、しかもこの世界で製造したガンバスターは持ち帰ることも叶わないのだ。
ある意味でテルカ・アトラスから消えるスヴェンの痕跡とも呼べる武器を彼女は鍛造している。
使い手が居なくなる武器はどうなるのか。そんな事とは今まで一度も考え事も気にしたことも無いが、武器に情熱を捧ぐエリシェを見ていれば多少なりとも気掛かりになる。
特にガンバスターが完成した時、大切な相棒を頼む必要も有る。
「あ〜、そうだ。ガンバスターが完成したら俺の相棒をアンタに預けて構わねえか?」
そう告げるとエリシェは心底驚いた様子で眼を見開き、
「大切な相棒なんだよね? あたしがその子を預かって良いの?」
視線が背中に背負われたガンバスターに向けれる。
二振りのガンバスターの携行は重量も嵩張り、実用性も無い。
ガンバスターの二刀流などロマンこそ有るが、そのロマンに殺された傭兵を数多く見てきた。
それにエリシェなら。武器に関して信頼できる彼女だからこそ相棒を預けることに迷いが生じない。
「アンタならコイツを任せられる。だからガンバスターが完成した時に預かってくれねえか?」
そう頼むとエリシェは微笑んだ。
「スヴェンにそこまで言われたら断る理由なんてないよ。でも、これは専属契約も考えないとだねぇ」
三年後に消える身として。それも有るが、鍛治師としてまだ発展途上の彼女を短期間ながら拘束してしまうのはもったいないように思えた。
それに専属契約を結ぶだけの利点をエリシェに提示できない。
細かな道具類や替えのナイフ、予備武器の用意など考えられるがそれも一時的な物に過ぎず、果たしてエリシェに満足の行く仕事を提供できるのか。
一個人を雇う責任を取る覚悟は有るが、今のままでは納得の行く契約は結べない。
結論を出すなら魔王救出を終えてからでも遅くはないだろう。
「……そいつは今回の旅行の目的を果たすまで保留にさせてくれ」
「うん、じゃあその日まであたしの方でも契約内容を考えておくね」
満面の笑みを浮かべるエリシェにスヴェンは頷き、改めて彼女と町へ戻った。