傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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7-11.エルリアの禁術

 試作品のテストを終え、エリシェと別れたスヴェンが適当に町中を歩くと、

 

「あっ! 丁度良いところに!」

 

 こちらを呼ぶミアの声に足を止め振り返る。

 相変わらず満面の笑みを浮かべているが、ふと気が付く。

 彼女から愛想笑いや人を探るような打算的な笑みを感じなくなったと。

 思い当たる節と言えば、彼女の故郷に関することか。何も愛想を向けずとも依頼という正式な立場で雇えば手を貸すのだがーーそれだけ故郷に対する想いは強いということか。

 スヴェンは駆け寄ったミアにいつも通りの眼差しで、

 

「荷物持ちだとか買い物には付き合わねえぞ」

 

 冷たく突き放す言動を取れば、ミアは違うと言わんばかりに首を横に降る。

 

「覚えてない? あの日の夜に話したこと」

 

 いつの夜だとは問わない。ミアと夜に話し込んだのは、メルリアの守護結界領域の外で野宿をした日のことだ。

 確かあの日の夜は互いに禁術に対する知識不足を何処かで知識を得る。その時にミアが学院で学んだ知識を当てにするとそんな話をしたのは今でも覚えている。

 

「んじゃあ図書館にでも行くか?」

 

 そう他愛も無く誘えばミアは意外そうに、しかし口元を緩ませ気恥ずかしそうにしていた。

 

「……覚えてたんだ」

 

 単なる口約束にもならない会話の流れで決まった予定に過ぎない。

 だからミアが気恥ずかしがる理由も無いように思えるが、歳頃の少女の心境は何かと複雑だ。

 それこそ何に対してどう捉えるのか、そんな事をいちいち考えていては身が持たない。

 何せ女性の心境、その時の想いや考えなどデウス神ですら予測ができないーーいや、それは女から見た男も同じようなもんか。

 内心でそんな結論を出したスヴェンは、

 

「行くにしても閲覧許可証を持ってねえが?」

 

 レヴィが居なければ禁術書庫に入れない。そう暗に告げれば、ミアは笑みを浮かべて閲覧許可証を提示して見せた。

 

「ふふっ、事前にレヴィから借りたから大丈夫だよ」

 

「用意がいいな」

 

 用意のいいミアに関心を浮かべながら、歩き出すミアにスヴェンは付いて歩いた。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 スヴェンにとっては二度目の図書館。そして受付で手続きを済ませ、禁術書庫に入ったスヴェンとミアはさっそく行動を開始する。

 自爆をはじめ片っ端から禁書を手に取りテーブルに運ぶ。

 こうして山積みになった禁書を前にスヴェンとミアは同時に椅子に座り、最初の禁書を手に取った。

 

「……自爆か」

 

 最初に手に取った本のタイトルが『魔力暴走による自爆』だった。

 確かメルアリの地下遺跡で信徒から受けた禁術は魔力暴走を引き起こしてから自爆していた。

 自爆にも色々な方法が有るだろうが、スヴェンはさっそくページを捲る。

 

「『人は意図的に魔力を過剰巡回させ暴走を引き起こすことが可能だ』……そうなのか?」

 

 はじめて知った魔力の暴走方法をミアに訊ねると、彼女は読んでいたページから眼を離し、

 

「普通は知っててもやろうとしないよ。一度火が付いた魔力は止められないの……暴走を引き起こすと魔力に身体が耐え切れなくて死んじゃうから誰も試そうなんて思わないよ、普通ならね」

 

 邪神教団は普通じゃない。連中は死を幸福と捉え、邪神に自ら魂を贄として捧げることをなによりも喜びとする。

 確かに連中は普通じゃないっと納得したスヴェンは頷く。

 

「魔力制御を暴走ギリギリまで扱ったとして、なにか利点があんのか?」

 

「誰も試して無いから空論状の仮説になるけど、暴走ギリギリの魔力は純度も高まり、詠唱効率と魔法の威力を増大させることが可能になると囁かれてるかな」

 

「でも戦闘の最中で暴走ギリギリを保つなんてやろうとしないし、それよりも普通に魔法を使った方が効率的だから誰もやらないかな」

 

 魔力制御は精神力と集中力に依存する。常に死の危険が付き纏う魔力暴走ギリギリを攻めるのは正に非現実的な行動と言えるだろう。

 ミアの仮説を聞いたスヴェンですらそんな事はやろうと思えない。

 一歩間違えて死亡するリスクを背負うぐらいなら別の方法で効率的に殺す方法を確立した方が遥かに安全だからだ。

 同時に魔力暴走で増大した魔力を攻撃に転用する方法が自爆なのだと理解が及ぶ。

 

「……なるほど、それで自爆なんざ編み出されたってわけか」

 

「うん、でも止め方が判らないよね」

 

 確かに一度発動した自爆は、術者を殺しても止まることはなかった。

 だからこそスヴェンは次のページを開く。

 

「……『万が一自爆を発動させたのなら阻止しようとせず、全力で術者から離れろ。それが自爆に対する確実な対処法だ』なるほど逃げるが勝ちってヤツか」

 

「思い付きだけど、空間魔法とか結界魔法で閉じ込めるなんて対策も取れるよね……私達には使えない方法だけど!」

 

 ミアの提案した方法は安全に自爆を処理する方法としては実に有効的だ。

 もしも護衛対象が大勢居る場所で邪神教団が自爆を唱えた場合、護衛対象を逃す暇などない。なら術者を結界内で自爆させた方が安全になる。

 

「結界魔法が使える奴が居るなら推奨すべき対策だな……アンタのお陰で結界魔法の活用方法が一つ知れた」

 

「提案してなんだけど、結界魔法は護るための魔法であって誰かを傷付ける魔法じゃないよ……いや、結果的に護ることに繋がるけど」

 

 複雑そうな眼差しで語るミアに、スヴェンは肩を竦め次のページを開く。

 しかし開いたページは最後のようであとがきで締め括られていた。

 

「あ〜?『自爆を好む者など自殺願望者か、邪神教団のようなナメクジ共のような連中だけだと切に願う』……ひでぇ煽りだな」

 

 スヴェンはあとがきを読み終え、本を閉じては次の禁書に手を伸ばす。

 すると手にしたのは『エルリアの究極魔法』と書かれたタイトルだった。

 

「なんだ、究極魔法ってのは?」

 

「あ〜それねぇ。正直言って禁術指定されてる理由がちょっと判らないんだよね」

 

 魔法大国エルリアの国民なだけはありミアは究極魔法に付いて知ってるようだ。

 つまりこの禁書の著者は外国人による執筆か。そんな予想を立てながらスヴェンはページを捲り、

 

「……『エルリアには国土を魔法陣として世界を破滅させる魔法が実在する。これを読んだ者は何を馬鹿なことをと思うだろう』」

 

 スヴェンはエルリアの地図を頭の中で思い起こした。

 エルリアは中央部を中心に東西南北で区分し、その形は円形だ。

 魔法陣も円形だが、それと国土が魔法陣はいま一つ繋がらないように思えるがーーそういや、ミアはメルリアの地下遺跡には更に地下が広がってるとか言っていたな。

 当時は疑問に思ったが、戦闘や自爆を受けてそれどころでもなくすっかり忘れてしてまっていた。

 究極魔法に関する記載が気になったスヴェンは次のページを捲る。

 

「『私の何代も前の先祖は空から堕ちる凶星を見た。絶望を与える凶星、誰しもが死を覚悟した時、エルリアの方角から強大な光が凶星を呑み込み、消滅させた瞬間を』……隕石破壊装置みてぇなもんか」

 

 究極魔法と謳う文面の割に、隕石の破壊に使用された事実にスヴェンは肩透かしを喰らったような気分だった。

 同時に隣でクスクスと笑うミアの声が耳に響く。

 

「アンタにとっちゃあ的外れな本ってことか」

 

「正直に言うとね……でもスヴェンさんが言った通りエルリアの究極魔法は凶星を破壊するための防衛魔法みたいなものだよ」

 

「エルリアの国土、その地下に刻まれた魔法陣。そして魔法陣の基点上に建築された村や町、王家の血筋が在ってはじめて発動する魔法なの」

 

 だからメルリアの地下遺跡。その更に真下に広大な地下空間が存在する。

 魔法に関して知識は多く無いが、一つだけ疑問も有る。

 

「なんだって村と町の建造場所に魔法陣が関係すんだ?」

 

「えっと、地下の魔法陣を地上に構築させるために村と町を基点に展開させるためだよ」

 

「地下の魔法陣と地上の建造物は基点の役割みてぇなもんか」

 

「だいたいそんな感じかな。あと浮遊岩に浮かぶ土地も座標軸がズレさえしなければそのまま基点として機能するんだって」

 

 浮かびかけた疑問がミアの素早い解説によって消える。

 旅の案内兼歩く治療再生装置という認識だったが、限定的な知恵袋の側面も有るか。

 そんな彼女が聞けば憤慨しそうな評価を内心で浮かべては、スヴェンはページを捲る。

 するとそこにはエルリアの究極魔法は地上に点在する国家に対する攻撃手段と書かれた文章に、陰謀論好きの著者は何処の世界にも、どの時代にも図太く居るもんだと息が漏れる。

 

「つまりエルリアの究極魔法に各国は凶星から護られてるって認識でいいか?」

 

「うん、実際にエルリア建国当初に初代エルアリ王のラピス様が各国の王と交わした契約の一つなんだって」

 

 凶星から護ることで究極魔法の存続を維持したと考えれば、ラピス王はかなりのやり手に思える。

 しかしミアから聴いた話と禁術に指定された事実がどうにも腑に落ちない。

 確かに凶星を破壊するほどの威力を誇る魔法が各国に対して撃たれたなら被害は計り知れないだろう。

 しかしフェルシオンに居る外国の者達の様子は、恐怖に支配された者達などという印象は皆無でーーむしろ、友国に気兼ねなく訪れた観光客や旅行人、商人の印象だった。

 何も知らないから楽観視していると言われればそれまでだが、究極魔法を盾にした同盟維持なら反感を買うのは必須だ。

 だがそんな様子もスヴェンが眼にした範囲では見当たらない。

 なら禁術指定には別の理由が有るのか。

 

「禁術指定の理由ってのは唱えた術者に重い代償が降りかかるからか?」

 

 スヴェンが考えられる理由として思い付くのが、命を失うほどの代償だった。

 それなら禁術指定にも納得が行くが、

 

「それも考えたけど、過去に発動させたオルゼア王は元気だし……少なくとも究極魔法を発動させた王族が代償で死亡したなんて話は聞かないよ」

 

 ミアによってスヴェンの推測は否定された。

 これで凶星の破壊によってオルゼア王とレーナが死亡するリスクが無いことが判った。

 

「……陰謀論を鵜呑みにすんなら究極魔法は各国を射程に捉えていると考えられんだが」

 

「それは無いよ。究極魔法を地上に向けて撃ったら星を大きく傷付けることになっちゃう。それに究極魔法は魔法陣がエルリア上空に出現するけど、魔法は空にしか撃てないんだ」

 

「なら禁術指定は……あ〜オルゼア王や王家の悪戯か」

 

 オルゼア王とレーナは一国を纏める君主だが、同時に親子揃って悪戯好きな一面が有る。

 それが血筋に由来するものならある意味で納得が行く。

 

「……う〜ん、その可能性の方が高いのかもだけど、案外究極魔法を王家が悪用しないための戒めかもしれないよ」

 

「確かにそうも考えられるか……ま、ここで話し合うなら姫さんから聴いた方が速いか」

 

 結局のところ究極魔法の禁術指定はレーナに直接聴いた方が速いという結論に至り、その後スヴェンは禁術と魔法に対する知識をミアから改めて教授されるのだった。


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