エリシェの鍛造作業が大きく進展し、レヴィは予定していた滞在日数を彼女と話し合う形で一日早めに切り上げることにした。
六月十三日の朝、スヴェンとミアはエルリア城に帰る二人を見送るために町の入り口付近に位置する路地裏に足を運ぶ。
路地裏の隅、どの位置からも人目に付かない場所に浮かぶ転移クリスタルにスヴェンは眼を細める。
「アンタらが帰ったあと、そいつはどうすんだ?」
「私のコレに関しては既に手配は済ませて有るわ。姫様にお願いする形になっちゃたけれど」
エリシェが居る手前、わざわざレヴィがレーナの名を出し設置した転移クリスタルは王族が直々に管理すると語った。
実際にはレーナである彼女の指令を受けた者達がこの町に設置された転移クリスタルを管理するということなのだろう。
そういえば宿屋フェルを出る際に受付員はこう言っていた『お嬢さんに頼まれていた隣室の長期契約が完了しましたよ』と。
転移クリスタルがクローゼットの中に設置されている以上、長期的に宿部屋を抑えておく必要が有った。
だからレヴィは宿屋フェルの支配人と交渉して契約を済ませたのだ。
本来ならスヴェンがやるべき手続きを彼女が代わりに済ませた。
スヴェンは彼女に面倒をかけたことに対する謝罪を口にする。
「面倒をかけたな」
拙い言葉で告げれば、レヴィは何でもないと言った態度で微笑む。
「自宅に溜まった書類の山を思えば、あのぐらいはなんて事はないもの」
やはりレヴィとして活動している間にレーナが処理するべき書類が溜まっていたか。
これからまた彼女は公務の日々に追われる。そこに有るのは王族としての責務と民を想う彼女の気持ちだけ。
決して苦に感じさせない点がレーナの美徳の一つなのかもしれない。
スヴェンはそんな事を思っては、ミアと言葉を交わすエリシェに視線を向ける。
「道中気を付けてよね? この間みたいにミアが標的にされないとも限らないんだから」
「私の方は大丈夫だよ。それよりもエリシェも怪我とかに気を付けてよ? 私が居ないから火傷とか骨折はすぐに治せないんだから」
「うん、あたしの方も怪我には気を付けるよ。なにせ今は大事な仕事中だからね」
そう言って二人は互いに笑い合った。
軽口を叩き合える二人の仲にスヴェンは視線を逸らし、改めてレヴィに視線を戻す。
「そろそろ行くのか」
転移クリスタルに触れる彼女にそう訊ねれば、レヴィが振り向く。
「名残惜しいのかしら?」
別れ一つで名残惜しいとは思えないが、レヴィはそう思って欲しいのか眼に期待感が宿っている。
彼女の期待には応えられそうにない。
「俺がんな感傷に浸るように見えるのか」
「……見えないわ。けれど、いつか貴方に心境の変化が訪れたらどうかしら?」
戦場と食事以外で感情が大きく揺れ動く事はかなり稀だ。
それこそかつてデウス・ウェポンで相棒を自ら殺した時ぐらいだ。
三年後にこの世界から去る時、果たして彼女が望むような感情を感じられるのかは予想もできない。
「そん時はそん時だろ」
時が訪れればいずれ判ること。いま焦って結論を出さずと感情などふとした瞬間に湧くものだ。
「そうね……また貴方を頼ることになる日が来るかもしれないわ。その時は依頼を請けてくれるかしら?」
「報酬払いの良いアンタの依頼を断ろうなんざ思わねえよ」
「そう、それじゃあ次の調査でまた会いましょう」
「ミア、スヴェン! またね!」
そう言ってエリシェが転移クリスタルに魔力を送り、クリスタルから放たれる光に二人が包み込まれる。
やがて光が晴れると、レヴィとエリシェの姿はもう無い。
「俺達も行くか」
「そうだね……結局モンスターの掃討は間に合わなかったね」
ここ数日間の魔法騎士団は慌しく町を駆け回っていた。
人身売買に拘っていた仲介業者の捕縛、ユーリ不在の町の見回りとモンスターの討伐。
討伐したアンノウンの遺骸運搬やら不安に駆られる町人の精神ケア、それらが重なり掃討に遅れが生じたのだ。
こればかりは仕方ない。旅行者として振る舞うなら予定通りの順路を進むのみ。
「予定通りの順路変更だな……アイツが拗ねる前に戻るか」
同時に双子の記者に遭遇しては面倒だ。そう考えるスヴェンにミアが意を唱える。
「宿屋に戻る前にユーリ様の屋敷に寄って行かない? アラタさんにもあいさつぐらいはしておきたいしさ」
「……いや、状況が状況だ。部外者の接触は避けるべきだろ。それに今のユーリの屋敷は厳戒態勢状態、俺とアンタで会うのは厳しいだろうな」
レヴィが居れば事件調査の関係者として同行もできたが、既にレヴィはエルリア城に帰った後だ。
「やっぱり難しいかぁ。じゃあ宿屋に戻ろうっか」
口ではそう言っているがユーリの状態やアラタに想う所が有るのか、ミアは諦めるように肩を落としていた。
彼女の小さな肩には精神崩壊を起こしたユーリをどうすることもできなかった無力感がひしひしと感じる。
ここ数日はレヴィとミアも気丈に振る舞ってはいたが、やはり心の何処かでユーリのことが気掛かりだったのだろう。
しかし今の自分達にはもうこの町で出来ることは無い。
出来ることは無いが、未だ正体不明の取引相手の足取りを旅の先々で追うほかに無いのだ。
スヴェンがミアに対して口を開きかけた時、
「あれ〜? この辺りに面白い記事のネタが潜んでるはずなんだけど」
「急に飛び出したと思えば……昨日会った異界人のことかい?」
「そうだよ。犯行現場に遺された斬撃の痕、歓楽街の壁に刻まれた破壊痕……私の勘が事件に関与しているっと囁いているのよ!」
面倒な相手に眼を付けられた。スヴェンは心底嫌そうに眉を歪めると、それを察したミアが壁に指を刺す。
「スヴェンさん、あそこを飛び越えて行く?」
壁の向こう側を示すミアにスヴェンは頷く。
そして彼女を脇に抱え、一息で壁を飛び越えれば二人の足音が壁越しに聞こえた。
何事も面倒は避けたいと考えたスヴェンはミアと共に宿屋フェルに走り、その後アシュナと合流し貿易都市フェルシオンを慌しくも出発するのだった。