傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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間章ニ
邪神の崇拝者


 太陽の光りなど届かない深淵の底、常人が見ればたちまち発狂してまう悍ましい魔力を発するそれは畏敬の翼を広げ、頭部の角と額の眼球を持つ石像ーー邪神像の前に中性的な顔立ちの人物が佇んでいた。

 その者は邪神教団の司祭に与えられる特別なローブに身を包み、邪神像を見上げる。

 司祭の名はエルロイ。彼は封印された邪神に向けて深いため息を漏らす。

 

「呼び出しておいて遅いなぁ」

 

 邪神に語りかけるようにボヤけば、意識の中に邪神の声が響く。

 

「へいへい……幾らでも待ちますよっと。何万年も待ったんだからこれぐらいはねぇ?」

 

 軽口を叩けばエルロイの背後に複数の気配が突如として現れる。

 思ったよりも早い同士の到着にエルロイは何の感情も浮かべず背後に振り向く。

 恐らく今回の招集理由はアイラ司祭の死亡とエルリア征伐の状況確認だろう。

 頭の中で漠然と議題の予定を予測しながら、一人足りないことに気がつく。

 

「アイツはどうしたよ? まだガキとはいえ枢機卿だろ」

 

 十年程前に当時の枢機卿の死亡により適正の高さから枢機卿に任命された子供に付いて訊ねる。

 

「彼なら世界を見てまわると」

 

 なんとも子供らしい理由にエルロイは肩を落とした。

 ただ彼の行動に想うところが無いわけでは無い。

 邪神教団の本部で生まれ育った幼子達は世界の広さ、自由を知らずに育つのが大半だ。

 こんな場所から外へ出るには教団の信徒として任務に従事する以外に方法もない。

 立場を利用してある程度自由に行動したとしても誰も罰しようとはしないだろう。

 所詮は封神戦争時代に邪神に味方し、敗れた敗残兵達の末裔だ。

 世界に出たとして、果たして彼の望む自由や世界は在るのか。エルロイは枢機卿が今の世界を見てどう感じるのか、内心で期待を寄せながら本題を問う。

 

「……それで多忙人をわざわざ呼び出した理由は?」

 

「エルリアの貿易都市フェルシオンに潜伏していたアイラ司祭に付いてだ……なぜ彼女は死んだ?」

 

 なぜと問われれば簡単だ。それは単にアイラが弱かったに他ならない。

  

「弱ければ死ぬのは当たり前だろ? むしろ死んでおいた方が枢機卿の座を狙う連中にとって好都合なんじゃないか」

 

 エルロイの恍けた態度に業を煮やした若い司祭が吼える。

 

「……恍けるな老害! あの地で策謀を巡らせていたのは貴様だろ!」

 

 確かにゴスペルのおもりをアウリオンとリンに任せ、取引成立を支援させた。

 しかし取引そのものは輸送途中の商品が魔法騎士団に抑えられたことで破談。

 ゴスペルの取引先は連中に独自に産み出したモンスターを付与し、アイラ司祭の手によってゴスペルの右足が始末された。

 元々ゴスペルの切り捨ては自身と彼で計画したことだったが、計画の殆どはその場限りの思い付きによるもの。

 だからこそアイラ司祭には詳細を伝えず、何処まで彼女が鍵を入手できるのか見物していた。

 

「あ〜最近物忘れが激しくてねぇ」

 

 結果は入手一歩手前で何者かによって殺害された。

 一応あの時のアイラ司祭は大規模な魔法行使によりかなり魔力を消耗していたが、アイラ司祭が簡単に遅れを取るかと問われればーー弱いと評したが、それは自身を比較した場合の話になる。だからこそ解答は無いだ。

 エルロイは口調とは裏腹に司祭の顔色を窺う。

 アイラ司祭の死を惜しむものが大半、そしてどうでも良さそうな態度を覗かせる人物が二名だけ。

 実に同志想いの組織に育ったっと感心すれば、やはり互いに蹴落とし合う連中は湧いて出て来るものだ。

 仲間意識の低い組織は存続が危うい、特に邪神の復活を目的にすれば敵は多い。

 敵が多いからこそーー青臭い言葉になるが団結が必須だ。

 

「エルロイ司祭……貴方があの地に居てなぜ彼女を助けなったのか、その訳を聞いても?」

 

「単純に若い連中の成長振りに期待してのこと」

 

「我々の成長を試したと? いえ、普段多忙なあなたを頼り過ぎているのも事実か」

 

 半ば納得する司祭の一人にエルロイは肩を竦めてみせた。

 実際にアイラ司祭は協力関係の彼と計画を立て実行に移した。

 その結果が封印の鍵を護る守護者の一画を潰し、肝心の封印の鍵を外部に持ち出させたのだ。

 封印の鍵は得られずとも上々の成果に思える。

 問題は封印の鍵が何者かに回収され、その人物はアイラ司祭を殺害できる力量を備えていることだ。

 司祭の中で戦闘経験の低さから相手にし易い類いではあるが、首を刎ねることに躊躇しない人物。

 エルロイは異界人では到底無理な殺害方法に一人眉を歪める。

 だからといって異界人を警戒から外す理由にはならない。戦闘能力が高く非情な人物が召喚されるなら異界人の可能性も十分に有り得るからだ。

 そんな彼の様子に気付いた司祭の一人が、

 

「なにか考え込んでいるようですが?」

 

 穏やかな口調で問うた。

 次の議題に入る前に問題の提起はしておかなければならない。

 

「うーん? 一体誰がアイラ司祭を殺害したんだろうなぁと」

 

「その件は報告に聞いてますが、やはり自由に事件に介入できる異界人では?」

 

 確かに異界人はあらゆる事件に好き勝手介入するが、戦闘能力はお世辞にも高いとはいえない。

 むしろアイラ司祭を殺害可能な異界人は未だ召喚されたことが無い。

 無いがエルリア城に忍ばせた内通者がある時期に捕縛された。

 恐らく実際には戦闘可能な異界人は既に召喚され、内通者は情報秘匿のために捕縛されたのだろう。

 尤も内通者を野放しにする理由も無いが、十年も潜伏していた人物をーー魔法学院の生徒して可愛がっていた子供をよくも捕縛できたものだ。

 エルロイがエルリアに関心を示していると、剛毅な声が耳に響く。

 

「異界人は敵が女なら善人ぶった言葉を並べて見逃すような甘ちゃんだろ」

 

「確かに異界人の可能性は限りなく低いですか」

 

 限りなく低いが決して零ではない。

 

「そういえばフェルシオンに滞在していた異界人は二名だった。アイラ司祭の殺害及び封印の鍵を掻っ攫った奴はその内の誰かだろうなぁ」

 

 思い出したような語り口調で追加情報を与えれば司祭の眉が歪む。

 それでも半数の司祭は異界人は有り得ないと結論を出し、異界人の可能性を疑う者は、

 

「多忙な身で心苦しいのですが、例の異界人に関する調査は任せても?」

 

 追加の指示を与え、エルロイは柔かな笑みを浮かべる。

 

「任されたよ」

 

 承諾の意を快楽告げれば、眩しい笑みを返される。

 

「ふむ、そろそろ次の議題に移るか」

 

 枯れた声によって議題が次に移り、

 

「エルロイ司祭、魔王が管理する封印の鍵は見付かりそう?」

 

 アルディアが凍結封印の間際まで隠し続けた鍵の在り方に関する質問。

 彼女を人質に取ることで魔族を従え、封印の鍵の探索を進めているが結果は芳しくない。

 

「そっちも時間がかかる。あの巨城都市を上層から下層、だだっ広い国土から手掛かりも無しにとなればなぁ〜」

 

 進まない進捗にエルロイが苦いため息を吐くと、司祭の中で背の低い人物が語りかけて来る。

 

「まだまだかかりそうだね……手伝う?」

 

 なんとも邪神に仕える者とは思えない程の気遣いだ。

 不思議とそれだけでエルロイの疲労が和らぐ。

 

「有り難い話だけど、わたし一人で大丈夫さ。それよりもお前は放浪している彼女の探索を優勢しなさい」

 

 優しく語りかけると背の低い司祭は笑みを浮かべて頷いた。

 

「あなたと同じ邪神様に呪われた彼女は、今は何処に居るのでしょうね?」

 

「最後にメルリアで目撃したが、それ以降の足取りはぱったりと」

 

 生きた封印の鍵である彼女を確保することも急務だが、そもそも一定箇所に留まり続ければ周囲を死に誘う呪いが発動する。

 それは邪神の祝福を授かった信徒も例外ではない。

 だからこそ彼女の確保は最後でなければ邪神教団の本部はたちまち死の都市に変貌する。

 

「相変わらず我々の気配に敏感なようだね」

 

 逃げに徹する彼女はそう簡単に捕まることはないだろう。

 エルロイはそう思いながら司祭達が話し合う議題に耳を傾ける。

 邪神教団は同志に対する仲間意識は強いが、内部の者を疑うことは少ない。

 例えば枢機卿になりたいがために邪魔者を始末する者、偵察任務と称して遊び続ける信徒や外の世界へ自由を求め入信し、異端の烙印を押される者も存在し、まだまだ組織としての課題も有る。

 何万年と邪神教団を見守ってきたが、そろそろ潮時なのかもしれない。

 エルロイは今後の予定を頭の中で順序立てて浮かべ、幾つも用意した仮初の仮面を拭う日をーー彼らはどんな顔をするのかを想像しては、一人だけ楽しげに笑みを深める。

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