傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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第八章 峠の出会いと峡谷の祭り
8-1.ガルドラ峠


 貿易都市フェルシオンを出発して幾度か野宿を繰り返し、速くも数日が経過した朝。

 ハリラドンが牽引する荷獣車の中でスヴェンとアシュナは周囲に強い警戒心を浮かべていた。

 既にフェルシオンの守護結界領域を抜け、モンスターの生息地域に位置するガルドラ峠は危険が多い。

 切り立った峠道を時速六十キロで走るハリラドンに追い付けるモンスターは生息していないらしいが、

 

「なんでモンスターと遭遇しないの?」

 

 アシュナの漏らした疑問にスヴェンは同意を示しながら思考を重ねる。

 既にフェルシオンの守護結界領域を抜けモンスターの生息地域に入って数日、その間モンスターと一度も遭遇せずにガルドラ峠に到着した。

 単に運が良いと素直に喜べないのが傭兵としての性だ。 

 そもそもモンスターを数日間、生息地域で遭遇も目撃もしないことの方が異常でしかない。

 考えられる要因としては討伐部隊による掃討作戦によってモンスターが一時的に全滅したか。

 何らかの理由でモンスターが別の場所に移動したとも考えらるがラデシア村に続く街道は、ラデシア村とフェルシオンの守護結界領域外の中間地点に位置する。

 此処からモンスターが街道に移動するにはフェルシオンの守護結界領域を一度抜ける必要があり、それは物理的に有り得ない状態だ。

 

「ここら一帯のモンスターが全滅でもしたか」

 

「うーん、全滅しても三日程度で発生するから偶然が重なったとか」

 

 デウス・ウェポンとテルカ・アトラスのモンスターに関する共通点は星による自浄作用を担う生物。モンスターが襲う対象は人類に限定されているが、暴君の名を冠するタイラントはハリラドンを捕食して見せた。

 捕食行動に関しては一部例外が存在するのも確かだ。

 そして同じ共通点は決して絶滅できない点だ。

 一時的に生息地域のモンスターを全滅させたとしてもすぐにモンスターは発生する。

 モンスターに雄雌の概念が無ければ繁殖という経緯も必要とせず、星の魔力によって産み出される。

 同時にミアは三日程度でモンスターが再発生すると言った。だからこそ守護結界領域を抜けて既に四日も経つ状況でモンスターと遭遇しないことが異常なのだ。

 

「生息地域に入って既に四日になる……もう一つ考えられるとすりゃあ野盗の存在か」

 

「野盗って10歳の子供って話だよね? 幾らなんでも一人でモンスターを討伐し続けられないよ」

 

 確かに無限に発生するモンスターをたった一人で討伐し続けることは不可能だ。

 ましてや十歳程度の子供が一人でモンスターを討伐など、それこそ魔法に優れようとも数の暴力の前には無力に等しい。

 それはどんな強者でも数の暴力には敵わない。連戦に次ぐ連戦は体力と精神力を奪い、敵は敵取りに躍起になる。

 そうなれば孤立無援の強者を増悪の波が呑み込むのも容易になる。

 逆に一つだけ可能性が有るならそれは、

 

「野盗は一人だって情報だが、複数人なら話しは別だな」

 

 少人数の野盗がガルドラ峠で隊商や行商人を待ち伏せのために潜伏している。

 それなら潜伏先の確保として定期的にモンスターを討伐することも可能だろう。

 

「複数人……それじゃあ用心しないとね。なんせ私はかわいいから真っ先に襲われちゃう!」

 

 かわいい云々は彼女が語る恒例の戯言に過ぎないが、見掛けて判断するなら普段姿を隠しているアシュナを除き、尤も狙い易いのがミアだ。

 特に治療師という後衛を真っ先に潰すのは理に適った戦法の一つ。

 ただスヴェンは彼女が体術と棒術に優れていることを知っているため、ある程度の野盗ならミアが軽く返り討ちにできると判断していた。

 

「真っ先に襲って来た野郎がアンタの棒術で再起不能になるわけだな」

 

「うん! でもハリラドンの走行中に襲われるとちょっと手綱の操作で迎撃は難しいかも」

 

 確かに時速六十キロの速度で走るハリラドンの手綱をミアが手放してしまえば、事故に繋がる恐れが充分にあり得た。

 いや、そもそも野盗に合わせてわざわざ減速してやる必要も無いのだが。

 

「まあ、モンスターの全滅か遭遇しないこの状況は野盗が関係してると考えて良さそうだな」

 

「野盗って意外と役に立つ?」

 

「考えようによってはな」

 

 そんな軽口をアシュナと叩き合えば、崖上に面した木々から鳥が一斉に飛び立つ。

 同時に獣の咆哮と魔法による音がガルドラ峠に響き渡る。

 

「峡谷の町ジルニアまであとどんぐらいだ?」

 

 戦闘が崖上の森林の中で行われている中、スヴェンは予定に付いて訊ねた。

 

「えっと、山頂から峠道を下って……ジルニアの守護結界領域まであと三日かな」

 

「守護結界領域まで安全で行きてえんだがなぁ」

 

「無理……スヴェンとミアは運が無いから」

 

 アシュナの指摘にそんなことは無いと否定してやりたい気持ちも湧くが、これまでの旅路を思い出せば否定する材料が見当たらない。

 否定できないことにスヴェンはわざとらしく肩を竦める。

 同時に崖上の戦闘音が確実にこちらに近付きーー進路先の崖上からこちらを捉える敵意を宿した視線に気付いたスヴェンはガンバスターの柄に手を伸ばす。

 生憎と荷獣車の窓から待ち伏せする敵の姿は視認できない。だからスヴェンは手綱を握るミアに訊ねた。

 

「……ミア、崖上に居るか?」

 

「うん、身の丈に合わない大剣を背負った子供が一人」

 

「身形は?」

 

「シャツとズボン……でも野盗っていう割には上等な布地かも」

 

 それなりに身形の整った野盗の子供。となれば彼がガルドラ峠を騒がせていた野盗なのだろう。

 

「髪と眼の色は判るか?」

 

「黒髪と藍色の眼だね……あっ、鉤爪ロープを取り出したよ!」

 

 ミアの報告に野盗少年の狙いを察知し、素早く屋根に飛び移る。

 そして鉤爪ロープを振り回す野盗少年と目が合う中、鳴り響く爆音にスヴェンは視線を背後に向けーー荷獣車の背後に山猿に似たモンスターが落下する光景が移り込むのだった。


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