落下した山猿モンスターの衝撃波が荷獣車を襲い、岩の破片が車輪を穿つ。
バキン! 嫌な音と共にバランスを崩した荷獣車が大きく傾く。
「このままじゃ……っ!」
スヴェンが指示を出すよりも早くミアが手綱を操り、ハリラドンを崖ギリギリに寄せるように操る。
傾いた荷獣車の車体が崖を擦り付け、車輪を失った箇所が地面を滑りながら速度を落とし始めた。
ミアの上手い判断にスヴェンは感心を宿しながら屋根に飛び移る野盗少年にーー着地するよりも速く脇腹に回し蹴りを叩き込んだ。
叩き込んだ靴底から感じる硬い違和感にスヴェンは顔色一つ変えず、そのまま蹴りを振り切る。
「ごふぅっ!?」
腰に巻き付けた鉤爪ロープとと共に地面に投げ飛ばされた野盗少年が失速した地面に落下した。
「げふっ……痛たぁ」
十歳の子供にしては中々頑丈な野盗少年にスヴェンはガンバスターを構え、背後の山猿モンスターと野盗集団に息を吐く。
「エイプマンと旅行者か? ともかくエイプマンを排除しつつ掠奪だ!」
倒れた荷獣車。そしてエイプマンの背後には野盗集団ーー少なくとも六人は居る状況でスヴェンは荷獣車から飛び降りる。
そして密かにアシュナに隠れるように指示を出し、杖を構えたミアが荷獣車から飛び出す。
「アンタも危ねえから退いてろ」
いくらモンスターが人間だけを襲うとしてもこの状況では誰が標的にされてもおかしくない。
特に魔法によって手負いのエイプマンは誰に対しても見境がないだろう。
だからこそミアに退がるように告げたのだが、
「エイプマンは任せるけど、責めて私にも分担させて」
退がる意思を見せないミアにスヴェンは仕方ないと息を吐く。
「分かった、そこまで言うなら任せる」
スヴェンは荷獣車の側で体勢を立て直した野盗少年に気を配りながらエイプマンに駆け出した。
既に手負い、油断は決して出来ないが目先の脅威を最優先で排除する。
威嚇するエイプマンの岩を彷彿とさせる肉体にガンバスターで袈裟斬りを放つ。
刃がエイプマンの肉体を傷付け、鮮血が舞う。
どうやら既に障壁を展開できないほどに魔力を消耗しているようだ。
これなら野盗集団の魔法を誘発せずとも如何にかなると思案すると、斬られたことにエイプマンが咆哮を叫びながら拳を振り抜く。
迫り来る拳を前にしたスヴェンは、跳躍することで拳を避けーーエイプマンの背中を斬り付ける。
スヴェンが着地点に視線を向ければそこには魔法を唱える野盗集団の姿が、
「『炎よかの者を呑み込め』」
「『稲妻よ敵を穿て』」
「『水流よ押し流せ』」
詠唱に呼応する魔法陣を前にスヴェンはガンバスターの銃口を構えーー隣りに飛び出す長い青髪に眼を細める。
エイプマンを飛び越えたミアが魔法陣を展開する三人の野盗に対し、
「てりゃあ!」
杖を薙ぎ払うことで野盗三人の頬を殴り飛ばした。
中断された魔法陣が粒子状に離散し、野盗三人が立ち上がるよりも速くミアがその場を跳び、回転を加えた踵落としを放つ。
峠道に鈍い音が響き渡り、そして地面に倒れ伏す三人の野盗にミアは胸を撫でおろす。
そんなミアを背後から狙うエイプマンに、スヴェンは立ち塞がるようにガンバスターを盾に構える。
残りわずかの魔力を纏った拳を前にスヴェンはガンバスターに魔力を流しーー拳がガンバスターに触れる瞬間に魔力を解き放つ!
スヴェンは魔力によって拳が弾かれたエイプマンの頭部にガンバスターを振り下ろす。
刃がエイプマンの頭部を斬り裂き、夥しい返り血と共にエイプマンの肉体から魔力が粒子に離散する。
「あとは6人か」
返り血を浴びたスヴェンは、排除すべき標的に鋭い眼孔を向け歩み出す。
先ずは野盗集団の残り二人、その後に倒れた荷獣者の影から隙を窺う野盗少年だ。
脅威を排除すべくガンバスターを構えるスヴェンに、二人の野盗が恐怖に頬を引き攣らせる。
「待ってくれ、モンスターも倒したんだ。ここは一時休戦と行こうじゃないか!」
「そ、そうよ! アタイ達と組んだらメリットが大きいわよ!」
助かりたいその場限りの命乞い。二人の瞳からこちらの隙を窺い、あわよくば寝首を掻く。そんな感情が明け透けに見て取れた。
当然ここで甘い判断を出せばミアとアシュナが危険に曝される。
彼らの提示するメリットとは何か。そんものに最初から興味が無いスヴェンは足を止めず進む。
最初から野盗は掠奪目的で行動している。ならこちらの出す答えも単純明快だ。
「ガルドラ峠に出没する野盗退治……そっちの方が俺達が得られるメリットがでけえ」
「あなた達はエイプマンと交戦中の彼を狙ってましたよね?」
スヴェンは気絶している野盗三人の前で足を止め、躊躇なくガンバスターをーー彼らの背中に一閃放つ。
まとめて斬り裂かれた背中から噴き出る鮮血に野盗二人の眼差しが恐怖から怒りに染まり、同時にミアからなんとも言えない表情を向けられる。
脅威は排除すべきだが、目の前で起こる殺しをミアが肯定する必要は無い。
まだミアは常人の領域に居るまともな人間だ。彼女が外道の領域に足を踏み込むことも無ければ、間違ってもそんな選択肢を抱かせてはならない。
スヴェンは互いの武器を構えながら、
「「よくもぉぉぉぉっ!!」
怒声と我を失いながら突進する二人に対し、ガンバスターを薙ぎ払う。
胴体から崩れ落ちる上半身が地面に落ち、二人の怨念を宿した暗い瞳がスヴェンを見据える。
そんな亡骸にスヴェンは何も感じず、ただ無感情に背後に振り向く。
「さて、あとは一人だ」
荷獣車の物陰に隠れる野盗少年にはっきりと告げれば、彼は意を決した表情で姿を現す。
そして野盗少年は身の丈に合わない大剣を捨て、短剣を片手に跳躍した。
スヴェンの懐に素早く入り込んだ野盗少年が短剣の刃を突き刺す。
だが刃が腹部に届くよりも速く、スヴェンは短剣の刃を左手で握り締めていた。
ガンバスターを手放したスヴェンは、右拳を野盗少年の腹部に放つ。
鈍い打撃音と野盗少年の表情が苦痛に歪み、同時にスヴェンの拳を硬い違和感が襲う。
何かを仕込んでいる。それも鉄かと思っていたが、どうやら違うらしい。
魔法による防御かと推測したスヴェンは野盗少年から手放された短剣を奪い取り、地面に投げることで彼から武器を奪う。
腹部の痛みにたたらを踏む野盗少年にスヴェンはガンバスターを拾い、
「ミア、眼を瞑ってろ」
「えっ……?」
「コイツを始末する」
スヴェンに野盗少年を見逃す理由は無い。だから簡単に殺せてしまうのだが、ガンバスターを振り上げると背後からミアが抱き付き、
「待って! スヴェンさんの考えは分かるけど! まだその子にはやり直す機会が有るんだよ!」
懇願するように訴えられた。
ミアの筋力では羽交締めにされようが簡単に抜け出される。
拘束としての意味を成していないが、スヴェンはそんなミアに眼を向けず野盗少年に問う。
「おい、ガキ。今まで何人殺した?」
「人殺し? 野盗だけど人は絶対に殺さない……それがおれの美学さ」
十歳の子供が美学を語るにはまだ経験も浅いように思うが、
「武器を手に人を襲うなら覚悟もあんだろ?」
武器を手に取り人々を襲うならそれは子供だろうが戦士だ。
例え野盗少年が人を殺さずとも掠奪による被害者は出ている。
「……生きるためにこの方法を選ぶしか無かったんだ。それにおれは他に生き方を……知らない!」
野盗少年の叫びにスヴェンは眼を瞑った。
自身も目の前の少年と同じように傭兵以外の生き方を知らない。
だからといって野盗少年に他の生き方を提示することも出来ないが、スヴェンは先程からガンバスターを振り下ろさせまいと必死に抑えるミアに漸く視線を向ける。
「ガキを見逃してなんになる?」
「何にもならないかもしれないけど、まだその子は何者にも成れるよ!」
更生した後の少年が選べる道筋、可能性を訴えるミアにスヴェンは負けたように力を緩める。
「俺は一度だけソイツを見逃す」
ここで見逃した場合、野盗少年が起こす行動に対するあらゆる責任が付き纏うがーー今回の件は俺が判断したことだ。
スヴェンはミアに責任を求めることもせず、漸く離れたミアにため息を吐くと。
「スヴェンさん、この責任は必ず私が取るから」
こちらの思考を、考えを見抜いたうえで覚悟を示した眼差しでそう告げられた。
ミアの覚悟を本物と受け止めたスヴェンはガンバスターを背中の鞘に納める。
「ってわけだクソガキ、あとは好きにしろ」
これであとは急いで予備の車輪と交換し、出発するだけ。
そんな予定を思案するスヴェンを他所に野盗少年が、
「あのさ、ジルニアまで付いて行っちゃダメか?」
そんな申し出にスヴェンは嫌そうに眉を歪めるも、
「それじゃあ車輪の交換作業を手伝ってください」
微笑むミアに黙り込んだ。
「アニキ、姉ちゃん……おれはラウルって言うんだ、少しの間だけよろしく」
そう言って一人先に倒れた荷獣車に駆け出すラウルの背中からスヴェンは視線を逸らす。
「あとでアシュナに恨まれても知らねぞ?」
「あちゃー、あの子は行動できないことに不満を抱いてるもんね。……アシュナのことは?」
「当然隠すさ」
ラウルに対してアシュナを隠す方針を決めた二人は、彼が待つ荷獣車に駆け寄る。
そしてスヴェンは倒れた荷獣車を起こし、三人で予備の車輪と交換作業を済ませーーモンスターの遠吠えに急ぎ出発するのだった。