傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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2-2.スヴェンの交渉

 ミアが運んだ昼食を食べまた感動を味わった。

 長く体験したい感動だが、それは虚しくも終わりを告げる。

 

 ーーやめてくれ、感動を奪わないでくれ!

 

 激情にも似た感情が込み上がるが、スヴェンは空になった皿を前に現実に引き戻る。

 意外と教え上手なミアのおかげでわずかな単語が読めるようになったスヴェンは、早速レーナの元に向かい趣旨を彼女に伝えた。

 

「姫さんと交渉してぇんだが、空いてる時間はいつだ?」

 

「今の時間なら空いてる筈よ。謁見の間で待ってて、私が呼んで来るから」

 

「そいつは助かる……それにしても今日も感動する食事だった、なんつったかな?」

 

 程よい辛味のパスタ料理に付いて質問すると、ミアは可笑そうに笑って答えた。

 

「パスタの唐辛子和えよ。それにしても本当どんな食事だったのよ」

 

 あの悲惨な食事もどきを体験すれば、ミアも嫌という程理解するだろう。

 どれだけ不味く、天地の差が有るのか。

 食事から得られる筈の幸福、それが全く得られない無意味な食事という名の地獄を。

 そう考えたスヴェンはサイドポーチの中身からレーションを一つ取り出し、ミアに差し出す。

 受け取った当人はきょとんと首を傾げ、更にデウス・ウェポンの文字に眉を歪め『よ、読めない』と呟いた。

 

「包みを開けてみろ。中にデウス・ウェポンの食いもんが入ってる」

 

「えっ! 異世界の食べ物を貰っていいの!?」

 

 ミアが物珍しさから瞳を輝かせる。

 それはまるで物珍しさから来る好奇心による純粋な感情の表れだ。  

 

「あぁ、その方が理解も早えだろ」

 

 スヴェンは自分なりに精一杯の笑顔を向け、ミアは気恥ずかしそうにしてからレーションの包みを開ける。

 そして出て来た肌色の固形物にミアの表情が死んだ。

 

「硬い感触、どことなく生臭い……なにこれ?」

 

「だからこっちの食事もどきの一種だ」

 

 はじめて見るレーションに驚きを隠せないミアは、じっくりとその様を観察し、一部をひと口サイズに砕いてから口に運ぶ。

 レーションを噛み締めたミアは、パサつき想像を絶する不味い味、更にねっとりと口に残り飲み込み難いレーションを吐き出してなるものかと懸命に飲み込む。

 そしてあまりにも不味い味から息を乱したミアに、スヴェンが笑みを浮かべる。

 

「分かったか、こっちの食事事情を」

 

「……持ち運びに特化させ過ぎて味と食感を犠牲にし過ぎてる! というか、凄く不味い!!」

 

「あぁ、びっくりするほど不味いだろ? だが、それが基本食なんだ……しかもそいつは一つで一食分の栄養が得られる」

 

 レーションの栄養価を告げるとミアの瞳から光が消えた。

 昼食を終えた年頃の少女にとってある種の地獄。

 絶望に染まった彼女を他所にスヴェンは、椅子から立ち上がる。

 

「……うそ、これ一つで一食分……まだひと口だけだからセーフ? でも何も知らずに一つ食べてたら運動コース確実じゃない!!」

 

 ミアが落としたレーションを拾い上げ、スヴェンは捨てる事を躊躇い、レーションを一気に完食する。

 相変わらずクソ不味い固形物、デウス・ウェポンは異世界の食事という物を学んで欲しいと強く願った。

 

「先に行ってから。姫さんに伝言頼むぞ」

 

「あ、うん。……ゔっ! あ、後味最悪!」

 

 レーションの後味はしばらく口に残る。

 その事実を伝えようかと思ったが、スヴェンはこれ以上ミアに精神的苦痛を与える事を躊躇した。

 食事もどきで誰かを苦しめるのは良くないことだ。

 今後のレーションの使い道は捕らえた邪神教団に対する拷問道具として活用しよう。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 謁見の間を訪れ、ほどなくしてレーナが姿を見せた。

 彼女は定位置に着くや否や訝しげな表情をスヴェンに向ける。

 敵意は無いが、強い疑念を宿したレーナにスヴェンは訊ねた。

 

「どうしたよ? 俺は騒ぎになるようなことは何もしてないが?」

 

「貴方、ミアに何を食べさせたのよ……呼びに来たミアの表情が死んでいたわ」

 

「なんだその事か。そいつはこっちの世界の食事もどきを与えた結果だ」

 

「……よほどだったのね」

 

 頭を抱えるレーナにスヴェンは頷く。

 そしてさっそく交渉の件に切り出す。

 自身の弱点を曝け出す交渉の形は気が進まないが、スヴェンが三年も生活するには相応の対価が求められる。

 それこそ傭兵稼業をこの世界で続け、何の支援も無しにモンスターと渡り合える保障など無い、ましてやリスクだらけだ。

 加えて孤立無縁の状況では生存確率も極端に低いだろう。

 

「俺なりにこの世界の戦闘を体験した結果、一人で生き抜くにはちと厳しい環境だ」

 

 この世界で傭兵としての実績、信頼と信用も無ければ先立つ資金も無い。

 

「そうね、モンスターに対する有効打が無いと厳しいわ」

 

「そこで俺は姫様の依頼を請けようと考えた」

 

「考えたということは、何か条件が有るのね。いいわよ、話してみなさい」

 

 交渉に応じるレーナの姿勢に、一瞬スヴェンは呆気に取られた。

 一国の姫が出自も判らない、しかも異界人の交渉に応じようとは甘い姫なのか。

 それともーーそれだけ魔王救出に対して本気なのか。

 スヴェンはその辺を踏まえ、交渉を始める前に大事な確認を口にした。

 

「その前に確認だが、俺を元の世界への返還。コイツに嘘偽りはねぇな?」

 

「えぇ、それが貴方が依頼を請ける前提条件なのは理解してるわ。報酬の件も貴方が魔王救出成功から返還の準備が整う期間の生活の保証の用意もね」

 

 ーー依頼達成時に当面の生活に困る事はねえか。

 

 スヴェンは内心で破格な報酬だと考え、同時にそれ以上は高望みだと思えたが、スヴェンには元の世界に持ち帰りたいものが有った。

 

「悪いが追加で数頭の家畜をデウス・ウェポンに持ち帰りてえてんだが可能か?」

 

 この世界で得た食事を元の世界で食すには家畜が必要だ。だからスヴェンは数頭の家畜を要求したのだが、レーナの困り顔に眉が歪む。

 

「ごめんなさい。返還魔法は召喚した者を返す魔法なのだけど、その者が元々所持していた物や重量と質量に影響を与えない小物程度しか持ち込みできないの」

 

 まさかの重量制限にスヴェンの空いた口が塞がらず、家畜の持ち帰りを諦める他にないと渋々と断念した。

 

「家畜が持ち帰れねえなら、報酬の件はアンタが提示した通りで構わねえ」

 

「ごめんなさい………だけど少し安心したわ」

 

「何がだ? 生活の保証がされる以上の報酬はねえだろ」

 

 スヴェンの疑問にレーナは何かを思い出したのか、

 

「たまに異界人は私とアルディアとの婚約を報酬に要求する事も有ったのよ。当然そんな要求は呑めないし、私はもちろんのことアルディアにだって相手を選ぶ権利が有るのよ」

 

 ため息混じりの返答にスヴェンは滲み出る苦労に同情心を宿す。

 その異界人は二国の君主に対して随分と強気に出たものだと、呆れを通り越してむしろ関心が湧く。

 

「……あー、そろそろ本題に移るか」

 

「そ、そうね! 他の人の報酬の内容を話しても仕方ないことだもんね!」

 

 二人の間に微妙な空気が漂うが、スヴェンは気にした素振りを見せず本題を口にする。

 

「報酬とは別件でアンタらに求めんのは、魔王救出に当たり必要な支援と協力だ。だが俺からアンタらに示せるのは近接戦闘能力だけになる」

 

「後者は理解してるわ。それで、貴方が望む支援と協力は何かしら?」

 

 その都度支援要請は変わるが、今はこの城内で揃えて置きたい物を解決するのが先だ。

 スヴェンはサイドポーチの中身から空薬莢と雷管を取り出し、事前にガンバスターから取り出していた.600GWマグナム弾をレーナに差し出す。

 レーナは興味深そうに受け取った空薬莢と銃弾を掌で転がし、

 

「片方は重いのね」

 

 重みと形を観察し、興味深げにスヴェンに視線を向ける。

 

「その薬莢には弾頭、弾頭を撃ち出す火薬が詰まってるからな。ま、こっちの世界に火薬が在れば話しは早いが」

 

「火薬……ごめんなさい。聴いたことも無いわ」

 

「火薬は硝石(しょうせき)、木炭の粉末、硫黄を調合することで完成するんだが……原料は有るのか?」

 

「木炭の粉末は作れるわ。だけど硝石と硫黄は聴いたことも無いわね」

 

 申し訳無さそうに語るレーナにスヴェンは、予想していた最悪のケースに眉を歪めた。

 

 ーー原料ぐらいは有ると踏んでいたが、まさか未発見なのか?

 

 温泉の源泉か火山地帯が有れば硫黄は採掘できる。だがあの独特の臭いは硫化水素による臭いで硫黄自体は無臭。

 しかし採掘場で悪臭がすればそこに硫黄が在る可能性は高い。そう考えたスヴェンは質問を重ねる。

 

「この国の採掘場で悪臭を放つ鉱石が発見されたことは?」

 

「無いわね。国内の鉱山や採掘場は王家が取り仕切っているけど、過去に一度もそんな鉱石の発見は聞いたことも無いわ。他国でもそんな鉱石が産出されたとも聞いた事も無いし」

 

「……一応聞くが、可燃性の高い鉱石だとか刺激を与えると爆発する鉱石とか有るか?」

 

「掘削作業で使用されているプロージョン鉱石なら有るわよ」

 

 その鉱石単体で火薬の役割を果たしているのだろうか?

 スヴェンは疑問からまた質問を重ねる。

 

「そいつは刺激を与えると爆発すると言ったが、着火するとどうなる?」

 

「煙が発生して爆発の威力が増すわね。昔、粉末にして実験したことも有ったらしいけど」

 

「あー、俺が求めてるもんがプロージョン鉱石単体で賄えるかもしれねえな」

 

 漸く光明が差した気がした。

 そう感じたスヴェンは、渡した銃弾に付いて説明を加える。

 

「アンタらには弾頭と薬莢に詰めるプロージョン鉱石の加工……渡した銃弾は分解しても構わねえから、そいつと同じ物を量産して欲しい」

 

「同じ物を……技術研究部門に回してみるわ」

 

 見本を渡したが、この国で銃弾を生産できるとは限らない。

 そこでスヴェンはもう一つだけ製作に当たって妥協点を提示した。

 

「同じ物が量産できるとも限らねえからな。この際魔力を使った技術でも構わねえ」

 

 最悪銃弾の製造が無理なら諦めて別の方法で火力を補う必要も有るが、これはスヴェンが現状で打てる手段の一つだ。

 

「いいのかしら? 貴方は魔力を扱えないと聴いたけど」

 

「そいつは訓練次第でどうにかなるんだろう?」

 

 スヴェンの質問にレーナがはっきりと答えた。

 

「えぇ、訓練次第で使えるようになるわ。ただ、眠っていた魔力を目覚めさせた時に船酔いに似た現象に悩まされるけど」

 

 魔法大国の王族から使えると判断されたのは、スヴェンにとって大きな利点だった。

 あとはミア辺りにコツを聞き、短期間の集中訓練を重ねる他にない。

 銃弾の補給の当てが付いたことで、スヴェンは本心から困り顔を浮かべる。

 

「悪いが俺は無一文だ」

 

 一応デウス・ウェポンで使えるキャシュカードは持っているが、電子マネーによる支払いのためこの世界で使用できない代物だ。

 

「旅に必要な資金を提供してほしいのね。それは最初からそのつもりよ」   

 

 魔王救出に出る異界人に資金の提供もする。これは傭兵が請ける通常の依頼と大きく異なる手厚い支援だ。

 だからこそ旅先で資金提供に恥じない実績を示す必要が有る。傭兵スヴェンは魔法大国エルリアで有用で有り、信用に足る人物で有ると評価を得るために。

 

「これで俺が抱える不安要素はある程度消えた……そんじゃあ契約と行こうか」

 

「意外とあっさり決めるのね。……それともそれだけ元の世界に帰りたいのかしら?」

 

 元の世界に帰る。それはスヴェンがテルカ・アトラスで活動するための動機であり目標だ。

 それを曲げる気は最初から無い。

 デウス・ウェポンで請けた覇王討伐の仕事がまだ途中だからだ。

 

「俺は傭兵だ、外道に頼む仕事なんざ基本ろくなもんじゃねえ。仕事の過程で人殺しは常だ、金のために好き勝手殺す外道はどんな理由があれ、一度請けた仕事は死ぬまでやり遂げる。それが俺なりの誓いだ」

 

 だからこそスヴェンは残した仕事をやり遂げるために元の世界に帰る事を強く熱望する。

 例え、クソ不味い食事もどきの生活や面倒な手続きが待っていようとも。

 それを抜きにしてもスヴェンという男は、この世界における異物に過ぎず自分の居場所では無い。

 本来在るべき場所、産まれた世界ならそこがスヴェンが帰るべき居場所なのだ。

 それを抜きにしてもスヴェンは傭兵以外の生き方を見出せず、戦場でしか生を実感できない。

 特に他国間で戦争が起こっているとも聞かない現状、この世界にはスヴェンが求める戦場が無い。

 レーナはスヴェンの瞳から何かを感じ取ったのか、その紅い瞳を真っ直ぐ見詰めた。

 

「……そう、貴方の誓いは理解したわ。それじゃあ、この契約書にサインしてちょうだい」

 

 レーナから差し出された書類に目を通したスヴェンは、テルカ・アトラス語で自身の名を記載した。

 まだ全ての内容を理解できるわけでは無いが、当面の生活保証が確約されるのなら些細な問題でしかない。

 

「ほらよ、これでアンタは正式に俺の雇主だ。さっそく魔王救出の旅に出るか?」

 

「こちらも諸々手続きが必要でね、だから貴方の旅立ちは一週間後になるわ。もちろん貴方には同行人を付けさせてもらうけど」

 

「同行人、要は監視か」

 

「……その言い方は好ましく無いわ。でも貴方が知ってるミアを同行させるから、旅は賑やかになるとも思う」

 

 顔見知りが同行人と聴いてスヴェンの眉が歪んだ。

 治療魔法が扱えるミアの同行は心強いと感じるが、治療魔法以外は扱えないらしい彼女は、いざという時の火力不足に悩まされることだろう。

 

「別の奴を用意してくれね?」

 

「あの子じゃ不服? 少しアホな所が有るけどあれでも愛嬌が有って人気者なのよ、アホだけど」

 

 微笑みながらアホと二度強調するレーナに、スヴェンは余程なのだろうとじと目を向け、どうにか人選を変えられないか訊ねた。

 

「騎士団から一人借りられねぇか?」

 

 戦闘に慣れ、モンスターに対する明確な有効打を備えた騎士なら同行人としても申し分ないだろう。

 

「無理よ、騎士団をはじめとした組織はお父様の直轄だもの。私がせいぜい出来るのは人理と経理、内政干渉と他国と外交。それと有事の際の戦略的戦力よ」

 

「最後のは物騒だが、やけにアンタの仕事が多いんだな」

 

「この歳の王族が内政を担うのは普通なのよ。それにアルディアが人質に取られてなかったら連中なんて召喚魔法で瞬殺できるもの」

 

 レーナの溢れ出る自信からスヴェンは、魔王が凍結封印された理由をなんとなく察した。

 レーナに対する牽制も手段の一つだ。

 そしてスヴェンは交渉ごとを諦め、

 

「分かった、同行人に付いてはもう何も言わねえ」

 

「なんなら私が同行しましょうか?」

 

「勘弁してくれ、下手すれば俺の首が瞬時に飛ぶ。ってかアンタはお転婆って感じでもないだろ」

 

「そうかしら? これでも公務以外で自由に出歩けない身なのよ」

 

 王族の務めに付いて今一つ理解が及ばないながらスヴェンは、王族に産まれた彼女に対しての同情は失礼だと悟る。

 

「……傭兵に依頼すりゃあ、金次第で連れ出すこともできるが?」

 

 だから自分なりの妥協案を彼女に提示した。

 レーナを外へ連れ出す。ただ連れ出しては問題になるが、レーナを通した正式な依頼なら疑似的な目的を添えるだけで成立する。

 スヴェンの提案にレーナは一緒驚いた表情を浮かべ、柔らかくもどこか眩しく感じる笑みを浮かべた。

 

「そう、その時は是非ともお願いするわ」

 

 ーー随分と眩しい笑みだ、笑う時は立場なんざ関係ねえか。……俺はなぜ彼女の笑みを眩しいと思った?

 

 自身が感じた感覚に小さな疑問を浮かべると、

 

「そういえば男性の心は乙女心のように繊細だと聴いたのだけど、スヴェンもそうなの?」

 

「俺は違えよ。だいたい乙女心とは違うが、思春期を迎えたガキの精神は繊細だ」

 

「そう、乙女心とは違うのね。……ねえ、時間が有るのなら少しお話ししない?」

 

 スヴェンは雇主でも有るレーナの提案を無碍にする気にもなれず、かと言って馴れ合う気も無いがーー魔法に情勢や貿易、色々と知るには姫さんが早いか。

 その後、スヴェンは少しだけレーナと魔法や世界情勢に付いていくつか話しをしたのちーー謁見の間を退室した。

 自室に戻り、さっそく言語の習得に励むのだが、

 

「スヴェンさんは顔に似合わず真面目ね! あっ! 姫様と二人だけでドキドキしたかな?」

 

 何故か小煩いミアに苛立つ。

 そもそも部屋に入り浸りな気もするが、これもミアの仕事の一つなのだろう。

 

「少し黙ってろクソガキ」

 

 そう言ってスヴェンは睨む事でミアを黙らせ、夜分遅くまで勉強を続けた。

 やがて一息付き疲れから肩を伸ばし時だ、窓が勝手に開き風と共に招かざる侵入者が入り込んだのは!


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