傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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8-3.旅の休憩

 ガルドラ峠を越えガルドラ峡谷に入ったスヴェン達は、そこから数日の旅を続けて漸くジルニアの守護結界領域内に辿り着いた。

 ガルドラ峡谷の峡谷の町ジルニアまで遠くは無いが、険しい峡谷の道と練日の休まらない野宿、モンスターの襲撃の影響でミアとアシュナ、ラウル。そしてハリラドンに決して無視できない疲労が蓄積されている。

 全員の疲労を確認したスヴェンはゆっくりと口を開く。

 

「ミア、ここら辺で今日は野宿にしねえか?」

 

「まだ昼過ぎだけど、確かに休憩が必要だね……それに水浴びもしたいし」

 

 ミアの言葉にスヴェンは耳を研ぎ澄ませ、そう遠くない位置から聴こえる水音になるほどと理解が及ぶ。

 フェルシオンの守護結界領域を抜けてからモンスターに対する警戒、当然生息地域で水浴びなど出来るはずも無い。

 誰も口や態度に出さないが臭うのだ。特に荷台の中はなおさらに酷い。

 これでは精神面にも衛生面でも悪影響を与え、何かしらの病気に感染してはそれこそ笑えない冗談だ。

 戦場や旅で尤も恐ろしいのは不衛生による疫病や食糧難に置いて他にないだろう。

 

「湯を沸かすのも有りだな」

 

「……水浴び」

 

 何か考え込むラウルにスヴェンはなんとなく予想が付く。まだ十歳だが彼も男だ。

 異性に興味を抱くには充分な歳頃と言えるが、スヴェンが警告を発するよりも早くミアが顔だけこちらに向ける。

 

「覗こうなんて考えないでくださいね」

 

 はっきりとラウルを捉えた鋭い視線に彼は萎縮しながら、それでも反論を述べた。

 

「お、おれだけじゃなくてスヴェンのアニキにも言えることだよね!?」

 

 ラウルの反論にミアは小悪魔のような笑みを浮かべ、

 

「……スヴェンさんも覗きたいの?」

 

 そんな揶揄いが見て取れる言動にスヴェンは鼻で笑う。

 

「あっ? 寝言は寝てから言え」

 

「はい、この通りスヴェンさんは私の身体に興味なんて微塵もないのよ」

 

「え〜姉ちゃんはかなりかわいいと思うんだけどなぁ」

 

 ラウルに正気を疑うような眼差しをされても反応に困る。

 困りついでに荷獣車が停止するとミアが微笑みを浮かべ、

 

「ラウル君は見る目がありますね〜スヴェンさんのように他者に無関心で美的感覚に難の有る大人に成長しちゃダメですよ」

 

 ミアの発言にスヴェンはわざとらしく肩を竦め荷物を荷獣車から運び出す。

 

「あっ! 手伝うよアニキ!」

 

 ラウルがそう言って何を指示する訳でもなく自主的に手伝う。

 彼が荷獣車を離れ開けた岩場で荷物を降ろしている頃、スヴェンは天井裏から覗き込むアシュナに視線を向ける。

 

「アンタもミアと水浴びでもしてこい」

 

「ミアが溺れたら魔法で知らせるから」

 

 そう言えばミアはかなづちだと言っていた。水源がどれほどの深さか判らないが、流石に深い場所までは行かないだろう。

 彼女は言動こそ喧しいが賢い少女だ。

 スヴェンが内心でそう判断しながら頷いて見せれば、ミアは自身の荷物を手に取る。

 

「それじゃあ行ってくるから設営の方は任せるね」

 

 スヴェンは適当に頷き、ミアと密かに着いて行くアシュナを背に野営の準備に移った。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 野営の設営も済ませ、しばらくしてからミアが戻った頃。スヴェンはラウルと近場の湖に足を運んでいた。

 峡谷の中腹、岩陰と岩壁に隠された湖にラウルが眼を輝かせ、

 

「おぉ! こんな所に湖が有るなんて知らなかった!」

 

 スヴェンは周囲に視線を向け、まるで強大な力によって破壊されたような地形にーー戦闘の名残りか?

 天然かもしれないが、岩壁の波状に此処で何かが有ったのだと推測する。

 スヴェンは推測を浮かべながら岩場にガンバスターを鞘ごと立て掛けてからノースリーブの上着を脱ぎ、湖の水面で手洗いを始めた。

 同時に首にぶら下げたIDタグとネックレスの封印の鍵に視線が向く。

 

 ーーあれから身に付けているが、悪影響だとか妙な兆しはねぇな。

 

 何も変化が起こらない封印の鍵にスヴェンは視線を外した。

 何も起こらないことに越した事は無いーー手洗いを続けるとラウルの疑問を浮かべた視線に気付く。

 

「えっ、天気が良いけど乾かないんじゃ?」

 

「ちと特殊な繊維でな……10分もすれば乾く」

 

「いいなぁ〜おれも洗濯したいよ」

 

 既に梅雨が明けたが、日付は六月二十三日で本格的な夏にはまだ早いが、体感温度で言えば十五℃にも満たない気温だ。

 これはデウス・ウェポンの夏の気温と比較して相当低い。

 

 ーー最高気温が80℃を超える夏と比較してもなぁ。

 

 さっそくテルカ・アトラスとデウス・ウェポンの気温の変化差は比べようも無い。

 ただ言えることは、もう少し気温が高ければラウルの服も洗濯してすぐに乾くだろうが、

 

「アンタは炎系統の魔法は使えねえのか?」

 

 魔法の応用で服はすぐに乾かせる。だからそんな疑問を聞けば彼はゆっくりと首を横に振ることで、使えないと否定した。

 

「オレは水と硬化魔法ぐらいかなぁ。……ほとんど独学だから上手く使えないけど」

 

 聞き覚えのない硬化魔法にスヴェンは、ラウルを蹴り飛ばした際の感触を思い出す。

 肉体の一部を詠唱も無く硬化させ防御に転用させる魔法。それとも事前に魔法陣を仕込み、魔力を流すだけで発動するようにしているのか。

 そこまで考えたスヴェンは服を脱ぎ捨て湖で泳ぐ彼の姿に疑念を浮かべる。

 

 ーー魔法学院に通ってんなら魔法の知識も得られるだろうが、野盗にならざるおえないガキが独学で魔法を?

 

 彼がエルリアの国民で無ければ外国の教育機関で学び、その後なんらかの出来事で野盗になったとも考えられる。

 例えば人攫いによって何処かに売り飛ばされた元商品や邪神教団の生贄ーーいずれにせよ彼とはジルニアで別れる。

 そこまで深く詮索することも世話を焼く必要もないだろう。

 思考を終えたスヴェンはズボンを脱ぎ、洗濯を済ませてから湖の水面に浸かる。

 若干冷たい水温にスヴェンは顔色一つ変えず、身体を水で洗い流すとーーラウルの興味深そうな視線が突き刺さった。

 ラウルが自身の身体とこちらの身体を交互に見比べ、悩ましげな表情に、

 

「鍛錬すりゃあ自然と筋肉は付く」

 

 そう答えてやればラウルの表情が輝く。

 彼の眼差しや反応は純粋で、そこに悪意は感じられない。

 ラウルを同行させてから三日が経つが、彼はミアの言う言葉に熱心に耳を傾け何かを模索するように悩む様子を見せていた。

 それは野盗以外の生き方を子供なりに模索しているのだろう。

 幼少期から戦場と殺しを経験し外道に堕ち、ラウルが何かを企て、寝首を掻こうものなら即座に始末する事を念頭にしてる自身よりラウルはまだマシな状態だ。

 

「オ、オレの身体を見つめてどうしたんだよ?」

 

 別に見詰めてはいないが、彼に関して推察が要らぬ誤解を招いたらしい。

 スヴェンは改めてラウルの細い身体を一眼見て、

 

「アンタの体格と筋力じゃあまだ大剣を扱うには無理があんな……いや、大剣を手にして1週間以内ってところか」

 

 筋力からそう告げればラウルの肩が強張る。

 

「見て判るようなものなのか?」

 

「観察眼っての生きるために必須だろ」

 

「……あの大剣は行商人の荷物から奪ったんだ。一番高そうだったし、なんだかカッコいいだろ?」

 

 見栄えで武器を選びたくなるのはわかる話だが、それで扱えない武器を選んだ結果、死んでも可笑しな話ではない。

 

「言いてえことは判るが、身の丈に合った武器が一番だ。てか武器商人を襲ったのか?」

 

「いや、襲ったのは雑貨商……なんで大剣が積荷に入ってたのかは分からないけど」

 

「で? その奪った大剣は捨てて来たと」

 

「いやぁ、カッコいいだけじゃダメなんだな」

 

 掠奪経緯ではあるが一つ学びを得たのならラウルの経験値として活かせるだろう。

 尤も真っ当な経験でも無ければ、常人からすれば褒められたことでもない。

 

「得物は身の丈に合った物が一番だ。特に手に馴染む物はな」

 

「アニキのあの変わった大剣もか?」

 

「あぁ、そうだ」

 

 傭兵として戦場に応じて武器を替えることは有るが、決してガンバスターだけは外さなかった。

 運用面では重量から他の重火器を携行できない不便な面もあるが、強襲に適した一撃離脱と瞬時に切り替え可能な射撃という特製が自身の戦闘スタイルにも適していた。

 ガンバスターとの出会いは中々得難い経験に思える。

 武器に関して話をするのも悪くないと思えるが、ラウルの健康的だった唇は既に紫色に変色していた。

 このまま長いしては風邪を引かせることになると判断したスヴェンは水面から立ち上がり、

 

「そろそろ上がるぞ」

 

 上がるように促せばラウルも水面から立ち上がる。

 そして寒そうに身体を震わせた。

 

「なんか温かい物を呑みたいなぁ」

 

 旅の積荷に用意されている趣向品はコーヒーか紅茶ぐらいで、あとはミアがフェルシオンで買い足していたミルクぐらいだ。

 

「飲みもんは……ホットミルクで我慢しろ」

 

「オレ、そんなに子供っぽいか?」

 

「コーヒーが飲めんなら構わねえ」

 

「こーひーってなんだ?」

 

 どうやら野盗生活でコーヒー豆を見る機会が無かったようだ。

 コーヒー豆が飲食料とは思わず、奪わなかったかもしれない。

 なんとなくそんな推測をしたスヴェンはラウルを邪険に扱わず、

 

「黒くて苦い飲みもんだ」

 

 簡単に教えるとラウルは顔を顰めた。

 

「苦いのかぁ……じゃあホットミルクでいいよ」

 

 苦味は苦手だと語るラウルに、スヴェンはなるほどと理解を示しながら湖から上がる。

 そして用意していたタオルで身体を拭き、手早く着替えを済ませた。

 

「あ、アニキは行動が速いよ」

 

「あん? ゆっくり着替える理由もねえだろ」

 

「まあ、それもそうかぁ」

 

 そんな他愛もない会話を済ませたスヴェンとラウルはミアが待つ野営地に戻るのだった。

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