傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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8-4.夜明け前の絶叫

 まだ日も昇らない内に悪い夢に影響されてか、額にびっしょりと汗を掻いたラウルは飛び起きた。

 

「っまたあの夢か……」

 

 異形の黒い影に逃げても逃げても闇が周囲を侵蝕しながら永遠に追いかけられる夢。

 ここ数年は同じ夢をたまに見る。

 あの異形の影はモンスターだったのかは目覚めたラウルには判らない。

 しかし何かの警告なのか、単なる恐い夢だったのか。

 繰り返し何度も見る夢だが不思議と記憶に残らず。そんな夢だからこそラウルは深く気に留めず欠伸を掻いた。

 ふと焚火の前で目を瞑るスヴェンが視界に映る。

 丸太に座ったまま微動だにしない彼は果たして眠っているのか、この数日で学習したことと言えば眠っているスヴェンに近寄ってはいけないということだ。

 同行してから初日の夜、興味本位で眠っている彼に近付けば、一瞬の内に視界が転倒。喉元に突き付けれるナイフの刃の感触は今でも鮮明に刻まれている。

 あの時見たスヴェンは言葉に言い表せないほどに恐ろしいものだった。

 そんな彼が隙を見せているが、自分は学習する男だ。

 また下手に近付いて命を落としたくない。責めて新しい生き方を見付けて野盗としての罪を償いたい。

 ラウルはスヴェンから視線を外しては立ち上がり、寝汗まみれの身体に険悪感が浮かぶ。

 

「はぁ〜ひとまず水浴びでもしてこよ」

 

 手近な丸太に短剣でメッセージを刻んでから昨日の湖に足を運ぶ。

 暗がりの道、騒つく木々の音が夢で見た悪夢も手伝い、ラウルに恐怖心を芽生えさせる。

 

「……アニキを起こしてくればよかった」

 

 決して一人で湖まで行かないほど恐い訳では無いが、用心することに越したことはない。

 だがスヴェンに声をかけたところで『一人で行け』と言われるのもなんとなく想像できてしまう。

 

 ーーいいや! 男がこの程度で怖がってどうする!

 

 自身に喝を入れるように頬を叩き、そしてそのまま湖まで駆け出す。

 そうして木々を抜け、月明かりに照らされる湖を視界に収めたラウルはーー湖の中心、水面に佇む裸体で白髪の少女の姿に一気に血の気が引く。

 人が水面に直立で立つなど有り得ない。おまけに兎を彷彿とさせる白い肌が嫌な想像を掻き立てるには充分だった。

 この地で幼くして死亡した少女の霊体ーーそんな想像に青ざめたラウルは、

 

「で、出たぁぁぁぁ!!」

 

 絶叫と共に意識を手放した。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 ラウルの悲鳴が湖方面から聴こえたスヴェンは眼を開く。

 

「……面倒だな」

 

 しかし情け無い悲鳴を耳にした以上、面倒ではあるが無視もできない。

 ラウルが何かに襲われたにせよ、何かを目撃して恐怖によって気絶したにせよ、野盗から足を洗おうとしている彼を放置するのも憚られる。

 スヴェンは立ち上がりガンバスターを背中に背負うと、女性用のテントからのそのそとはたげた寝巻き姿のミアが出て来た。

 

「う〜もうあさぁ?」

 

「まだ日も昇っちゃいない」

 

「ふわぁ〜……そういえばアシュナは?」

 

 ミアがまだ寝ぼけ気味の瞼を擦りながらそんな事を訊ねてきた。

 そういえばアシュナも夢見が悪かったのか、びっしょりと汗を掻いた彼女は湖に行くと言っていた。

 その事を思い出したスヴェンは湖の方向に視線を向ける。

 

「アシュナなら水浴びに行った」

 

「ふーん、夢見でも悪かったのかな? ……あれ? ラウル君も居ないけど」

 

「なんだ、悲鳴で目覚めた訳じゃねえのか」

 

 まだ完全に目覚めていないのか、ミアは頭を掻きながら薄目で欠伸をしては、

 

「ねむっ……スヴェンさんにお願いしていい?」

 

 言い終えるよりも先に身体はテントに戻っていた。

 

「ああ、何か有ればアンタを起こすがな」

 

 ミアに聴こえたかは判らないが、そのまま寝かせてやるのが吉だ。

 改めてスヴェンはラウルの回収のために湖に方向に歩き出した。

 

 ▽ ▽ ▽

 

「マジで気絶してんのかよ」

 

 湖から少し離れた場所で仰向けに気絶したラウルに思わずため息が漏れる。

 これが敵対者による犯行じゃないことは喜ばしいことだが、彼は一体何を見て気絶したのか。

 スヴェンは岩陰からこちらを覗き込むアシュナの視線に気付く。

 ラウルがアシュナを目撃した可能性が有るが、

 

「……何があった?」

 

 彼女に事の詳細を訊ねると小首を傾げられる。

 

「分かんない。勝手に悲鳴を叫んで気絶した」

 

 人が何を目撃して気絶に至るのか。それは恐怖心によるものか、それとも別の原因か。

 少なくともアシュナを目撃して気絶したのだと推測は立つ。立つのだが彼女を見て恐怖を感じるかと問われれば、強い疑問しか浮かばないのも事実だ。

 いずれにせよ目覚めたラウルに改めてアシュナを見られる訳にもいかない。

 

「アンタは先に戻ってろ」

 

「ん、水浴びも終えたし戻って寝てる」

 

 そう言ってアシュナは一瞬で岩陰から姿を消し、彼女の気配が野営地に向かう。

 スヴェンは湖に視線を向け、月明かりに照らされる水面に息を吐く。

 こんな何ともない光景を見て気絶したのか? そんな疑問を頭に浮かべながら未だ気絶するラウルを脇に抱え、野営地まで引き返すのだった。

 結局翌朝に気絶した理由を訊ねてもラウルは青褪めるばかりで答えることは無く、微妙な空気が漂ったまま峡谷の町ジルニアに到着することに。

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