浮遊魚の漁獲成功に賑わう町人達、そんな彼らを民家の物陰から覗き込む二人の邪神教団。
彼らが単に邪神教団に扮したお茶目な一般人ならまだ良いだろう。
しかし祭りで浮き足立つジルニアで彼らが行動を起こせばせっかくの祭りなど台無しになる。
特に漁獲された浮遊魚を味わう前に台無しにされては堪らない。
スヴェンは無言のまま荷獣車から飛び降り、ガンバスターを引き抜いた。
「ラウルは荷獣車で待機してろ」
「……聴きたいことがあっても?」
ラウルの過去に邪神教団が絡んでるのだとしても彼が求める情報が得られるとは限らない。
だが野盗から足を洗う過程で邪神教団の企み阻止に貢献したと成れば、幾らかマシな対応はされる。
「気配を断ちながら背後に回り込む……やれるか?」
「そういうのは得意なんだ」
ラウルはそう言って荷獣車から静かに降り、物音一つ立てず物陰に隠れて見せた。
隠密技術を有した野盗ーー襲撃に適した技術は体得済みってことか。
環境が人を成長させると言うが、果たしてそれは素直に褒められるべき成長なのか?
スヴェンはそんな疑問を胸に、気配断ちと縮地の応用で瞬時に物陰に隠れる邪神教団の背後に回り込む。
そして引き抜いていたガンバスターの刃を二人の首に向けた。
「祭り中に一体何を企んでやがる?」
脅しの意味を込めた殺意が伴った声に邪神教団の肩が強張る。
二人は特に抵抗する様子を見せず、両肩を挙げながら、
「確かに邪神教団に所属する信徒だけどよ。……楽しそうな祭りを邪魔するなんて無粋な真似はしたくない」
フードの隙間からはっきりと見えた、琥珀色の瞳の真摯な眼差しでそんな事を言い出した。
彼の言い分を信じるのは現状で不可能に近い。何せ邪神教団の正装とも言えるフード付きの法衣を着こなしているのだ。まだ変装していたなら言い分も甘い連中には通るだろう。
「それを簡単に信じられるとでも?」
到底信じられない。後から到着したラウルでさえ疑っているのだ。
それだけ邪神教団は人々に受け入れ難い存在だ。
「それはそうだ。我々は邪神様の復活を第一に動いているからな、偵察だと疑われても仕方ないさ」
達観した様子で何処か諦めに近い感情を見せる男の信徒を他所に隣りに居たーー小柄の信徒が唸る。
「むぅ、世知辛いよぉ〜あんな奈落から出るのに信徒になる他に選択肢が無かったのに」
フード越しから聴こえる少女の声にラウルは眉を歪めていた。
事が起これば戦闘になる。ラウルにとって幾ら邪神教団であっても歳の近い、或いは歳上の異性と殺し合うのは躊躇してしまうのか。
外道に程遠いまともな感性を前にスヴェンは少女の放った単語に思考を移す。
奈落……何処か深い地下を拠点としているのだろうか。そこから出るには邪神教団の入信が必須条件とも取れるが、誰しもが望んで入信しているとは限らないのか。
それとも入信以外の選択肢を与えられず育てられたか。例えば拠点が奈落の底に位置し、外部から完全に遮断された場所と環境なら他に道が無いのも頷ける。
だからといって境遇に同情する気も無ければ、加減してやる理由も無い。
「抵抗の意思が無いなら魔法騎士団に通報するが、それとも死んでおくか?」
「それは勘弁! まだ俺達は邪神様の贄には成りたくない……そもそも邪神教団から抜け出す機会を伺っていたんだ」
やはりフードから見える眼は真摯で嘘を感じられない。
まともに会話が通じる邪神教団とこの先出会えるか、それを考えればもう少し話を聴いておく必要もある。
「俺達の事を誰にも告げないって条件を護り、アンタらが知ってる情報を告げるなら見逃してやれるが?」
「……それは質問の内容によるかも」
「えっ? そこは全面的に協力するところじゃないのか? アニキ、やっぱり信用できないぞ」
ラウルの言いたい事は分かるが、一度条件付きで自害に追い込まれた者達を眼にすれば短絡的な判断もできない。
「末端の立場には幾つか口封じされてるってことか」
「殺されはしないんだけど、特定の情報は喋れないように呪いを施されているんだ……まあ俺達のような異端の烙印を押された者達以外にはたいして意味も無い呪いだけど」
聴きなれない単語と一見するとフードに刻まれた一つ目の紋様に違いは無いように見える。
それとも異端の烙印とは眼に見えない特別な記号なのか?
「異端の烙印?」
スヴェンが疑問を口にすると、おもむろに少女がフードを捲り上げ、裸出された色白の肌に刻まれた紋章に眼が行く。
二度と開かれないように閉ざされた一つ目の紋様を中心に腹部に刻まれた魔法陣にスヴェンは、魔力に意識を集中させた。
下丹田に宿る魔力が魔法陣によって動きを阻害されているのか、魔力の流れは弱々しささえ感じる。
それに魔力は魔法陣を通して何処かへ抜けている印象さえ感じられた。
「これが異端の烙印。教団を抜けた信徒と信仰心が皆無の信徒に現れる印」
「教団を抜けた瞬間に刻印が発動する仕組み……叛逆されないように魔力を抑制され、魔力は邪神像に注がれる……だから強力な魔法が使えなくなるの」
「……なるほど、異端の烙印を刻まれた信徒はまともに戦える手段さえ奪われてるってことか。アンタらには同胞に対して強い仲間意識が有るとばかり思っていたんだがな」
「確かに俺達は強い仲間意識で結ばれてるさ。だけどそれは多分……家族愛に似た何かなんだと思う、みんな同じ場所でずっと一緒に過ごしてきたから」
邪神教団の異常な忠誠心と強い結束力が家族愛だとするなら、それこそスヴェンには理解し難い話だ。
家族とは単なる棲み分け程度の言語に過ぎない。閉鎖された空間ならなおさら家族ごっこなのかもしれない。
「家族愛だとかはこの際捨て置くが、邪神教団の本拠地ってのは何処だ?」
答えられないと理解しながら踏み込んだ質問をぶつけてみると、二人は困り顔を浮かべた。
「えーと、光も差さない深い奈落なのは分かるだけどさ……そこが何処の大陸で何処の国なのかさっぱり分からないんだ」
「邪神様とアトラス神が最後に戦った場所だとは思うけど」
具体的な位置と場所は判らないが歴史を辿れば判ることか。
スヴェンはそう判断し、何かを聞きたそうにしているラウルに視線を向ける。
「アンタも試し感覚で質問しておけ」
「……南西の小国ーーリンダルでおれを含めた子供達が邪神教団に売られた。なんでそんな事をしたんだ?」
邪神教団に子を売ったのは親、そう語るラウルに二人は眉を歪めながら、
「エルリアから遥か南西に位置する小さな島国リンダル……それは多分だけど、邪神様に捧げる生贄の確保が目的だと思う」
答えられる範囲が限られてきると語っていた割には随分有益な情報に思える。
単に邪神教団にとって露呈しても問題ない情報なのか。
「おれは……餌の為に家族から捨てられたのか?」
自身が家族に捨てられた事にショックを受けているラウルにスヴェンは何も言わず、改めて二人の信徒に視線を向ける。
「他に話せる情報は?」
「うーん、ジルニア周辺で邪神教団は活動してないかな。今は封印の鍵の探索を最優先に動いてる感じで……あーでも、近々ヴェルハイム魔聖国に招集命令が出されてたっけ」
「それ、無視してもいいんでしょ? わたしは世界を見たいもん」
「それは俺も同じだ。だけどヴェルハイム魔聖国からエルロイ司祭達を追い出さないとどうにもならないんじゃないかな」
「誰か魔王様を解放してくれないかなぁ」
実に他人事のように語る二人にスヴェンはため息を漏らす。
実際に本拠地の外に出たいから邪神教団に入信した二人にとって、邪神教団の行動は他人事なのだろう。
「自由に動きてえならその服装をどうにかしてからにしろ」
「……服を買うお金も無い」
切実に訴える少女にスヴェンは肩を竦める。
「それこそ連中の資金を持ち出せばいいだろ」
「邪神教団はお金持ってないよ。そもそも買い物の仕方とかも判らないし」
流通している硬貨はアルカ硬貨だ。邪神教団にとって敵が刻まれた硬貨を使いたくないのだろうか。
使える物は何でも使えると考える者にとって、宗教絡みの拘りは些細な事でしかない。
同時にここで二人に金を渡す理由も無い。期待している眼差しを向けられようともタダでやる金など無いのだ。
「邪神教団から足を洗いてなら魔法騎士団を頼れ」
もちろん洗いざらい情報を求められ監視はされるだろうが、真っ当に生きるには必要な通過儀礼の一つになる。
「……分かった、それとお兄さんのことは絶対に他言しない事を約束するよ」
「うん、わたしも約束する。だからその大きい剣をしまってくれないかな」
スヴェンは仕方ないと言わんばかりにガンバスターを鞘に収めると、二人の信徒はフードを退けて素顔を顕に町を歩く魔法騎士団の騎士に駆け出して行った。
紫の短髪の少年と銀髪の少女をスヴェンとラウルは静かに見送る。
後先考えずに動いているようにも思えるが、行動力が有ることは良いことだ。
まだどうするべきか迷っているラウルにスヴェンは視線を向け、
「自首するなら早い方が面倒も少なくて済むぞ」
「もう少しだけアニキとお姉さんと一緒に居させてくれ」
「結論が出せるなら好きにしろ」
スヴェンはそれだけ告げ、ミアの下に足を運ぶ。
そんな背後をラウルが付いて歩いていた。