適当な場所に移動したスヴェン達は広場に展示された彫刻品に絶句していた。
エルリアの国民がどれだけレーナを慕っているのかは理解していたつもりでいたが、祭りに展示された彫刻品はどれもレーナを模った作品ばかり。
それも幼少期から現在の成長過程を芸術に落とし込んだ……いや、早速成長記録を彫刻品で忠実に寸分違わず再現させたと言えるだろう。
ただ異界人であるスヴェンから見れば、展示品に何処か敬愛を通り越した異常性を感じて仕方ない。
石材を彫刻技術で加工された芸術品と人々は言うが、スヴェンの目の前に有る石像をはじめとした彫刻品は着せ替え人形と遜色無い程の再現だ。
ーーそりゃあ衣類まで着せてりゃあ異常性も増すか。
同時に隣で絶句しているミアとラウルに視線を向け、
「どんだけこの国の国民は姫さんが好きなんだ?」
「私も敬愛はしてるし尊敬してるよ? でも流石に石像は造らないかなぁ……絵画とかなら買うけど」
「えっと、おれはこの国の産まれじゃないから知らないけど……こんなに並ぶとなんか今にも動き出しそうで怖いよな。というかどうやって採点するんだ?」
確かにラウルの言う通りだ。漁獲祭と同時に開催されている彫刻祭は祭りの最後を飾るメインイベントの一つ。それを解説したのは他ならないミアだ。
これだけ精巧に造られた彫刻品の中から一つだけ最優秀賞を選ぶのは非常に困難な気もする。そもそも一体どうやって評価するのか。
その事を疑問視したスヴェンは絶句から敬愛と親愛の眼差しを展示品に向けるミアに視線を移す。
「アンタならどれが一番に見える?」
「うーん、私でも甲乙付け難い……全部素晴らしい作品だからこの中から一つだけ決めるのは難しいかも」
現状でレーナと友人関係に落ち着いているミアがそう語るのだから、最優秀賞を決めるのはやはり難しいのか。
「というかどうやって採点するのか知ってんのか?」
「たぶん全ファンクラブ会員と会長、運営委員会と審査員で厳選に話し合って決めるかも」
確かミアもエリシェもファンクラブ会員だと旅の最中に聞いた覚えが有る。
「そりゃあアンタも参加するってことじゃねえか?」
「まだそうとは決まったわけじゃないけど、その時は参加辞退かな……姫様のためにも仕事を優先して少しでも喜ばせてあげたいしさ」
それにっとミアは付け加えて、
「今年が異常なんだよ。今まで何度か姫様の彫刻品が展示されることは有ったけど、全作品が姫様一色に染まることは無かったよ」
今年は偶然の重なりが異常を生んだ。そんな馬鹿な話が有るのかとも楽観的に言えない状態だが、スヴェン達には祭りに対して何かをする権利は何一つ持ち合わせてはいない。
だからスヴェンは結果だけ気に留めながら展示品を見上げる客に視線を移す。
誰しもがレーナを模った彫刻品に目を奪われながら浮遊魚を使った料理を片手に食していた。
その中には黒髪の少女の姿も見え、ミアがそんな彼女に興味深そうな眼差しを向ける。
「あれ? フェルシオンの闘技大会にも参加してた……確か
初めて聴く名だとスヴェンは思いつつも、アンドウエリカを影から見護る少年の姿に気が付く。
気配の消し方と自然体でその場に溶け込む佇まい。どうやら彼もアシュナと同じ特殊作戦部隊の一人の様だが、肝心のアンドウエリカの同行者は何処に行ったのか姿が見当たらない。
生きているなら職務放棄など有り得ない。そう判断するスヴェンの隣でラウルが、
「あのお姉さんもかわいい顔してるなぁ。というかエルリアの女性って美女が多くないか? ねえアニキ?」
非常に如何でもいいことを同性として同意を求めてきた。
「どうでもいいな」
本当に他者の容姿も単なる視覚情報の一つに過ぎない。だから誰が誰か識別できる特徴を覚えればそれで充分だった。
それ以外の容姿に関する情報はスヴェンにとってはどうでもいい事柄でしかない。
それなのにレーナをなぜ美しいと感じたのかは今でも分からなければ、本能が理解することを拒んでいる。
スヴェンに不服そうな視線を向けるミアとラウルを他所に、こちらの視線に気付いたアンドウエリカが近寄って来た。
彼女はスヴェン達を一眼見るや軽く頭を下げ、
「こんにちは、今日は楽しい祭りの日だね」
そんなあいさつを告げる。
「えぇ、今日はとっても良い日ですね」
「……こんな日に訊ねるのは野暮な気もするし、不粋なのは分かってるけど聴いてもいいかな?」
何かを確かめたい真剣な眼差し。祭りの最中に不粋な質問を今からすると前置きを語るなら最初から聴くなと言いたい。
実際にスヴェンは突き放すような冷たい眼差しを向けていた。
「えっと、スヴェンさんの代わりに私が答えられる範囲で答えますよ」
「ありがとう……鳴神タズナを止めたのは貴方達なの?」
鳴神タズナは確かメルリアの地下遺跡で遭遇した異界人の名。そして邪神教団の一員として通路を阻み交戦、現在は監獄町に護送され処刑を待つ囚人の身だと聴いていた。
そんな彼に対して訊ねるアンドウエリカにミアは頬に指を添え、
「うーん、誰かに鳴神タズナさんが捕縛されたのは聴いてるけど私達は何も知りませんよ」
「そう。同郷で道場の同門だったアイツを止めてくれた人にお礼を言いたかったんだけどなぁ」
知人が捕縛されたことに遣る瀬無い感情を宿しているが、犯罪者は裁かれると理解もしている複雑な表情を浮かべる彼女にスヴェンは静かに観察する。
改めて見れば非常に変わった服装、足が裾を踏んでしまいそうな装い。一見すると非常に動き難い印象を受けるが、恐らく彼女にとっては慣れ親しみ、服装に合わせた動きが可能なのだろう。
同時に鳴神タズナが所持していた似た武器に眼が行く。
横からの衝撃に脆いが斬れ味は鋭い、そんな印象を受けた武器だった。
観察眼に気付いたのか、アンドウエリカは不快感を顕にせず愛想笑いを浮かべた。
観察されたことに付いて不快感を宿すのは無理もない、むしろ当然の感情だ。
「武器が珍しい?」
「まあな、俺が居た世界じゃあ見たこともねえからなぁ、それにかなり変わった服装だ」
そう答えると内心に隠した不快感は嘘のように、興味深そうな眼差しに変わる。
「……刀と胴着を知らない? じゃあこの人の世界には大和が存在しない?」
一人で考察に入る彼女にスヴェンは興味を向けず視線を外した。
するとミアには気掛かりなことが有ったのか、
「私から質問して良いですか?」
考察の渦に入るアンドウエリカをミアの声が現実に引き戻す。
「あっ! うん、答えられる範囲なら」
「エリカさんの同行者はどうしたんですか? 確か魔術師のカトレアさんが担当だったと記憶してるのですが」
「カトレアなら浮遊魚の大食い大会にエントリーしに行ったよ。あの人はすごく食べるから」
祭りを楽しむために別行動している。それはスヴェンでも納得も出来れば理解もできる行動だ。
誰にも休息が必要だ。特に異界人の同行者としての負担も有るだろう。
「そうですか……じゃあ次の質問になりますが、如何してフェルシオンの闘技大会に?」
「腕試しも有るけど、やっぱり異界人の印象を少しでも和らげたくて……ううん、タズナの馬鹿を止められなかった罪滅ぼしの一つなのかも」
「実際に罪を犯したのは鳴神タズナさんなのですが?」
「あんな馬鹿でも同じ先生の下で剣術を習った兄弟弟子で幼馴染だから……」
あくまでも同郷のよしみと語る彼女にそれ以外の感情が感じられない。
正義感とは程遠い責任感から来る行動だ。異世界に来てまで幼馴染の尻拭いをしているアンドウエリカは人格者にも思えるが、お節介焼きとも取れる。
正義感に酔い自己満足を押し付けないだけマシな部類だが、人は周りの評価と力で容易く影響を受け変わる。
二人の問答の片隅でスヴェンが一人で思考してると、
「異界人ってそんなに厄介なのか? 前にガルドラ峠を移動してたけど……」
「あー、そいつに寄るが大体は世間の評価通りだな。で? アンタが目撃した異界人は?」
「アニキ達を襲った五人組の野盗に身包みを剥がされた挙句、モンスターに喰われたよ」
見て来た事実を淡々と告げるラウルの表情は、何処か苦しげだ。
そんな顔ができる内はまともで居られる証拠に他ならない。
スヴェンはそんなラウルを尻目にアンドウエリカと別れたミアに視線を移す。
彼女は笑みを浮かべて戻って来ては、
「いやぁ〜いい情報を聞けましたよ!」
実に楽しげにそんなことを告げるのだった。