傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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第九章 困難を前に
9-1.温泉宿へ向けて


 峡谷の町ジルニアを出発したスヴェン達は荷獣車で山道を進む中、丁度ガルドラ峡谷の折り返し地点に見える湯煙にミアとアシュナが眼を輝かせる。

 

「スヴェンさん! 温泉宿が見えて来たよ!」

 

 言われたスヴェンは荷獣車の窓から外の様子を覗き込むが、そこに温泉特有の硫化水素の臭いがしない。

 ただの高温からなる蒸気にスヴェンは眼を細める。

 

「臭くねえ温泉ってのは新鮮だな」

 

「なに言ってるの? 温泉は臭く無いでしょ」

 

 やはり同じ温泉でも異世界ではその性質が多少なりとも異なるのか。

 同じ存在でも細部が異なる可能性を念頭に置いたスヴェンは、ふとジルニアで出会ったシスターの話を思い出した。

 ジルニアの守護結界領域は温泉宿を抜け、下り坂の中腹まで。

 そこから先は吸血鬼系モンスターと分類されるドラクルが出現するモンスターの生息地域になる。

 モンスターに対する対抗手段が乏しい現状では激戦が予想される。事実あの下り坂の向こう側から濃密な死の気配が風に乗って肌がひりつく。

 距離は有るが離れた位置から明確なプレッシャーを放つドラクルはタイラントと比較にならない強敵かもしれない。

 

「守護結界領域を抜ける前に英気を養うには打って付けか」

 

「ドラクルをはじめとした人の形をしたモンスターは狡猾で残忍。知性も高いからかなり厄介だよ……それにドラクルの死域は気を引き締めないとね」

 

 モンスターが放つ一瞬の領域。それはミアの台詞から判るが、デウス・ウェポンで言うところの爆撃地帯に近い危険度か。

 しかし魔法絡みの領域なら自身が想定する数倍は危険と判断すべきか、そう考えたスヴェンはミアに質問する。

 

「死域ってのは何だ?」

 

「吸血鬼系モンスターの中でも取り分け強力な分類に位置するドラクルが展開する紅い霧の結界領域とでも言えばいいかな」

 

「厄介なのは領域に踏み込んだ人類から徐々に生命力と魔力を奪い、恐怖で精神力を消耗させる点だよ」

 

「戦闘に必要な要素を徐々に消耗するか……そいつはどう対応すべきか」

 

「精霊召喚で一時的な加護をお願いする?」

 

 スヴェンはアシュナの提案に思案した。

 霧なら風による分散も有効に思えるが、魔法を使えず知識はこの場の誰よりも劣る。

 基礎的な知識が豊富な人物に相談する事が好ましいと言え、手綱を握るミアの背中に視線を移す。

 

「精霊の加護で死域から逃れられるのか?」

 

「召喚する精霊がドラクルを凌ぐ魔力量なら可能だけど、三人分の加護の維持となると現実的じゃないかな」

 

「むー、そんなに強い精霊は召喚できない」

 

 アシュナで召喚不可なら他にどう対策したものか。

 同時に魔法騎士団やアトラス教会はどう対応しているのか。

 

「魔法騎士団やアトラス教会は死域をどう対応してんだ? 街道の安全は魔法騎士団の職務の一つだろ?」

 

「死域に入らず領域外から魔法攻撃を死域が消えるまで撃ち続けるの」

 

 危険性を回避しつつ物量で攻め込む手段は確かに理に適っているが、今の人数と面子では到底不可能だ。 

 そもそも確実に対象を討伐できた確証が得られ難いように思える。

 

「ドラクルに逃げられる可能性はあんのか?」

 

「ドラクルは発生と同時に死域を展開するけど、これは長年のモンスター研究で判明したことだけどドラクルと死域はセットの存在なんだってさ。それに遺骨は残るでしょ?」

 

 確かにそれなら死域が晴れるまで魔法を撃ち続け、討伐の有無は遺骨を探索すれば解決する。

 その事にスヴェンは改めて物量による解決策が取れないことに歯痒さを感じた。

 

「物量さほど頼れるもんはねえなぁ」

 

「でも魔法騎士団長ーーフィルシスさんなら単独で討伐可能なんだよね」

 

 ラオは纏う強者特有の気配から分かる。出会ったアウリオンも間違いなく強者の部類だがエルリアの魔法騎士団団長はどんな実力者なのか。

 少なくとも死域に居るドラクルを簡単に討伐できる程か。

 

「魔法騎士団団長か。ラオも手強いだろうが、騎士団長ともなりゃあ相当の実力者なんだろうな」

 

 間違いなく自身よりは格上と判断しつつもミアに訊ねれば、

 

「鍛錬と評して一ヶ月もモンスターの生息地域に剣一本で篭る人と言えば理解できる?」

 

 とんでもない返答が返された。

 

「化け物じゃねえか!」

 

 モンスターの生息域を剣一本で単独で一ヶ月も。むろん魔法も有るだろうがそれを鍛錬として実行に移せるのは、間違いなく強者としての絶対的な自身の現れ。

 

「だからフィルシスさんの帰還は邪神教団にとっても好ましく無い状況なんだよね」

 

「未だに事実を把握してねえ連中にとっちゃあ、厄介な連中を一箇所に留めて置きたくはねえわぁな」

  

 今のレーナは魔法が使え無いが、オルゼア王も相当な実力者だと聴く。

 そこに魔法騎士団長フィルシスが加わればエルリアを攻めようなどと思わないだろう。

 それに他国の一部に考察されているエルリアの究極魔法の存在が戦争の抑止力に繋がっていると考えれば、周辺国で戦争の無い平和が維持されている事に納得も行く。

 もちろんそこに魔王アルディアの存在も大きく影響していることも有るだろうが。

 スヴェンは益々この世界に居続ける理由が見当たらず、戦場に飢えた外道はやはりこの世界には不要な存在だと強く実感した。

 そんなスヴェンにミアが思い出すように、

 

「そういえばジルニアのカノン部隊長が、5日後にドラクル討伐指揮を執るんだって……安全を考慮して討伐完了まで待つ?」

 

 そんな情報を告げた。

 確かにそれも一つの手だが、今後強力なモンスターの出現に足を止めていれば魔王救出に遅れが出る。

 ミアの意見は戦力と装備も考えればこそ採用すべきだ。

 だが五日の滞在は今後の予定、特にパルミド小国から一度孤島諸島へ航海する必要が有る。

 そこで瑠璃の浄炎の入手ーーもしも存在しなければ別の手段を講じる必要性も出る。

 だからこそここで足を止める訳にはいかない。

 

「いや、ここは無理をしてでも突破する必要があんだろ」

 

「パルミド小国の予定も考えると足を止める訳にはいかないか……っとそろそろ温泉宿がもうすぐだね」

 

 もう目と鼻の先に迫った温泉宿に視線を向けたスヴェンは、停泊した荷獣車の多さに思わず眉を歪める。

 一つの荷獣車にどれだけの人が乗車したかは判らないが、今回は宿部屋が空いていない可能性が高い。

 一泊だけ宿屋で休めたが、まだミアとアシュナにはまともな休息が必要だ。

 

「宿部屋、空いてりゃあいいな」

 

「無ければ野宿」

 

 温泉宿を前にそれもどうかと思うが、メルリアと同じ状況なら自身だけが野宿すれば済む話だ。

 内心でそう結論付け、ハリラドンがゆっくりと脚を止める。

 そしてスヴェン達は温泉宿に踏み込む事になるのだが……。

 

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