傭兵、異世界に召喚される   作:藤咲晃

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9-2.癒されぬ温泉宿

 さっそく温泉宿のフロントに向かったスヴェンとミアは受付で手続きを行うのだが、

 

「すみません、無料効果が功を成したのか二人部屋が一部屋しか空いてなくて」

 

 やはり温泉宿で無料と聴けば遠路はるばる足を運ぶ宿泊客が後を絶たないのか。

 これも温泉の魅力の一つと考えれば納得もするが、一先ず二部屋の確保が難しいのが現状だ。

 ここはミアとアシュナを宿部屋で優先的に休ませるべきだ。

 スヴェンが口を開こうとしたその時、

 

「その部屋で良いですので、その代わりもう一人泊まらせても問題ありませんか?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

 ミアが受付と交渉を始めていた。

 

「おい、何を勝手に」

 

「ドラクルの死域を突破するなら此処で万全の休息は絶対条件だよ」

 

 確かにミアの言う事は正しい。だからといって彼女達とそこまで馴れ合う気は無い。

 しかしドラクルの死域の件を考えるなら些細な問題に眼を瞑るべきか。

 魔王救出という本命を前に自身の体調管理もままならないようでは依頼達成は不可能だ。

 それに今は無理をする時では無い。そう判断したスヴェンは仕方ないと肩を竦めた。

 

「分かった、今回はアンタが正しい」

 

「素直でよろしい」

 

「お決まりようですね。では、こちらが宿部屋の鍵となります」

 

 受付から鍵を受け取ったミアは荷物を手に意気揚々と歩き出す。

 

「ほら! スヴェンさんも!」

 

 彼女に促されるままスヴェンも自身の荷物を手に宿部屋に向かう。

 

 ▽ ▽ ▽

 

 二人部屋が並ぶ廊下を二人が歩くと、廊下の壁際で談笑す男性の会話が聴こえる。

 

「此処の温泉は混浴限定らしいな」

 

「おー、学生だった頃は水練なんかは初等部から男女別だったからなぁ。独身の身には些か刺激が強そうだ」

 

「だよなぁ、でも混浴はともかく羽伸ばしたいよな」

 

 ミアとエリシェの反応から薄々そうなのでは無いか? と感じていたが、如何やらラピス魔法学院では特定の授業は男女別で行われるようだ。

 だからミアとエリシェはいちいち裸体一つで赤面する。初々しいと言えばそれまでだが、異性に慣れていないようでは特定の手合いに苦戦を強いられるだろう。

 例えばデウス・ウェポンの戦場に全裸で現れる変態だとかーーいや、アレは特殊過ぎるか。

 スヴェンは過去に遭遇した変態を思い浮かべては深いため息を吐く。

 

「およ、そんなに混浴は嫌? まあ同じ部屋に宿泊すること自体あまり納得してないようだし〜」

 

 ミアは何か勘違いしてるのか不服そうに頬を膨らませていた。

 

「混浴しかねえなら仕方ねえだろ。ま、時間をズラせば広い風呂場を一人で満喫できそうだ」

 

「その考えがあったかぁ。私も、その知らない人と混浴は……ちょっと勇気が居るからね」

 

 確かに普段は美少女を自称してるが、異性の裸体に対する耐性が無いのは明白だ。

 そんなミアが混浴に入ろうなら気が気で無いのかもしれない。

 

「しかしまぁ、混浴限定ってのはちと難儀か」

 

「たぶん宣伝も兼ねてるのかもね。エルリアで混浴温泉なんて聴いた事も無いし、物珍しさには人が集まるかも」

 

 その点で言えば温泉宿の期間限定ながら宿泊費と入浴費の無料は経営方針としては赤字だが、宣伝効果によりプラスの利益を得られると踏んで実行に移したと考えられる。

 温泉宿の経営者が考えた戦略か、それとも従業員に頭の回転が良い者が居るのか。

 スヴェンは思案しながら自身の宿部屋に歩き出すと、

 

「そこのお嬢ちゃん! 俺と混浴なんてどう?」

 

 誰かを口説く声が廊下に響く中、スヴェンは荷物を片手に宿部屋の鍵を開ける。

 何処の誰が誰を口説こうが興味が無い。それが例え間違ってもミアであろうとも。 

 宿部屋のドアノブを握り締めると、

 

「あのぉ〜私には連れも居ますし、それに知らない人と混浴はちょっと無理です」

 

 ミアがやんわりと断る声が聴こえる。

 

 ーー趣味が悪りぃな。そいつは喧しい治療再生装置だぞ?

 

 スヴェンが僅かに視線を向ければ、黒髪にアーカイブの記録で閲覧した学生服を彷彿とさせる衣服を着た少年の姿があった。

 見た目と服装から異界人に見えるが、アンドウエリカ(安藤恵梨香)は兎も角他の異界人が何故こんな場所に居るのか。

 邪神教団に降った奴かと警戒心を僅かに様子を窺う。

 異界人の少年は当惑するミアの両手を握り締め、対するミアは愛想笑いを浮かべているも眉が僅かに動く。

 内心ではしつこいっと嫌がっているのだろうか? それならはっきりと断れば済むはず。

 異界人と無駄な衝突を避けたいと考えてのことか。

 それともこちらから助け舟を出すべきか。もう少し見定めるべきか、スヴェンが思案する中、

 

「えっと、どうして異界人が此処に? 北の国境線からだいぶ遠いですよ」

 

「それは温泉が有ると聴いてな。もちろんレーナの依頼を忘れたわけじゃないけど、英気を養う為には必要だろ」

 

 二人の問答に他の宿泊客の表情が曇る。

 異界人のレーナを呼び捨てにされたことが面白くない。それに加えて問題を起こす異界人を好ましいとは思っていない視線だ。

 中には今にも飛び掛かりたい。そんな衝動を堪えながら事の成り行きを見守っている者も居た。

 異界人に対する敵意と失望、渦巻く負の感情が少年だけに留まらずこちらにも向けられているが、それは旅行と評して行動してる身として向けられるべき当然の感情だ。

 ただ当人の少年はミアに夢中で周囲の感情がどのように向けられているのかはまるで気付いていない。

 いつ不発弾が爆発するかも判らない状況をこのまま静観するのは危険に思えるが、どうにも少年の様子は軽薄で真剣さが感じられない。

 何処から何処までが嘘で真実なのか。

 

「そうですか……あなたのことをずっと待ってる女性達が居るようですが? あと凄い目で睨まれてるんですけど」

 

 ミアの指摘通り少年を待つ三人の少女が、ミアに対して嫉妬混じりの視線を向けている。

 そこに敵意も混じれば、向けられてるミアも居心地が悪いだろう。

 現に物陰に潜むアシュナが短剣を引き抜き、いつでも始末が出来ると言いたげな視線を向けている。

 流石に此処で異界人を始末する訳にはいかず、無言で止めろと告げれば残念そうに短剣を仕舞った。

 しかし問題も有る。異界人の少年に同行している筈の同行者と影の護衛の姿が見当たらないのは何故か。

 仮に同行者がこの場に居るなら異界人の少年の行動を咎めているはず。

 そんな思案を浮かべるとミアから『いい加減に助けて!』そんな強い視線を向けられた。

 そろそろ他の宿泊客が少年に対して武力行使に出かねない状況なのも確かだ。

 スヴェンは少年の肩を強めに握り、

 

「そいつは俺の連れなんだが、アンタの連れはどうした?」

 

 同行者に付いて遠回りに訊ねる。

 

「な、なんだよ……あの野郎なら着いて行けないとか抜かして城に戻ったさ」

 

 それはレーナから預かった資金を背後の少女達の為に浪費しているからだろうか?

 それとも単なる方針の行き違いによる仲違いか?

 

「背後のガキ共はアンタの友人か?」

 

「か、彼女達は……その、俺を強く慕う子達だ」

 

 確かに少年の言う通り少女達から彼を気にかける視線と同時に、こちらに敵意を向けている。

 誰かを慕うというのも表面上は理解できるが深くは理解できない。

 理解はできないが少女達が時折り少年に向ける眼差しから迷いを感じる。

 事の成り行きを見護るだけで意中の少年を咎めないのは、心が離れる恐れからか。

 だから盲目的に少年の行動を肯定することで側に居られる居場所を維持してるとも取れる。

 

「あ〜、なら他の女に現を抜かすより近いもんを大事にしたら如何だ?」

 

 少年にそんな言葉を掛ければ彼はミアに視線を向け、こちらに視線を向けた途端に強い敵意で睨む。

 この反応は佐藤竜司を彷彿とさせるが、彼のミアに対する好意とは違う。少年の視線は気に入った少女を手元に置かなければ気が済まない、まるで欲しい物を得られない子供の癇癪だ。

 スヴェンが少年の肩を離すと、ミアが瞬時に背中に隠れた。

 

「そんな暴力的な奴より、俺と魔王救出の旅に出た方が意義が有るし、贅沢もさせられるよ」

 

「(姫様のお金を浪費してる癖に)お断りします……それに如何してこのルートを?」

 

 ミアの小声が確かに耳に聞こえ、同時に彼女の質問に対する返答も興味が湧く。

 

「救出の旅は楽しんだ方が良いだろ? 暫くはエルリア国内を周りたいしさ。それに君も此処に居るのは同じ理由でしょ?」

 

 エルリア国内を見て周るというのは同意できるが、やはり軽薄な言動が周囲の反感を買う。 

 少年はそれに気が付いた様子は無い。何か忠告の一つでもしてやりたい衝動に駆られるが、完全にこちらに敵意を向けている相手に忠告など恐らく無駄だ。

 

「そうですか、なおさら私はあなたと行けませんよ」

 

「そうかい、まぁ宿泊場所は同じなんだ……その内気が変わるかもよ。例えば俺が君を助けることになるとかね」

 

 少年はしたり顔で捨て台詞とも取れる言葉を吐き捨て、三人の少女を連れて最奥の部屋に向かった。

 どうしてもミアを連れて行きたい理由が全く理解できない。

 確かに治療魔法という面では非常に優秀だが、恐らく少年はミアの魔法を知らないーーなら他に連れて行きたい理由が思い当たらないのだ。

 スヴェンが少年の執着に首を傾げると、

 

「はぁ〜モテるってこんなに罪深いんだね」

 

 そんなことを嘯いた。

 ミアに執着し始めた異界人の少年が温泉宿に宿泊した状態で果たして癒されるのかーーたった一泊だけなら我慢すりゃあ済むか。

 スヴェンはそう結論付け、重苦しい空気が漂う廊下から取った宿部屋に入るのだった。

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