拝啓、拾った龍の愛が存ぜぬ間に重くなりまして   作:(全略)敬具

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ワケあって再編の後、入れ替える形で再投稿。


第零章──原作前
私について、あるアンデッドの手記


 その人は刺繍入りのハンカチを受け取ると、微かに笑みを浮かべてこう言った。

 

 ところで少年。キミ、甘い物は好きかな?

 

 驚くほど流暢な日本語で話す男の背後に、ちらりとクレープの屋台がカットインしてくる。

 ちょっと落し物を拾って渡しただけの、大したことない親切心の見返りに奢られたクレープ。

 そう、これが世にも不思議な──わりと、いやマジでありえない付き合いの始まりだったんだ。

 

 


 

○月●日

 今夜から日記をつけることにした。学校に通い始めたのをきっかけにと、人に勧めておいて張本人が試したことありませんじゃ、何事も示しがつかないからな。こっちは少し気の早いボケ防止とでも思えばいい。

 

(…………)

 

 それにしても書くことが思いつかない。ここ数分ほど白紙のページと睨み合いを続けているが、まるで筆が進まないんだ。ひょっとして日記書く才能ないんじゃないか、私。

 ハッとさせられるってのはまさにこういうことなんだろう。意外も意外、私の生活はこういった習慣とほとんど無縁だった。無駄に長く生きてるわりに。

 今年でもう何年になる? ここまでくると指折り数えるのも億劫……待てよ。自分の生活を顧みるついでにふと、日記の書き出しについて冴えた考えが浮かんだ。例えばこんなのはどうだろう。

 

 全ての始まりは、雑に『転生』というやつだったのだと思う。前世の記憶が戻るきっかけが、こちらの世界で死んだショック、というのは締まらない話だが。

 たしかにあの時、私は死んでいた。あまり愉快な死因ではなかった。そのはずだ。今となっては確認のしようもない話だが、恐らく物取りにでも襲われたのだろう。

 しかし、どうしたことか。ほどなく私は冷たい土の中で意識を取り戻した。そして腐敗が進みつつある死体の身でありながら地中から這い出し、夜闇の中誰にも知られることなく、ひっそりとリビングデッド(蘇った死体)を遂げていたのだ。

 

(…………)

 

 ああ、そう。先に述べていた件だがひとつ訂正したい。前世の記憶が戻ったのは死んだ時ではなく、実はアンデッドとして復活した直後だったんだ。そのきっかけがあまりに漫画チックというか、ギャグテイストなものでね。ちょっぴり見栄を張ってしまった。

 だがこれは私の日記だ。今は半ば自叙伝風になってしまっているが……そう、私的なもので誰かに読ませるものでもないからな。変に盛ったりせず、事実を書いておこうと思った。たまにはこうして過去に思いを馳せてみるのもいいだろう。

 それで、話を戻すが私の記憶が戻るきっかけとなったのは雷だ。わけもわからず無我夢中で土を掻き分け地表に出て、やっとの思いで立ち上がった私に雷が落ちたんだ。比喩ではなく物理的に、ズドンと。

 あの時はそう、たしか雨が降っていた。大雨といってもいい。自分は死んだはずなんじゃ、と雨に打たれながら自身の不可解な境遇に困惑する暇も与えられず、落雷の直撃とともに忘れていた記憶の数々が頭の中を駆け巡る。そこにいたのは、時間軸としては未来と言える日本で呑気してた大学生の元自分自身。

 

 ██████──。彼はごく普通の感性を持つ、どこにでもいる善良な一般人だった。

 それがどういう訳か老衰以外の理由で一乙を経てこちらの世界で生まれ直し、前世のあれこれなんて忘れて呑気に生活してたらまたも寿命を使い切らずして土葬される羽目になり、これまたどういう訳かその場で動く死体として復活し、間もなく前世の記憶も思い出してしまったと。

 言うまでもないが、前世はもちろんこの世界でだってアンデッドの人権は存在しないし、短い人生の中で『私はアンデッドを見た・私こそアンデッドです』だなんて話はおろか噂だって聞いたこともなかった。そして、それは今も変わらない。

 加えて当時は中世ヨーロッパ。武力を持った教会が勢いを伸ばして暴れ散らかしていて、おまけに世の中は魔女狩り全盛期。教会勢力は無駄に血気盛んで人々は隣人を疑う、そんな暗雲たちこめる時代だ。

 そんな中で第一章十八節のアンデッド──私は一度死んだが、見よ、生きている者である*1──を形ばかり体現した私。もはや孤立無援、天涯孤独なんてレベルですらなかった。

 他人に化物(それ)とバレたが最後、どうなるかなんて考えるまでもない。行き先は火炙りか? それとも暗い穴の底? 綺麗な話をするには、私の体はあまりに腐敗が進みすぎていた。

 

 お先真っ暗。そんな、あまりにもあんまりな展開に思わず頭を抱えてその辺をのたうち回りたいところではあったが、雷に撃たれて黒焦げになった体では倒れ伏した状態から身動きひとつとることも叶わずもう一晩ほどそのままでいるしかなかった。

 今にして思えば、焦げた肉体が再生して動けるようになるまでに、事情を知らない人間が墓場を訪れなかったのは不幸中の幸いだったな。

 と、まあ最初の頃はド底辺のアンデッドにしたって貧弱な肉体で、どこかしらが傷つけば回復するまでに一昼夜かかってるような有様だったものの、今では腕がもげようが足が吹き飛ぼうが、なんなら頭が破裂しようとも瞬時に再生する──ゲームならとんだクソエネミーとして忌み嫌われそうな仕上がりとなっている。

 それというのも恐らく私は普通の、万人が思い浮かべるようなゾンビとはまた違う存在なのだろう。普通の腐った死体はまず肉体の再生とかしないからな……。それにまず理性がある時点でロメロ映画には出演できなさそうだ。

 

(…………)

 

 そんなこんなで人間、環境というか境遇に慣れてさえしまえば案外知恵も回り始めるもので、長いアンデッド生活を経てできることも相応に増えた。そのぶん、できないことも少々増えてしまったが……。

ㅤいくつかその例を挙げると、事実上二度目の死を迎えたあの日から、私は刺激に対してやや鈍感だ。これがどういうことかと言うと、土の中からゾンビとして蘇ってからというもの、感覚が全体的に鈍くなってしまっているらしい。痛みはもちろん柔らかさなんかも感じづらくなっているという塩梅だ。それでも何かが触れていると明確にわかるぶん、鈍いといってもまだマシな方だろう。

ㅤついでに感覚とはまた別で飢えや渇き、肉体的な疲労を一切感じなくなり、私は活動する上で飲み食いや睡眠の必要すらなくなってしまった。食べようと思えば食べられるし、眠ろうと思えば眠れるが、それとこれとではまた別の問題だ。

ㅤ身体能力も驚くほどに上がり、例えばこうなってまだ日の浅い内はうっかり自分の怪力に振り回されて派手に自傷してしまうほどで、私の肉体は正しく人の枠から外れたモノとなっているらしい。

 

 他にも私は無尽蔵なアンデッドエネルギーを効率よく活用する方法を編み出してみたりと、なんだかんだリビングデッド以降の人外ライフをエンジョイしている。

ㅤしかし、気持ちは今でも新鮮。物の感じ方もフレッシュな人間のままだ。アンデッド生活に慣れたからといって、心までゾンビの腐肉色に染まらせるつもりは毛頭ない。

 飲み食いする必要がないからって食事を抜いたりはしないし、寝ないでいいからって睡眠時間を削ったりなんてこともしない。人間らしい生活は、どんな時でも続けてきた。

ㅤそもそも創作上の生きた死体のような食人衝動、まして見境なく踊り食いしたい欲求なんてものが、自分にはないように思える。少なくとも、今のところは……いや、やはりないな。前述の通り、一般的に思い浮かべられるゾンビと私はどうも違うようだ。

 どちらかというとそれは擬似的な──

 

(…………)

 

 老いず、そして死なず。終わりのない命を得て永遠を生きる。不老不死は古今東西、少なくない数の人間を破滅に追いやるほどに魅了してきた魔性のワードだ。こんなモノのどこがいいんだか……。経験者として言わせてもらうが、こいつは意外と楽しくないものだぞ。

 人気ゆえに不老不死にまつわる伝説も、大抵は後味の悪いものだが多く出回っている。後天的に不老不死を獲得した人間はやがて人間らしさを失い怪物となって姿を消す、そこまでがこれらの話のお約束と言えよう。

 もっとも、これはあくまで一般論だ。経験者として未だに四苦八苦している私に言わせれば、怪しい通販番組の胡散臭いサプリメントの効き目くらい、典型的な不老不死伝説の顛末には個人差がある。

 まあここはひとつ想像してみてくれ。老いない死なないからといって、そこに胡座かいて不健康な生活を数世紀も続けてればイカれて当然というものじゃないか。世捨て人ルートを選ぶのは簡単かもしれないが、長期的な活用を私はオススメしないでおく。

 

 いや。なにも世俗から離れて生活するのはいずれも悪手だ、なんて言い切るつもりはない。実際のところ私も一時期、それこそ数年前まで旅と山篭りを行ったり来たりしていた立場だ。面倒なしがらみ、時間が解決してくれる問題から逃れるために世の中の輪から外れるのは、余計な策を弄するよりも有効な手立てだろう。

 論点は不老不死にとっての健康不健康だ。私は人の営みからでしか摂取できない栄養というものがあると、そう考えている。たとえば俗世から離れて山篭りをしたとして、共に過ごす相手がいるかどうか──話し相手の有無は大きな要素と言えるだろう。

 ここは肉体的な健康というより、精神面での健全さ不健全さと言い換えるべきか。もちろんこれが眉唾なのは認める。しかし事実はどうであれ、少なくとも私が人間味を失わずにいるのは違いない。

 

 不老不死(イモータル)だろうがアンデッドだろうが、精神()病んで(死んで)しまえばそれまでだ。下手すると普通の人間が重い病にかかるよりも致命的かもな。

 私が世界中を旅しながら同族(理解者)を探して回っていたのも、そういうことなんだ。同族は結局見つからずじまいだったが……。けどまだ、諦めてはいないさ。

 それに、求めていた同族こそ見つからなかったが、同じ時間を共有する理解者はできた。一悶着……いや二、三、四、五……多少の厄介事こそあったものの、これも得難い出会いだった。彼女とは今でも行動を共にしている。

 

(…………)

 

ㅤ生憎なことに、この世界の仕組みは底辺アンデッドが生きていくのに適していない。何故なら、教会にホンモノの悪魔祓い──人外絶対殺すマシーンがわんさかといるのだ。連中はなんというか、そう厄介だ。

ㅤいつだったか、うっかり出くわしてしまい問答無用で攻撃されたこともあった。あれは……まあ、具体的な年数はもうよく覚えていないが、当時の私は同族を探す旅の最中で、とある小さな村にふらり立ち寄っている時分だったか。

 そこは名前もろくにないような、寂れていくのを待つばかりの村だった。ただ、近くに大きな戦場の跡地があったのをよく覚えている。

 ……もっとも、当時としては近くで戦があったというのはごくありふれた話だ。記憶に残っているとはいえ、これといって珍しい特徴というわけでもない。

 

 余談だが、この世界はあまりに死が身近に存在し過ぎていている。というのは人同士の争い以上に、人ならざる存在によって気まぐれに殺される人が多すぎるためなのか、非業の死を遂げた魂の残りカスが土地のそこかしこにこびり付いているのも、この世界ではよくある光景のひとつなのだ。

 世界が人類間の大きな戦争を二度経て二一世紀に入った今でさえ、都市部から一歩でも影に足を踏み出せばそんな有様だ。

 当時はさらに酷いもので、人の集まる場所に出ると、そこかしこで人の形を留めていないモノたちが蠢き、尽きない怨嗟の声を発しているのだった。

 死者の声が聞こえるだなんて、そんな生易しいもんじゃない。今は意識してシャットアウトすることもできるが、そこまで完璧に制御できていないあの頃は、放っておくと常に騒音の中だ。流石に気分も悪くなる。

 

 旅の途中で立ち寄ったその村も、他と似たようなものか、あるいはつい最近大きな戦が近くであったためかそれより酷いものだったな。

 頭に響く声でSAN値下がるし崩れた元人間らしきナニカも見るに堪えなかったと言えばそれまでだが、どうしようもなく居心地が悪いこの状況をどうにかしようと思うには十分だった。少なくとも自分がこの街、あるいは村、野宿するならその周辺、そこに滞在している間くらい綺麗にしておきたいな、と。

 何度も繰り返すようだが、私の心はあくまでも人間のままなのだ。それも、現代日本人らしい普通の感性を持っているものと自負している……多少のズレはまあ、あるかもしれないが。

 いきなり理由もなく殴られればムカついてやり返そうと思うし、誰かから親切にされれば恩を返そうと働くくらいはするし、そんなものだ。

 だから当時もごくごく普通の人の感覚で、気持ちの悪さも然ることながら、なんだかこいつら可哀想だな、となんとなくそう思ったのである。

 自分にできることがあるなら、なんなら自分のためでもあるし動いてやらんこともないかな、とそう思ってやっていたわけだ。自分がやらなくても他の誰かがやるだろの精神も、こと死者の魂の問題となれば他に扱えそうなやつもいなかったし。

 

(…………)

 

 教会に対する愚痴が長くなったな。ともかく、そんなわけでいつからか私は立ち寄った場所の鎮魂というか、浄化を自己流でするようになっていた。

 もっとも、あれらは魂の残りカスなので昇天も何もなく、それっぽい言葉を垂れ流しながら土地から剥がして集めて回収する(取り込む)の単純作業ではあるが。気づけば同族を探す旅がメインなのか、残りカスの浄化がメインの旅なのかわからなくなっている始末だ。

 結局のところ、魂の残りカスじゃゴーストと呼ぶにしたって会話すら成立しないし、同族は見つからないまま今に至る。この世界にもゾンビと呼ばれる存在がいることは情報として早くから掴めてはいたが、実際にこの目で見た感じ、あれは私の同族ではないのだろう。

 

 さて話は戻り、そんなエセ神父紛いの旅を続けていて教会にチクられないはずもなく、あの村でとうとう悪魔祓いと鉢合わせてしまったというわけだ。

ㅤ幸い王道RPGのように聖職者のホーリーパワーがアンデッド属性に対して効果抜群で、即座に浄化されたり滅っされるなどということはなかったものの……。話が全く通じない上、彼らに一度絡まれたらまず撒くまでが面倒だった。

 アクマメー、イキョウトメー、と今時流行らない──無論当時はそれが当たり前だったわけだが──魔女狩りスタイルで地の果てまで追われる経験は生涯に一度だけでいい。あんな機会は普通、二度も要らない。……そう思っている。今でも、変わらず。

 

 以来、悪魔祓いとは一度どころか幾度となくエンカウントしては度々鬼ごっこを繰り広げている状態だ。普通にしてるぶんには一切バレないものの、たまに私が連中の結界を貫通してしまい、彼らの仕事現場に鉢合わせてしまうのが罠でしかない。

ㅤあとそれから、聖水‪‪(笑)ぶっかけられたの一生忘れないからな。いくら死なない病まないとはいっても、真冬に肌着までずぶ濡れになれば流石に気分が悪いし、即やり返したのは言うまでもないだろう。

 

(…………)

 

 懐かしさに押されて色々と書き綴ってしまったが、こうなるともはや日記じゃあないな。反省して明日からは日記としてやっていこう。

 

 

○月●日

 

(日々のとりとめもない内容がつらつらと綴られている……)

 

*1
ヨハネの黙示録『また、生きている者である。わたしは死んだことはあるが、見よ、世々限りなく生きている者である。そして、死と黄泉とのかぎを持っている。』より。




変更点は元のモノローグだけよりこっちの形式にした方が自然かなっていうのと、破綻しそうな伏線の補強に追加、補足と諸々。
あ、二話以降も再編の手が入るよ。

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