拝啓、拾った龍の愛が存ぜぬ間に重くなりまして 作:(全略)敬具
この春から駒王町に仮初の拠点を置いたリビングデッドこと私。
最低限の条件を備えた格安のアパートとはいえ、まあ家賃は安くない。
こうした賃貸契約に限らず、ヒトがヒトらしく豊かで文化的な生活を送るのに、滞在する国の通貨はどうしても必要だ。
古今東西、娯楽ってのはお金のかかるものよ。
特に我々、山篭りを経て戦後の豊かな人間社会を全力でエンジョイしてるから……。
カットできるとこを全てカットしても、わりと出費が嵩むのだ。
支出があるなら当然収入もそれ相応に必要になるわけで、もれなく私も普通に仕事をしていたりする。
さて、世間一般で知られている私の肩書きとは一体何だろうか。
放浪者? 根無し草? あるいは、子供を連れてそこかしこを旅するダメな大人?
これは恐らく、どれも正解。
私の職は、きっと見る人によって受け取り方が変わってくるものだと思う。
サラリーマンほど安定した仕事じゃないしな。
生前の私がとある画家の工房に入っていた、という話はこれが初めてだったか。
まあ別に大した話じゃないんだ、そういう前提があるってことだけ。
結局生きている間の独立は叶わなかったが、時は十五世紀半ば──リビングデッドを果たしてから一度、私は画家として成功し世界に名を残した。
死ぬまでに工房で学んだことに加え、現代知識でちょっとした技法の先取りをした結果だ。
当時の画家の定番画題、その一つである宗教画に触れることはついぞなかったものの、ぼちぼちデカい絵を描くこともあった。
ちなみに、この頃の私の作品の中で最もウケたのは墓地。
墓地だぞ、墓地。
なんなら滞在先の土地を浄化する片手間に描いたものだぞ。
作品数そこそこあるのに、よりにもよって
現代に残る代表作もその殆どが戦場の跡地、または墓地を描いたものだ。
あれらのなにがイイのか知らないが、そこに描かれる『死』の表現がやけに生々しく素晴らしいとかで、ある種のカルト的な人気も博しているとか、してないとか。
そうして旅を続けながらちまちまと絵を描いては滞在先の有力者に売り、時代が変わればそれらしく顔や名前を変え、細々とやってきた経験というか恩恵がここにきて活躍している。
二度の世界大戦を山篭りで回避し、私は貯えを適時換金しながら旅を続けていたのだが、およそ四半世紀前にオーフィスが同行者として加わり、数年ほど前にとうとう貯蓄が心許なくなった。
さすがにこれまでの活動の貯えだけで二人分の文化的な生活を支えるのは難しく、仕方ないのでちょっと一儲けすることに。
そこで私が画家として、最初は路上パフォーマンスから再スタートした際、某画家の再来(?!)みたいな扱いであっという間に取り上げられたのだ。
そりゃあそうだ、当人が当時の画風そのまま描いてるんだから。
もっとも、現代での画家デビューはオーフィスと行動するようになってからだったため、以前と違い私の絵には必ず一人の少女が描かれている。
幾人かのお得意様いわく、この少女がいい味を出してるそうだ。
私だって風景画に死体を描くくらいならオーフィスを添えたい。
お陰様で我々二人がちょっぴり贅沢しながら生活しても問題ないだけの稼ぎがあったり、なかったり……。
冗談だ。余程のことがなければ、たまに新作を出すだけでも今の生活を向こう数十年はやっていけるだろう。
もちろん、私に『絵一本で食べていきます!』だなんて意気込みはこれっぽっちもないので、滞在先で雑誌の取材やテレビ出演のオファー、新聞のコラムなんかの仕事についてお声がかかれば喜んで飛びつかせてもらっている次第。
お金はいくらあっても基本的に困らないからな。
とまあ、そういうところが純粋な芸術家たちの癇に障るんだろうきっと。
「ただいま。我、今帰った」
「ん、ああ、おかえりオーフィス」
夕方。学校から帰ってきたオーフィスが、私の仕事部屋に顔を出す。
友達に誘われることもあるらしいが、今日は寄り道せず真っ直ぐ帰ってきたんだろう。
心做しか、いつもより少し早い帰りだった。
「ヴィク、作業中?」
「ちょっとな」
「我、ここにいると邪魔?」
「いや、そろそろ切り上げようと思っていたところだ」
言いながら汚れた筆を手に取る。
この筆は、
こういう時、やっぱり便利なのだな。
綺麗な筆を片付けながら、私はオーフィスを見た。
「どうだった、学校は」
「いつも通り。我の知らないこと、たくさん」
「それはよかった」
毎日聞いている言葉だが、何度聞いたって飽きることはないだろうな。
むしろ毎日聞きたいものだ、今日はこんな知らないことがあった、と。
彼女の口から、彼女が感じた驚きを、発見を。
それだけで私は、これまでに私が得たどの成功よりも嬉しいと思える。
かつてのオーフィスは、それはそれは、周囲への関心が薄かったものだ。
でなけりゃ、静寂を得るためにわざわざ協力者を探してまで次元の狭間から同族を追い出したいだなんて考えないし、行動に起こすこともなかっただろう。
旅の最初期なんて、ただ私の後ろに着いて歩き回っているだけだったんだ、本当に。
無理に同行させるのは失敗だったかと、悩まなかった夜はないさ。
けれど今、こうしてささやかな未知に目を輝かせる彼女の姿を見るに、私は多分、賭けに勝ったのだろうな。
いつからか、オーフィスは次元の狭間のことも、グレートレッドのことも、口にしなくなっていた。
真の静寂がどうでもよくなった、とそこまでではないにしろ、今の生活が気に入っていることに違いない。
「お弁当、今日もおいしかった」
「そうか。なら、明日も楽しみにしておくといい」
「わかった。我、期待しておく」
聞いているうちに自然と手が伸びて、オーフィスの頭を撫でている。
彼女もそれを当たり前のように受け入れ、微かに目を細めた。
これも、我が家ではよくあるスキンシップのひとつだ。
「ん。我、学校のこと、もっとヴィクに話したい」
「そうだな。だがここは薬液臭いし、今日はケーキも買ってある」
「──!」
「紅茶も淹れるとして、続きはリビングに移動したその後で、のんびり聞こうか」
「そうする。我が先にお湯沸かしてくるから、ヴィクは手を洗ってきて」
そう言って出ていくオーフィスを見送り、私も部屋から洗面所に向かう。
蛇口を捻ってそれらしく手を洗い、キッチンとダイニングも兼ねたリビングまで足を運べば、既にケーキの箱を出して待つオーフィスがいた。
「お待たせしたかな?」
「ん、今出したとこ。ヴィクはどれ?」
「オーフィスが先に選べばいい。私は残った方をもらうから」
「そう。なら、我はこれにする」
「それなら、私はこっちだな」
箱からそれぞれケーキを取り出し、買ったばかりの皿に移してしまう。
オーフィスがフォークを出している間に湯が沸き、私も簡単に紅茶を淹れることにした。
近所で買ったポットに近所で買った茶葉を入れ、近所で買った茶こしを用意しつつ、近所で買ったティーカップを二人分並べる。
茶葉なんかは旅先で買うこともあるが、そういうのは早めに使っているので基本残らないのだ。
「ヴィク、我、気になっていることがある」
「うん? なんだ」
「今日、学校であったこと」
ふと、オーフィスがケーキを眺めながら呟いた。
学校であった気になることだって?
それはまた、なんだか気になる切り口だな。
「気になること、ね。まあ言ってみなさい」
「わかった」
まあちょっとしたなぜなぜ期のオーフィスがあれこれ疑問に抱くのは今に始まったことじゃないし、私もこれまで数多くの質問に答えてきた実績がある。
時折かなり慎重な言葉選びを必要とする質問がポコンと飛び出してくることもあるが、今回のように学校であった話なら多分その辺は大丈夫だろう。
「人間は、仲間に『つがい』ができたら、妬む?」
「……もう少し詳しい話を聞こうか」
「今日、彼女ができたとクラスメイトが話していた」
「なるほど?」
「我、ヴィクから訊いたことある。この場合、彼女は恋人という意味。恋人は『つがい』の練習。あってる?」
「異議なし」
ケーキを食べながら、オーフィスはポツポツとその時の状況を話し始める。
つまり要点はこうだ、今朝オーフィスが学校に登校すると、クラスの中でも目立つ生徒三人が騒いでおり、聞くところによるとその中の一人に恋人ができ、他二人は凄まじく妬みその上、相手を裏切り者とまで言ったのだそう。
なんだそりゃあ、と投げやりに言いたいところであったがオーフィスの見ている手前、そんなことはできない。
「いや、それは特殊な例だな。基本、人間は仲間に伴侶ないし恋人ができれば、皆祝福するものさ」
「そう。なら、あの二人にはなにか、祝えない理由がある?」
「それこそオーフィスが言っていたじゃないか」
「我?」
「妬み、嫉妬さ」
「……う?」
こてん、とオーフィスが首を傾げる。
ああ、なにが悲しくて男の嫉妬の話なぞを深掘りせにゃならんのか。
これもオーフィスのため、久しぶりに心を無にする時がきたな……。
「多分、その二人は恋人が欲しいと思っているんだろう。なんなら恋人でなくてもいい、女の子と仲良くしたいって、まあその歳の男子なら皆そう考えてそうなものだが」
「ふむ?」
「ちなみにその三人組は仲がいいのかね?」
「たぶん。でも、我、よく知らない」
「ほう?」
「皆、関わらない方がいいって、そう言ってる」
「興味深いな」
「せくはら? 汚される? らしい」
「……なるほど、悩ましいな」
一瞬クラスぐるみのイジメを疑うも、すぐさま直感がこれを否定する。
なんだかオーフィスの保護者として、件の三人組とはいずれお話しなければならない気がするな……。
──と、話の真偽はさておき、続けよう。
「三人がいつも一緒にいるようなら、そのぶん仲間が抜け駆けしたように見えたんだろう。自分たちはこれだけ女の子と仲良くしたいのにお前だけ恋人を作るとは何事か、と。それが恐らく件の発言や強い妬みの原因だな」
「ヴィクは」
「うん?」
「ヴィクも、そう? 二人みたいに、自分も番が欲しいって、考える?」
予想外の問いに一瞬言葉に詰まるが、答えに困ることはなかった。
「いや、全くだ」
「本当?」
「……?」
オーフィスがずい、と顔を寄せて目を覗き込んでくる。
なんだ、妙に聞き返してくるな。
というか、吐息がこそばゆい。
「それはまあ、確かに考えたこともないと言えば嘘になるが」
上体を後ろに逸って少し顔を離し、続ける。
「リビングデッドになってからは、恋人や伴侶なんかより、同族を探す方がまず先だ。私が旅をしてるのも、元を辿れば他のリビングデッドを探すためだぞ?」
残念ながら、意思疎通可能な死体は未だに確認できていないが、私が諦めなければその日はいつかきっとくるだろう。
「そう。わかった」
「ん、そうか。ともかくそういうことだ」
「ヴィク。我、そのケーキが一口ほしい」
「今日は忙しいオーフィスだな……まあどうぞ」
身を乗り出していたオーフィスが、座り直す。
結局彼女はなにを、というかなにが訊きたかったのだろうな。
クラスの男子と比較してみたかった、とかか?
考えてみるが、さっぱりだ。
お世話様です
次回からも少し作風を軽くするよ
評価感想共々ありがとう。