拝啓、拾った龍の愛が存ぜぬ間に重くなりまして 作:(全略)敬具
「ヴィク、今日は忙しい?」
駒王町に仮の拠点を置き、新生活を始めてかれこれ半年が経とうかという休日の朝。
食後の珈琲を飲みながら朝刊を読んでいると、オーフィスがそう話を切り出してきた。
「ん、別に忙しくはないが」
コラムに目を通しながら答える。実際、これといった急ぎの用もなく、差し迫った仕事もない。趣味の方の作業に手をつけようかと思うくらいには、今日の私は暇してる方と言えた。
「そう。それは好都合」
「……うん?」
おかしな空気を感じて新聞を僅かに下ろす。今、なにか変じゃなかったか?
紙面越しにオーフィスを見ると、普段通りの彼女と目が合った。
別に、どこもおかしくはない。気のせいか。
「我、キリュウから聞いて確信を得た」
「キリュウ? ……ああ、クラスの子だな。それで?」
「キリュウは言っていた。仲のいい男女は、休日を一緒に過ごすことがある。これをデートと呼ぶ」
むふん、と新たに身につけた人間の文化について披露するオーフィス。
確信を〜ということは、そういった文化があることはなんとなく知っていたんだろう。
「デートをしないと、熱が冷め、破局に繋がる」
「いや、確かにそういうこともあるだろうが……」
まず、そのクラスの子とオーフィスがどういう話をしていたのか気になるところだ。
「間違ってる?」
「半々だな。この話には例外もある」
なにも的外れというわけではない。が、ぶっちゃけそんなものは当人ら次第だろう。
首をこてんと傾けるオーフィスに頷き返し、マグカップを傾ける。
のんびりとした休日の朝にふさわしく、カップの中身はすっかり温くなっていた。
「つまり、半分は正しい?」
「そんなところだ。必ずしもそうなるわけではないが、可能性も否定はできないからな」
「そう。それなら、ヴィク、我とデートして」
……なんだって?
もし今すぐ自分の顔を見ることができるなら、私はとびきりの間抜け面を晒しているんじゃなかろうか。
人前でこうもわかりやすく動揺するのは久しぶりだ。意地でも新聞を取り落とさなかった自分を褒めてやりたい。
「う、ん?」
「ヴィクと我、これまでずっと、ずっとデートをしてきた」
「あー──」
いかん、脳裏に一瞬だけ広大な宇宙空間と一匹の猫が浮かび上がった。
「……ああ、旅のことを言ってるのか」
「ヴィク、この町に来てから我と外出してない」
「してないことはないと思うが……買い物とか、一緒にしてるだろう?」
「ない。外出、してない」
なるほど、そうきたか。
オーフィスが突拍子もなくおねだりしてくるのは、別に珍しいことでもない。
つまり『今日は一緒にお出かけしたい』とそう彼女は言いたいんだろう。
「そう……だったな」
読みかけの新聞を畳み、冷めた珈琲を飲み干す。
言葉選びはともかく、彼女の主張はよくよく考えてみると真っ当だ。
買い物しにスーパーや商店街まで一緒に行くことはあっても、以前ほど二人で外を出歩くことがあるかと訊かれたら、確かに賃貸契約をして以来全く覚えがない。
「とりあえず、お昼は外でいいか?」
「──! なら?」
「ああ。しようか、デート」
「する。我、着替えてくるから、ヴィクは待ってて」
いつもより気持ち駆け足で寝室に引っ込むオーフィスの背中に、己の至らなさを痛感させられる。
オーフィスは学校に通うことで、新しく人間の友達ができた。しばらくはそちらを優先するだろう、と頭のどこかでそう考えていたのかもしれない。
私は私が思っている以上に甲斐性のない男だったようだ。それも今更か。いや、日々反省だな。
「お待たせ」
閉じられたと思ったら、流しにマグカップを置く間に再び開いた襖。
そこには着替えを済ませ、外行き用に体を成長させたオーフィスが、腰に手を当て胸を張って立っていた。
体を成長、といっても目を見張るほどではない。具体的には小学生から中学生くらいのものだ。
これは駒王学園高等部の二年生として通うため、制服の
もっとも、家では必ず元のサイズに戻るので、なんだかんだ普段の姿が気に入っているようだ。
「さて、それじゃあ行こうか」
我々にとって時間は有り余るものだが、しかし今日という時間は有限だ。鍵と財布を手に取り、腕時計を巻きながら玄関へ一歩踏み出す。
──が。
「ぅお、とと……」
ジャケットの裾を掴まれ、つんのめる。
あ、危ない。もう少しで倒れるところだった。
オーフィス、いったい何のつもりだ?
「どうした、オーフィス」
出かけるんじゃないのか、そう振り向くと……。
心做しか膨れた頬──ぷっとむくれた顔のオーフィスが、何やら不満そうにして立っていた。
「ヴィク、違う」
「う、うん……?」
「そこは、全然待っていないって言う。それがデートを始める時の作法。人の文化」
何事かと思えば。なるほど、例のアレか。
キリュウというクラスメイトの受け売りか、あるいはテレビドラマか少女コミックか。いずれにせよ今日のオーフィスはとことんデートを楽しむつもりらしい。
いいだろう。今日はとことん付き合おうじゃないか。
「やり直し。──お待たせ」
「いや、私も今準備できたところだ」
「うん。……出発」
やり取りに満足したのか、オーフィスはするりと腕を絡めて、私を引っ張るように歩き出した。
道中は他愛もない話をしながら進み、特に目的もなく商業地に出る。とりあえずデートするならこういう場所だろう多分。オーフィスも同じ見解だ。
随分と行き当たりばったりだが、こればっかりは仕方ない。私もデートのセオリーを知り尽くしているわけじゃないので、こういう時の定番スポットがどうとかは一旦捨て置いて、今回は我々なりに楽しめそうなプランを即席で組み立ててみよう。
「オーフィス、そこの洋服屋で新しい服を見ていかないか」
「服?」
「ああ。今の格好も似合ってはいるが、なにぶん間に合わせで買った服だからな。そこで何着か見繕ってみるのもいいだろう。もちろん、オーフィスの気分次第だが」
小さく左右に振れる頭を見ながら、静かに彼女の返答を待つ。
ちなみに、オーフィス(大)の格好は腰のベルトで絞れるタイプのチュニックワンピースだ。これの微妙な色違いが何点か、それとシャツドレス──こちらもやはり腰で絞れるタイプが数点。今の姿で制服以外を着る機会があまりないといえばそうなのだが、それにしたって私服が少ない。
「ん、そういうことなら。一緒にヴィクの服も見る」
「ついでに小さいサイズの服も見ていこうか」
「いい。それはまた今度、次の機会にする」
ちゃっかり次の予約まで取り付けながら、オーフィスは数着の服といくらかの小物を買い足した。
続けて今度は私の番だとオーフィスが目に止まった店へと進み、そこで一通り商品を見て回る。
どうやらガラス細工の店らしく、特に購入するものはなかったが、こういったウィンドウショッピングもデートの醍醐味だろう。多分きっと恐らくは。
そうこうしつつ、頃合いを見て荷物を近くのコインロッカーに預け、良さそうな喫茶店でお昼も兼ねた小休憩を挟む。
「ごゆっくりどうぞー」
「どうも、ありがとう」
「ありがとう」
案内されたのはテラス席。春風が吹いてなかなか気持ちのいい席だが、なにぶん人通りも多いため不特定多数の視線をわりと感じる。可愛いからな、オーフィスは。
「オーフィス、何が食べたい?」
まあこんな視線をいちいち気にしても仕方ない。メニューを手に取って開きつつ、真向かいのオーフィスに訊ねる。この店は当たりだったようで、軽食やランチのラインナップも豊富だ。
「ヴィクは?」
「ん、ああそうだな……」
正直私は何食べても同じなのだが。……まあ、こういうのはシチュエーションを楽しむものだからな。あまり家で作らないもの、普段から食べないものを選ぶのが定石だろう。
「このクロックムッシュと、デザートにミックスベリーパフェを頼もうか」
「そう。なら、我はこれとこれ、あとこれを頼む」
「クリームパスタとグリルソーセージ、プリンアラモードか。早速注文しよう……すみません、いいですか」
「はい、お待たせいたしました。ご注文をお伺いします──」
近くの店員を呼び止め、メニューの写真を指しながらひとつずつ注文する。おっと、飲み物を頼むのも忘れないようにしておかないとな。もちろんデザートはアフター、私の珈琲も同様だ。
オーダーの復唱を終え、注文を確定させた店員を見送ると、ちょっとした間が訪れる。先に口を開いたのは、意外なことにオーフィスだった。
「この近くに映画館がある」
「そうなのか、よく知ってたな」
「キリュウに教えてもらった」
「いい友達だ」
「うん。いい友達。我のこと、応援してるって」
「……? そう、か」
「ご飯食べたら、映画見に行く?」
「いいアイデアだ。そうしよう」
この後の予定も決まったところでオーフィスの飲み物が、続けて料理が運ばれてくる。量は完璧、見た目も抜群。きっと辺りには美味しそうな匂いが漂っているに違いない。
「さ、いただこうか」
「うん。いただきます」
静かに目を輝かせるオーフィスと共に手を合わせ、料理が冷めてしまわないうちに食べ始める。ふーふー、もっきゅもっきゅ、なかなかいい食べっぷりだ。……にしても、これはよほど美味しいのか。私も台所の長老として、ここの料理には負けていられないな。
フォークとナイフを使いクロックムッシュを腹に収めながら、ぼんやりとそんなことを考える。──と、少し食べ進んだところでオーフィスの両目が私を捉えた。
「ヴィク、口を開けて」
「ん、なんだ」
「いいから」
「……こうか?」
指示に従い口を開けるや否や、口の中に何か突っ込まれる。これは……パスタか? 閉じた口からフォークが抜き取られ、犯人のオーフィスはこてんと首を傾げた。
「どう?」
「危ないから、事前に言ってくれると助かる」
「わかった。それで、次は我の番。あーー……」
こうもトーンの変わらない『あーん』は初めてだが、ともあれナイフでクロックムッシュを小さく食べやすいサイズに切り分け、フォークで刺して食べさせる。
「ん……ありがとう」
「どうも。美味しいか?」
「美味しい。毎食してもいい」
「……? いや、三食外食はちょっとな……」
「……う?」
なんだか微妙に噛み合わない会話をしつつ、デザートまで食べていく。先に食べ終えた私は食後の珈琲を飲みながら、手持ち無沙汰をペーパーナプキンに簡単なスケッチをして誤魔化した。
使うのは万年筆。プリンアラモードを食べるオーフィスとテラス席から見える風景。描き終える頃には彼女も食べ終えていて、長居しても仕方ないからささっと支払いに移る。
「それじゃあ、行こうか」
「我が案内する。……ここを右」
オーフィスに引き連れられ、辿り着いた映画館。彼女の希望である新作を観ることにした我々は、二人分の飲み物と大きなサイズのポップコーンを購入し、チケットを受付に見せて席に腰かけた。
チケット購入の際、オーフィスがカップル割を利用しようとして一悶着あったものの、家族関係を説明することで事なきを得た。そこまでうちの家計は逼迫してるわけじゃないんだが……。近頃の彼女はやけにその辺を気にしている気がする。
『──彼女のことを愛してるんだ!』
肝心の映画の方は、とても単純な恋物語のようだ。男がいて女がいて、彼らの友人と、大なり小なりの障害がある。基本に忠実、このジャンルが好きなら当たりの部類だろう。
なんとなーく主役の男に親近感のようなものを抱きつつぼげっと観ている私に対して、隣のオーフィスは珍しく真剣な様子で映画を観ている。ポップコーンに伸ばす手を止め、飲み物もストローを咥えてはいるものの、一滴も飲んでいる気配がない。
『僕にはその資格がないのかもしれない……』
おい、なんでそこで資格云々の話になるんだお前は。時は二十一世紀だぞ、ええ。せっかく現代社会に生きてるんだ、もっと自由恋愛を楽しめ若もんが。
──等と、場が白けそうなツッコミを入れながら二人の行く末を見届け、遂に上映が終わる。なんだかんだ楽しめたな。純粋な楽しみ方じゃないってのは言いっこなしだ。
ほとんど手付かずのポップコーンを二人で慌てて片付け、紙コップの中身も空けてしまう。ゴミを捨てて映画館から出る頃には、空もそろそろ赤く染まる時間帯だった。
「……さて、そろそろ帰るとするか」
「うん。また来たい」
「そうか。オーフィス、今日は楽しめたか?」
「楽しかった」
満足そうに頷くオーフィスだが、
「だから、もう帰らなきゃいけないのは少し残念」
パッと見、無限の時間を生きているかのように見える我々も、こうして蓋を開けてみれば他と同じような時間の中に生きている。時間は有限だ。今日という時間は二度と訪れない。
ただ、それを自覚し始めたドラゴンを少し甘やかすくらいしても、誰も咎めたりはしないだろう。我が家では帰るまでがデート、そう決めた。今決めた。
「帰りは遅くなるが、少し遠回りしていくか」
「……!」
差し出した手を握──らず、再び腕を絡めて歩き出すオーフィス。
その顔に直前までの暗さはなく、足取りは我が家の玄関を出る瞬間と同じ、とても軽いものだった。
お粗末さまです。デート回はきっとまたやる。
評価感想ありがとうございます。
も少し気軽に感想を置いてけるようにします。
ここ好き利用してくれたら、読者さんはこういうのが好きなんだってお手軽に情報収集できます。
たぶんそういう使い方するための機能なんじゃないかな、これ。
ここでのオーフィスはまれに原作ロリよりやや成長しますが、気持ち大きめに見積もっても中学生レベルとしておきます。元々制服の最小サイズでギリギリだったみたいなのでね。
ロリおにロリ路線から外れることはないでしょう。