競馬無知のTSウマ娘、なんか走るのが速いモブ達に絡まれる   作:だすと

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0章
サンサーラブレッド


『加速する、加速するっ、まだ加速するッ! 速いぞ! サンサーラブレッド速い! 久々のレースでも強さ健在! 一着は……サンサーラブレッド! 一着はサンサーラブレッド! この大舞台でも圧倒的な強さを見せつけましたッ!!』

 

 

 

 

…………

…… 

 

 

 

 

 気付けば知らない世界にいた。

 気付けば馬耳と尻尾が生えていた。

 気付けば学園モノっぽい舞台の生徒だった。

 

 唐突に謎の世界で覚醒した俺は、自分がスカートを着用している事に驚愕しながら全校集会を終え、尻尾を動かせる事に驚愕しながら教室に戻り、担任の教員に呼ばれた冗談みたいな名前が自分のものである事に気付かず軽く注意を受けてから着席した。

 そして始まったホームルーム中、徐々に失われようとしている成人男性であった頃の記憶を急いでノートに書き記し、ふと顔を上げて周囲を見渡した時に思った。「この感じ、なんかテレビCMで見たことあるな」、と。

 

 あれは確か……そう、『ウマ娘プリティーなんとか』。

 恐らく、馬の擬人化作品。

 恐らく、自分はその作品の登場人物。

 なぜ、どうして。

 

 夢なのか、死んで生まれ変わったのか、脳に電極でも刺されてバーチャル世界に閉じ込められているのか、いくら考えても頬をつねっても答えは出ない。

 何日も密室に籠もって状況整理をしたくなるが、残念ながら周囲の環境がそれを許さなかった。既に俺は『トレセン学園』とかいう謎の組織に所属してしまっており、もう丸二年以上が経過しているというのだ。ちなみに中学生らしい。

 自分を含めたクラスメイト達はみんな発育が良くて大人びており、とても十代前半には見えないのだが……きっと学年周りの設定はあえて緩く作られているのだろう。サラブレッドの世代交代って早そうだし。

 

 俺は人間だ(自己暗示)。ウマ娘とかいう人外と一緒に学園生活を演じる必要など無い(自己暗示)。今すぐにでもこの教室を飛び出して、大自然の中でサバイバル生活をしたって良いのだ。人生は選択の連続。人は誰だって自由に生きられるのだから(大嘘)。

 

 しかし残念ながら、集団行動を是とする日本人的な感覚を持っている俺はその考えを実行に移す事ができない。

 半自動的に進んでいく大きな流れに身を任せたまま、生活が破綻しないようにその場しのぎを続けるのが大人という生き物なのである。保身サイコー。受け身の生活サイコー。

 このままウマ娘として振る舞うにしろ、元の世界に戻る方法を探すにしろ、生活が安定するまでは場に溶け込みながら学園生活を送る事にしよう。

 

 俺のウマ娘としての生活は、このようにして始まった。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

 数日後。

 ウマ娘(中等部三年生)としてのバックストーリーは何故か頭に入っていたので学園生活を送るに当たって支障は無かったものの、授業中にノートを広げて己の未来を案じている時にとんでもない事に気付いてしまった。

 

 前提として、俺は女性に興味がある健全な男だ。人間の男だった頃はそうだったし、今でもそうだと思っている。頼むからそうであってくれ。

 自分を含め、ウマ娘という種族は美しくてスタイルも良い。つまり男(仮)である俺にとってこの学園は最高の環境――だと一瞬思ったのだが、可愛いクラスメイトと肩が触れても、肢体をねっとり眺めても、どういう訳が全く興奮できないのだ。

 恐らくだが、心が男でも体は少女のものなので女性ホルモン的なアレがソレしているのだろう。ホルモン関係は性格にまで影響出そうだから早急に対処して下さい。対処して欲しい。対処しろ(脅迫)。

 まぁ要するに、ウマ娘である俺は本能的な部分で女性を求めていないという事だ。

 

 ……これはかなりマズい流れなんじゃないだろうか。

 体育が終わった放課後、俺は体操服のまま急いでケータイ(死語)を取り出した。

 ざっと調べてみたが、やはりウマ娘は生物学的に同性とは子作りできないらしい。人間女性とも同じだ。

 

 つまり──

 

(男と、そういう事をする……のか……? 将来的に……?)

 

 いやーキツいでしょ(即答)。

 鳥肌がヤバい。絶望感で心が折れそうだ。少しずつ前向きな考えができるようになってきた所でこれである。マジで学園辞めようかな。

 無理無理! 産めない!(産める)

 

(クソッ! こんな世界にいてられるか! 俺は元の世界に帰るからな!)

 

 無事にお先真っ暗になったショックで混乱し、死亡フラグを立てながら適当な練習場を走り回っていると、我に返った時には日が暮れて周囲の人影が減っていた。校舎の方を見ると、多くのウマ娘が寮に向かって歩いてく姿がある。

 

 俺には……サンサーラブレッドには親しい友人がいなかった。

 教室で軽く挨拶するような相手は何人かいるが、いつ目が覚めて現実に引き戻されるか分からない以上、誰かと必要以上に親しくなるのは気が引けた。唐突な別れが怖かった。

 

「キミ、素晴らしいスタミナを持っているね! 僕は新人トレーナーの■■! 是非とも話を聞いてもらえないだろうか?」

 

 なんだァ? てめェ……

 少しの哀愁を漂わせながら体操服の裾をパタパタと扇いでいた所に一人の男が近付いてくる。目線を追うと、どうやら脚を見ているらしい。普通に気持ち悪いと思った。

 同性としては露出した肌に視線が吸い寄せられてしまう気持ちも分かるが、どうやら俺の本能的な部分が不快感を訴えているようだ。

 

 何度も言うがウマ娘は美少女である。当然ながら俺もそうなのだが、俺の場合はその中でも飛び抜けてスタイルが良かった。

 どっかの肉欲にまみれた童貞の妄想をそのままブチ撒けたような体をしていて、具体的に言うと身長は平均を割っているが低すぎず、やたらとデカいのに形良い胸は触ると指を飲み込む程にトロトロと柔らかい。真っ白で程良く肉の付いた脚の手触りは最高で、内腿の間に指を入れると一生そのままにしたくなる程に心地良い。猟犬じみた鋭い目つきと、その対極にある極上の肉体の対比が素晴らしいのだ(自己評価100点)。俺が水着なんて着た日には、『ウマ娘プリティーなんとか』というコンテンツ自体が高レーティングのR指定を受ける事になるだろう。

 もし俺みたいなウマ娘がクラスにいたなら、俺は百合の扉を開いてしまっていたかも知れない。それくらいの美女である。

 

 だが俺だ。

 悲しい事に、自分の体を見ても何も思わないのである。1ミリたりとも興奮しないのである。こんなのバグでしょ。ちゃんとデバッグしろ。

 

「これ、僕の名刺。また会ったら話そう!」

 

 この世界がバーチャルだった時の事を考えて内心で上位者に文句を言っていると、脚を見てきた男は俺に名刺を押し付けて帰っていった。名刺を受け取る際に少し指が触れたが、やはり本能が発する嫌悪感は拭えない。まるで年頃の女の子みたいだぁ……(直喩)。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

(モブトレーナー視点)

 

 その日、僕は彼女と出会った。

 夢を支える職業に憧れて人生の全てを勉強と試験に費やした僕は、ほんの少しの才能を見出されて中央のトレーナーという狭き門を潜り抜け、サブトレーナーという立場での短い研修を終えて独り立ちした。

 トレーナーとウマ娘の関係は美しい。不可侵で、特別なものだ。未だ1対1で最後までウマ娘を担当し切った経験がない僕は、だからこそ今回のスカウトに多大な熱意を以て挑んでいた。互いの人生を決める重要な事だからこそ、完璧に相性の合った相手を見つける必要がある。

 実績の無い新人がウマ娘を選別し、高望みしているようにも見えるそんな姿は同じトレーナーはおろかウマ娘達の目にも滑稽に映った事だろう。

 

「……はぁ」

 

 目に入った練習場に立ち寄り、空いていたベンチに座って項垂れる。

 今の格好はバッチリ折り目の付いたスーツに清涼感を重視した髪型、嫌味にならない程度のブランド製ビジネスバッグ。これが僕の勝負服だ。

 いつ未来の担当ウマ娘と出会うか分からない、という心持ちで毎日こうして身だしなみを整えていたのだが、どうやらウマ娘達の間で「なんかやたらと夢を聞いてくるヤバめの熱血新人トレーナー」と噂されてしまっているらしい。昼食時にそれを知り、今この時までなんともやるせない気持ちで学園内を徘徊していた。

 

 ……いや、ウマ娘の夢、支えたいよね? トレーナーって、そういう生き物だよね?

 

「鞄を肩掛けにして、スーツを着崩せば近寄り難い印象も薄れるか……?」

 

 状況を打破すべくイメージ改善の策を練ってはみたものの難航し、そうしている間にも練習場はすっかり日が傾いてオレンジ色に染まりつつある。ふとターフに目を向けると、僕がここに辿り着いた時に走っていたウマ娘が今も止まらず走り続けている事に気が付いた。それも、ランニングと言うには少々速過ぎるスピードで。

 翌日には疲労で動けなくなるであろう高負荷の走り込み。それを長々と続けてなお、そのウマ娘は涼しい顔で黙々と芝を蹴っていた。とてつもないスタミナ。とてつもない精神力。

 

「担当トレーナー、いるのかな……」

 

 近くにそれらしき人影は無い。あれだけの能力を持っていて今まで誰からもスカウトされていないとは考え難いので、目標や考え方が合わずに指導者を見つけられていない状況なのかも知れない。単純にトレーナーが練習を見ていないだけの可能性もあるが……それは本人に聞いてみれば分かる事だ。

 あれだけの厳しいトレーニングを自分に課しているのは何か大きな夢を持っている証拠。互いの考え方やスタイルが合う事が大前提ではあるが、担当になってそんな夢を支えられたらトレーナーとしてどれだけ幸せだろうか。

 丁度近くで彼女が立ち止まった。悩んでいても仕方がない。まずは話しかけてみよう。

 

 柵まで近付くと彼女はこちらに気付いたようだった。近くでトモを観察すると、その素晴らしい資質が見て取れる。

 

「キミ、素晴らしいスタミナを持っているね! 僕は新人トレーナーの度会! 是非とも話を聞いてもらえないだろうか?」

「…………なんですか、あなた」

 

 ジットリと細められた目に、冷たい声。耳も前に向いており、かなり警戒されているのが分かる。

 今まで色々なウマ娘に話しかけてきたが、ここまで身構えられたのは初めてだ。まるで子供用レーススクールに通う仔ウマ娘が初めてトレーナーに声をかけられた時のような反応だ。人間に慣れていないのだろうか。

 刺激して機嫌を損ねたくはない。今日はあまり踏み込まず、自己紹介までに留めておいた方が良いだろう。

 

「ん”ん”っ……すまない。僕は……ウマ娘の夢を支えるトレーナーさ。まぁ、まだ担当も見つかってないんだけどね」

「はぁ……」

「暫く見させてもらったけど、素晴らしい走りだったよ。キミには素質がある……なんて、もう言われ慣れてるだろうけど」

「はぁ……」

「その走法は誰かに習ったものかい? ……あぁ、別に文句をつけようっていう訳じゃないよ。ただ、少し気になっただけで」

「そうですか」

「……これ、僕の名刺。また会ったら話そう!」

「……」

 

 うん。手強すぎる。話が噛み合ってない……というか、恐らく彼女にはこちらとまともに対話しようという意思がない。

 名刺を渡した途端に一気に耳が絞られたのを見て確信した。彼女は……俗に言う癖ウマ娘だ。物静かでクールな風貌の奥に、とても一言では言い表せないクセっ気を感じる。

 大人嫌いなのか、トレーナー嫌いなのかは分からないが、今日はこれ以上話していても嫌われてしまうだけだろう。夢とか相性とかいう以前の問題だ。

 

 一旦退こう。そして、まずは学園に流れている自分の噂の方をなんとかしよう。

 『スーツ カジュアル』『カバン ウマ娘 良い印象』などをWEB検索しながら、僕はトレーナー室へと戻った。

 




■サンサーラブレッド
主人公。
頭の中は語録やネットミームで騒がしいが、他人視点ではクール系美人に見える模様。
心境が耳や尻尾に出やすく、よく観察するとアホな事ばっかり考えてるのが分かる。

■新人トレーナー
モブ。
後日エナメルバッグを引っ下げて通勤し、あだ名が『プーマ』になった。
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