競馬無知のTSウマ娘、なんか走るのが速いモブ達に絡まれる 作:だすと
あれから幾つかの月日が流れ、どうやら本格化とかいう状態になったらしい俺は、トレーナー無しでウマ娘人生を駆け抜ける事となった。
男性トレーナーは俺の体をいやらしい目で見てきそうで嫌だし(自意識過剰)、女性トレーナーは二人きりになると緊張するから無理である(童貞)。
童貞と思春期少女の悪い所を掛け合わせた悲しいキメラがこの俺だ。やはりヤバい(二重苦)。
そんな訳で一人で好き勝手にトレーニングし、好き勝手にレースに出る日々。
なぜ自分は人間だと言い張っているクセに馬車馬のように走り回っているのかというと、単純に走るのが楽しいからである。ウマ娘という種族の本能でもあるし、俺としてもトレーニングすればするだけ結果が出るのがとても面白い。
なんだよ……結構楽しいじゃねえか……(競走馬人生)。
そうして出られそうなレースに片っ端から出るようになった頃、俺は自分がとんでもないチートウマ娘なのだと気が付いた。
まず走るのが速い。これは最高速ではなく、あの日脚を見てきた男トレーナーによると、軽く流している時のスピードが他のウマ娘と比べて速いらしい。これは文句なく強い特性だ。
そしてスタミナが豊富。あの日脚を見てきた男トレーナーによると、俺は心肺能力が非常に優れているらしく、キツくなっても大きく息を入れれば一発で全身に酸素が回り再びスパートがかけられる。
この二つの要素だけでも十分に強いウマ娘だと言えるが、俺の特異性はそれだけではなかった。なんと幻覚じみたものが見えるのだ。レース中に。
その光景が見えた時、俺は時間という概念を置き去りにして輪廻の中を駆ける。そうして世界から爪弾きにされた俺が辿り着くのは、いつも何も無い空間だ。
初めて見た時にはレース中にも拘わらず笑ってしまった。ついに幻覚まで見るようになったのかと自分を笑って、正気を疑った。
しかしこの現象は再現性が非常に高く、狙って発生させられるようになった頃には俺も諦めて幻覚ではなく自分の能力なのだと受け入れるようになった。
完全にチート。完全に主人公。
本格化して一年も経たない内にウマ娘として異常性を発現させるようになっていた俺は、やがて自分が『ウマ娘プリティーなんとか』の主人公なのだと思うようになっていった。
理由は簡単。そうじゃないとおかしいから。誰も勝てないだろこんな馬。
その上で考えないといけないのは、俺の名前がダジャレ全開のふざけた九文字であること。こんな悪ノリで決めたような名前の競走馬が実在する訳がない。
つまり、『ウマ娘プリティーなんとか』は完全オリジナルの擬人化された馬が競い合うコンテンツだったのだ。権利とか厳しいだろうから、実馬が出てこないのも当然である。
そうした世界の真相に辿り着き、主人公である自分のキャラ付けに悩んでいたある日、俺は運命の出会いを果たした。
「なによ! アンタが先に突っかかってきたんでしょ!?」
「いや、スカーレットが先だった!」
トレーニングルームで不人気のスミスマシンを占領していると、普段は見かけない二人のウマ娘が騒いでいるのを見つけた。
ここまではただの口喧嘩。でも、ここからがマグマなんです(前口上)。
「あはは……またやってるね、ダイワスカーレットちゃんとウオッカちゃん」
「うんうん。仲良いよねー」
?????
近くにいたモブ娘(失礼)の言葉を聞き、俺はあまりの衝撃で気絶しそうになった。具体的に言うとその場にへたり込んでしまった。フリーウェイトなら潰れていた。
知っている。俺はこの二人……の事は知らないが、この二頭の名を知っている。
ウオッカとダイワスカーレット。競馬に詳しくなかった俺が唯一知っている競走馬である。戦績も全ては把握していないが、友人に誘われて寒い中競馬場に行った俺の財布を軽くしてくれたのは今でも覚えている。
どうやらこの世界では後輩らしい。ウオッカとダイワスカーレットを軸にして流したあの時の二万円、イチャモンつけたら返してくれたりしないだろうか。
「な、なあ……サンサーラブレッド先輩、なんかこっち睨んでねぇか?」
「ひっ……!? ば、バ鹿! アンタが大声出すからじゃない! す、すみませんでしたー!」
馬鹿な事を考えて現実逃避していると、二人はイチャつきながらいずれかの方角に立ち去っていった(事案メール)。
しかしトレーニングルームから彼女達がいなくなってからも、俺は暫く立ち上がる事ができなかった。
架空の馬である俺とは違い、ウオッカとダイワスカーレットは実在のモデルがいる馬だ。俺でも名前を知っている位だから、それはもうとんでもない名馬である。あの日俺から二万円を奪っていったのは確かだが、本来の彼女達は滅茶苦茶強くてカッコいい馬なのだ。
仮に俺が『ウマ娘プリティーなんとか』の制作陣だとして、あの二人を登場させられる特別な許可を得たとして、どのような役割で登場させるだろうか?
……そう、主人公である。
それもダブル主人公のマルチエンディングだ。季節イベントの度に新衣装も実装するだろう。
そんな二人を起用しておきながら、サンサーラブレッドとかいうダジャレネームの架空馬を主人公にする訳がない。
では二人の先輩である俺は一体何者なのか?
答えは簡単、フレーバーとして存在するだけのキャラクターである。たまに出走表に載ってたり、NPCとの会話の中で名前が挙がるだけの先輩モブである。
まさか自分が主人公じゃなかったなんて……とショックを受けたりはしない。俺は元々目立つのが好きな人間ではないし、どちらかと言うと肩の荷が下りた感じだ。これでキャラ作りをする必要もなくなった。
しかし同時に少し心配にもなった。
自慢じゃないが俺はモブの中では結構速い。しかも先に本格化している先輩だ。主人公に対して余計な心配かも知れないが、もし未来的に彼女達と同じレースを走る事になれば俺が勝ってしまう可能性が微粒子レベルで存在する……かも知れない。
正当な研鑽と努力で得た力であれば「頑張って主人公に勝てたドミ! 嬉しいンゴ」と無邪気に喜べもするだろうが、俺の速さは努力も苦労もせずチートで得た偽りの力である。今までは自分が主人公だという思い込みもあって構わず公式レースにも出ていたが、ただのイレギュラーモブという事であれば話が変わってくる。
なんというか、こう……ちゃんとモブとしての役割に徹しないといけない気がするのだ。チートを持っているのに自重できるなんてサスガダァ……(自画自賛)。
俺は体がウマ娘なので走るのが大好きだが、中身が人間だからかその欲求は本番のレースじゃなくても発散できる。名誉にも興味ないし、重賞レースの格の違いなんかも分からない。実にモブらしい価値観だと言える。
よし、今後の俺の主戦場は野良レースにしよう。少なくとも、ウオッカとダイワスカーレットに絡みそうなレースには出ないようにしよう。申し訳ないが主人公達の邪魔をするのはNG。
野良レースというのは、併走やランニングを行っているウマ娘を俺が勝手に追いかけて粘着する遊びである(大迷惑)。最初は文句の一つも言われたものだが、最近は抵抗するのを諦めたのか自主的にレース形式にしてくれるウマ娘もいたりする。
そうして突発的に開かれるレースが野良レース(闇)だ。事務仕事に追われている生徒会の先輩から、チームでのトレーニングを終えてヘロヘロになっている後輩まで様々なウマ娘が入り混じったまさに闇鍋状態のレースであり、開始時のコンディションが違い過ぎて勝っても負けても互いの実力が分からないというヤバ過ぎる催しである。
全員楽しいから走ってるだけ。モブは快楽主義のアホなのだ。
■ウオッカとダイワスカーレット
なんと実在する馬をモチーフにしているキャラクター。
『ウマ娘プリティなんとか』の主人公ですねこれは……
■二万円
有馬記念