競馬無知のTSウマ娘、なんか走るのが速いモブ達に絡まれる   作:だすと

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トウカイテイオー視点です


黄金の光輪

 サンサーラブレッドは──強い。

 目を疑うような厳しいトレーニングで鍛えられた体。数多の併走で研ぎ澄まされた精神力。そして、世界を”彼女とそれ以外”に分けようとする異質な領域。走り、競い、勝利しようとするウマ娘としての本能が、彼女との戦いを避けろと警鐘を鳴らす。

 

 サンサーラブレッドは──選別する。

 レース中に彼女が見せる才能と幻想はウマ娘の覚悟を問い、持たざる者の心を折る。しかしそれに喰らい付き、立ち向かわんとする者には躍進の切っ掛けを与えるとも言われる。

 

 サンサーラブレッドは──孤高だ。

 孤独ではない。交友関係も広い。しかし自分から他人と距離を縮めようとはせず、去る者を決して追おうとしない。「いやサラっちはむしろノリノリのノリピっしょ」という者もいるが、彼女の強さと冷徹な雰囲気が多くのウマ娘に壁を感じさせているのも確かだ。

 

 

 

 そして、サンサーラブレッドは──

 

 

 

 


 

 

 

 

 チームでのトレーニング中、例の先輩ウマ娘が野良レースを開催するという情報を掴んだトウカイテイオーは、事前にトレーナーと相談していた通りにチーム練習を切り上げてその場所へと急いだ。

 辿り着いたのは第三練習場。コースの向こう側、簡易ゲートが設置されている付近に目を凝らすと、参加者らしい何人かのウマ娘がストレッチを行っている姿があった。

 

「野良レースやるんだって? ボクもボクも!」

「……トウカイテイオー」

 

 目当ての人物に声をかけ、合流する。

 非公式とはいえ『レース』という言葉にはウマ娘として少し敏感になってしまうが、これが無理のない併走である事が知れ渡っている今では止めに来る教員もいない。参加しているウマ娘の担当トレーナーが数人、安全に配慮して監督しているだけだ。しかし彼らの眼は、自分の担当ウマ娘が何かを掴む事を願って確かな熱を持っている。

 

「今日こそはボクが勝っちゃうもんね! 先輩の走りをよく見るようにってカイチョーにも言われてるし、序盤から徹底マークしちゃおっかな〜? 前ばっかり気にしてたら後ろからびゅんって追い抜いちゃうから!」

「んー」

「そうやって余裕ぶれるのも今の内だよ! 今日はトレーナーから秘策だって預かってるんだもんね!」

「そう……」

 

 腕を組み、邪魔そうに胸を持ち上げながら難しい顔で参加者を眺めているのは一部界隈で有名なサンサーラブレッド。

 そんな彼女に話しかけ、一言で会話を済まされている様子は他者の目には邪険に扱われているようにも映るだろうが、実際はそうではない事をトウカイテイオーは知っていた。

 

「サンサーラブレッド先輩、ほんと塩対応よね……」

「うん、私達もされたいよね。本人はクールで凛としてるタイプなのにどこか艶が感じられる声色が最高にエッチだよ。耳が孕むなぁ……」

「キッショ」

 

 少し離れた場所のウマ娘達が何やら言っているが、塩対応というのは正しくもあり誤解でもある。

 サンサーラブレッドは決してコミュニケーションを面倒臭がって生返事をしているわけではなく、様々な思考や配慮をしながら言葉を選んでいるだけなのだ。その結果、大幅に圧縮された一言が出てくる割合が多いだけで。

 あの日彼女を紹介してくれた会長から事前にそう聞いていたし、それを意識しながら交流していくにつれトウカイテイオー自身も彼女の機微を少しは感じ取れるようになっていった。

 

「先輩、始めましょうか」

「おー。お手柔らかに頼むでー」

 

 全員の準備が終わったのを確認したサンサーラブレッドが、参加者の中で最年長の先輩に声をかけて簡易ゲートに向かっていく。

 直前まで雑談に興じていた同期も、担当トレーナーと熱心に策を練っていた先輩も、そして自分も。全員がパチリと思考を切り替え、ギラギラとしたものを瞳に灯して歩き出した。

 

(体調は問題ない。靴も大丈夫。疲れてるのは……全員一緒)

 

 膝までの低いゲートに収まる。誰が用意したか、家庭用の遊具に近い代物ではあるが、『ゲートに入った』という事実が否応なしにウマ娘としての本能を刺激し、緊張感を高めていく。

 高い集中状態。視界が中心に向けて引き絞られ、遠くをより鮮明に認識できるようになっていくのが分かる。

 

 今回の作戦は、逃げだ。

 まるで安い手札を切るような気軽さで毎回使ってくる彼女の領域を間近で肌に受け、その感覚を手にしようというのが目的の一つ。そしてもう一つは、ほんの一瞬でも彼女に干渉するタイミングを作るためだ。

 誰かが何かを仕掛けないと、サンサーラブレッドは本当に独りになってしまう。今回は他に参加している上級生がその"何か"を担ってくれるだろうが、そこに自分が一枚噛む。不確定要素を上乗せする。

 慣れない策ではあるが、走り切る事を諦めてはいない。つけ焼刃のラップ走行もどきも練習してきた。

 

「そんじゃ、いくぞー」

 

 スタート役のトレーナーが手を上げ、もう片方の手を安っぽい操作ボタンに乗せる。

 大きく息を吸いながら数分にも感じる数秒を待っていると、やがて思った通りのタイミングで薄っぺらいゲートがへにゃりと開いた。

 

 

 

 

 § § §

 

 

 

 

「まぁ……最後のは後出しジャンケンみたいなモンやな。やるやんけサラ。ウチも色々と勉強させてもらったわ。けど次はもうちょっとマシな状態からやりたいなぁ、お互いに」

「そう……ですね」

 

 レース後。はしたなく体操服で汗を拭うサンサーラブレッドに、一着となった上級生の先輩がタオルを投げつけて楽しそうに話しかけている。話を聞くに二人とも本調子ではなかったようだが、それでも三着以下を大きく突き離す結果となった。

 

 肝心のレース内容は……説明が難しい。見たままを伝える事しかできそうにない。

 

 最終コーナーまでは思惑通りギリギリで先頭を維持できていた。しかし、カーブを曲がり切るかといったタイミングでサンサーラブレッドが外に膨らみながら横に付き、ラストの直線に入った頃に参加者全員の時間を奪いながら飛翔した。

 

 全てが停滞した暗闇の中、一直線に並んだ光輪の中を走るのは一人の少女。黄金の輪を潜る度に加速し続ける一筋の弾丸となった彼女は、瞬く間にこの世界から離れて暗く寂しい場所へと向かっていく。

 

(ダメだ……! 止めないと……っ!)

 

 彼女が離れていく前に。何かを失ってしまう前に止めなければ。

 そう思って必死で前に出した足は、奪われて停滞した時間の中では呆れる程に遅かった。

 あんな領域をレースの度に繰り返し使っていたら、彼女はいつか本当にどこかに行ってしまう。そんな確信めいた予感がする。

 それを近くで見ていながらも止める力を持っていない自分の不甲斐なさに、トウカイテイオーは歯を食いしばった。

 

 

  ──白い稲妻、見せたるで!

 

 

 遠ざかっていく彼女をなんとか引き留めるために手を伸ばしかけたその時、気付けばもう一人の先輩が前に出ていた。

 色を失った世界に轟く雷鳴。強く踏み込む度に落ちてくる極大の雷が、一人の少女を何も無い空間へと連れ去ろうとしていた黄金の光輪を撃ち砕く。

 雷を纏いながら飛び上がって何とも言えないポーズを取った芦毛の先輩は、そのままサンサーラブレッドを追い抜いて彼女を物理法則下に引き戻した。

 

(体が、動く……!)

 

 世界が色付き、停滞していた時間が動き出す。

 領域に飲み込まれてから何秒が経過したのだろうか、傍観者でしかなかった自分に走る事がようやく許された時、気付けば前の二人とは大きな差が生まれていた。

 なんとか追い縋ろうとしたものの、間近で受けた領域と慣れない逃げによって既にスタミナは使い果たしていたらしく、逆噴射という言葉が生温い程に失速。ヘロヘロになってゴールした頃には、夜間練習のウォームアップとして参加していた同期のウマ娘にすら追い抜かれているという悲惨な有様となった。

 

 あの時最前線にいたからこそ得難い体験ができたのは確かだが、結局二人に干渉する事はできなかったし、普段通りに走っていればもう少し先輩にも良いところが見せられたのにと思わずにはいられない。

 

「ボチボチええ時間やしウチは帰るわ。ゲートの片付けとかはどうすればええんや? あれ誰かの私物やろ?」

「いえ……持ち主が片付けるので、大丈夫です」

「そか、すまんな。んじゃ、みんなお疲れさん。ちゃんとストレッチはやっとくんやでー」

「はい。お疲れ様です」

「「ありがとうございました~」」

 

 小さいながらも威厳のある背中が遠ざかっていく。

 何度も肩で息をしてようやく息を整えたトウカイテイオーは、無表情で帰り支度をしていたサンサーラブレッドに話しかけた。会長から頼まれていた用事を思い出したのだ。

 

「ねぇねぇ、先輩ってまだ時間あったりする? カイチョーが少しだけ話したい事があるって言ってたんだけど。多分まだ生徒会室にいるんじゃないかな」

「……今日は忙しい。断っといて」

「ほんとにぃー? あっ、でもカイチョーが新しいコーヒー豆を手に入れたって言ってたよ。これは気になるんじゃない?」

「インド人ウソつかない。忙しい」

「先輩日本人じゃん……すごく高い豆だって言ってたよ? なんだっけ、確かコピ・ルアクとかいう──」

「待った。……暇かも知れない」

「え?」

「今暇になった」

「……そういうゲンキンなところ、治した方が良いと思うな。ボク」

「インド人すぐウソつく」

 

 さっきまでレースで圧倒的な力を振りかざしていた相手とは思えない間の抜けた会話。異質な雰囲気のアスリートから一人の少女に戻った先輩は、単に高い珈琲を求めて校舎に向けて歩いて行った。

 嬉しそうに尻尾を高く振っているのは自由だが、異国人の悪口を言うのは止めた方が良いのではないか。トウカイテイオーは、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サンサーラブレッド先輩、汗でしっとりした全身の香りがこう……下半身にクるよね……。あの汗がたっぷり染みこんだタオル、どれだけ甘みが濃縮されてると思う? 顔埋めて深呼吸したら頭トロトロのグズグズになっちゃうよ。土下座したら売って貰えたりしないかな」

「キッッッッッッショ」

 




■簡易ゲート
熱血新人トレーナーの私物。
子供の競技用ゲートよりも更にショボい玩具のゲート。

■芦毛の大先輩
伝説を作った名バの一人。
うどんはオカズだと言うその主張には関西人である作者も困惑。

■後輩モブ
欲望に忠実なヤベー奴と、友人相手にもちゃんと思った事を言える少女のコンビ。

■コピ・ルアク
旨けりゃ何やってもいい。珈琲の真理。
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