競馬無知のTSウマ娘、なんか走るのが速いモブ達に絡まれる 作:だすと
イカロスの翼
〚 ジュニア級 デビュー前 〛
(果てしなく続くwinning the soulー! ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ! ハイッ! …………あれ?)
気付いた時、俺はペンライトを胸に抱きながらノリノリで生徒会長の挨拶を聞いていた。ライブ会場だと思っていたここは体育館で、先輩モブと折半してプレゼントした髪飾りを揺らして踊るトウカイテイオーや、いつもより格好良さが三割増しだったウオッカの姿はない。
なにこれ。
「えっ……サンサーラブレッドさん? どうしてペンライトをお持ちになっていますの……?」
隣から困惑した声がする。視線を向けると、そこには見知ったクラスメイトの姿があった。彼女はこうした集会時の並びだけでなく教室の席も隣であり、モブながら中々に縁のある相手だったりする。まぁ、ここはライブ会場なのでクラスの席順なんて関係無いが。
それにしても、なかなか二番のAメロが始まらない。
これは一体…………いや、違う。ここは体育館だ。今は集会中だ。
混乱する思考を正し、加速させ、高度な情報処理によってビッグデータを有効活用し、優れた企業価値をイノベーションしてユビキタス社会にコミットした結果……どうやら今は年始に行われる全校集会の最中らしい事が分かった。それに合わせ、何故か俺も冬仕様の制服を着用している。あの日──俺がこの世界に来た日と同じだ。
今の生徒会長の挨拶もなんとなく聞き覚えがあるし、毎年文言が変わる横断幕も見覚えのあるものになっている。
クラスメイトに礼を言ってペンライトを制服に隠し、自分の体を検めながら状況確認を続けていると──とんでもない事に気が付いてしまった。
…………なんか筋肉減ってね?
これはいけない。
何かの間違いかも知れないので、鍛えたせいで余計なバストアップの原因になっていた自分の胸筋に聞いてみる事にする。
おい俺の筋肉。減ってるのか、減ってないのか、どっちなんだい!
寄せて、上げて、揉んで──理解した。
……減ってるわ。
どうして……?(現場ウマ娘)
今までの事は夢だったのか。時間が巻き戻ったのか。
中学生の妄想じみた事を言っている自覚はあるが、競走馬が擬人化されてるこの世界でファンタジーやメルヘンを否定する方が無理というものだ。俺自身、レース中に超能力みたいな事象を発生させられるんだから笑っちゃうんスよね。
時間逆行。記憶の重複。現実世界では起こり得ないそれは、ここが現実ではなく『ウマ娘プリティーなんとか』の世界であるという裏付けには十分だろう。いや、もう分かってたけど。
少なくともここが現実で、俺が自分を美少女だと思い込んでいる変態、かつ周囲の全員が精巧な馬のコスプレをしている少女だという可能性は消えた。
二年以上この世界で過ごして分かった事がそれだけとかヤバいね。チョベリバ(死語)。
俺の鍛え上げた筋肉はどこにいったんだ……? ウオッカとダイワスカーレットの自作応援グッズは? 途中まで貯めたカフェのスタンプカードは? 野良レースの参加者がくれた高級タオルは? トウカイテイオーが勝ち取った栄光は?
(無くなったのか、全部……)
昔考えた事があった。ここが作り物の世界だとして、元々の俺はどうなっているのかと。
まだ生きているのか。
もう死んでいるのか。
そもそも、元の俺なんているのか。
実はこっちが正しい世界で、俺は最初からこの世界に住んでいたのではないか。その中で急に、『前の記憶』とやらが生えてきただけの本物のウマ娘なのではないか。
……駄目だな。
無理にでもポジティブに考えていかないとどうにかなりそうだ。
俺は走るのが好きなだけのウマ娘、サンサーラブレッド。いつも通りの思考を再現しろ。やれるさ。
§ § §
ホームルームが終わり、いつもより少し早く訪れた放課後。俺はカフェテリアの売店でボトルコーヒーを買い、散漫としている考えを纒めるために校舎外れの休憩スペースへと向かった。
先客は一人。見知らぬ男が頭を抱えながらノートに文字を書き殴っている。
時間が経つと気分も落ち着いた。
いや、落ち着いちゃいけない状況なんだけど落ち着いてしまった。
ヤバイわよ! と思う俺の心と、ここが正しい居場所だとする本能が喧嘩して見事に精神の方が敗北した形である。
ざっこw 自我やめるわw
気も落ち着いた事だし、ここで一旦前を向こう。
正直、この世界に初めて来た時の方がショックは大きかった。失ったものが多過ぎた。泣いたり吐いたりするのはその時に十分過ぎる程やっている。
「……のに…………馬……な……」
先客の男が何やらブツブツ言っているのが気になって、俺は後ろから接近し、その肩から顔を出して手元を覗き込んだ。
男は安っぽいボールペンで素早く汚い字を量産していて、ノートには途切れ途切れの言葉ばかりが乱雑に散りばめられていた。まるで今の自分の心境を見ているようだ。
考えてみよう。
仮に時間が巻き戻ってしまっているとして、何の問題があるというのか。
こういう時にガチの問題を提起してしまうのは素人である。今必要なのは手頃なレベルの問題を掲げてそれを否定する事。それにより雀の涙ほどの安心感を得る事だ。自分の心を大切にしていけ。
パッと思いついた問題点は二つ。筋肉が減って走りが遅くなっているだろう事と、交友関係がリセットされているだろう事だ。
走りについては普通にもう一度トレーニングしていくしかないだろう。ウマ娘の体に慣れていなかった初期のトレーニングが非効率的だった事を考えると、むしろ伸びしろがあってお得だと言える。ただのモブがあれ以上強くなっちゃっていいんですかぁ?
交友については……あまり考えないようにしよう。知り合いに話しかけて忘れられてるのも嫌だし、今まで通り一歩引いた態度でモブっぽくしておけば受けるダメージを最小に抑えられるだろう。
この体が饒舌じゃない事もあり、他人から見た俺は無口で近寄り難いウマ娘という風評だった。あまり知人が多くなかったのは不幸中の幸いと言える。
……よし、全ての問題が解決したな!
フン、ザコカ。タイムリープごときが二度と俺に楯突くなよ。ぺっ。
このままの勢いで二度目の競走馬人生、イクゾー!
デッデッデデデデ
「これは……だから…………ここに……」
俺がどこかの王太子になりきって現実逃避していると、男の独り言がそれを邪魔して現実に引き戻そうとしてくる。うるせぇなこいつ(敬語)。
二つのベンチが向かい合うタイプの四人がけテーブル。その片方のベンチを占領している男を手と腰で押しやり、スペースを作って隣に座る。
俺はそのまま男の肩に背中を預け、青い空を見上げながら温かい珈琲を飲んだ。ほぅと息をつくと、白い蒸気が真っ直ぐに空へと昇っていく。
今後の指針(何も考えない)は決まったものの、まだ珈琲は飲み始めたばかり。ついでに今回の事象が起こってしまった切っ掛けについても考えてみよう。
思い返すのはあの日、日本ダービー後の出来事だ。
最後の瞬間、ステージ中央でトウカイテイオーとウオッカと鹿毛のウマ娘が歌っていた時、俺はペンライトを胸に抱き、心の中で合いの手を入れながら寿司の事を考えていた。そして、次の瞬間には体育館にいた。まるで世界が俺を──寿司屋に行かせたくないかのように。
ここから考えるに、タイムリープのトリガーは寿司屋だと考えるのが自然だろう。寿司という世界の真相に近付き過ぎた俺は、神の怒りを買ってこの翼を焼かれたのだ。
塔に閉じ込められたイカロスは翼を作って太陽に近付いたが、この世界に閉じ込められたサンサーラブレッドはライブに行って寿司屋を予約しようとした。
この両者に何の違いがあるというのか。いや、ない。
(寿司……回らない……回る……回転……輪廻、繰り返し……っ! そういう事か……)
全ての謎が一本の糸に繋がった(小さな名探偵)(ウマトキシン114514)。
真実に辿り着いた俺は、隣の男からペンを奪い『寿司屋黒幕説』についての考察をノートに書き込んでいった。既に書かれていた内容に半分くらいマグロ寿司が混じってしまったが、筋の通った内容にはなったので文献としての価値は飛躍的に上昇したと言える。
謎が解けたらトレーニングだ。この世界に来たばかりの俺は自身を取り巻く環境を呑み込むために数日を消費してしまっていたが、今は違う。既に生活に慣れているため初日からトレーニングルームに行けるのだ。
これが今回用意した改善チャートである。だから、プレワークアウトとしてカフェインを接種する必要があったんですね(筋トレRTA)。
飲み干されてしまった珈琲の空ボトルをリサイクルボックスに叩き込み、俺は来た道を戻っていった。
(トウカイテイオー視点)
「髪飾り……? あれ、テイオー。今朝そんなのつけてたっけ」
年始の集会を終えてホームルームを控えた教室。窓際の自席で小さな髪飾りに触れていたトウカイテイオーは、深緋色の耳カバーを着けた友人に声を掛けられた。
「ううん。いつの間にかあったんだよね。さり気ないけどオシャレな感じでカッコよくない?」
「え"、いつの間にかって……なんかヤバいものなんじゃないの、それ」
「あはは、大丈夫だよー。だってこの髪飾りは…………あれ? なんだっけ」
「ちょっとちょっと、やめてよねー。私、ホラーとか苦手だから……」
「えー、そんなんじゃないってー」
いつの間にかあった、というのは嘘でも冗談でもない。寮の部屋を出る時にはなかった髪飾りが、体育館から教室に戻る時にはついていたのだ。
友人の言葉を受けて客観視した事で気付いた。これは確かに奇妙な体験──あるいは怪奇現象の類いなのかも知れないと。しかし、何故だか恐怖や焦りといった感情は湧いてこなかった。
試しに髪飾りを手に取って眺めてみてもそれは変わらない。むしろ、嬉しい、誇らしいといったプラスの感情が心を温めてくれる。
「うーん……まぁいいや。今度サラ先輩にでも聞いてみよっと」
「サラ先輩……? テイオーの知り合いにいたっけそんな名前の人。どれどれ…………子供スクールにパンサラッサっていう凄い子がいるらしいけど、この写真の子がサラちゃん?」
「違うよ!? 先輩だってば!」
手早く端末を操作した友人が見せてきたのは、とある地域行事の日報。そこには子供用の交流レースで優秀な成績を収めたらしいウマ娘の写真が小さく掲載されていた。
確かに素晴らしい脚を持っているようだが……今言っているのはそのウマ娘の事ではない。
「サラ先輩っていうのは…………あれ……誰だっけ……」
「えぇ……? ちょっと、ホントに大丈夫? 初詣で頭とか打ってない?」
「大丈夫だってー。……んー、ま、いっか。なんかまた会えるような気がするんだよね、そこら辺で」
「先輩……なんだよね? なんか扱い雑じゃない……?」
何かを忘れた、何かを失ったような漠然とした感覚。しかしそれは、不思議と致命的なものではないように思えた。
その感覚があるからこそ、それを一度経たからこそ、ここからの自分はもっと楽しくなれる。もっと熱くなれる。
手のひらの上で蒼い光を反射している髪飾りを見ながら、トウカイテイオーはそう思った。
最近のチェーン寿司屋って注文制が一般的になっているので全然回っていませんよね。
携帯電話と同じように回転寿司が死語になる日も近い……?
誤字報告ありがとうございます。