怪傑! ガンド天狗!!!【一回完結】【アディショナルタイム】 作:PureFighter00
大阪芸人がやる頭の上にメガネを乗せてメガネを探す、あの鉄板ギャグだ。メガネ、メガネ。(ドッとウケる)
しかしそれも案外馬鹿にしたものでは無い。剣術修行者の間に伝わる道歌にもこうある。「奥義とは
我々は愚かにも、毎日「メガネ、メガネ」をしているのかもしれない。
「お母さん、大丈夫?」
流石にスレッタねえさんも心配している。死にゃしないと思うんだが……
「エアリアルに乗せたらガンド経由で無理やり起こす事も可能よ」
ベルさん……なんかいけない快感に目覚めてない? 大丈夫? ニカちゃんまで笑顔が固まっちゃったよ?
「う……うん……」
「お母さん、お母さん。エリーはここにいるよ。エリーは見つかった?」
ゆっくり目を開けたプロスペラ──エルノラ・サマヤは目の前のスレッタの顔に手を伸ばす。「エリー、エリクト・サマヤなのよ、ね?」
「さっき私を呼んだでしょ、エリーって。思い出した?」
「エアリアルの中には、エリーは居なかった……居なかったのよ……貴方は、誰?」
「お父さんの事も、カルド博士の事も思い出したよ……エアリアルが教えてくれたんだ……みんなの事」
問題が拗れた原因の一つは、スレッタが3〜4歳の頃の記憶を忘れた事にある。原因が判れば対処は簡単だ。記録は僕の中に残っているのだから、再び彼女に返してあげよう。断片的ではあるが(子供は3分前の事すらスカンと忘れるご機嫌な生き物だ)代え難い懐かしい日々をスレッタが再体験する事数日。スレッタはゆりかごの中で家族の夢を見た。もう返らない日々。正直研究施設としては立派だが、子供の居住環境としてはヴァナディースはつまらない所だった。ゾウさんの滑り台、キリンさんのブランコ、仲の良い友達、広々とした草原……何も無い、何もだ! 彼女がそれを忘れて何が悪い! それを覚えておいて欲しいと願うのは親のエゴだろう。
だから、僕は彼女の妹になった。僕は砂場の代わりで、滑り台の話をしてエリクト・サマヤと共に空想のブランコで遊んだ。スレッタは今も覚えている──僕と想像の草原で走り回り、転げ回った事を。あなた方は彼女に1人孤独に食卓でチューブ飯を吸う日々を記憶していて欲しかったのか! 父親の残り香がする枕を抱きしめて匂いを嗅ぐ3歳児の悲しみを覚えていろというのか、ねぇねぇ今日ね……と話しかけたのに「また後でね」と遮られた寂しさを死ぬまで抱えて生きろと言うのか!
だから、僕は返す記憶を選び抜いた。懐かしく思い出すアルバムに「全て」は要らない。家族の日常の一つ一つ、楽しかった事や嬉しかった事だけでいい──僕たちの様に全てを記録する必要は無いのだ。ゆりかごの中には暖かな思い出だけで良い。これが僕の結論だ。
「エアリアルが……?」
「エアリアル以外、ヴァナディースでの思い出を記録として残しているものはないでしょ? お母さんナディム父さんの写真すら持ち出せなかったじゃない……これ、エアリアルから」
銀のロケットだ。ペンダントヘッドの頭を押し込むとパカリと開く。
【ロケット】
V2とかサターンでは無い(それはrocket)。綴りはlocket。ペンダントみたいな物で大きめのペンダントヘッド部分に開閉機構があり、ここに大切な品や毒殺用の毒薬入れたりして携行する。
ロケットの中には、ルブリス建造中の1シーンであろうか……自信に満ち溢れてルブリスを満足げに見上げるナディムの写真が納められていた。それは僕の1番最初の記録でもある。
「エアリアルからの視点だから──頑張って拡大しても画素が……でも、私この顔のお父さんが1番好き! お父さんって感じがする……」
「そうね(彼女が素早くスレッタの眉毛を一瞥したのを僕は見逃さなかった)、ナディムってこんな顔だったね……」
「良かった、お母さんが喜んでくれて」
エルノラ・サマヤの脳裏にサマヤの家名を継いだその日の記憶が甦る。時として人は嫌な事だけではなく「大切なこと」も忘れてしまう。
ヴァナディースに戻る道すがら、月面市役所に婚姻届を出したあの時……
【婚姻届】
無論宇宙に人類が進出して100年が過ぎようとする時代であるから、婚姻届もデジタル化しており紙で出す意味は無いのだが──イベントとして大変愛されているので結婚・離婚・出生届は古風な「紙の申請書」が残っている。勿論受け付けの派遣社員も、何してんだか判らない役所の正規職員も、その瞬間には手を休めて祝福の言葉を投げる美習は続いていた。
「良かった、君が喜んでくれて」
はっきり思い出した。ナディムのはにかむ様な優しい笑顔。そして気付く、スレッタの笑顔はナディムそっくりだ。眉毛というサマヤ家の強烈な遺伝子の偉大な成果だけではなく、ナディムはこの子の中に今も生きている。スレッタは、エリクト・サマヤは間違いなく私とナディムの子だ。何故疑ったり訝しんでしまったのだろう?
熱い涙が頬を伝う……のだが!
「ね? ちゃんとお母さん私のことエリーって呼んだでしょ、みんな!」
「え?」感動の洪水からいきなり現実に引き戻されるプロスペラであった。
「いやー、ベルさんがガンドで痛み与えるスイッチを景気良く回した時は焦ったよー」スレッタは口が「スベッタ」──ベルメリアはその言葉を聞いた瞬間死を覚悟したという。
「折角用意したのだがな……」デリング総裁は雄渾な筆致で
「はーい、ギャベル、ヌーノ、500ずつ出して。私とスレッタの一人勝ちよ!」ミオリネは掛け金の回収を始めた。
「え? 何? どういう事? ゴドイ?」
「いやぁ、スレッタに土下座までされて頼まれて」
「一芝居打たせて貰った。感動的だったな」
先程までのイイハナシダナー・アトモスフィアが霧散して、黒々とした雷雲と闇を切り裂く稲光が音なく雲を、雲の下の皆を照らす。
「あなた方はァ……」
プロスペラの背後では風神雷神がご機嫌なドラムロールを叩いていた。ベルメリアのみが一瞬後の惨事を予見できて強く目を瞑る!
女は弱し、されど母は強しとは誰の言葉だったか。怒れる母親の裂帛の気合いはクワイエット・ゼロ最下層に12億ボルト、51万アンペアクラスの雷鳴の様に響き渡り、その衝撃はエアリアルことキャリバン・メルクリウスまでビビらせた。それは
この後激しく説教された。