後のグレースが音楽隊を作るに至る契機となったであろう過酷を極めたダンケルク撤退戦を主軸に、新たな道を一歩踏み出す若きグレース少尉の姿を完全オリジナルストーリー化。
そしてそこには、最終回、写真に映るあの人も、、、
全編を通して「永久の寄す処」がテーマです。
■登場人物
▼グレース・メイトランド・スチュアート
航空隊小隊長(大尉)
幼いころ声楽家に憧れた歌の大好きなお姉さん
イスパニアの戦いで使い魔「ギャレット」との別れを経て、今後の生き方を考える
▼ミリー
グレース小隊のウィッチ
ちょっと勝気な面倒見の良い女の子
▼シャーロット(ロッテ)
グレース小隊のウィッチ
紅茶とお菓子作りが好きな優しい女の子
▼ノア・グレスリー
元楽団のトランペット奏者
戦場にてマウスピースを御守りに戦う若き将校
ープロローグー
(イスパニア 春 1942)
その時は、あまりにも突然訪れた。
雲高く穏やかな春の青空の下、
最後の戦いで長年連れ添った使い魔が今その役目を終えようとしていた。
「、、、ギャレット、私を一人にしないでよ、、、」
使い魔の意識が消えていくのがグレースにもハッキリと分かった。
彼女は人目もはばからず泣いた。
「大尉、、、」
ミリーがその頭にそっとスカーフを掛けてあげる。
木々の葉はまだ芽吹き始めたばかりの、
いつもの年より遅い春が始まっていく。
(フワッ、、)
風がタンポポの綿毛を舞い上げる。
ー『グレースの春の歌』ー
(ブリタニア 夜更けのリベリオン航空隊宿舎 1942)
5日後の夜、
グレースは宿舎の自分の部屋でベッドに横たわっていた。
頭ばかり冴え、全く寝付くことが出来ないまま、夜が更けていく。
『ああ、これから私は何をすれば良いのだろう?』
ウィッチではなくなった今、自分には何が出来るのか?
そんなことを悶々と考え続けてる。
(ガランッ!)
ベッドわきの飾棚の裏から何かが落ちた。
鈍い真鍮色のそれは、古いトランペットのマウスピースだった。
『ノアの!?、、、』
それを見て驚くグレース。
「もう、どこかに行ってしまったと思ってたのに、、、」
手に取り上げた途端、忘れかけていた様々な記憶が甦ってくる。
楽しかったひと時でもあり、
とても辛い記憶だった。
グレースは過酷さを極めたダンケルク撤退戦で出会った、一人のトランペット奏者のことを思い出す。
ーノアとトランペットー
(ガリア 1940)
ガリアでのネウロイとの戦いは、パリの陥落で幕を閉じた。
撤退兵団は今、ダンケルクの海岸から120kmの距離にいた。
ブリタニアに在駐するグレース達リベリオン航空小隊もまた、ガリア軍の要請で今この撤退戦の護衛に当たっていた。
午後の哨戒を終え仮設テントで休息を取るグレースに、若い将校が明日の作戦票を持ってきた。
ありがとうと紙を受け取る彼女は、その兵士の胸元に光るものに気づいた。
「あなた、それマウスピース? トランペットの、、」
彼が答えた。
「ああ、よく知っていますね。以前、楽団で吹いていたものです」
「でもそれだけじゃ、、、」
演奏することは出来ないでしょう?とグレースは申し訳なさそうに言った。
「い~え、これだけでも吹ける曲も有りますよ」
若者はマウスピースを咥え、小さな曲を上手に吹いて見せた。
「すごい!!マウスピースだけで、、、上手なものね!」
「私も子供のころ声楽家になりたかったんだ。だから音楽は大好きよ」
久しぶりの楽器の音色に興奮したグレースが言う。
「ありがとう。でもまあ、本格的に楽団で吹ける日がいつやって来るかは今は分かりませんけどね」
彼はちょっと寂しそうにそう言った。
「大丈夫よ。この戦争が終わったらまた、音楽家にだって何だってなれる日がくるわ」
「私たちウィッチだって頑張ってるんだから。任せといてよ!」
青年は少し驚いたあと、笑顔で言った。
「はっはっはっ、頼もしいお嬢さんだ」
それが、グレースとノア・グレスリーとの最初の出会いだった。
撤退は遅々としてなかなか進まない。
なにせ活性化するガリアのネウロイの追撃を退けながらの行軍だ。
グレースらリベリオン航空部隊も、駐留するブリタニアに戻りながら機体の整備や補給を整え再度ガリアに渡っては撤退部隊の護衛に当たっている。
(ブゥーーーーーーーーゥンッ)
『とはいえ、ここ数日は敵の纏まった攻撃も少なくなってきている』
グレース達ウィッチはいま、ネウロイの哨戒のため空に上がっていた。
今日は敵の姿はまだ見えない。
地上には行軍する兵士達の隊列が小さく見えている。
最後尾の車両にはノアが乗っているのだろう。
グレースは先日のことがあって以来、何かとノアと話すことが多くなっていた。
彼女の航空団にはいない音楽の話し相手として、彼はうって付けだった。
ただし頼めば吹いてはくれるものの、ノアは自分から曲を吹くことはない。
そもそもマウスピースだけで大した演奏など出来るものではないのだから。
『本人も言うように、お守りなのだろう』
彼女はそう思う。
先日、グレースは聞いてみた。
「ノアはまたトランペット吹いてはみたくはないの?」
少しの間をおいて彼が答える。
「それは思わない事はないけど、今はなるべく損害を少なくしてブリタニアに帰ることが先決だよ。
僕にはそうしなければならない責任がある。」
撤退軍の最後尾に位置するこの中隊は、確かに重要な役割を担っており、それに伴う損害も少なくは無い。
中尉として隊を指揮する側にある彼の言動は尤もだと言える。
とはいえ、心までガチガチに固まってしまった軍ほど、人間ほど脆いものはない。
『少しの休息は必要なのでは?』そう思うグレースだった。
ある日、補給を終えブリタニアから戻ってきたグレースはノアに包みを差し出した。
開けてみると真新しいトランペットが入っていた。
こんな高価なモノをと困惑するノアに、知人から安く譲って貰ったのよと言うグレース。
実際はロンドンの楽器屋で2か月分の給料をはたいて買ったのだが、最終的にはどうしてもと言うグレースに根負けする形となったノア。
「ありがとうグレース。このトランペット、大切にするよ」
「ふふふっ、喜んでもらえて嬉しいわ」
「じゃあ、ちょっと吹いてほしい曲があるんだけど、、、いいかしら?」
その後グレースは、ノアに真新しいトランペットで何曲も吹いてもらった。
遅い春の訪れに芽吹き始めたばかりの木々の若葉に、雲高い青空に、
トランペットの鮮やかな音色が響いてゆく。
それは戦争と言う非日常に久方ぶりに訪れた素晴しい時間(とき)だった。
周りの兵士たちもノアの演奏に聞き入っている。
早くこんな平和な日常が戻って来れば、どんなに嬉しいか、、、そうグレースは思う。
最後の曲の演奏を終え、みんなの喝采を浴びるノアがグレースの隣に来て腰をおろした。
「ありがとうグレース!一つ夢が叶った気分だ!」
久しぶりのトランペットの演奏に、ノアはかなり興奮しているようだ。
「人生一の演奏だったかしら?」グレースが悪戯っ子のように言う。
びっくりした表情を見せるノア、しかし直ぐに穏やかに笑って言った。
「一番は、まだ取っておかなきゃ、、、僕には夢がある。」
そしてノアは、自分の夢を語った。
幼い頃、祖母に連れられて行ったコンサートの思い出を。そしてそれ以来、音楽が自分の目標となったことを。
この戦争が終わったら、音楽家として世界中を廻って人々に音楽を届けたいのだと。
音楽には、それだけの力があるのだと。
グレースは、そんな彼の言葉一つ一つに優しく相づちを打っていった、、、
「また、もう一度アルバートホールで演奏することが出来たら、それはどんなに素晴しいか!」
「ふふふ、そうね!」
つられてグレースが笑う。
そう子供のように夢を語るノアの顔は、春の木漏れ日を受けて輝いていた。
ー海峡のトランペットー
空には暗雲が垂れこめ、ダンケルクの海岸はさながらモノクロ映画のようだ。
最後の撤退部隊が海峡に着いたのはパリを発って約1月が経った頃だった。
海岸にはブリタニアに渡るボートがひしめいていた。
しかし、ここにきてネウロイの攻撃も激しさを増しており海岸を離れる前に沈んでゆく船も少なくない。
もちろんここで仕掛けてくることは当初から予測の一つとしてあったが、ここ数日の平穏さに、『もしかしたら、敵も追撃を諦めたのでは?』という気の緩みがあった。
そしてその兵と船を守るために奮闘してるグレース達ウィッチの弾薬や燃料も限界に近付いていた。
「このままここで戦い続けていては、君たちはまたダンケルクに戻ってくるどころか、ブリタニアに帰ることすらできなくなる。」
「君たちは本当に良くやってくれた。だからこそ帰れるうちにこの海峡の向こうに帰るべきだ」
まだ崖の上に位置する殿(しんがり)部隊の指揮を執っていたノアがグレース達、航空兵団のウィッチに言った。
「でも、兵士たちの士気も限界にきている。このままでは全滅してしまうわ!」
小隊長のグレースが言葉を返す。
ネウロイの砲撃が勢いを増している。戦場に響き渡る音だけでそれが分かる。
常に敵の攻撃に怯えながらの一月にも渡る撤退劇に、兵士たちの疲労、心労ともにピークに達していた。
ようやく戦場を離れられると思った矢先の、敵のこの総攻撃に兵が一人、また一人と倒れていく。
護衛にあたるウィッチ達の犠牲もかなりの数に上っていた。
「いや、君たちだけでも帰るんだ。」
「でも!」
ノアは静かに言った。
「間違えないでくれ、グレース、、、」
「ネウロイとの戦いはこれからもずっと続いていくだろう」
「今日勝てなければ明日、そしてそのまた明日、僕たち人類は勝ち続けなければいけない」
「そのためには絶対、君達ウィッチの力が必要なんだ」
「君たちは明日勝つためにこの海を渡るんだ! 君達が人類の希望なんだ、、、」
軍人であるグレースには、それ以上何も言い返す言葉が見つからなかった。
「な~に、僕たちだって全滅するつもりなんてないよ、、、」
ノアが、わざと笑顔をつくってグレース達に語りかける。
「まだ、大丈夫!」
「僕は信じてる、、、」
「音楽には人の心を動かす力があるんだって」
その手にはトランペットが握られている。
「一隻でも多くの船がこの海峡を渡れるよう、僕は僕がやれることをする。」
(スゥーーーーーーッ、、、)
大きな呼吸の後、
海岸線を見降ろすその崖の上でノアはトランペットを吹き始めた。
穏やかだが、力強いその音が海岸じゅうに、今まさに戦いの続く戦場に響いてゆく。
優しい音色に、先ほどまで取り乱していた兵士たちは冷静さを取り戻し、
金色のノアのトランペットから紡ぎだされた旋律が、にび色の空に、海に、兵士達の心に色を与えてゆく。
やがて、その音色に応えるように雲間から幾筋かの光りの帯が伸び、
海岸の兵士たちを照らした。
「、、、、、、パッ、、パチ、、パチ、パチパチ、パチパチ」
ノアがトランペットを吹き終えると、銃弾の飛び交う音の中、次第に拍手が湧きあがっていった。
そして、それはやがて歓声に変わってゆく。
兵士が叫ぶ。
「必ず、、、必ずブリタニアに俺は帰る!!」
「ああ、俺もロンドンに帰ってマリーにプロポーズするんだ!ゼッタイ、生きて帰るんだ!」
希望を失いかけていた兵士達に活力が、勇気が戻ってきた。
止まりかけていた時間が再び動き出す。
「すごい、、、ノア!!!」
音楽のもつ奇跡を目の当たりにして高揚したグレースは、ノアを振返った。
「ノア?、、、」
トランペットを構えたまま目を閉じた横顔のノアは、何か特別なことを想っているように彼女には見えた。
そして暫くの後、彼は言った。
「大丈夫だ、僕たちはまだ戦える。ここは任せて、君達は行ってくれ、、、」
横顔のまま空を見つめてそう言った彼の目はとても優しかった。
「、、、わ、、、解ったわ!」
グレースは後ろ髪引かれる思いながら、力一杯笑って言ったつもりだった。
でないと今の感情を抑えることができない、そう思ったから。
『もしかしたら、もう二度と会うことは出来ないかもしれない』
彼女は海峡の向こうのブリタニアに向かって飛んだ。
真っ赤な目で、ただ前だけを見て、、、、、、
水平線に小さくなってゆくグレース達ウィッチを見つめながら、ノアはトランペットを吹き続けた。
この空の向こうの故郷、ブリタニアに届けと、、、私の魂だけでもそこに届けと言わんばかりに。
いつまでも、いつまでも、、、、
海峡にトランペットの音色は響き続けた。
・・・・・・・・・・・・・・
2日後、再びダンケルクの海岸に戻ったグレース達ウィッチが見たそれは、
一面の荒野と幾千もの兵士の遺体が折り重なる光景だった。
「・・・」
最年少のロッテが目を背ける。
そしてグレースは、そこでノアの死を知った。
最後まで彼の遺体は見つからなかったらしい。
下士官が彼女に布切れの包みを差し出す。
「ノア中尉の形見です。グレース少尉にお預けします。」
『あ、、、』
それは彼女の贈ったトランペットのマウスピースだった。
ノアとの最後の記憶が頭を巡り目頭が熱くなる。
『いけない。今はまだその時じゃない。(まだ戦いは続いている、、、)』
グレースは唇を噛みしめた。
相変わらずの、にび色の空と海のガリアの地で、そのとき
グレース少尉のダンケルク撤退戦は終った。
(ブリタニア 夜更けのリベリオン航空隊宿舎 1942)
ベッドの上に仰向けになり、右手に持つトランペットのマウスピースを眺めるグレース。
揺らめくランプの明かりに照らされて、それは鈍い金色に光る。
『なんで今まで忘れていたのだろう、、』そう思えて仕方が無いぐらい、ノアとの思い出が次から次へと浮かんでくる。
海峡まであと1日となった晩、暖をとる焚火の前でノアが言った。
「正直この戦いは厳しいと感じてる。」
「でも、僕たちはけっして諦めてはいけない。
終らない夜はない。いつかきっと金色に輝く朝が来る。」
(現在 ベッドに横たわるグレース)
『登り続ければ、先に進めさえすれば、道は長くとも、いずれ見たことのない景色がそこに広がっている・・・だって、』
「たとえ楽団に戻る日は来なくても、僕はトランペットを吹き続けるよ。」
そう言って笑う彼の顔がとても眩しかった。
両腕で顔を覆うグレース。
袖の隙間から光るものが零れる。
「そうね、、ノア、、、」
そう声を振り絞るグレースの唇は、無理に作った笑顔に歪んでいた、、、
「」
(スゥッ)
「、、、、、はあーーっ」
そして、彼女は歌った。
使い魔「ギャレット」のことを想い、
ノアとそのトランペットの旋律を想い、
戦いで死んでいった全ての仲間たちを想い
グレースは歌った。
ふるえる声で、
その魂の続く限り、、、、、
夜が明けていく。
『・・・だって、この世界はやってみなくちゃ分からない事だらけだ。』
そう言ったノアの言葉が、いま
グレースの心に降りてゆく。
「、、、まずは一歩から、始めてみましょうか」
窓から射し込んだ朝日がベッドに横たわるグレースの横顔を照らす。
その顔は優しく微笑んでいた。
いつもの彼女がそこに居た。
両の拳を天上に突き上げ、グレースは言った。
まるで自分に言い聞かせるように。
「ぜ~ったい、誰も見たこと無いような音楽隊、作ってやるんだから~!!」
(朝日を浴び金色に輝く右手のマウスピースと微笑むグレースの引き画)
『見ていてね、ノア、、、、』
グレースの新たな物語が、いま始まる。
ーおわりー
ー2年後ー
(ブリタニア 統合作戦本部 1944)
・・・カッ、カツ、カツ、カッ
「グレイス・メイトランド・スチュワード少佐?」
その人がグレースに話しかける。
「はじめまして。私の名はフェリシア・ルイーザ・グレスリーと言います」
「ダンケルクの撤退戦では、孫がたいへんお世話になりました。」
そして、、、
運命が動き出す。
(OP曲スイッチオン!)