『ふむ…じゃあ ヘリに乗って もどってきてくれたまえ』
どんな世界でも夕焼けは美しい。
ヒトが支配する星であろうと、イカが支配する星であろうと。
沈む太陽が染める赤い空。一面に広がる夕日の色。
いつだって、どこだって、美しい。
例えその場所が戦場であろうと。
イカとシャケが死力を尽くして戦う地獄の底であろうと。
茜色に染まった世界は、やっぱり美しい。
『おつかれさま 今回はこれで おしまいだよ』
この日も、一つの戦争が終わった。
『ふむ…じゃあ ヘリに乗って もどってきてくれたまえ』
紫のインクに塗れたアラマキ砦に、クマサンの淡々とした声が響く。
アルバイトの成功を喜んでいたイカ達がスーパージャンプの体勢を取り、周囲を旋回しているヘリコプターに、次々と跳躍して乗り込んでいく。
「あれ?」
ヘリの中。イエローのツナギを着たイカがすぐに異変に気づいた。
「一人いないぞ」
ブルーのツナギを着たイカが言う。
「戻ってきてない?」
と、グリーンのツナギを着たイカ。ヘリの中にはこの三人しかいない。
「どこいったんだろ」
「落ちた?」
「いや、最後までいた」
「早くしないとヘリ行っちゃうよ」
「ラストの方で高台に登ってなかったか」
「あの渦巻きのやつ?」
「そう」
ヘリのドアは開け放しになっている。イカ達はそこから身を乗り出して、下を覗く。
すぐに見つかった。
ブラックのツナギを着たイカ。今日最後の支給ブキであるスプラシューターを、だらんと指にぶら下げている。
彼は高台の上にいる。螺旋状の坂を上った先の、このアラマキ砦で一番高い場所だ。足元には、今日のナワバリの色である紫のインクが広がっている。
彼はそこで立ち尽くしている。他には、誰もいない。
その視線は、西の水平線にあった。
沈みかけた太陽。
赤い空と、赤い海。
夕焼けの色。
いつだってどこだって美しい、茜色の世界。
彼は、それを見ているようだった。
「おーい!」
「戻ってきてー!」
「置いてかれちゃうよー!」
ヘリのイカ達が口々に叫ぶ。
と、ブラックのツナギのイカは、はっと我に返った様子でイカ形態になり、スーパージャンプの準備を始める。
すぐさま飛び上がり、ヘリの中に無事チャクチする。直後、ヘリはアラマキ砦の旋回をやめ、バンカラ街への進路を取り始めた。
「危なー!」
「ギリギリー!」
イエローのツナギのイカとグリーンのツナギのイカがはしゃぎながら言う。通常起こらないアクシデントを、むしろ楽しんでいる様子だった。
「何してたんだよ」
と、ブルーのツナギのイカ。こちらは落ち着いた様子である。
「最近クマサンこっちから話しかけても全然答えないし、下手すりゃマジでほっぽりだされてたぞ」
「あ、やっぱ気のせいじゃないよね。クマサンが同じことしか言わなくなったのって」
「ちょっと前は普通に話ができてたんだがなー」
「あの置物変わってからだよね。なんかあったのかな?」
「さあなぁ」
「でもこのバイト報酬いいしねー」
「細かいコト気にしてたら負けだよねー」
ヘリの中が騒がしくなってきた。
が、
「……」
件のブラックのツナギのイカは一向に口を開かない。
黙ったまま、心ここにあらずという表情をしている。
「どうした?」
と、ブルーのツナギのイカ。
「なんかあったの?」
「大丈夫?オナカ痛いとか?」
と、イエローのツナギのイカとグリーンのツナギのイカ。
「いや」
ここで、ようやくブラックのツナギのイカが口を開いた。
「なんでもない。シンパイかけてごめん」
苦笑してみせる。
なーんだ、よかったー、といった声が響いて、
「ははは……」
と、ブラックのツナギのイカがまた苦笑する。
その後、雑談が始まった。特筆することもない、他愛もない会話だった。
ローター音を響かせて、ヘリはバンカラ街へと向かう。
彼らは知らなかった。
その後、このブラックのツナギのイカは、二度とクマサン商会のドアをくぐらなかったことを。
◆
あの時。
ブラックのツナギのイカが高台に登ったのは、ただの戦術的見地からだった。
すでに金イクラのノルマは達成しており、オオモノもあらかた処理している。味方は誰も浮き輪になっておらず、残り時間もあとわずか。
もう無理をする必要はない。むしろ、ここから下手に動いて浮き輪になる方がよほど厄介だ。
彼は生き残りを優先し、渦巻き状の高台に登った。あの場所は守るに易く、安全を確保するには適している。
コンテナ近くから壁を登り、高台に出る。シャケはいない。カタパッドやタワーの気配もない。
カウントダウンがどこからともなく響いている。残りは五秒。
そして、彼は見た。
「――」
息を呑んだ。
ついで、
(綺麗だ)
と、思った。
(夕焼け……)
初めて見た気がした。このアラマキ砦には何度なく来ている。そして、このバイトはいつも夕暮れに始まる。この時間が最もシャケを呼び寄せやすいから、という理由もどこかで聞いたことがあった。
が、それだけだった。夕焼けに興味を示したことなど今まで一度もなかった。
「……」
立ち尽くす。カウントが0になっていることにも、コンテナ近くで他のイカ達がナイスを連呼して喜び合っていることにも、彼は気付けなかった。
どこまでも続く夕焼け。
見るものを圧倒し、魅了し、覆い尽くす、美しい茜色の世界。
そして、彼は思った。
(なんでこんなことしてるんだ?)
と。
どんな世界でも夕焼けは美しい。
ヒトが支配する星であろうと、イカが支配する星であろうと。
沈む太陽が染める赤い空。一面に広がる夕日の色。
いつだって、どこだって、美しい。
例えその場所が戦場であろうと。
イカとシャケが死力を尽くして戦う地獄の底であろうと。
茜色に染まった世界は、やっぱり美しい。
その美しさに気づいた時、あるいは、もしかしたら。
生物は、戦いをやめられるのかもしれない。
『ミステリーファイル:XX』
『オルタナにて3号が紙面*1 の状態で発見。ヒトという単語がある事から旧時代の人間を知っている者が書いたと思われる。筆者は不明だが、3号は☓☓☓☓(検閲済)が書いたものと主張している』
*1 上部に『夕焼け』と書かれており、これがタイトルと考えられる。