死滅回游の後っぽくて野薔薇ちゃん無事で五条先生の封印は解けてます。
ただ幸せそうな日車さんが見たかっただけです。捏造いっぱい。
相変わらず「まとも」な大人に弱い。
私は所詮、呪術師になれなかった人間だ。どれだけ努力を重ねても、戦いの場に立つと身が竦んだ。それが普通だと、その方が正常なのだとどれだけ言われても悔しかった。悔しさをバネに立ち向かうことすらできなかった自分が腹立たしくて、哀しくて、でもこの世界で知った全てを忘れて「普通」を享受することだけは許せなかった。
だから、支えることを選んだ。戦いの場に臨むひとたちが、少しだけ息をつける場所になりたいと思った。
この高専で任務に向かう術師たちを見守り、見送り、帰りを待つ存在、――端的に言うところの寮母であり、食事係でもある。おもに学生たちの身の回りのお世話がメインの仕事なのだが、いつの時代も学生さんたちは本当にいい子たちばかりで助かっている。
今年の入学してきた子たちもそうだ。伏黒くんも、虎杖くんも、釘崎さんも、それぞれの事情を抱えながら戦っている。私は今まで受け入れてきた学生さんたちを弟や妹のように思っている(ぎりぎり息子や娘の年齢ではないと主張したい)し、特に今の子たちは本当によい子ばかりだ。そんな彼らにきちんと接してくれたひとなら、そりゃあ悪い印象なんてまったくないのだけれど。
だからってまさか、こんな状況はさすがに想定していなかったというか。
「その、……先日はありがとう」
ささやかな私の城、食堂の片隅。何故か私の前には、ほのかに顔を赤らめた日車さんが立っている。
先日というのはきっと差し入れたおにぎりのことだろう。私としては虎杖くんに頼まれていたお弁当のついでだったし、何かしらの気持ちがあったわけではない。けれど、こんな顔で御礼を言われてしまったら、さすがにちょっと、くすぐったい気持ちはある。
日車さんのことは虎杖くんから聞いていた。死滅回游、仕組まれたバトルロワイヤルの舞台で呪術師としての才能を開花させたこのひと。ほんの短い間に術師の階段を駆け上がり、虎杖くんと互角以上に渡り合ったという話を聞いたときにはちょっと嫉妬も覚えたものだが、「判決」の話を聞いてそんな気持ちも吹っ飛んでしまった。
無罪だと。虎杖くんに、同情でなくその言葉をかけてくれた、と。
決して自分を甘やかさない虎杖くんがその言葉をどう受け取ったのかはわからない。けれど私は嬉しいと思った。虎杖くん直接そう言ってくれるひとがいてくれたことが、何よりも。
だから日車さんに好印象こそあれ悪印象なんてまったくなかったし、もし今後も呪術師として任務に赴くのであれば、できるかぎりの応援はしたいと思っている。
――思っている、のだけれど。
私より年上の男性が頬を染め、視線を忙しなくうろつかせている。そしてそんな様子を見て可愛いなんて思ってしまった時点で、私も「応援」以上の気持ちが芽生え始めていることは明白なわけで。
『……ちょっと何もだもだしてんのよ! デートくらいスマートに誘いなさいよ!』
『ちょっ釘崎、声でかいって!』
『なあ、帰っていいか』
ただ、背後で聞こえる彼らの声のおかげでかろうじて冷静さを保っているというか。いやいっそ冷静さなんて失ってしまいたい。半端に理性が残っているからこの状況が恥ずかしくて仕方がないのだ。
すぐ傍のドアの向こうで聞き耳を立てているらしい三人、お願いだから日車さんが気づく前にそっと立ち去ってくれないかな。というか日車さん本当に気づいてないの気づかないふりしてるだけなのどっちなの。
『つーか、いいのか虎杖、お前一番サチさんに懐いてただろ』
『え、あ-、……うん、まあ、サチさんのこと姉ちゃんみたいに思ってるとこあったから、正直ちょっと寂しいけどさぁ』
『けど?』
『日車めっちゃいい奴だし』
それは認める、と珍しく伏黒くんと釘崎さんが声を揃えた。
何でも初対面で「年上だろうが何だろうが私のが先輩だからエラソーな顔すんじゃねーぞ」と言い放った釘崎さんに対して、日車さんはいまだに敬語を使い目上として接しているらしい。伏黒くんに「いやマジで気にしなくていいんですよ」と言われても「先輩なのは事実だから」と態度を変えることはせず。
誰が相手でもちゃんと理性的に接する日車さんは、この世界には数少ない「まとも」な大人だった。誰にでもウザ絡みする五条くん、ちょっと見習ってほしい。
『それにさぁ、日車のアレって俺がきっかけなんだよ。サチさん紹介したの俺だし。俺誰かが一目惚れする瞬間見たの初めてだったわ。すっげーわかりやすかったんだよ。もう恋に落ちる音聞いちゃったもん』
『少女漫画かよ。何よ恋に落ちる音って』
『ズギャンとかズドンみたいな』
『爆発音か?』
『そんくらいの衝撃っぽかったの! となるともう応援するっきゃねーじゃん。日車ならサチさんが嫌がることするとも思えねーし』
待って待って待って一目惚れとか聞いてませんが何。やめてここで追加情報入れないで本当にそろそろ羞恥で死にたくなる。とっくに三十路も過ぎたのにそんな甘酸っぱい展開堪えられません学生時代じゃあるまいし。というかいつまでもだもだしてるんですか日車さん、お願いですから早くトドメさして。
いまだにあっちこっちを行き来する黒目は、一向にこちらを向く気配を見せない。
『まあこれからどうするか知らないけど、日車って弁護士なんでしょ? 弁護士続けるにしろ呪術師やるにしろ高給取りだし悪くないんじゃない? 一級くらいの実力はあんでしょ?』
『あー、今後のことはまだ決めてないって言ってたけど。最初は自首するって言ってたけど、五条先生に『普通に実証できないから無駄』ってばっさり切り捨てられててさ』
『どれだけ殺したって言っても死滅回游の状況じゃあな。呪術界的にもそう強く罰するのは無理だろうし、せいぜい今後も呪術師として働けとかそんな程度じゃねえか』
じゃあやっぱ高給取りねってそういうことじゃないのよ釘崎さん。あのヘタレ具合なら女遊び激しいとかもないでしょうしってそういうことでもない。
じわじわと私の頬も熱を増していく。私も何となく視線が下を向き、日車さんの顔を見ていられなくなってきた。え、何コレ泣きそう。何この感情。やだ三十路にもなって人前で泣きたくない。メイクも崩れる。
もう私のほうから何か言った方がいいんだろうか、と口を開こうとした、その瞬間。
『そんなとこで何やってんの三人とも』
『ちょっ五条先生声でかい!』
はい最悪。どうしよう最悪。一番来てほしくないやつ来た。
一応の後輩にあたる五条くんは、大人の配慮としてぎりぎり嫌いとは言い切らないでおくけど、到底好きとは言いがたく。おふざけの口実を与えてしまったが最後「アンタそれで成人してんのマジ?」「現役教師がそれでいいの?」レベルで不謹慎なおふざけを手当たり次第にふりまく人間だ。いや「人間」と呼んでいいのかすら正直悩む。だって五条悟なので。
しかも連れ立ってきた声を聞くに、どうやら乙骨くんを除く二年生三人まで一緒のようだ。乙骨くんはまた出張かな、本当にお疲れさまなんだけどお願い今すぐ帰ってきてくれないかな数少ないまとも要員!!
『ンだよ、サチさんと日車か?』
『しゃけ。ツナマヨ?』
『え~~~なになに~~~そういうことなら早く言えよな~~~』
『へ~~~面白いじゃ~~~ん』
見なくてもニヤニヤ笑っていることが丸わかりの後半ふたり、お願いだから誰か棄ててきてほしい。そうだねパンダくんも何故だかこういう話大好きだったねもう!!!!!
あああああと内心で叫びながら羞恥に堪える。いっそ殺してほしい。それにしてもこれだけ丸聞こえなのに気づいてなさそうな日車さん嘘でしょそれで本当に一級相当!?
ちらりと見上げた顔はいまだ真っ赤なまま、口を開いては閉じてを繰り返している。
『……何あれ超じれったいんだけど。ねえあれ本当に三十五のオッサン? いやサチも男っ気全然なくて彼氏いない歴更新中なのは知ってるけどさ。え、お互い三十路こえてるくせに十代もかくやみたいな甘酸っぱい青春繰り広げてんの? 痛すぎない?』
『何だよ悟、サチさんて彼氏いねえの? モテそうなのに』
『皆の前では大人ぶってるけど、あれで度を超した意地っ張りの甘えベタだからね。最近はあんまり聞かないけど、二十代の間はよく振られて泣いてたらしいよ』
『え、意外』
『プライドたっかいからさ~~~合わないのに年下とばっか付き合ってたし。お姉さんぶりたかったのかね~~~ウケる』
よし五条悟絶対殺す。どんな手段を用いてでも絶対殺す。歌姫や硝子、冥さんに協力してもらってでも絶対殺す。ひとの恋愛遍歴を学生たちにバラすんじゃない!!!!! そうですよ年下とばっかり付き合ってましたよ年上の大人とこんな風に相対したことありませんよ悪い!!??
『にしても日車さんもヘタレかよも~~~いい年して世話が焼けるな~~~。よし、パンダちょっとやらしい雰囲気にしてきて』
『合点!』
『お か か』
『おいパンダを取り押さえろ!』
『ちょっ先生マジ余計なこと言うなって!』
あ~~~~~も~~~~~本当にやだ~~~~~!! そろそろ本当に泣く~~~~~!!
誰かこの状況何とかしてほしい。本当に何とかしてほしい。夕飯のリクエストでも何でも聞くからこの膠着状態から私を連れ出してください。というか何なのこの公開処刑。私が何をしたというんですか、日車さんにおにぎりを渡しただけです。いやそれを後悔してるとかは全然ないけど、ないんだけど!
この気持ちを
「ひ、ぐるま、さん、」
震える唇を必死に動かした。蚊の鳴くような声だったけれど、日車さんの耳には届いたらしい。ドア向こうの騒ぎは聞こえないのに私の声だけは届くってどういうこと。
びくりと肩を揺らした日車さんは、きゅうっと唇を強く結んで、ようやく意を決したように口を開いた。
いつもの抑揚の少ない低い声に、少しの勢いと震えが溶け込んでいる。
「……今度、食事でも、どうだろうか」
「は、……い。ぜひ、」
ようやく絡んだ視線と、差し出された言葉。反射的にOKを返すと、安心したように緩む表情。ああ、やっぱり可愛いな、と私もつい頬が緩んだ。
背後から密やかな歓声が聞こえる。可愛い祝福の言葉が飛び交う中で「ホテルくらい誘えよ」と爆弾を落とす五条くん、もう一度獄門疆の中で反省してきてほしい。
ちなみに後になって日車さんに確認したら、本当にドアの向こうの騒動には気づいていなかったらしい。苦笑しながら「自分の心臓の音がうるさすぎて君の声しか聞こえなかった」と小さく言った日車さん、そういうこと言うの本当に良くないと思います。
・サチさん
歌姫さんの一個上くらいを想定。設定的には霊媒体質の呪霊ホイホイ。
戦う術を学んでも幼い頃から呪霊にまとわりつかれていたトラウマを消すことができず、呪霊への恐怖に勝てないまま術師を辞めた。でもすべてを見ないふりをして一般人に戻ることは許せず、なおかつ呪霊を寄せ付けてしまう体質は改善できなかったので、基本的に天元の結界内で生活している。
温和なお姉さんぶっているが年上面したいだけなのは否めない。ゆえに年上には反発しがちだが、それは呪術界に「まとも」な年上が限りなく少なかったからというのもある。つまり「まとも」な大人にとても弱い。
年下はだいたい可愛がるが、後輩の最強二人は別だった。合同任務の際、なかなか姿を現さない呪霊を釣り出すために囮にされた恨みは決して忘れない。
・たぶんきっと「まとも」な大人、日車寛見三十五歳
自分の今後すらわからないのにこんなことしていていいのかと迷いがあるだけで、実はそんなにヘタレではない説を提唱したい。開き直ったら平気な顔で口説きに行って欲しいしきっちり策を練って罠を張って欲しい。「三十五にしてグレた男相手に油断しないほうがいいぞ」とか言ってたら最高だなと思います。真面目な顔してはっちゃけた大人ってめちゃくちゃ美味しくないですか。
頼むから生き残ってささやかな幸せを掴んで欲しい。