異世界にきた俺は、いろいろあってチートで、なんやかんやあってハーレムになった。
 彼女たちとの生活で、俺は気がついた。彼女たちは、彼女たち同士で仲がいい。俺とは、それほどだ。俺は百合の間に挟まる罪深き男だったのだ。
 そうして、俺は出奔した。



 そんな勘違いをした男が、ぶっ飛ばして連れ戻そうとしてくるヒロインとバトルして、最強の力で容赦なく返り討ちにするお話。

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『幻界』

「店主……酒をくれぬか? この店で一番に高いやつじゃ」

 

「お、……おう」

 

 カウンターに身を乗り出して、その尖った獣の耳を揺らしながらそう頼む女の獣人に、店主は怯えていた。

 客も怯え、彼女の座った周りの席を避けるようにして、店の隅へと席を移している。

 

 獣人と呼ばれる種族と、純粋な人との交わりの歴史は古い。

 だが、人と関わりを持つその多くは、猫と犬の獣人だろう。それ以外の獣人と言えば、自然の中で野性を宿したままに暮らしている凶暴な者たちというのが常識だった。

 

 たとえば、店主の目の前にいるような、猫でも犬でもないような、得体の知れない形の耳の獣人は、警戒されてしかるべき存在だった。

 

「金ならある。はようせい」

 

「……。嬢ちゃん……獣人のようだが……なんの獣の獣人だい?」

 

「む……我は狐じゃな。その中でも高貴なる種族じゃぞ? 覚えておけ」

 

「そうするよ」

 

 その狐の獣人は、たくさん……数えれば九つになるか、そんな多すぎると思えるようなフサフサな尻尾を揺らしていた。

 

 狐、というのは、犬に近いらしい。

 かつて、狼の獣人の一部が人と交わりを繰り返した結果、犬の獣人となったのは、有名な話だった。

 この狐の獣人も、人と交われば犬の獣人のように牙を抜かれていくのだろうかと、店主はそんなとりとめのないことを考えながら、頼まれた酒をテーブルの上へと載せる。

 

「おぉ、これが一番高い酒か!」

 

「そんな上等なものは用意できなかったが……」

 

「うむ……。ごく、ごく……たしかに我がいつも飲んでいるものよりも、あまりうまくないの……ぅ」

 

 景気の良い飲みっぷりで、一気にグラスを飲み干しながら、失礼な愚痴を獣人は溢していた。店主はそんな正直な獣人の女性に辟易とする。

 

「嬢ちゃん。ここじゃ見ない顔だが、旅でもしてるのか? いや、このご時世……嬢ちゃんみたいに珍しい獣人が一人旅っていうのもどうかと思うが……」

 

「奴隷狩りの話じゃな? 最近増えてるようであるが、なに、我は強い。かかっ、そなた、我のことを知らぬとは、なかなかに時勢に疎いとみた」

 

「なんだい? 嬢ちゃん有名人かい?」

 

「くくく……っ! 我こそは――、……と、そうじゃった。この者を探しておるのじゃが……」

 

 懐から、彼女は紙を取り出す。その際に、彼女の豊満な胸が大きく揺れ、それに目を奪われそうになった店主だが、女房ともうすぐ五歳になる娘の顔を思い出して目を逸らした。

 

 改めて、彼女の差し出す紙を見つめる。

 

「ん? この男なら、知ってるもなにも……」

 

「おやっさん! 在庫を整理しておきました! 仕入れの作業も完璧です!」

 

「住み込みで働く、うちの新入りだが……?」

 

 ちょうど、戻ってきたようだ。

 なにを任せても、時には荒事さえも、手際良くこなす、とにかく器用で便利な男だった。

 

「……なっ……」

 

「あ……っ」

 

 店主には、見つめ合う二人に、何かただならぬ因縁があるように感じられた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「なぜじゃ! なぜ、我らのもとを去った!!」

 

 沈黙の後、まず初めに叫んだのは、狐の獣人からだった。

 

「……必要ないからだ……」

 

 返されたその言葉は拒絶だ。

 自分達の無力により、この男に切り捨てられてしまったのだと、悟らざるをえないセリフだった。

 

「あぁ、意味がわからぬ……我は……っ、我は一番最後で、たしかに他の者と比べれば、日も浅く、それほどそなたと愛し合ったわけではない……だが、ザーニャや、アリーとなにも話さずに出ていくなど、筋が通らん……!」

 

「筋なら、通っている。もう話すことはない」

 

「ふざけるな!!」

 

 声とともに、カウンターを叩いて割った。怒りで、有り余る力の制御が利かなかったのだろう。

 獣人には人間の十倍の筋力があると言われている。その獣人の中でも上位の存在である彼女にとって、そのカウンターは脆すぎた。

 

「じょ、嬢ちゃん……。うちの新入りに用があるっていうなら、それは構わないが、どうか外でやってくれないか……? な……?」

 

「んあ……?」

 

「ひ……っ」

 

 苛立ちのままに睨みつければ、店主はたちまちに身をすくませ、店の奥に縮こまる。

 

「おっと……すまぬ。これを受け取れ。騒がせた詫びも込みじゃ」

 

「こんなに……」

 

 ぞんざいに投げつけたのは金貨だった。

 滅多出回らない大判の金貨で、これ一つで、店を立て直すことさえできる。迷惑料としては十分だろう。

 

「ここで騒ぐのはおやっさんに、悪い。外に出よう……」

 

「そうじゃな。他の者たちも、すまなかった。今夜は我の奢りじゃ! 好きなだけ飲んでゆくとよい……! 我は出て行くが、店主、構わぬか……? それとも、金貨をもう一枚」

 

「いや、店の酒全部出しても、これ一枚でじゅうぶんだ」

 

「そうか……ならばよい」

 

「……いくぞ」

 

 そして、二人は店の外へと歩きだす。

 

 店からでて、乱暴に彼女が店のドアを閉めた後にだった。

 

「それにしても、お主が、こんなちんけな酒場で働いておるとはな……思いもよらなかった」

 

「……ここはなかなか立派なものだ。お前にはわからないかもしれないが……まぁ、いずれわかるさ……」

 

 感情を感じさせない声で男は言った。

 そんな男に、狐の獣人の女は立ち止まり、首を振る。

 

「そうではない! お主のいるべき場所は、ここではないと言っているのじゃ! 我はお主を連れ戻しにきた。それがわからぬわけではあるまい」

 

「わからないな……」

 

「な……っ!? 冗談を言うでない!!」

 

「あぁ……。どうやって、連れ戻すんだ……?」

 

 男から、すさまじい圧力が放たれる。

 漏れ出した魔力に、気圧されることはあるが、これは違う。自らの鍛え上げた武が、近づけば死ぬと予測し、警鐘を鳴らしているのだ。

 

「言葉で言ってもダメなようならば……ぼろぼろにして、引き摺って、連れて帰ってやろう……!」

 

 ――魔力を練り上げようとした瞬間にだった。

 

「そうか……」

 

 一瞬で、男は肉薄し、どこからか取り出したナイフにより、狐の女の胸を裂いた。

 

「相変わらず早い。だが、幻術じゃ!」

 

「……やめておけ、お前じゃ俺に勝てない」

 

「……くっ」

 

 もう一歩、陽炎のように消えた幻影の奥に踏み出し、男は狐の女の影を捉える。

 

「『九夜幻夜』……これで『二夜』目か……」

 

 また切り裂いた彼女の身体は幻と消える。

 先ほどまで、本物だったはずの彼女の体だ。もちろん、そこにはタネがある。

 

「ここは『幻界』! 境界なき虚実の浮世! 我の愛しき幻の世界! 『幻界の支配者』たる我と、二人、『九夜』を共にしよう!!」

 

 そんなわざとらしい口上と共に、世界が燃えた。

 無論のこと、それは本物の炎ではない。世界を覆う炎を魔法で起こすとなれば、世界中の魔力を集めようが不可能。

 

 だから、幻術。この身を焦がすような熱さも、全ては幻。術中にある者にしか、それは感じられていない。

 

「『三夜』……」

 

「うぐ……っ」

 

 彼女の身体をナイフで裂けば、幻のようにそれは消えた。

 同時に、炎も消える。今にも身体が溶け落ちてしまいそうな、とてつもない熱もなくなる。

 

 ――『九夜幻夜』。

 彼女の操る幻によって受けた傷は、心を抉り、魂を削り、現実の傷となる。反対に、彼女を傷つけた攻撃は、世界を騙し、現実を翻し、全て幻へと書き換えられる。

 そんな反則級の幻術を、どちらか選び、彼女は九度扱える。

 

 何度扱ったかの確認は簡単だ。

 彼女の尻尾の残りの数をかぞえ、減った数を確かめればいい。

 

 彼女の造る、なんでもありな幻の世界を、男はただ平然と駆け抜け、また、そのナイフを振るう。

 

「『四夜』……勝てないと、言っただろう?」

 

「今のお主には、聖剣もない! 魔剣もない! お主の武器であるあやつらも、お主に会えずに悲しんでおった。今の、最強の武器のないお主ならば、我にも勝つ目はある!」

 

「『五夜』目! ほら、あと四本だ!」

 

 幻による理不尽な攻撃を意に解することなく、男は潜り抜ける。

 

「く……っ、さすがは我らがあるじ様か……」

 

 彼女の幻術は、かかった時点で全て終わる。

 理不尽な幻での攻撃により飲み込まれ、抵抗する間もなく死ぬ。そうでなくとも、幻に五感を支配され、彼女の居場所を掴むことさえ不可能となり、『一夜』も越せずに消耗して死んでしまう。

 

 どうやって幻術をかけるかならば、簡単だ。世界に魔力を広げるだけ。

 彼女の造る『幻界』とはそういう世界。

 彼女が世界に馴染ませた、幻の指向を持つ魔力が作用し、無条件に現実を幻の世界へと改変する絶対幻術。抗うことなどできはしない。

 

 だが、それは並の相手ならばの話だ。

 

「これで、『六夜』か」

 

 投げつけたナイフが、幻で創り出された土壁を通り抜け、彼女の身体へと突き刺さる。

 致命傷となるその傷に、六度目の『幻夜』を終わらせ、全てをなかったことにする。

 

「これでも……まだ、隠密がバレるというか……」

 

「幻術に頼りすぎだ……」

 

 幻術は、五感に作用しているが、男はその幻覚を受ける際の感覚の前後左右の僅かな違いから、彼女の居場所を特定していた。

 

「く……っ」

 

「深淵を覗けば、深淵にまた覗き返される……だったか……。道理だな……」

 

 幻術で、見えないはずの彼女の方へと顔を向け、男は言った。迷いがない。その(うろ)のように黒い瞳に、はっきりと、見据えられているようにさえ思える。

 

 思わず、後ずさる。

 

「あ……っ」

 

 一瞬のうちに、男は眼前へと移動をしている。

 とっさに懐にしまっていた小刀で、男のナイフの一撃を防ぐ。

 

「さすがに慣れたか……」

 

「うぐ……」

 

 その威力にのけ反り、体勢を崩す。

 

 彼女は、近接戦闘が不得意というわけではなかった。

 上位の獣人として、人の十倍を超える力を持ち、さらには聴覚や嗅覚といった感覚器官も優れている。幻術を抜きにしようが、たいていの相手は薙ぎ倒せる。

 

 だけれども、まるで赤子が手をひねられるかのように、たった数度の打ち合いにより、彼女は無様に大きな隙を晒してしまう。

 

 力が劣っていたわけではない。純粋な筋力で、ただの人が獣人を超えることはあり得ない。道具を用いて強化されているわけでもない。

 単純に、技量の差だ。力の伝え方、流し方が根本的に違っている。

 

 男のそのナイフ捌きは、芸術のように流麗だった。

 比類なき身体制御技能に、精緻なまでの魔力操作技能、加えて巧妙ともいえる心理誘導技能。それこそがこの男の持つ『先天技能(チートセンス)』。

 

「『七夜』も終わりだ」

 

 腹部が引き裂かれる。

 七度目の夜が過ぎて、あと二つ。底はもう既に見えてしまっている。

 

「う……っ」

 

「お前の幻術の欠点は、一つ夜を過ぎるたびに、一度かけた幻術が全てリセットされてしまうところだ。俺には幻術をかけられるたびにお前の居場所がわかる……ならば、夜を越えられるのも当然だ。……まだ、やるか?」

 

 それは普通の相手ならば欠点とはいえない。理不尽な暴論を振りかざされる。

 そんなことは、この男にしかできないだろう。

 

「ふざけたことを……! 聖剣や魔剣がなくとも、素の能力が高いことを知ってはいたが、ここまで遠いのか……!!」

 

「あぁ、時間の無駄だと言っている。……あの優しいおやっさんは、野暮用で抜け出た分も給料を俺にくれるだろうな。それが、俺には申し訳ない」

 

「ぐ……っ、まだっ……まだ、終わっては……! おらぬぞ……! レオンハルトぉおぉおっ! 妖狐族の誇りにかけて、『七界の女主(セブン・ルーラーズ)』の一人として……貴様は、我が連れ戻す!」

 

「ならば、来い。ファラ。相手をしてやる。俺は、『神墜とし』のレオンハルト……今、この世界の頂にいる。俺のいる、この場所こそが世界の頂点。この景色を見たければ、ここで俺を倒してみせろ!」

 

「……っ!」

 

 逃げ隠れをしていても仕方がない。

 幻術で、己が動きを偽装しつつ、その圧倒的な獣人の身体能力で襲いかかる。

 

「きたか……」

 

「『幻界――狐火・揺蕩乱花』」

 

 花が咲くように、幻の炎が散る。空間に無差別に展開するその炎は、避けることなど不可能だろう。

 だが、こんなもの、通用しないとわかっている。

 

 最終的にものを言うのは、刃と刃の打ち合いだ。ナイフと小刀が、ぶつかり合い甲高い音を鳴らす。

 その間も、幻の炎で、男の体を燃やし尽くそうと幻術を続ける。連れ戻すつもりだが、殺す気でやらなければ、相手にもならない。

 

「――――」

 

「く……っ!」

 

 男の動きが、一段上がったように思える。

 この男は、追い詰められれば、追い詰められるほどに強い。優しい彼は、可能な限りの手加減をほぼ無意識にしているからだ。だが、追い詰められ、その太刀筋に、意志に、微塵の迷いもなくなることで、ようやく本領が発揮されるのだ。

 

「あぁ……」

 

 火花が散る。

 小刀は、手に、すでにない。じんとした腕の痛みと共に、カランと、後ろから、地面を硬いものが転がるような音がする。

 

 だが、彼女は獣人だ。

 その手の中に、武器がなくとも、牙が、爪が……。

 

「この……!」

 

「これで『八夜』か?」

 

 ナイフが胸に突き立てられる。

 心臓を抉るような一撃だった。そして、彼女は傷を治し、残り『一夜』に――( )

 

「『八夜の幻――乱花爆陽』」

 

 ――そして、幻と現は裏返る。

 

 空間に散る炎の花が爆発した。

 その爆風が、二人を引き裂くように吹き飛ばしていく。

 

「なにかしてくるなら、最後の夜だと思ったが……読み違えたか……」

 

「く……ふふ。とったぞ! 腕一本!!」

 

 男の右の肩から先がなくなっていた。焼かれているからか、血は止まっているようではあるものの、そのダメージは軽いものではないはずだろう。

 

 そんな男は、彼女の血の流れる胸元を見る。

 

「心臓まで届いていただろ? それ」

 

 この傷は、『九夜幻夜』ではもう治せない。傷を負った後に『九夜』目に入ったからこそ、それ以上の後戻りはできなかった。

 

「気合いじゃよ。気合い。妖狐の獣人たる我には、こんなもの擦り傷じゃ」

 

「さすが獣人の生命力……と言いたいところだが、無理してるだろう? 早く終わらせて、手当をしてやる」

 

「するなら、自分の心配をするのじゃ!」

 

 傷のせいか、彼女は動けない。

 だが、動けなくとも、彼女には『九夜』目の幻術がある。

 

「いや……」

 

 腕、というのはかなりの重量がある。

 普通ならば、腕が一つなくなったならば、左右でバランスがうまく取れなくなり、何の訓練もなしに、それまでのような動きをするのは不可能だった。

 

「『狐火・降灯炎渦』! ……な……っ」

 

 だが、彼は、違う。

 雨のように降る炎を、踊るように躱している。

 どんな状況にでも、適切に対応し、見事なまでに精密な動きで、彼女の意図した幻術の全てを掻い潜った。

 

「――お前が、俺に、勝てるわけないだろ?」

 

 男に武器はない。腕ごと奪った。

 だからこその、手刀なのだろう。

 

「――!?」

 

 景色が、目まぐるしく回る。

 

 聞いたことがある。断頭台で斬首され、胴体と首が分たれても、人間はすぐに死なないらしい。脳の活動は、そこに血液や酸素がなくなるまでは続くから……当然といえば当然の話だった。

 

 まず、自分を倒したと、油断した男の隙をつこうとした。

 先ほどの『八夜』と同じように、幻で……自らが死のうとも、できうる限り弱らせれば、後の者が楽になるから……だが、術の手応えがない。

 

 魔力は体全体に宿るからこそ、当然かと理解した。

 この男を傷つけるほどの幻は出力できないようだった。やむを得ず、現実を幻へと変えるために、『九夜』を、最後の夜を使用する。

 

「……よかった」

 

「ふぅっ……!? はあ……」

 

 首もとを触る。

 問題なく、発動したと確認できる。

 

「大丈夫か?」

 

「うぐ……」

 

 ある程度は、戻ったとはいえ、胸を刺された傷が酷い。

 膝をつき、倒れる。魔力を大きく消費し、さらに『九夜幻夜』が全て終わったことにより、立っている気力さえもが、もうなかった。

 

「もう立てないだろ?」

 

「我の……負けか」

 

 どうにも、ここから勝てそうにない。

 

「今すぐ傷を手当する」

 

 倒れる彼女の胸もとへと、男は手を当てる。

 

「あ……っ、ぐふ……っ」

 

 魔力が、彼のものと一体化するような感覚がある。

 彼のおこなう施術は、『魔力操作』によるもの。細胞を、さらには血管一つ一つを魔力の操作によって精密に動かし、つなげる。魔力は残存し、細胞同士をつなげ続け、治癒を促す。

 ある意味で外科的な療法だった。

 

「痛いかもしれないが、我慢しろ」

 

「うぐ……っ、あが……っ」

 

 あまりの痛みに全身がこわばる。

 のたうちまわろうと体が動くが、がっしりと抑えられていた。

 

「終わったぞ。よく我慢したな?」

 

「まさか、我の首を斬るとは思わなんだ。あのまま死んだらどうするつもりだったんじゃ?」

 

「まぁ、獣人の生命力……中でもお前たちは特に強い。すぐに繋げれば、多分治ったさ」

 

 男は腕を拾ってつなげている。切り口が焼け焦げたような腕だったはずだが、つなげた後も問題なく動かしていた。呆れた男だと、内心嘆息する。

 

「ふぅ……うぐ……」

 

「おい、まだ立つな。重症だ。安静にしてろ。部屋まで運んでやる」

 

 処置は済まされたが、痛みがひいたわけではない。この男を今すぐ倒して引きずって帰りたいところだったが、無理をすることは、まだできないようだった。

 

 意識が、徐々に遠のいていく……。

 

 

 

 ***

 

 

 

 夢を、懐かしい夢を見た。

 自分達が、世界で一番だと疑わずに、なにも怖いものがないと信じていたプライドが打ち砕かれたあの日のことだった。

 あの時と変わらずに、簡単にやられてしまったからかもしれない。

 

「く……くそ……っ! あの男……!!」

 

 右手に『魔剣』、左手に『聖剣』を携えた男だった。

 この場所で一番強いのは、お前かと、尋ねられ、頷いたらこの様だ。

 

 一秒も経たぬうちに、九度殺され、こうして地面を這いつくばっている。

 なぶられることも覚悟したが、もう戦えないと見るやいなや、興味を失うように去って行った。

 

「にゃあたちの城で好き勝手やりやがって……! あいつ、許さないだにゃ! 地獄の果てまで追いかけて、落とし前つけさせてやるだにゃ!」

 

 彼女は協力関係にある猫又族の獣人だった。

 通常、獣人は魔力を使えないのだが、同じく魔力を使える特別な獣人として、意気投合して、こうして拠点を共にしていた。

 もちろん、自分よりも早くにこの猫女はやられてしまっていたが。

 

「あら、誰に落とし前をつけさせると言うのかしら?」

 

 闇の中に、その女はいた。

 闇と同化しているかのような、異様な女だ。血色のない白い肌が、暗い中で嫌に目立つ。

 

「にゃ!? どこから!!」

 

 獣人の感覚は鋭い。

 ここまで近づかれるまで気がつかないなんて、まるでおかしなことだった。

 

「ありがとう。クロ」

 

 彼女は、おもむろに、なにかを撫でる。

 目を凝らせば、そこには、黒い……そんな毛並みの獣人がいる。あれは、狼だろうか……?

 気象が荒く、力を尊ぶ狼の獣人が、ただの人に飼い慣らされたように従っている……ありえないことだった。

 

「さっきのやつといい……いったい我らになんのようじゃ……?」

 

「んー? 彼、……私の彼なのだけれど……とても甘くてね……。絶対に人を殺さないって言うのよ。というか、あなたたちは獣で、人ではないでしょ? なのに、ねぇ……。だから、まぁ、あれよ。いろいろ後腐れがあるといけないから、こうして私が後始末ってわけ。できた妻でしょう?」

 

「……!?」

 

 さっきの男との戦闘に、力のほとんどを使い切った。

 この女の実力はわからないが、今戦うのは間違いなくまずい。

 

 つかつかという足音が、ヒールの高い靴だからか、よく響いた。彼女はこちらへ、一歩一歩近づいてくる。

 

「あなた、可愛いわね。よく見たら、昔飼ってたペロに似ているわ?」

 

 這いつくばるこちらへと、見下ろし、そんなことを女は言った。

 

「…………」

 

「うーん。多頭飼いって、彼、怒るかしら……? ねぇ、クロ。どう思う?」

 

「わん!」

 

「……。しゃべっていいわよ?」

 

「ご主人様も、たくさん女と交尾できれば喜ぶはずです」

 

「そうねぇ。たしかにそうね。彼はそういう趣味の人だったから、問題ないかしら」

 

「な……っ」

 

 あの男は人間だったはずだ。

 人間の男は、獣人を見れば種族的な恐怖感や嫌悪感が勝り、基本的にはそういう関係にはならないはずだった。もしそうだとしても、人に媚び諂う猫や犬の獣人が相手だという話しか聞いたことがない。

 

「決めたわ。あなた、ウチで飼うことにする」

 

「な、なにを勝手なことを……!?」

 

「生意気ね。獣風情が、人間の言葉を喋るだなんて……」

 

 すさまじい圧を感じる。密度の高い魔力が空間を満たして、世界を彼女の都合が良いものへと変容していく。

 勝てない。屈するしかない。

 

「わん! わん!」

 

「いい子ね」

 

 耳もとを撫でられる。

 少しくすぐったかったが、耐えるしかなかった。

 

「にゃ!? ファラ! そんなやつ!」

 

「私、犬派なの」

 

「……!?」

 

「猫って、嫌いなのよね? ご主人様が誰なのか、理解していない。自分が一番で、世話をされて当然だと思っている。飼われている畜生のくせに、飼い主に敬意や遠慮ってものがまるでない。その点、犬はいいわ。躾ければご主人様が誰かちゃんと理解するし、訓練すれば芸だってする」

 

 スッと女が手を挙げれば、クロと呼ばれた狼の獣人は四つん這いになり、くるくるとその場を回った。

 真似をして、自分も、回った。

 

 狐は犬科だ。

 

「……っひ」

 

「あなた、猫よね?」

 

「わん! だにゃ」

 

 危機感を覚えたのか、猫又の女は鳴いた。

 猫又は、当然犬ではなかった。

 

「犬のフリしたって無駄よ! やりなさいクロ!」

 

「わおーん!」

 

「ぎにゃー!?」

 

 影が、狼の形をした実体を持つ影が猫又の女にはまとわりついた。

 そんな影の狼たちに貪られ、猫又の女は、跡形もなくなってしまう。

 

 互いに利用し合うような関係だったからこそ、そんな猫又の女の死も、あまり悲しくはなかった。

 

「クロ。あとは任せるわ。私は先に帰ろうかしら。躾は頼んだわよ? それと、仲良くすることね」

 

 そうして、闇に紛れるように、女は消えた。

 残ったのは、クロと呼ばれた狼の獣人の女だった。

 

「……。なんとか、命拾いはしたかのぅ……」

 

「お前は、これから私たちの群れの一員だ。規則は私が教える」

 

「おう、それはありがたいのじゃ」

 

「私はウリアだ。『霊狼族』のな」

 

「クロじゃ、ないんじゃな……」

 

 毛並みからくる愛称のようなものだろうか。

 ただ、影の中だと黒のように見えた毛の色も、陽の光のもとでは、銀色に光って見える。不思議な毛の色だった。

 

「アリーシャ様は一番目の妻で、とても偉い。私たちをまとめてもいる。あのお方が、クロと言えばクロになるのだ。敬うことだ」

 

「うむ、肝に銘じておくのじゃ」

 

 おそらくは、あの男を群れのリーダーに、群れの女にヒエラルキーが存在しているのだろう。

 この『霊狼族』の女は強い。特に強さを尊ぶ狼の獣人が唯々諾々と従っているということは、そういうことだ。素直に従うが吉だろう。

 

 そうして、新しい人生が始まったのだった。

 

 

 ***

 

 

「もふもふー! また増えたー!」

 

 おやっさんの娘のサシャちゃんが、ファラの尻尾へと抱きついていた。

 

「あぁ、いっぱい休んで、十分に眠ったからじゃな」

 

 彼女が『九夜幻夜』で使い切った尻尾も、時間が経てばまた生えてくる。だいたい、一晩眠れば一本のペースだ。

 

「サシャも、たくさん寝たら、もふもふ生えてくる?」

 

「うむ。『妖狐族』ではないゆえ、難しいのぅ……」

 

「むー」

 

「じゃが、子どもがたくさん眠るのは良いことじゃ」

 

 サシャのことをファラは撫でる。サシャと、ファラはそれからも仲良く会話をしていた。

 

 基本的に獣人は、人間に警戒されて友好的な関係を築けないことが多いが、子どもは警戒心よりも好奇心の方が勝る。だからこそ、こうして仲良くなれているのだ。

 獣人と人間との見た目の違いは、獣の耳に尻尾、あとは爪や牙が鋭いくらいだろう。外見は、人とあまり大差ないと俺は思うのだが、恐ろしい見た目と言われるのが一般的だった。

 

 正直、ファラやウリアなんかは、耳や尻尾が、とても愛らしいと思うのだけれど。

 

 それにしても、まさかファラが、ここまで俺のことを追ってくるとは思わなかった。

 彼女たちには、迷惑をかけてしまっていることはわかるが、それでも自分の選択を間違ってはいないと今でも信じている。

 

「…………」

 

 彼女は、傷を癒すためにここ数日、俺の部屋で過ごしていた。

 俺は住み込みで働いているから、おやっさんの家族には迷惑をかけることなってしまったが、そこはファラがお金を払って許してもらっているところだった。

 

「そうじゃ……。もう、我の傷もじゅうぶんに癒えた。明日には帰ろうと思う」

 

 さすがは獣人の生命力だろう。処置はしたとはいえ、かなり深い傷だったのだ。

 

「えー、キツネのお姉ちゃん帰っちゃうの! もっと一緒に遊ぼうよ!!」

 

「そうも言ってはいられんのじゃ。我にも待たせている仲間がおるからのぅ……」

 

 ちらりと彼女はこちらを見た。

 言いたいことはだいたいわかる。

 

「なぁ、ファラ……。お前さえ良ければだが、ここにいないか?」

 

「主様よ。それは違うじゃろ。お主が帰るべきじゃ」

 

 だが、俺も帰るわけにはいかない。二度と帰るつもりはないと心に決めてここに来たのだ。

 

「…………」

 

「それともなんじゃ? 我の体を手放しがたくなったとでもいうか?」

 

 悪戯っぽくファラは笑う。その狐の耳がぴょこぴょこと動いた。

 昨夜は、彼女に傷がだいぶ良くなったからと、誘われて、肌を重ねた。それのことを言っているのだろう。

 

 違うと言えば嘘になるか。

 傷の看病の間、一緒に過ごして、一緒にご飯を食べて、一緒に寝て、朝起きたら隣に彼女がいる。

 そんな生活を俺は手放しがたくなってしまったのだ。

 

「許されるなら、な」

 

「それは許されぬのじゃ」

 

 すげなく、断られる。

 俺は、簡単に振られてしまった。困ってしまって、つい笑った。

 

「やだー! 帰ってほしくないー!」

 

 サシャが駄々をこねる。

 たった数日だったのに、こんなにも慕われている。ファラの優しさがよくわかった。

 

「すまぬのぅ」

 

「うぅ……」

 

 ぎゅっと、ファラはサシャのことを抱きしめる。

 泣き止むまで、ずっとだった。

 

 俺は仕事でついては行かなかったが、彼女たちはそれからどこかに出かけたようだった。

 そうして、次の日、ファラは帰った。彼女を見送った少女は、その腕に、新品の狐のぬいぐるみを抱きしめていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ファラが帰った部屋は、寂しく感じられる。

 彼女の眠っていたベッドからは、まだ残り香が漂っている。それが、やけに悲しく思えた。

 

 彼女が、俺のことをどう思っているかは正直わからなかった。

 本音を言えば、彼女には一緒にいてほしかったが、振られてしまった。

 

 体を重ねても、心までわかるわけではない。たとえ、好きでなくとも関係を持てる人間だっているだろう。

 ただ、俺はそんなふうに割り切れる人間ではないから、単純に寂しかった。

 

 どうしてこんなことになっているかは、俺の半生を話す必要があるか。

 

 俺はこの世界で生まれた人間ではない。

 異世界から魔法で無理やりに転移させられてこの世界にやってきた。転移してすぐさま、監禁され、研究所で人体実験のようなものをさせられたりもした。

 

 一応その場所は、ある事件により跡形もなく消えてしまっていたりする。

 だから、『レオンハルト』という今の俺の名前は、生まれたときからのものではなく、敬愛するある人から受け継いだものなのだが、この話は今はいいだろう。

 

 そうして、降りかかる火の粉を振り払って、俺は……いや、俺たちは前に進んできた。

 俺の監禁されていた研究所の本元である怪しい宗教団体との抗争や、国と少し揉めたり、世界を滅ぼす神を殺したり、本当にいろいろなことがあった。

 

 全てに決着がつき、あとはゆっくりと過ごすだけだった。みんなで暮らせる家を買ったんだ。

 長く旅をして、仲間が増えて、だいぶ俺たちは大所帯になっていたから、大きな家になった。

 女七人、男一人のみんなが羨むハーレムらしい。

 

 正直に言えば、俺は一人の女性を愛せれば、それでよかった。

 だが、初めて俺と愛し合った彼女が、他の娘も愛してあげてと、そう言って、増えていった。

 ハーレムは強い男の象徴だそうだ。

 

 今になって思うが、それは方便だったのだろう。

 彼女は、俺のことがあまり好きではなかったのだ。

 

 彼女たちが俺の相手をするのは、日替わりの持ち回り性だ。

 当然ながら、人が多ければ多いほど、一人の負担も軽くなる。

 

 そして、一定時間、二時間ほどだが、相手をしたら自分の部屋へと帰っていく。一緒に眠ることはない。

 食事の時間も別だ。俺は一人で雇った料理人の作った豪華なご飯を食べていた。美味しいはずのその料理も、あまり味が感じられなかった。

 

 俺は、どの子も心から愛しているつもりだったが、それは独りよがりだったのかもしれない。

 

 いつからか気がつけば、彼女たちは『七界の女主(セブン・ルーラーズ)』なんて名乗り始めた。もちろん俺は含まれていない。

 考えてみれば、女七人で、男一人。俺だけがハブられるの当然と言えば当然だ。

 

 極めつけは、あれだった。

 深夜俺がトイレに起き、みんなに迷惑をかけないよう、こっそりと気配を完全に消しながら廊下を歩いていたときのことだ。

 

 彼女たちは、彼女たち同士でイチャイチャしていたのだった。

 その日に俺の相手をしてくれた子も当然のようにそこにはいた。俺との関係は、やはり心の底から望んではいないものなのだと確信した。

 

 数日間悩んだが、彼女たちを傷つけないような内容を選んで書いた置き手紙を残して、俺は家を出て行った。それが一番だったと今でも思う。

 旅の途中に手に入れた財産は、全て彼女たちにと置いて行ったから、金もない。仕事を探して、この酒場にたどり着いたというわけだ。

 

「……ん?」

 

 ノックの音がした。

 サシャちゃんだろうか。だが、こんな時間に訪ねてくるとは珍しい。

 

「よぉ、新入り。女に逃げられたミテェだな」

 

「おやっさん……」

 

 扉の前には酒瓶を持ったおやっさんがいた。

 

「励ましに来てやったぜ。あぁ、こういうときには飲むに限るってな」

 

「あんまり飲むとサシャちゃんに嫌われますよ?」

 

「そう言うなって……」

 

 この間なんかは、酒臭いと逃げられたのだったか。

 まぁ、酒好きで、酒場なんて始めた人だから、こんなことを言ってもしかたないのかもしれない。

 

「じゃあ、つまみだけいただきます」

 

「俺の酒が、飲めないってのか……?」

 

「俺の国では、まだ飲める年齢ではないので……」

 

「はー、相変わらずお堅いやつだねぇ」

 

 と言っても、それは方便。

 二度と帰れない故郷のことを持ち出してまで、飲まない理由は、酔って、俺が取り返しのつかないことをしてしまわないようにだ。

 

 俺は身一つでも、この世界で有数な力がある。そんな俺が酔ってなにかをしたならば、それは酔っぱらいが戦車やら戦闘機を運転しているのと同じことだ。

 力に見合っただけの責任と節制が求められるのは、当然のことだろう。

 

「すみません。性分なもので」

 

 おやっさんの持ってきたツマミをいただく。

 ジャーキーだったが、見た目ではなんの肉かはわからなかった。

 

 食べてみる。香辛料の辛味が口に広がる。俺は肉に詳しくはないから、なんの肉かはやはり、わからなかった。

 

「それにしても、獣人ってのはおっかないもんだなぁ。俺は猫や犬の……まぁ、人との混ざり物しか見たことがなかったが、あれは、純粋な獣人だろ? 流石に迫力がやばいな。初めて店に来たときは、正直ちびっちまいそうだったぜ……」

 

「でも、話してみれば人との大した違いはなかったでしょう?」

 

「そうか……?」

 

 まぁ、獣人と人間とは、脳のつくりが違う部分があり、いろいろと種族間の問題が、そこから生じているわけだ。身体能力は人間の十倍以上あると言われているが、その代償は大きかった。

 

「サシャちゃん、かなり懐いてましたね」

 

「そうだな。子どもってスゲーよな。いや、あれはサシャだからか? あの胆力、きっと将来は大物になるんじゃないか?」

 

「そうだといいですね……」

 

 親バカと言っていいだろうか。

 一応、俺は、彼女と遊ぶ一環として、魔力の操作の仕方や、体の動かし方、あとできる限りの読み書き算術を教えていた。

 幼いながらも、基礎がそれなりになってきたところだ。街の友達の中では、一番で人気ものになれたとか。

 

 この世界は、貴族やら、爵位やらと、階級がものを言うところもあるが、そんなものには負けずに、彼女には前に進んで行ってほしい。

 子どもというのは、きっとなんにでもなれるのだから。

 

「サシャのやつ、この間まで、あんなに小さかったんだぞ……?」

 

「これから、もっと大きくなりますよ。それでいつかは、結婚とか……ですかね」

 

「はぁ……考えたくもねぇなぁ。どこともしれない男に……」

 

 おやっさんは、家族想いの優しい人だった。

 この世界では、倫理観がなかなか良いとは言えないからこそ、子どもを道具のように扱う親が大半だ。そんな中、一人の子どもとして自分の子どもを扱うおやっさんは、尊敬できる人だった。

 

「きっと、いい相手を見つけられますよ」

 

「そうだといいな……」

 

 おやっさんは、そう呟いて物思いに耽っていた。

 

 結婚の話をして、俺の出て行った家にいる彼女たちのことを思い出した。俺を連れ戻そうとしてやってきたのは、ひとえに彼女たちが優しいからだろう。

 俺はいなくなるから、それで、きっと彼女たちはなににも煩わされることなく幸せになれる。俺は少し悲しいが、仕方のないことだった。

 

「それにしても、思ったより平気そうでよかった。もっと落ち込んでるかと思ったが」

 

「まぁ、よくあることだと思いますから、いちいち落ち込んでられないですね……」

 

「よくあるかはわからんが……それもそうか……」

 

 それからいくらか話したが、彼女が何者かは聞かれなかった。聞かれたくないと、わかって、そうしてくれているのだろう。

 出自もしれないこんな俺を、受け入れてくれたおやっさんは、とてもできた人間で、本当に感謝してもしきれなかった。

 

 持ってきた酒瓶をカラにして、二本目を持ってこようとしたところで、おかみさんに捕まって、連れて行かれた。

 

 ファラが出て行き、寂しさが、いくぶんかは紛れた気持ちになる。

 この分なら、彼女たちのいる家を出た初日のように、涙で枕を濡らすような真似はしなくとも大丈夫かもしれないと思えた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「やはり、お前一人ではダメだったか……」

 

「伝説級の武具が一つもないなら、いけると思ったんじゃが、やはりダメであった……」

 

「そうか」

 

 帰り道の途中、宿をとったのだが、そこで愛する義姉で狼の獣人のウリアと出会した。

 ベッドの上に二人で身を寄せ、報告だった。

 

「ウリア(ねえ)は、どうしてここにいるんじゃ?」

 

「ふふ、狐の匂いを追ってきたのさ」

 

 狼の獣人は、狐の耳を甘噛みした。

 思わず、吐息が漏れる。

 

「はぅ……皆の様子は……?」

 

「まぁ、だいぶ落ち着いてきたよ。ノアとフレイは……まぁ、相変わらずだがな。ザーニャあたりはもう気を持ち直して手が空いたから、私が来たんだ」

 

 あの男が出て行ったばかりは、それはもう酷い有様だった。

 捨てられてしまったと、みんながみんな涙にくれ、中には自ら死を選ぶのではないかとも思うほどに精神が不安定になる者も現れたほどだ。

 

 立ち直りが早く、狐の獣人の力として追跡能力に優れていたために、最初に連れ戻しに向かったわけだ。

 狼の獣人の彼女は、精神が不安定な彼女たちの面倒を見ていたが、新しく立ち直った者に後は任せて、ここまで駆けてきていた。

 

「ウリア(ねえ)が来たのならば……」

 

「まぁ、アリーシャ様ほどの心強さはないがな」

 

「むぅ……」

 

 同じ獣人としての仲間意識があるのだろう。そんな言葉にファラは少しむくれていた。

 

「ふふ、できるだけやってみせるさ!」

 

 影が揺れる。

 彼女の魔力が、影を伝い、世界へと広がっていく。

 それは、影の世界を操る魔力。仇成す者は、文字通り、影に怯えることになるだろう。かの男には、きっと安息は訪れない。

 

 

 

 

 







 気分転換に書いた作品です。楽しかった。満足です。

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