ボーダーの狼(ガチ)   作:せいけも

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1話からごっそりカットされたトリオン体開発パート


ボーダーのエンジさん

「すみませーん! トリオン体を改造して欲しいんですけどー!」

 

そんな気の抜けた挨拶でボーダー本部の開発室を訪ねてきたのは、部隊(チーム)に所属していないB級隊員の少女だった。見たところ中学生くらいか。

小柄で華奢な体にショートカットの可愛らしい顔立ち。大きな眼で興味深げにキョロキョロと部屋を見回している様子はどこか好奇心旺盛な小動物を思わせる。

 

名前は真上(まかみ)というらしい。うん、真上隊員でいいか。

 

しかし、トリオン体の改造ときたか。

技術者(エンジニア)としては簡単な仕事だが、お望みに応えることは難しそうだ。

 

「外見を変えるくらいは出来るけど、身長とか体型を変えたりはできないよ。それでいい?」

「そうなんですか? トリガーの改造と違って簡単にできるって聞いたんですけど」

「技術的には簡単なんだけどね。使いこなすのが難しいから皆やらないんだよ」

 

新米だろうか。あまり詳しくなさそうなので少し説明してあげることにした。

 

ボーダー隊員の戦闘体は、デフォルトでは使用者の体をスキャンしてそのままトリオンで再現する機構になっている。

これはトリオンで作られているだけあって、事前の設定でかなり自由に変更が効くのだが、実際にトリオン体に変更を加えるボーダー隊員はほとんどいない。

理由は簡単で自分の本来の体から離れれば離れるほど動かしにくくなるからだ。

 

身長を高くすれば重心が変わる。

安易に関節の位置を変えれば全身のバランスが崩れる。

体型の変更もまた同じ。

生身の体との差異が大きくなるほどトリオン体に換装したときの違和感は大きくなる。

激しい戦闘に使うトリオン体だ。思い通りに運動できない違和感は即座に致命的な隙に繋がる。

そして仮に訓練などで改造トリオン体の動かし方に慣れてしまうと、今度は生身の体の方に違和感を感じるようになる。日常生活で困ることになるだろう。

 

何より、トリオン体の性能(スペック)は体をいかに使いこなせるかによって決まる。

本質的に、トリオン体は全隊員で同性能だ。力強さも頑丈さも変わらない。

だというのに、蓋を開けてみれば隊員ごとに速さや運動能力に違いがある。現にボーダーの隊員評価には『機動』の項目があり、隊員ごとに大きな差がある。

 

この差は一体どこからくるのか。

答えは体の使い方の差から生まれている、と言われている。生身の体の使い方が上手い隊員は、トリオン体を使いこなすのも上手いというわけだ。

トリオン体に生身の筋力体力は関係ない。それでもトリオン体を十全に使いこなすために、一部の隊員は生身のトレーニングに励み全力を引き出す感覚を養うと聞く。

 

その観点からするとトリオン体の改造は弱体化に直結する愚行といえる。

だからこそトリオン体に変更を加えるボーダー隊員はほぼいない。

 

現在のトリオン体の変更といえば、精々が髪型を変えるくらい。あるいは聞いた噂ではバストを盛っている隊員がいるとかいないとか。曖昧な噂レベルでもその程度だ。

小太りな隊員が可動域の確保のために痩身長足にするとか、大柄な隊員が的を小さくするために小柄にするとか、そういった戦闘目的の改造ですら現在では一つの例も無い。

戦闘機動をしなさそうな狙撃手(スナイパー)特殊工兵(トラッパー)ですらやらないのだから相当だ。

 

「というわけでね、大きな改造は逆効果になるんだよ」

「はえ~! でもでもボク、そのあたりは大丈夫だと思います! そういうサイドエフェクトなので!」

「へぇ、サイドエフェクト。まあ試してみるくらいはいいけどね、どういう改造をしたいんだい?」

 

きらり、と真上隊員の眼が光る。よくぞ聞いてくれました! と言わんばかりにささやかな胸を張って少女は答えた。

 

「ボク、カイリキーになりたいんです! 

「……なんて?」

 

なんて? 

 

 

* * *

 

改造は成功した。

 

「うはははは! 手の数が倍だから手数が倍! 腕の数が倍だから腕力も倍! 強靭! 無敵! 最強!! ウー! ハーッ! あはははははは!!」

「いやあ、できるもんだねぇ、驚いたよ。なんで動かせるんだい?」

「サイドエフェクトぉ……ですかね! あはははは!! そうだ! 弧月! 弧月4つセットしてくださいよ! 4刀流しましょう4刀流! 旋空も4つ付けて旋空4連! つ、強すぎる! あははははは」

「盛り上がってるところ悪いけど、それは不可能かなあ。まあやってあげるけど」

「大丈夫大丈夫! そういうサイドエフェクトなので!! へっへっへっへ! じゃボク、ランク戦で見せびらかしてきます!! フィードバック期待しててくださいね!」

 

トリガーセットを用意してあげるや否や、ぴゅーんと飛び出していく真上隊員。

どうでもいいけどちょっと刺激が強いからトリオン体(カイリキー)のまま出歩くのはやめなさい。

もう聞こえてないだろうけど。

 

 

* * *

 

「エンジニアさん! エンジニアさん!! 弧月が二本しか出ないんですけど!」

「そりゃ、トリガーは利き手用の『メイントリガー』と逆手用の『サブトリガー』に分かれてるから。同時起動できるのはメインから1つ、サブから1つ。つまり2個までだね」

「いやいやいや! 利き手が2つに逆手が2つなんだから4つ起動できるはずでは!?」

「無理に決まってんだろ」

「そ、そんなあ……。それじゃあ右手と左手に孤月を持ってる間、こっちの右手こっちの左手はなにを持ってればいいんですか……? 手持ち無沙汰ですか?」

「さあ……? 腕を切り落とされた時の予備とか?」

「えぇ! でもママが暇だからってそのへんブラブラしてる人はロクな大人にならないって!」

「余った腕が物理的にブラブラしてるのはママ的にアウトなの?」

「え~? うーん、どうだろう。困ったなあ」

 

真上隊員は弱った弱ったと、両手を肩の高さに持ち上げてお手上げのポーズ。

追加で右手を顎に、左手を腰に添えている。

無駄に芸が細かい。チラチラとこっちの反応を伺ってるあたりウケ狙いなのかな。

しかし本当に動かせてるんだなあ……。

 

「そうだ! いい解決方法がありますよ! エンジさん!」

「俺はエンジニアさんだけどエンジさんではないねえ……」

「腕を増やすから無駄になるんですよ! 足! 足増やしましょう!!」

「そういう問題か?」

「ボク、アラクネになりたいです!! 

「えぇ……?」

 

えぇ……? 

 

 

* * *

 

改造は成功した。

 

「うはははははは! 足の数が倍で走力が倍!! 更に倍で踏破力も倍!! もはや誰もボクを止められない! どんとすとっぷみー!! あははははははは!!!」

「うぅん、驚いた。アラクネっていうか、もうただの化け物だよ。よく動けるね」

「あいふぃーるあらーいぶ!! なじむ、実に、なじむぞ! はばなぐったーいむ!!」

「楽しそうでなにより。それで、そのナリで走れるのかい? 本当に?」

「あははは! できらぁ! いいですとも! 本当の走りを見せてあげますよ!!」

「はいストップ。なんでもいいからこっちに向かって走ってくるのはやめてね。怖いから

「はーい!! じゃああっちの壁まで! よーい! ……うーん?」

「おや、どうかした?」

「いやなんか思ってたのと違うっていうか。まあいいや! 恵音(けいと)、いっきまーす!!」

 

わしゃわしゃと駆け出す真上隊員。

う~ん、上半身が可愛らしいだけに普通に気持ち悪い。言ってあげたほうが親切だろうか? 

アラクネという割にクモの足でなく人間の生足が密集して生えてるのが敗因かもしれない。

いや、クモの足が生えててもキツいには違いないか。

 

「……うーん。うぅ~~~ん???」

「おや、納得いかない?」

「なんというか……。いえ! ここから先は実戦で確かめてきます! ボク、戦いの中で成長してきます!!」

 

こちらの返事も聞かずに、わしゃわしゃわしゃわしゃと飛び出していく少女。程なく廊下の方からかなりシャレにならない感じの叫び声が聞こえてきた。

トリオン体(アラクネ)のまま出て行くのやめなさいよ。すれ違った人かわいそうだから。

 

 

* * *

 

「わかってはいたんですけど、やっぱり二本足のほうが速かったし動きやすかった気がします。もつれるというか、もどかしいというか!」

「手足の本数が増えすぎるとサイドエフェクトでも対応しきれないってことかな」

「というか、クモ足自体があんまり速く走ることに向いてないんじゃ? 企画倒れの予感!!」

「生えてるのはヒト足だけどね。あと企画じゃねえ」

人の腰をパージして下半身を完全にクモの体にしたら上手くいくと思います?」

「我が身の扱いが完全にロボットだねえ」

 

そして多分大差ないと思う。既に多脚を使いこなせてるならだけど。

「う~ん?」と多脚を繊細に操って腰をグルグルさせながら首をひねる真上隊員。

使えてる使えてる。間違いなく使えてるよソレ。

というか、持ち前の可憐さと交差する多脚のコントラストが相まって実に気持ち悪い。どこか艶めかしさを感じさせるのが嫌悪感に拍車をかけている。目が離せないタイプの気持ち悪さというか。

アラクネフィリアってこういうのがいいんだろうか。人の業を感じた。

だからこっちをチラチラ見るのやめなさい。そのグルグルダンスはウケない。絶対にウケないから。

 

「そうだっ!!!」

「えっ今度はなに? 胴体増やすの?

「中途半端に人の体をベースにするから良くないんですよ!! この際、人の体は捨てましょう!!」

「君のママ泣いてるよ」

 

親からもらった体もっと大切にして? というこちらの願いを無視して少女は自信満々に薄い胸を張った。

 

「ボク、狼になります!!」

「えぇ……?」

 

流石にそんなの無理だよ……? 

 

改造は成功した。

 

 

* * *

 

「ほらこのシーン見てくださいよ! この体、全力で走るとグラスホッパーより速いんですよ!! しかも か っ こ い い!! 無敵か??」

「ああそう。で、今日は何の用なの?」

「使ってみた感想をまだお伝えできてなかったので! エンジさんにお礼しに来ました!! くひひひ! ありがとうございました!!」

「誰だよエンジさん」

 

先日の真上隊員がまたやってきた。新しいトリオン体に大変満足しているとのこと。

あんなヤケクソみたいなトリオン体を実用できるとは本当に驚いた。記録(ログ)も見せてもらったが実に見事な機動だった。

本来なら保存されない個人ランク戦の記録(ログ)をわざわざ当日のオペレータに頼んで保存しておいてもらったんだそうな。意外と気が利いているというか、技術者(エンジニア)心をわかっているというか。

生身の体の方にも違和感はないとのこと。そいつは重畳。作っておいてなんだけど、ちょっと心配だったからね。

 

あれこれと振り回されたものだが、きゃいきゃいと嬉しそうに成果を自慢する姿に絆されて口うるさく言う気も失せてしまった。なんだかな、得な性格してると思う。

なお忍田本部長から呼び出しを受けて根掘り葉掘り聴取されたそうだ。よくわからんけど精々反省しなさい。

 

……あーそれと、くれぐれも本部長に製作者(おれ)の名前は出さないように。頼むよ?


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