Lycoris A moon eclipse   作:悪事

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推奨BGMは、魔法使いの夜より“静希草十郎”


第二章
あらずの旅路


 

 

 

 東京支部のリリベルを統括指揮する虎杖は、苦々しい表情で眼前に立つ少年へ不本意だと言いたげな命令を下す。

 

「京都支部へと出立せよ」

 

 

「了解しました……これ、左遷ですか?」

 

「そんなわけがない」

 

 虎杖の嫌そうな命令を聞いて、最強のリリベルとされる七夜黄理は東京から京都への左遷かと問いかける。それに虎杖は、大声ではないにせよ強い語気で否定をする。それは彼が今回の命令を受諾することに難を示していたことの証左であり、断り切れなかったことも同時に意味していた。

 

「ある特殊な案件で上層部より君に白羽の矢が立った」

 

 虎杖がそう言うと秘書が手元のタブレットを操作し、司令室のモニターに京都支部の捜査資料が開示される。内容は、京都における連続()()爆弾魔事件と題され、銅像などの器物、ビルなどの大型建築が爆破された画像が貼られていた。

 

 

 いわく、京都では現在、事前に破壊規模ならびに死傷者の人数を予知した上で爆弾を用いて爆破するという事件が起こっているそうだ。京都の警察は、爆弾の痕跡は発見できず、これまでの事件で死傷者はゼロだと公式には発表している。ニュースではガス爆発や悪質な悪戯と報道され京都は今日も平和そのもの。しかし、それは表向きのカバーストーリー。

 

 

 実際のところ、これまでの予知はその全てが完全に的中していた。死傷者数十三人と予知された現場では実際に十三の命が失われ、爆破すると宣言された建物は爆破の憂き目に曝されている。これまでの爆破事件で犠牲になったのはリリベルやリコリスなどの公的資料には殉職者・犠牲者とカウントされない人間のみ。

 

 ラジアータの情報改ざん能力がなければ、今頃京都はパニックにさらされていることだろう。

 

「京都支部は完全に後手に回っており、上層部はこの状況を打開するべく、最強のリリベル……つまり君の投入を決定した。だが、これははっきり言って京都支部の不甲斐なさによるものだ。その尻ぬぐいに七夜を駆り出すなどと勝手な真似を!」

 

 鬱憤がたまっているのか虎杖の声が荒々しいものに変わる。

 

声を荒げたことを恥じるように虎杖は咳払いをして冷静さを取り戻そうとする。

 

「しかし、DA上層部の命令は何においても優先される。幸いなことに東京で現在、確認できる事件は緊急性の低いものばかりだ。しかし、これはあくまで特例事項。君の所属は変わらず東京支部であることを念頭におき任務を遂行せよ」

 

「任務?この爆弾魔の捜索と後始末までが?」

 

「ああ、もっとも捜索するまでもない。この爆弾魔はリリベルやリコリスを標的にしている。そのため、君が京都に向かえば間違いなく君を狙った爆破事件が起きるだろう。そして、爆弾魔は必ずその爆破現場近辺に潜伏しているだろう」

 

 相手への情報漏洩さえ計算に入れての作戦。なぜ情報が漏れていて、その対処をしないのかは疑問に思ったが、七夜は沈黙を守り標的に対する虎杖の発言に着目した。

 

「必ず、とは言い切りましたね。もしかして犯人に心当たりでも?」

 

「ある。でなければ後方支援人員も無しに君単独で京都へ向かわせるわけがない」

 

 秘書の男性は、過保護な保護者のような虎杖の後ろで疲れ切った表情をしている。情報分析のために無茶を言われた彼の苦労は、確かにその成果を出していた。

 

「この爆弾魔は、かつてDAの一大プロジェクトに参加していた。近代化が進みゆく中で君たち暗殺者をどう隠蔽するか、その隠蔽手段を決めるコンペティションに席を置いていた人間だ。もっとも、結果は惨憺たる有り様だったが。犯人の詳細な情報について説明しよう。あぁ一応、君の通信端末にもデータは送信する」

 

 通知音が鳴り黄理が通信端末を見ると、既に幾つかの情報ファイルが先んじて送られてきた。情報量から見て、かなりの量のデータであることが予想できる。

 

 ふと一番、最初に送られたファイルのタイトルを見る。

 

 そこに記されていたのは“Laplace Project”という題名ともう一つ“Radiata Project”という題名が並んでいた。

 

「ラプレース、プロジェクト?ラディアータプロジェクト?」

 

「ラプラス、そしてラジアータと読む。……ところで七夜、君はこんな言葉を知っているか、“ある瞬間における万物の力学的状態の推移と力を知ることが許され、かつそれらをデータとして解析する頭脳が存在したならば、その存在にとって不確実なモノは何もなく、過去未来、現在は等価値である”」

 

「日本人の発言にしては冗長で演技がかってる。海外の偉人の台詞か何かで?」

 

「ふむ正解だと言っておこう。海外の偉人、いや悪魔の言葉さ」

 

 七夜のセリフを聞いた虎杖は楽しそうに笑い、更に詳細を明かす。本来一介のリリベルが知る必要のない情報、だがそれを虎杖は知ったことではないと言わんばかりに口に出す。それはDAの機密情報であり、今回の爆弾魔の正体と目的という、これから京都で仕留めるべき対象の情報だった。

 

 

 

 情報の説明が終わり、一息を入れた虎杖は立ち上がって黄理の前に立つ。

 

「出立は明日。武装についてだが武器弾薬の補充はできないものと想定せよ。金銭に関しては専用のカードを使用するように。なお注意すべきは爆弾魔だけではない。京都のリリベルやリコリスたちには君の活動を秘匿にしている。最悪の場合、爆弾魔が付け狙う君を爆弾魔と誤認して襲いかかる場合があるやもしれないが、その際は構わん。敵対するなら始末しろ」

 

 京都のリリベルやリコリスも敵対したなら殺せ、と冷徹な命令が宣言された。だが、その冷酷な命令にも黄理は無表情に頷いて首肯する。そのとき、黄理の脳裏で以前出会った最強のリコリスの面影が掠めた気がしたが、それもすぐさま薄れ、頭の中はどうやって獲物を仕留めるかという暗殺者の思考に切り替わる。

 

 

 錦木千束との邂逅を経てもなお、七夜黄理は完全無欠の暗殺者だ。

 

 彼の完全な在り方が崩れる日はまだ遠い未来のことらしい。

 

 

 七夜黄理の瞳に冷酷無情の蒼が灯ったのを見た虎杖は、京都行きの新幹線の切符を手配させ七夜黄理を下がらせる。七夜を東京から離れさせることは彼にとって不本意ではあったが、同時に彼が京都の事件をどう解決するのかに関心が向いたらしい。

 

 

 七夜黄理がどのように事態を収めるのか、それを楽しそうに考えている虎杖を余所に、隣の秘書は機嫌の直った彼の様子に胸を撫で下ろすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 京都にある廃墟ビルで一人の男とその周囲の武装した傭兵たちが渋面で会合を行っている。傭兵たちはアサルトライフルを装備し、爆弾の材料や予備の武器弾薬が揃い、このビルの中は法治国家日本にあるまじき様相を呈していた。

 

 傭兵たちが銃の手入れをしている中、一人だけ平凡なシャツにジーパンという一般人にしか見えない男が口を開く。

 

「犯罪の少ない国、ね……そんな国があるわけない。犯罪というのは人間の衝動であり、生命活動の一環だ。それを完全に根絶したなどというホラ話を、この国の人々は脳天気に信じている。それはおぞましい欺瞞だ」

 

 一般人の装いをした男、彼はこの場に置いて、分かり易すぎる安直な名前で通していた。名を『ボマー』。爆弾騒ぎの犯人が騙るには、そのまま過ぎるネーミング。だが、その偽名を誰もからかう真似はしない。それは彼が行った爆破事件が全て、彼の想定と計算から外れなかったという常人離れした能力により畏怖を受けているためだ。

 

 ボマーは胸元のチャームをチャリチャリと鳴らして(もてあそ)んでいる。壊れた蛍光灯の光を受け、胸元の“フクロウ”のチャームが妖しく光る。周囲の人間は唐突な男の話に耳だけは傾けた。元より彼らは傭兵。金と敵がいればどの国でも暴れる戦争の犬。依頼主の思想に迎合することはあり得ない無法者たちだ。

 

 

 傭兵たちが拝聴だけはしていることを確認した男は気分良さそうに、チャームから手を離して近くにあった爆弾を掴んだ。掴んだ爆弾を上へ高々と掲げ、つまらない表情で演説を続ける。

 

「その欺瞞を解体する。死ぬのだ、この腐臭に塗れた欺瞞は死ぬ。爆風に呑まれ死ぬ。これは決定事項だ。私には、全ての未来が視える。私の眼に映る未来は決して変わることがない」

 

 

 機嫌良く演説を言い切った男は爆弾を手元に置いて、机の上のパソコンに映し出されている少年の顔を見る。隠されていた最悪の鬼札。最強最年少のリリベル。如何にDAが堅牢なハッキング対策をしているとしても、蛇の道は蛇。鉄壁の電子防御を解体する人材というのは、金に糸目をつけなければ容易に仕事を完了させる。

 

 

 京都支部にも隠されていた情報を、平然とハッキングしたリスのアバターを好んで使うハッカーへ送金を行いDAの極秘データを閲覧する。

 

 最強のリリベル、七夜黄理。初任務で七十七人の武装した人間を殺し尽くした史上最強と呼ばれる暗殺者。京都支部を散々挑発した結果、送り込まれたDAの肝いり。この刺客を始末して、舞台は京都から東京へ転幕する。

 

 

 東京にそびえ立つあの高き電波塔。あれこそ日本という国の偽りの秩序が崩壊する大舞台に相応しい。京都のこれまでの爆破事件は前日譚に過ぎない。DAが隠蔽してまで送り込んできた最強の手札を爆殺し、ヤツらへ教えてやるのだ。

 

 貴様らが守ってきたモノの脆弱さと無意味さ。

 

 そして、自分の研究を軽んじたゆえに起こる悲惨な結果を。

 

 

「なぁ、ボマーの大将。これは読めてたかい?」

 

 背後で撃鉄の鳴る音が聞こえ、同時に発砲。ボマーと呼ばれた男の無防備な背中を射撃する。しかし、ボマーはその射撃を知っていたかのように避けて、銃を撃った人間へ目線を合わせる。

 

「言ったはずだ、私には“視えている”と」

 

「……マジらしいな。ただのはったり野郎かと思ったが、そのチャームを持っているってことはテメェも“同じ”か。まったくイかれた才能だ、先読みの天才ってやつか?」

 

 緑色の特徴的でクセの強い髪をした男は、周囲の傭兵たちがざわめくのを気にも留めずに発砲した銃をしまう。包帯で目隠しをした上、サングラスまでかけた彼が正確な射撃をしたことは誰も驚いていない。真島という男がその持ち前の聴力で並みの傭兵を一蹴できるほどの実力者であることはこの場の傭兵仲間たちは知っている。

 

 だが傭兵たちは雇い主を殺しかけた真島とだけ呼ばれる仲間をどうするかで固まっていた。仲間への義理か、依頼主への忠誠か。優先すべき事項はどちらか。

 

 やがて、依頼者に天秤を傾かせて銃を構え始めた傭兵たちをボマーの名で通している男が制止する。

 

「いい、彼は私を試したかっただけのようだ。ならば、これでもう充分に理解したことだろう。私はこの計画を成し遂げると……しかし、同じ?同じか。なるほど、君もアランの支援を受けた人間だな」

 

「一緒にするな、俺は支援なんぞ受けてねぇ。このフクロウを渡されて、それっきりだ。あんたみたく衣食住に研究資金の支援なんて立派なモノは覚えがねぇな。それに、オレの使命にもな」

 

 

 真島は不愉快そうに顔を歪めてボマーを睨む。彼の胸元にも、眼前のボマーと同じフクロウのチャームが揺れている。才能を見込まれて与えられたアランチルドレンの証し。それを真島は憎たらしそうに掴んでいる。

 

 アラン機関……スポーツ、文学、芸術、科学など様々な分野の天才を捜し出し、無償の支援を行う謎の多い組織。支援を受けた人間は俗に『アランチルドレン』と呼ばれている。

 

 支援に(あた)うとされた才能や使命に関して、アラン機関は沈黙を徹底する。その理由を見いだすのはアランチルドレン自身なのだと言うかのように。ボマーは真島という男が何故、この場に来たのかを察した。

 

「なるほど、君はまだ使命を見いだしていないのか」

 

「ハッ!知ったことかよ。誰かに与えられる使命なんぞクソくらえだ。オレはただ、弱いヤツの味方をするってだけさ。今のこの国は無法者の存在さえ認めず、真っ当な人間にしか価値を認めない。そいつは、バランスが悪い」

 

 だから秩序に仇為す、と真島は宣言した。その宣言を聞いたボマーは、興味を失ったかのように背中を向け、パソコンに向かい何らかの作業を始めた。

 

「バランス……ああ、君がそうしたいというなら、そう動くがいい。それもきっと、アラン機関の手の中の行動だろうが、それでも君が為すことには意味がある。それは羨ましいことだ。私にその手の余分はないのだから」

 

「ああ?何が言いてぇ?」

 

 ボマーは真島へ背中を向けたまま返事を返す。

 

「これは私の持論で実体験のことだが、未来を知る者に人生の悦びはない。失敗のない者に成功の充実はない。重ねて言うことだが、私が視る結末は決して覆ることはない」

 

 

 彼がパソコンの操作を終えると、そこにはある建築物の詳細な爆破シミュレーションが出されていた。そのシミュレーション画面の上に、この爆破の被害計算を行ったシステムの名が記されている。

 

 その名称は“Laplace system”。

 

 その名称部分を見たボマーは退屈そうに椅子に腰掛け、最強のリリベル爆殺計画の思案に取りかかる。ボマーの何もしていないのに心底疲れ切ったような姿を見て、真島は気になったことを質問した。

 

「二つ聞きたい、使命を持って生きることは幸せか?」

 

「アランチルドレンにその手の質問をするか。それもアランチルドレン自身が」

 

「生憎、脳みそ空っぽで使命、使命なんてうわごと唱えて世界のために才能を使うのはまっぴらだ。俺の才能は、俺自身のものだ。だからこそ、使い道は俺が決める。当然だろ。“俺”は断じて才能の付属品なんぞじゃねぇ」

 

 真島は周囲の人間を焦がすほどの熱量をこめて、自分という存在の在処は才能だけでないと吠え猛る。個性に見向きされず、才能だけを認められた人間の魂の咆吼。それは無関心にして無機質なボマーから反応を引き出した。

 

「幸福の定義か。君が共感できるのかは不明であるが答えよう。使命があることは幸福なのだ。やるべきことは決まっている。すべき事象に迷いが不要なのは間違いなく幸福と言うに相応しい」

 

「なら、あんたはなんでそんな不幸ヅラひっさげてる?」

 

「私は例外だとも。ああ、使命に向けてまだ見ぬ明日を走るのは幸福なのだろうさ。だが、私には明日の結末が見えている。どこで使命が果たされるのか、どうやれば成功し失敗を避けられるのか。全て、視えている。……だからこそ、私の人生から幸福は抜け落ちている。使命も幸福も、ただの分かりきった結果でしかない」

 

 ボマーは絶望に似た色合いを眼に残し、パソコンへ向き直った。

 

 ただ、思い出したかのように彼は真島にあることを聞く。

 

「二つ目の質問は?」

 

「未来が読めるんだろ、当ててみな?」

 

「下らない問いかけだ、答えから言うが私は映画を見ない」

 

 ボマーの応答に真島はたまらず噴き出した。

 

 

「なるほどね、予測、いや予知でもしてるのか。あんたの才能。……まぁ、詳しいこたぁどうでも良いか。映画は見ないんだよな、でも重ねて聞くぜ。あんたの好きな映画はなんだい?」

 

「そんなものは無い。ロマンスもホラーもアクションも結末は理解(わか)っている。結末が分かりきった虚構にかかずらうほど私は暇ではないのだから」

 

「つっまんねぇなあんた!話が合わなくて何よりだよ、死んだとき傷つかなくて済む。ああ、俺とあんたは正反対だ。いいねぇ、バランスが整ってる。ご機嫌な仕事になりそうだ。DAっての?いいぜ、あんたの敵は俺が始末してやる」

 

 

 真島はそう言い放つと、傭兵仲間もそれに合わせて全員が外へ出て行く。一人取り残されたボマーは、既に真島への興味を無くしていた。元より傭兵なぞ、数あわせの捨て駒に過ぎないのだ。本命はアラン機関から送られてくる武装したエージェントたち。

 

 爆破テロを背後から援護する腕利きの兵隊たち。

 

 そして、爆弾を作るための火薬に機材。

 

 それらもまたアラン機関の支援の一環。爆破テロでさえ支援してしまうイカれっぷりには狂気的な偏執を感じる。だが、別に自分に利する以上、深くは尋ねまい。DAを破壊し、この国の偽りだらけの平和を崩壊させる。それまでの事柄は決まり切った些事でしかない。

 

 あまねく未来を予知するが故、明日に希望を見いださない男はパソコンの電源を落とし、誰もいなくなったビルのフロアを出て行った。彼がビルを出た途端、先ほどまで居たフロアが爆発しビルがワンフロア分、低くなる。

 

 

 この爆炎を狼煙として、京都を舞台に七夜の暗殺者と予知の爆弾魔、とあるサードリコリスの少女を演者とした爆弾事件が幕を開けた。

 

 

 

 





 ボマー、推奨CVイメージは石田彰さんで。


 書き溜め分、終了。未来視爆弾魔事件の後に旧電波塔事件書きます。
 しばしお待ちください。
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